入江悠監督、”ちくわ弁当”片手に「ミニシアターだからできること」を語る。『シュシュシュの娘』舞台挨拶

 

 コロナ禍で苦境に立たされたミニシアターを、映画を作り、上映することで応援したい。そんな気持ちで『SRサイタマノラッパー』シリーズ以来10年ぶりとなる自主映画製作に挑んだ入江悠監督最新作、『シュシュシュの娘』が、8月21日から全国公開中だ。8月11日の全国一斉プレミア試写会を経て、9月18日から公開中の元町映画館で、19日上映後に入江悠監督が登壇し、舞台挨拶を行った。




 元町映画館では、今年MOOSIC LAB内で『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』で初めて入江監督作品を上映。一方、入江監督も何度か足を運んでいただいていたものの、ロードショー作品上映に伴う舞台挨拶をするのは初めて。そんな入江監督が登壇時に手にしていたのは、元町映画館が隣にある<持ち帰り割烹 優里>とコラボして上映期間中特別予約販売しているちくわ弁当!


「お弁当を持って舞台挨拶をするのは初めてです」

と言いながら、ミニシアターのこういうところが嬉しいとまんざらでもない様子。さらに、

「『SRサイタマノラッパー』でシネマスコーレに伺ったとき、作品でブロッコリーが出てきたので、ブロッコリーを煮詰めた”ブロ汁”を1杯100円で売っていました」とシネマスコーレ愛に溢れる思い出を語った。



■映画を作り、お客さまに映画館へ戻ってきてもらいたい

 コロナ禍でミニシアター・エイド基金をはじめ、様々な支援企画が立ち上がる中、入江監督が選んだのは映画を作ってミニシアターで上映するということ。『シュシュシュの娘』が公開する時期までコロナ禍のひどい状況が続くとは思わなかったという林支配人に、入江監督は、

「SFや『復活の日』が好きなので、ウイルスがしぶといことは知っていました。色々考えましたが、やはり映画を作り、お客さまに映画館に戻ってきてもらいたかったんです」

とコロナ禍が続くと予見した上での映画製作だったことを明かした。

 さらに、本作は自主映画ならではの、やりたかったことが詰まっているという入江監督。その一つとして挙げたのが、商業映画では絶対に通らない企画ながら、いつかは絶対に作りたかったという忍者モノだ。実は出演の井浦新さんも忍者モノに心ときめいた一人。ただ映画公開当初は、お客さまに映画館で驚いてもらいたいという狙いから、忍者モノであることは公式サイトでも伏せていたという。

「シネコンでご覧になる若年層の方は、笑えるとか泣けるとか、ゴールを知って観にきている方が多いように感じますが、映画を観るときに、もう少し賭けのような部分があっていいのではないか。そしてミニシアターならそれができるかなと思いました」




■女性が主人公なら、ミッションを遂行しながらも毎日の食事やダンスも並列に描ける

 主人公を男性にするか女性にするか悩んだという入江監督は、

「男性が主人公だと暗くなってしまうし、ラップならラップと一つのことに没頭してしまいがち。やはり映画館に来て、笑って元気になってもらいたいので、今回は女性にしました。女性ならミッションを遂行しながらも毎日の食事やダンスも大事にする。そんな風に並列で描けると思ったんです」

さらに、主人公の未宇が踊るダンスの絶妙な抜け感を林が絶賛すると、

「オーディションでも踊ってもらいましたが、福田沙紀さんのダンスが一番面白かったんです。田舎でおじいちゃんと二人暮らしの娘がするだろうなというダンスを現場でも、(特に指示せず)その場で踊ってもらいました。本当にセンスのある俳優さんです。僕自身が日頃はあまりしゃべらず、映画でもアクションで表現することが多いので、未宇のセリフが少ないのは僕自身を投影しているかもしれません」

未宇の友人役で深谷シネマ通いをする姿も印象的な紗枝子を演じた根矢涼香は元町映画館でも特集上映を組まれ、縁の深い俳優だ。本作では福田さん同様、オーディションで紗枝子役を射止めている。

「僕は埼玉の外れの方出身ですが、根矢さんも茨城郊外のニュータウン出身なので、郊外の空気感を掴んでくれました。ドンキホーテにいるような女の子というイメージでしたね」


■「この映画は映画館を試す」と言われたスタンダードサイズ

スタンダードサイズも自主映画だからこそできたこだわりの一つだ。

「スタンダードサイズだと空が高く写り、フィクションだけどドキュメンタリーのような部分が出ているのではないでしょうか。僕も2020年を感じながら撮りたいと思いました。また、今はなかなかスタンダードサイズの映画を観る機会がないので、はじめてスタンダードサイズを観たという人がたくさんいればいいなと思っています」とその思いを吐露。さらにシネマスコーレの坪井さんから「この映画は映画館を試してきますね」と言われたことに触れ、

「映画館のスクリーン横の幕(カーテン)が、シネコンだと閉まらないんですよね。画面サイズと幕の位置が合わずに気持ち悪いことがあるので、きめ細やかに幕を対応してくれるミニシアターで鑑賞すると、『映画館で観た』ことが残ると思うんです」



■「食事を美味しく撮れる映画監督」へのリスペクトと、ちくわ秘話

『シュシュシュの娘』の代名詞のようになっているちくわには、『SRサイタマノラッパー』でブロッコリーやこんにゃくを使うことにはじまり、入江監督の中で「食事を美味しく撮れる映画監督」へのリスペクトがあるという。食が美味しそうな作品には傑作が多いと、その最たる例として宮崎駿監督を挙げながら、ご飯のシーンを美味しく、または一人寂しくと、食のシーンから多くのものが浮き上がるように心がけた。

本作では忍者モノにするにあたり、武器を何にするかを検討した結果、手裏剣はコスパが悪いので、毎日自分で弁当を作るような堅実な未宇が安くて簡単に作れるものと考えた結果、吹き矢が浮かび、学生インターンたちとシャンプーのポンプなどを使って、最終的には釘を使ったものまで作ったという。

「吹き矢を武器にしようと思ったとき、それなら未宇が毎日作るおかずで好きなものは何だろうと考え、ちくわだと。一人で淡々とちくわを煮ている感じがキャラクターを表すと思うし、生活感が出ると思うんです。あるお客さまから、ちくわは芯がないので主人公みたいと言われ、そういう解釈もあるのかと印象的でした」



■笑ってもいいと思ってもらうための80年代ミュージック

80年代テイストの楽曲を使うのは、最初から決めていたという入江監督。最近はあまり映画で使われていないことと、作品が勧善懲悪もの&忍者モノだからといって時代劇調のものをつけるとミスマッチすると指摘。特に、前半は重い内容ながら、80年代テイストの曲が流れることでズレが生じ、お客さまに「笑っていいんだ」と思ってもらえる空気が出せるのではと入江監督。逆に80年代テイストの曲がなじまなかったというクライマックスでは、マカロニウエスタンっぽい音楽に変えることで、痛快さを演出できたという。


「なぜミニシアターを応援するのか」と聞かれることが多いというが、この日の元町映画館で100年前のサイレント映画『極北のナヌーク』が上映されたように、そういう環境があることの貴重さを訴えた入江監督。「もう忍者モノと言っちゃっていいですから、忍者好きも、お客さまにも戻ってきてもらいたいですね」と、最後まで映画愛、映画館愛、そしてシュシュシュ愛が炸裂した。『シュシュシュの娘』は10月1日まで元町映画館で絶賛公開中!