「森のノマド生活は意図的なアナキズム、見習うべき点がたくさんある」『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』金子遊監督、言語学者伊藤雄馬さんインタビュー


 タイやラオスの密林で狩猟採集生活をしながらノマド生活を続けているムラブリたちの生き方を記録したドキュメンタリー映画『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』が、5月28日(土)よりシアターセブン(大阪)、6月3日(金)より京都みなみ会館、6月4日(土)より元町映画館(神戸)にて公開される。

 監督は、映像作家、批評家の金子遊。現地に入ってムラブリ語の言語文化を研究している言語学者の伊藤雄馬さんが現地コーディネイター兼出演し、文字のないムラブリの人たちとコミュニケーションをしながら、現在は3つのグループに分かれているムラブリたちを交流に導いていく。一方、ラオスの密林でノマド生活をするムラブリたちを初めて映像で記録することに成功。シェアをしながら皆で生きる緩やかな共同体は、国家のシステムからも自由で、かつ自然と調和していることも感じとれることだろう。

 本作の金子遊監督と伊藤雄馬さんに、お話を伺った。



■民俗学・人類学的映像の波が、明らかに来ている(金子)

―――金子さんは東京ドキュメンタリー映画祭のプログラム・ディレクターをされていますが、民俗学的ドキュメンタリーの大きな流れや、その中で本作がどのような位置付けになるのかを教えていただけますか。

金子:僕が仲間とドキュメンタリーマガジン「neoneo」 を立ち上げて10年になるのですが、昨年は人類学・民俗映像部門のコンペティションを行い、人類学者の中沢新一さんと北村皆雄監督に審査をお願いしました。その部門に40本の応募があり、国内でこんなに民俗学・人類学的映像が作られていることがわかったので、明らかに波が来ています。一般劇場公開も、昨年10月に太田光海監督の『カナルタ 螺旋状の夢』、現在公開中の赤阪友昭監督の『銀鏡 SHIROMI』、北村皆雄監督の『チロンヌプカムイ イオマンテ』と、人類学映像に対して非常に興味が注がれています。

 ただその芽は既にありました。2014年にハーヴァード大学感覚民族研究所の『リヴァイアサン』が公開され、それまでの民俗学・人類学的映像はつまらないという固定観念を覆したのです。GoProでアメリカの遠洋漁業を撮影したのですが、圧倒的に新しい映像体験を僕たちに提供してくれ、モードが変わってきました。つまり、民俗学・人類学の学問寄りだった映像が、そこからはみ出して作家性が出てきた。その流れに対し、自分が映画祭や批評家、しいては自分の作品を通して関わることにドキドキしていますし、これからどうなっていくのかと興味を覚えています。



■アジア的視点で考える民話や神話の世界(金子)

―――辺境の地に興味を持つようになったきっかけは?

金子:最初は大学時代に文化人類学者の今福龍太さんと出会い、卒業後、奄美自由大学をはじめた今福さんに同行して奄美の喜界島、徳之島、加計呂麻島などの離島に行くたびに、民話やフォークロアの研究をするようになりました。南の島、お祭り、神話や民話の世界に興味を持つようになり、アラブ世界や東南アジア、西アフリカにも行きました。

 わたしは日本列島に生まれたので、ただ単に研究するのではなく、自分にとってどんな意味があるのかというアジア的視点で考えたいという気持ちがあり、フィリピン、台湾、ミクロネシアなど、日本列島の文化の源流にあたる場所の海側を調べています。もう一つは東南アジアのゾミアと呼ばれる山で、日本のお米の源流でもある場所ですが、本を調べているうちに、ベルナツィークの著書「黄色い葉の精霊」に出会いました。


―――本作のきっかけになったのでしょうか?

金子:そうですね。ただ昔のものを調べているだけでは物足りないので、フィールドワークに出かけ、写真や映像を撮ったり、文章も書いていたのですが、このムラブリの人たちとの出会いは大きかったです。伊藤さんの仲介のおかげで、ラオスでまだ狩猟採集生活をしている人たちに出会えたので、これは映画にしたいと思ったわけです。



■ムラブリの言葉の美しさに惹かれて(伊藤)

―――伊藤さんはムラブリ語を使い、作品中でもムラブリの人たちと言語でコミュニケーションをしていますが、インドシナで言語収集の専門家になった経緯は?

伊藤:大学生時代からムラブリ語の調査をしていました。当時の指導教官が無文字の言語を現地で調査する方だったので、その影響を受けています。人類学の授業でタイ側のムラブリの映像(「世界ウルルン滞在記」)を観たのですが、初めてムラブリの言葉を聞いた時にすごく美しいと思ったのです。先生に相談すると、知り合いにムラブリの人がいたので、2008年ぐらいから何度か通うことになったのです。


―――実際に通われる中で、すぐに現地の人と打ち解けましたか?

伊藤:映画をご覧になるとわかると思いますが、生活様式は全然違っていても、ここなら長期滞在できると思える居心地の良さがありました。のんびりしているところなど、波長が合いました。


―――ムラブリ語をどのようにして習得したのですか?

伊藤:最初は事前に勉強したタイ語で会話していたのですが、彼らの言葉でしゃべろうと、とにかく真似て、使っていきました。言語学として研究すると、どうしても使えるようにならないことに気づき、言葉ではなく彼ら自身を知ろうとしたことも転機でした。彼らが昨日何をしていたか、何を考えているのか、誰と誰が仲良しか、そのような話に興味を持つようになると、自然と知識と行動が紐付き、しゃべれるようになった。それが4年目ぐらいですね。



■映像に撮られていないラオス側ムラブリたちとの出会い

―――金子さんが伊藤さんと出会われたのはいつ頃ですか?

金子:2017年、僕がムラブリの村に行ったときに出会い、その日のうちに意気投合しました。伊藤さんから、ラオス側にムラブリが十数人いて、その人たちはまだ狩猟採集生活をし、ノマド生活をしていること、彼らがまだ映像に撮られていないことを教えてもらい、それはすごいと。

 もう一つは、100年以上別の集団のムラブリ同士がお互いに人食いだと言って会おうとしないので、伊藤さんが時を超えて両者を出会わせるプロジェクトを考えていたのです。この2つがあれば長編ドキュメンタリーとして構成できると考え、足掛け2年通って撮影し、半年で編集して完成した作品ですね。


―――伊藤さんが両方の集団に「別の集団に会いに行きませんか」と説得しているシーンがとても印象的で、撮影のどの時点で思いついたのかと想像していましたが、ムラブリの人たちと交流する中で、自然にそのような気持ちが芽生えていたと?

伊藤:ちょうどそれぞれの集団に通って言葉を収集していた時期で、僕もそのことを彼らに伝えていました。お互いに別の集団に興味を持っていたようで、「どこにいるの?」と色々な質問が来るようになってきたので、これは両者が出会うタイミングなのかなと思っていたのです。ただそれを一研究者の僕が論文に書くだけではもったいないし、僕のフィルターがかかっているので、もっと多くの人に見ていただくには、映像が適していると考え、どうしようかと思っていたときに、金子さんと出会ったのです。



■何も持たないことの豊かさ(金子)

―――お二人が出会った時点で、だいたい撮りたいものが見えていた感じですね。金子さんは現地に滞在する中で、ムラブリの生活様式など何か驚いたことはありましたか?

金子:たくさんありましたが、特にラオス側のムラブリは、東西に数十キロある地域に20人ぐらいしかいない。しかも彼らは移動します。出没するかもしれない村に行くわけですが、とにかくムラブリの人たちとコンタクトを取るまでが、とんでもなく長い。ようやく出会えたときも、一番近い野営地で、山を登ること6時間かかるわけです。僕と伊藤さんだけでムラブリについて行くと帰ってこれなくなるので、地元のラオ人のガイドに帯同してもらわなければなりません。また、ムラブリに次に行くところを聞くと、「太陽のある方向」だと。そういうこと一つとっても全く違いますよね。


―――距離感覚や時間感覚が全く違いますね。

金子:そうです。そしてもう一つは何も持たないことの豊かさ、凄みですね。電気、ガス、水道はないし、家もバナナの葉で作っていて壁はない。携帯も電波が通じないので音楽を聴くだけ。時計がないということは時間を気にしなくていいので、好きな時に起きて、好きな時に寝るし、貨幣が流通していないので、お金のために何かをする必要もありません。


―――それは全てのムラブリに共通ですか?

金子:タイ側のムラブリは、日雇い労働をしないと食料を手に入れることができませんが、ラオス側のムラブリは、森の中で芋やウドやタケノコを採集したり、魚や小動物を採れば食べていけるし、それらや焚き火用の薪を作るための日々の労働時間は1〜2時間程度。それ以外の時間はゴロゴロしたり、おしゃべりや鼻歌を歌ったりして好きに過ごしているんです。この方が人間らしく心豊かに生きられるし、足りないものがあれば、山で採取したものを米やタバコと交換してもらえばいいので、お金も要らない。森と綺麗な川があれば、ムラブリのような暮らしができるし、人類の長い歴史の中で近代化をしたのはここ数百年ぐらいで、森の中で暮らしていた時間の方は圧倒的に長い。人類の深い深い歴史に触り、その匂いを嗅いで、経験してしまったので、何も持たないことの凄さに気づいてしまったのです。



■農耕生活から狩猟採集生活へと意思的に戻った歴史がある(金子)

―――ムラブリの子どもたちは、学校もあまり行く必要性を感じていないようですね。

金子:映画で登場した小学生のルンくんは、学校に行くより村の方が涼しいとか、川辺でご飯を食べた方が美味しいと語ります。彼らが仕方なく伝統的な生活を続けているのではなく、こっちの方がいいという意思を持ってムラブリとしての生活を続けていることがわかります。組織に属してストレスを溜めることなく、のびのびと自由ですし、子どもがタバコを吸っていても怒られることもない。森の中に逃げ込む場所がある。それは理論的にも政治学者、人類学者のジェームズ・C・スコットが著書『ゾミア 脱国家の世界史』で記しています。

 というのは、1万年前からムラブリが狩猟採集生活をしていたわけではないのかもしれない。彼らもティン族のように農耕生活をしていたかもしれないのですが、ある時国家に縛られ、徴兵に巻き込まれたり、税金を取られたりするのが嫌になった人たちが、森の中に逃げ込み、農耕生活から狩猟採集生活へと意思的に戻ったという歴史が、インドシナ半島山岳地帯のゾミアにたくさん事例と共に残されています。その中でもっとも原始的な生活に戻ったのはムラブリかもしれず、国家や余計なものに束縛されず原始生活に戻るという意図的なアナキズムなのです。これは、人類学的にも非常に新しく、そして珍しい事象と言えるでしょう。



■シェアリングや専門分業化の阻止で、権力が発生しない仕掛け作り(伊藤)

―――アマゾンの先住民族では、村を束ねる長が存在していますが、ムラブリの中にそのような存在は見られませんでした。あえてそのような組織体にしていないのですか?

伊藤:権力が起きにくいような仕掛けをいたるところに作っています。一つはシェアリングで、大きな獲物を射止めたときは、皆で均等に分けますし、採った人は次の狩猟や漁には行かないなど、富や権利、権力を集中しないようにしています。他にもムラブリではシェアリングする以前に知識を村に入れない傾向にもあります。例えばバイクが壊れた時、別の村の人が直してくれたのですが、修理の仕方を教えてあげると言われても、誰も覚えようとしない。実際には修理できる能力があっても口には出さないんです。それは、専門知識を持つことによって、専門分業化し、お金の流れや人間関係が変わることを阻止しようとしているのです。もちろん年長者は森についてよく知っていますが、だから偉いという発想にはならないです。

金子:世の中の効率化や専業化とは真逆の動きで、意図的に世の流れに背中を向け、権力の中枢が発生しないようにしています。


―――ムラブリの人々を撮影する許可を得るのは難しかったですか?

金子:許可を得るのは難しくなかったのですが、カメラで撮られることがどういうことなのかを理解してもらうのは難しかったし、本当に理解してもらえたか疑問は残ります。

 ラオスの少数民族が撮影されることが少ないのは、ラオスは社会主義国家なので手続きが非常に煩雑であることが大きな理由ですが、実際に申請すると案外簡単で、それはクリアできました。問題は、撮影することを伊藤さんに通訳してもらって言葉上伝えてはいるけれど、テレビを見ていないし、ましてや映画なんて知らない彼らからすれば、想像もついていないでしょう。


―――通常はカメラを意識して、自然に撮ることが難しいですが、逆の悩みがあったと?

金子:カメラの前で自然にふるまってもらうことができないのは、ドキュメンタリストの大きな悩みです。カメラが介入した現実しか撮ることができないのですが、本作はカメラが何を意味するかわかっていない人たちが素のままでふるまっています。特にラオスのムラブリたちのシーンは本当にありのままが撮れているのではないでしょうか。

小・中学生の子どもたちの中にはカメラのことをわかっている人もいたので、ラオスの森の中で撮ったものを見せ、大人たちに伝えてもらうようにしているのを、映画の中に入れ子状に挿入しています。コロナが落ち着いたら、現地で映像を見てもらい、その反応を撮影したいですね。


―――首刈り族の話を信じているムラブリの老人の話が印象的でしたが、現地でこのような話はよく聞くのでしょうか?

伊藤:日本でいう誰もが知っている昔話のように、フィクション的に語られることが多いです。例えば、タックルトレーンという人たちはとても凶暴なのですが、彼らは槍を持っており、不用意にトイレをしていると、お尻から槍を指して串刺しにされるとか、一つ一つの集団にそういう話が存在します。その中でモラルや攻撃的になるのは集団にとってよくないということを継承しているのです。



■定住化の歴史の中の一コマを担っていたプロジェクト(金子)

―――クライマックスと言える、他のムラブリの集団に会いに行くシーンであり、立派なバンにみんなで乗り込み、高揚感がありましたね。面会に立ち会った時の感想は?

金子:3人で暮らしているムラブリのグループは、僕らがつく前にそのうちの2人が森の中に逃げてしまっていたんです。それぐらい彼らの中に警戒心があり、自分たちが望まない他のグループの人たちと会うのを避けることで、争いや自分たちの生命を守ってきたので、その経験が発揮されていたと思います。

 また、パーさんというムラブリのグループの長老が、自分たちの村に来れば結婚できるかもしれないし、ムラブリ語を使うこともできると、かなり一生懸命に別のグループの人を説得していたんです。80年代半ばから90年代にかけて、タイ側では国による定住化政策がとられ、現在の200〜300人の村ができているのですが、ただ国に言われたからそうなったわけではなく、ムラブリの人たちが山の中にいた人たちを説得していたと思うのです。言葉で当時のことが残されていたわけではないけれど、彼らの身振り手振りをみたら、そういうことをしてきたのだろうなと分かる。

 だから、最初は伊藤さんが発案し、僕と一緒に進めたプロジェクトだと思っていましたが、実は、定住化の歴史の中の一コマを担っていたのに過ぎないのではないかというのが、今の僕の見立てです。


伊藤:言語学者的視点で言えば、違う言語の話者たちが話すとき、どうふるまうのかを注目していました。まずは北タイ語で会話をはじめ、少しずつムラブリ語を入れて、ここは一緒だとか、ここは違うねという話ができるようになる。男性はニュートラルに違いを捉える感じですが、女性は「そんな言い方するんだ、面白いね」と笑って受け止めるケースが多かったですね。文字がない中で、言葉が唯一の指標であり、言葉が同じグループかどうかを判断する価値観なので、そこはすごくセンシティブな問題でもあるのです。

 あの後まだ交流が生まれていませんが、男性のロンさんが、同じ部分もあれば違う部分もあるねと語っていましたので、違うグループを受け入れる余地は残されていると思います。ムラブリたちと規模は違いますが、言葉遣いでアイデンティティーを示すというのは、実は私たちもやっていることなんですよ。



■ムラブリの生活に、これから生き抜く社会をもう少し良いものにしていくヒントがある(金子)

―――今回の取材で一番感動したことは?

金子:今は気象変動や大地震、津波、パンデミック、戦争と突然環境が激変し、自分たちの生活がこのまま続くとは予想しがたい時代ですが、そんなときでも森さえあれば、きれいな川さえあれば、ムラブリの人たちのように持続可能な生活ができる。

 彼らは遊動民ですから、魚や小動物などを獲り尽くさないんです。芋も一部残しておきますし、獲り尽くす前に移動していく訳です。移動している間に環境が蘇るという農耕民とは全く違う生活を目の当たりにしたときに、それが古い原始的な人の営みというのではなく、僕らがこれから生き抜く社会をもう少し良いものにしていくヒントになる。ムラブリの人たちは見習うべき点を持っているという価値観の逆転が僕に襲いかかってきました。それが最大の感動ですね。


―――長くムラブリの人たちの取材を続ける中で、どのような変化が起こってきたのか、また今後考えられる変化について教えていただけますか。

伊藤:僕が現地入りしたころは電気もありませんでしたが、タイ側では今は電気もあり、携帯の電波も入り、ここ数年でテレビも見ることができるようになってきました。僕自身が感じていることの一つに「情報の強さ」があります。ムラブリの人たちはメディアリテラシーを学ぶ間もなく、いきなり私たちと同じような高度な情報に晒され、彼らの素朴な文化が破壊されることは容易に想像できます。これまで長い時間かけて継承してきた文化が覆されるということが実際に起きていますし、その流れが加速こそすれ、遅くなることはありません。少なくとも僕はムラブリ語や彼らの世界の見方に興味があるので、彼らにそれが豊かなことであることを伝えていきたいと思っています。


■映像に残したムラブリたちの生活から、その考え方が波及していくのではないか(金子)

―――ありがとうございました。最後にメッセージをお願いします。

金子:100年前に公開されたロバート・フラハティの『極北のナヌーク』は、世界最初のドキュメンタリーであり、映像人類学の作品ですが、イヌイットの人たちが亡くなってしまった今でも、彼らが捉えたイヌイットの生活がイメージとして残されています。今回、2017年のムラブリの人たちの森のノマド生活を映像で残すことができたので、これをどう生かしていくか。彼らのアナーキーなまでに自由な狩猟採集生活が失われたとしても、この映像作品によって何十年も残っていけば、心の中にムラブリのノマド生活を持つことで、現代の多くの人たちにその考え方が波及していくのではないか。そのような役割を果たすことができるのではないかと思います。

(江口由美)



『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』(2019年 ムラブリ語、タイ語、北タイ語、ラオス語、日本語 85分)

監督・撮影・編集:金子遊

出演:伊藤雄馬 パー ロン カムノイ リー ルン ナンノイ ミー ブン ドーイプラ

イワン村の人びと フアイヤク村の人びと

公式サイト⇒:muraburi.tumblr.com

5月28日(土)よりシアターセブン、6月3日(金)より京都みなみ会館、6月4日(土)より元町映画館にて公開

※シアターセブンで、5月28日(土)に金子遊監督、5月29日(日)に金子遊監督、伊藤雄馬さん舞台挨拶。

京都みなみ会館で、6月3日(金)に金子遊監督、6月4日(土)に金子遊監督と伊藤雄馬さん、6月5日(日)に伊藤雄馬さん舞台挨拶。

元町映画館で、6月4日(土)に金子遊監督、伊藤雄馬さん、6月5日(日)に伊藤雄馬さんの舞台挨拶。

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