大阪アジアン映画祭でグランプリと観客賞をW受賞!『いとみち』横浜聡子監督インタビュー
横浜聡子監督(『ウルトラミラクルラブストーリー』『俳優 亀岡拓次』)の5年ぶりとなる最新作で、青森の津軽を舞台に高校生いとの成長を地域の歴史や津軽三味線を交えながら描いた青春映画『いとみち』が、第16回大阪アジアン映画祭で世界初上映され、見事グランプリと観客賞のW受賞に輝いた。
『陽だまりの彼女』の著者としても知られる越谷オサムの原作を映画化した本作。津軽弁なまりがきつく、人見知りの相馬いとを青森県出身の駒井蓮、いとの父親役を豊川悦司、伝説の三味線奏者でもあるいとの祖母役を初代高橋竹山の一番弟子、西川洋子が演じ、三世代親子物語としての魅力もある。いとが変わるきっかけとなるメイドカフェの店長やスタッフには中島歩、黒川芽以、横田真悠らが顔を揃えた。駒井が猛特訓したという、いとの津軽三味線ライブシーンはまさに必見だ。
「『いとみち』初回上映時に客席にいながら、「この映画は観客にどんな風に伝わるんだろう?」と幾分緊張しておりましたが、その緊張が、「審査委員の方々やお客様に何かしら伝えることができたのかもしれない」という小さな実感と喜びに徐々に変わり、今じわじわと胸に押し寄せております」と受賞の喜びを語った横浜聡子監督に、世界初上映後お話を伺った。
■津軽弁しかしゃべれない少女が立体的に見えた原作
―――今まで故郷青森を題材にした作品を撮ってきた横浜監督のまさに集大成のような、少し違う次元に飛躍した、津軽の魂を感じる見事な作品でした。もともとはプロデューサーから持ち込まれた企画だったそうですね。
横浜:青森のことが大好きな、東京在住の松村龍一プロデューサーが、青森で映画を撮るなら横浜聡子しかいないと、原作を持ち込んでこられたのです。私自身は津軽弁ネイティブなので普通にしゃべれるのですが、原作を読んだ時、主人公のいとが津軽弁を日常生活でしゃべる描写がとても面白かったし、津軽弁しかしゃべれない少女を立体的に頭に浮かべなら楽しく読むことができました。一番惹かれたのはそこですね。
■全く未知の世界に触れて気づきを得ていく「いとの成長物語」
―――原作にはないだろうなと思われる箇所がいくつもありましたが、脚本を書くにあたって、新たに付け加えたり、膨らませた箇所は?
横浜:小説と映画では描ける時間の長さが全然違うので、小説に描かれた時間のどこを描くかを決めるのが一番大変でした。津軽三味線とメイドカフェと少女いとを柱に、一人の少女の気持ちの流れが見えるように、話を構成していきましたね。全く未知の世界に触れて気づきを得ていく「いとの成長物語」の映画にしようと考え、青森空襲のことにも触れています。あと一番悩んだのは、メイドカフェという女性性が強い場所を、今の時代映画でどのように描くかです。原作ではそこまで明確に描かれていなかったので、今回足していきました。常連客がメイドにどう接するのかも悩みました。これらのシーンについては、ご覧いただいたみなさんに感想を伺いたいところです。
―――いとが働く青森市内のメイドカフェは、いわゆる秋葉原のメイドカフェではなく、レトロな喫茶店に装飾を施していますね。あのデザインは映画ならではですか?
横浜:原作の舞台は、秋葉原のメイドカフェの中でも内装も制服も落ち着いた雰囲気のクラシカル系のメイドカフェだったんです。私も映画でやるなら、萌え系ということではなく、いわゆる西洋でメイドという仕事が定着した頃の衣装にしたいと思っていました。ただ、クラシカルなだけでは面白みがないので、衣装の薮野さんと相談しながら、青色が基調の、とんがったフリルのついたメイド服になりましたね。「ご主人様」とか「萌え萌え」とは言いますが、実際にはロングワンピース姿で、なかなか不思議な場所ですよ。中島歩さん演じる店長も、言葉少ないけれど、どこかいとと似た部分がある存在です。
■物語の鍵となる津軽三味線。駒井さんの猛特訓と、西川洋子さん出演秘話
―――いとを演じた駒井蓮さんの頑張りがなければ成立しない映画だったと思います。劇中でも三味線を生演奏していますが、随分練習されたのでは?
横浜:9ヶ月ぐらい練習していましたね。いと役は津軽弁がネイティブでしゃべれることが必須だったので、青森出身の駒井さんにオファーしたのですが、三味線については彼女がどこまで弾けるようになるのか未知数でした。その見えないところを駒井さんがまさに具現化してくれ、あとは私がそれに乗っかってどう撮るかだけでしたね。ただ、もともと音楽的素養が高い人だったので、練習は辛かったと思いますが上達具合も素晴らしかったです。
―――いとの祖母役には初代高橋竹山の一番弟子、西川洋子さんが出演されていますね。
横浜:いとの祖母役は芝居も三味線もできる人でないといけなかったので、キャスティングでも懸案事項でしたが、プロデューサーが西川さんを教えてくれ、ご本人にとにかくお願いして出演が叶いました。西川さんは本番まではすごく緊張しているのですが、本番になるとそれまでの緊張を全く感じさせないお芝居をするんです。しかも、豊川さんや駒井さんが台本通りにしゃべっているのに、西川さんだけナチュラルなアドリブをガンガン飛ばしてくださるので、実はとても肝が座ったすばらしい役者ぶりでした。
―――まさにセッションですね。そのアドリブに対し、豊川さんや駒井さんはどう反応したのですか?
横浜:豊川さんは西川さんのアドリブを理解することがまず難しかったと思います。津軽弁なので。豊川さんの前でアドリブでしゃべりまくっている西川さんのシーンが少しあるんです。豊川さんは無言でじっと聞いておられましたが、シーンとして成立していたので本編に使いました。
―――津軽弁といえば、メイドカフェの同僚を演じた黒川芽以さんの津軽弁がとてもナチュラルでしたね。
横浜:そうなんです。津軽弁は練習しても習得するのが非常に難しい方言で、地元の人が見ると「あれ、ちょっと違うよね」と思われてしまうのです。黒川さんは絶対音感をお持ちの方で、津軽弁の音のあり方や構成の仕方を理解し、ほぼ正しい津軽弁でしゃべっていましたね。黒川さんも駒井さんと同じく、陰で努力される方なので、二人とも私が想像もつかないような努力を重ねていたのではないでしょうか。
―――今日は3月11日ですが、震災などで親しい人を失った経験を持つ方々のように、幼い頃に母親を亡くし、心の傷を誰にも見せられず内気ないとが、メイドカフェでの経験をきっかけに壁をやぶって成長していく様子は静かな感動を呼びます。
横浜:亡くなった方も常に共にいる。そう思えることが生きる力になる。悲しみも抱え続けながらですが。
■いとを演じるために、無垢の状態に戻す
―――いとのキャラクターを、駒井さんとどのように作っていったのですか?
横浜:原作のいとは小柄ですぐ泣くというキャラクターだったのですが、いと役を駒井さんに決めてからは、泣くことができないキャラクターにしようと思ったのです。他人に理解してもらおうという意思すら芽生えていない、少女の原始的な状態を今の駒井さんにどのように投影してもらうか。彼女は当時19歳でほぼ大人だったので、思春期特有の感覚の移ろいをどう表現してもらうかが一番難しかったです。現場に入って、駒井さんの芝居を見て判断をするという形でした。駒井さんは都会に染まりきらない純朴さを今もちゃんと持っていたことが幸いでした。
―――大阪アジアン映画祭では2018年のクロージング作品『名前』で津田寛治さんとダブル主演を務めていたのですが、その時はしっかりしている印象がありました。今回のいとは、「けっぱれ!」と手を差し伸べたくなるようなキャラクターですね。
横浜: 駒井さんはコロコロと表情が変わるんです。彼女を一番強く印象付けるには、どこからカメラを向ければいいだろうと作り手に非常に考えさせるお顔をしているんですよ。撮影しながら、駒井さんの顔の定まらない感じが、いとの精神性とリンクするなと思いながら撮っていました。このルックスは駒井さんの特徴の一つだと思います。
■不思議な表情をみせる駒井と作り上げた「いと」
―――逆に、表情が定まらない役者というのは監督としては探求のしがいがあるのでは?
横浜:そうなんです。決まった表情をする役者さんはそれしかしないので、こちらも理解できるのですが、駒井さんはそうではないタイプです。口の開け方一つで180度表現が変わるぐらい不思議な表情をみせる人なんですよ。だから撮影の時は「ちょっと今、口が開きすぎ」とか「目をもう少し開いて」みたいな細かい表情の指示はたくさん出していましたね。
―――いとは人前でしゃべるのが苦手なタイプなので、表情で表現する演技が非常に重要でしたね。
横浜:それだけではなく普通に歩いているときとか、バスに乗ったときにどんな表情をしているかは、いとを描くにあたってとても大事だと思い、そういうシーンに関しては時間をかけました。役者の性質が一番わかるのは、ただ立っているだけとか歩くシーンで、役者にとっては大変だと思いますが、私はそういうシーンを撮るのが楽しいですね。
―――10代最後にいとを演じ、駒井さんもすごく成長されたのではないでしょうか。この作品は駒井さんにとっての代表作になるのでは?
横浜:駒井さんはもともと聡明な方なので、まだまだ伸びると思います。努力した跡をまったく見せないじょっぱりな方ですから。じょっぱりはネガティブとポジティブの両方の意味を兼ね備えているのですが、根性がある、芯があるとか、意地っ張りという時にも使います。
―――青森で映画を撮り続けてきた横浜監督にとっても新たな代表作になると思いますが、ご自身では『いとみち』はご自身のキャリアの中でどんな位置付けの作品になりそうですか?
横浜:『俳優 亀岡拓次』(16)を撮ってから、3年間ぐらいテレビドラマに携わっていたのですが、テレビドラマという限られた尺で、登場人物の気持ちの流れを映像でどう語るかを、はじめてそれを考えるようになりました。『ウルトラミラクルラブストーリー』や『俳優 亀岡拓次』はお客様がどんな感じ方をするか客観視しながら撮るという意識は弱かったかもしれないですが、『いとみち』では単なるわかりやすさというのではなく、観客のみなさんに映画でどう伝えるかをシナリオ作りの段階から意識しました。どういう構成にしたら観ている人の気持ちがつながっていくのかとか。ようやくそういう視点を持つようになりましたね。
―――今までの横浜聡子監督ファンの皆さんだけでなく、新たな観客にも届けられそうですね。
横浜:私自身は監督の名前に興味がないので、映画が純粋に面白そうという点で、この映画は今までの私の作品に比べれば間口が広いと思います。どのように受け止められるかが、これから楽しみですね。
(江口由美)
※第16回大阪アジアン映画祭、『いとみち』横浜聡子監督公式動画インタビューはこちら
<作品紹介>
『いとみち』Ito
(2021年 日本 116分)
脚本・監督:横浜聡子
原作:越谷オサム『いとみち』(新潮文庫刊)
エグゼクティブプロデューサー:川村英己 プロデューサー:松村龍一
出演:駒井蓮 豊川悦司 黒川芽以 横田真悠 中島歩 古坂大魔王 ジョナゴールド(りんご娘)宇野祥平 西川洋子
2021年6月18日(金)より青森先行上映、6月25日(金)より全国公開
(c)2021「いとみち」製作委員会
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