東京オリンピックを舞台に「自分自身の才能にとらわれている人物を描きたかった」『ナディア、バタフライ』パスカル・プラント監督インタビュー
第16回大阪アジアン映画祭でコンペティション部門のカナダ映画『ナディア、バタフライ』が日本初上映された。19歳まで競泳選手だったパスカル・プラント監督自身の経験が基になったという本作は、昨年のカンヌ国際映画祭でオフィシャルセレクション「カンヌ2020」に選出されている。東京オリンピックを最後に引退する競泳選手、ナディアのラストレースを含む3日間に焦点を当て、チームメイトと別れて新しい人生を選びとった彼女の葛藤を描くヒューマンドラマだ。
迫力のレースシーンを含め、細部にわたって東京オリンピックとそこに参加する水泳カナダ代表チームの模様をリアルに再現、ナディアの練習に入る前のストレッチや、レース後のケアの様子や食事、着替えなどその日常生活をしっかり映し出す。個人競技の水泳で、長年苦楽を共にしてきたマリーをはじめとするチームメンバーとのやりとりもリアルで、周りの大きな期待がある中、人生の選択を自ら下す「辞める勇気」の物語である。宮崎大祐監督が制作で参加した東京ロケのパートにも注目したい。
本作のパスカル・プラント監督にメールインタビューを行った。
―――アスリートの引退時期は人それぞれですが、今回、若く、実力絶頂期のアスリートの引退にスポットを当てた理由は?
プラント監督:自分自身の才能にとらわれている人物を描きたかったのです。最高レベルの大会に出場しながらも、それを楽しんでいるわけではない人物をね。そういうナディアの態度に周囲は疑問を抱き、彼女はさらに重いプレッシャーにさらされてしまいます。私は10代の頃、水泳選手として国内大会に出場していたのですが、若くて非常に有望でありながらも閉ざされた世界になじめず辞めてしまう選手をたくさん目にしました。ナディアはもはや自分のものとは思えない夢に押し込められている人物なのです。彼女は火事になった家から逃げ出すように外の世界に出たいと思っています。でも彼女はやがて、自分の愛するものを手放さなければならないことにも気づきます。例えば、厚い友情とかね。
―――東京オリンピックやレースをリアルに再現するために、どのように準備を行ったのですか?
プラント監督:レースシーンの撮影によって、本物の選手たちを主役に起用するという私たちの直感が正しかったことが証明されました。彼女たちは実に見事に演じてくれましたからね! このシーンはモントリオールのオリンピックプールで撮影したのですが、3Dグラフィックで東京2020のオリンピックプール(撮影時にはまだ完成していなかった)の観客席の模型を作ったのです。遠くの観客はCGIで追加しましたが、長回しで手持ち撮影だったため、大変な作業でした。ナディアが最高速度で100メートルバタフライを泳ぐ長回しのショットは、撮影前に代役を使ってさまざまな速度でリハーサルを重ね、1テイクで撮影しました(午前3時に!)。大変なシーンではありましたが、不思議とスムーズにいきました。選手たちはレースになじみがあるので、ああいう激しい感情をうまく表現できたのです。
―――ナディアを演じたカトリーヌ・サヴァールさんとの出会いや、キャスティングの理由について教えてください。
プラント監督:カトリーヌ・サヴァール(ロンドン2012&リオデジャネイロ2016オリンピック出場)には、最初は脚本のコンサルタントとして参加してもらいました。オリンピックの裏側について質問したいことがたくさんありましたから。私は水泳については詳しいですが、オリンピックに出場した経験はありません。だからこそ、この特別な大会をリアルに表現したかったのです。脚本を書いていた時には、ナディア役の俳優は特に考えていませんでした。カトリーヌとのミーティングを通じて、彼女の人生のより深い心理的な面に踏み込んでいくうちに、とても心を動かされたのです。その後、カトリーヌのオーディションを行い(“本物の”俳優のように!)、二次オーディションではマリピエール役のアリアーヌ・マンヴィルとのケミストリーも確かめました。二人は実生活でも友達でトレーニングパートナーなので、本物の絆がありました。
―――カトリーヌさんへの演出は、監督のディレクションに従う形だったのですか?話し合いながら、シーンを加えたりしたのでしょうか?
プラント監督:両方のミックスでしたが、こういうシーンでは選手たちに頼るところが大きかったです。彼女たちは主演女優であるだけでなくコンサルタントでもありましたからね! 少しでも“違うな”というところがあれば言ってもらい、調整するようにしました。
―――何よりも素晴らしいのが、ナディアがバタフライを泳ぐシーンで、とても美しく迫力満点でしたが、どのように撮影したのですか?
プラント監督:レースシーンでは、カメラを防水バッグに入れ、滑車装置に取りつけたサーフボードの上に設置しました。ステファニー・ウェーバー・バイロン(撮影監督/カメラオペレーター)が水着でそのサーフボードに乗り、泳ぎの速度の“ランダムさ”をフレーミングで補正してくれました。私はカトリーヌのバタフライ(世界最速クラス!)のスピード感を強調するために、広角レンズを使って彼女に物理的に近づきたかったのです。
―――レースシーン以外にナディアが泳ぐ中で自由形のシーンがありました。特別な意図があったのですか?
プラント監督:霧のかかった暗いプールでナディアが自由形を泳ぐ“夢”のシーンでは、カメラをプールサイドのドリーに設置し、ズームインして彼女に近づきました。このシーンの意味はとても個人的なものです。私が毎日泳いでいた頃、何の変哲もないプールで泳いでいる自分の夢を見たのです。何度も…何度も…何度も! 自分が水泳選手であるということが、潜在意識の一部になっているかのようにね!
―――一人の人間としての葛藤を描くために演出などで、注力したことは?また、現役のサヴァールさんが引退を決意した主人公を演じることについて、どんな感想を持っていたのでしょうか?
プラント監督:多くの場合、カトリーヌはナディアが経験していることをよく理解し、私があまり“演出”しなくても感情を表現することができました。カトリーヌ自身は水泳選手としてまだ引退していませんが(実は今後のオリンピック選考会に参加し、東京大会に出場してから引退する予定)、自分のキャリアが最終段階に入っていることを知っています。彼女は2~3年先の自分を想像することで、感情的にデリケートになったのでしょう。
―――カナダチームのキャスティングや演出について教えてください。
プラント監督:カナダのバイリンガル文化を象徴するようなリレーチームを、さまざまなキャリアの段階にある選手を集めて作りたかったのです。ある意味、国の縮図と言えますね。フランス語を話せる英語ネイティブ(バンクーバー在住のオリンピック金メダリスト、ヒラリー・コールドウェルが演じるカレン)、フランス語を話せない英語ネイティブ(モントリオール出身の才能ある若手水泳選手、ケイリン・マクマレイが演じるジェス)、そしてフランス語ネイティブのナディアとマリピエール。2018年に引退したヒラリー・コールドウェル以外は、全員まだ現役の水泳選手です。
―――東京のロケシーンは『ロスト・イン・トランスレーション』を彷彿とさせる雰囲気がありましたが参考にした作品があれば教えてください。
プラント監督:面白いことに、多くの人が本作に『ロスト・イン・トランスレーション』っぽさを感じるようですが、私はこの作品から直接影響を受けたわけではありません。実は本作の準備中、あえてこの作品を見直さないようにしていたくらいです! 影響を受けた作品を挙げるとすれば、アンドレア・アーノルド監督の『American Honey(原題)』とショーン・ベイカー監督の『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』です。この2作品はリアルであると同時にカラフルで表現力に富んでいます。でも『ロスト・イン・トランスレーション』は広く愛されている作品なので、褒め言葉と受け取っておきますよ!
―――街を自由に歩くシーンはアドリブを取り入れたのですか?
プラント監督:ナディアとマリピエールが歩きながら話すシーンはアドリブではありませんが、楽しく自由にセリフを言ってもらうようにしました。私が現場で一番よく言っていた言葉は「楽しんで!」でした。それが映像にも表れていると思います。私たちはとにかく東京の“地理”を大事にしたかったのです。どこかを撮影して、それを他のエリアの映像と無理やり繋ぎ合わせるのではなくね。だから当然、二人がナイトクラブに行く前のシーンは六本木で撮影しましたし、ナディアがひとりで街をぶらつくシーンは新宿で“実際に”回ったルート通りに撮影しました。それにもちろん実際のオリンピック選手村でもたくさん撮影しました(まだ建設中だったのですが、建物が完成している場所を何とか見つけて!)。天気ばかりは予測がつきませんでしたが、私たちは非常にラッキーでした。特に、撮影したのが2019年10月初旬で、2つの大型台風の間だったことを考えるとね!
―――今後どんな作品を作っていきたいですか?
プラント監督:これまでの短いキャリアの中で、同じ映画を二度作ったことはありません。だから水泳の映画はもう当分作らないでしょうね! 実は今、本作とはガラリと異なる作品に取り組んでいます。17世紀を舞台にしたフォークホラー風の作品で、フランスからヌーベルフランス(カナダ)への大西洋横断の悲劇を描いています。運がよければ、2022年に撮影して、2023年に発表できるでしょう。
(江口由美)
インタビュー翻訳:今井祥子
『ナディア、バタフライ』Nadia, Butterfly
(2020年 カナダ 107分)
監督:パスカル・プラント
Director: Pascal PLANTE
出演:カトリーヌ・サヴァール、アリアン・マンヴィル、ヒラリー・コールドウェル、ケイリン・マクマレイ、ピエール=イヴ・カルディナル
※第16回大阪アジアン映画祭、『ナディア、バタフライ』パスカル・プラント監督公式動画インタビューはこちら
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