『名付けようのない踊り』田中泯がみせる魂の表現


 ダンサーとしての田中泯の活動になかなか触れる機会のないまま、俳優としての田中泯の底知れぬ存在感にいつも圧倒されてきた。わたしが俳優、田中泯を知るきっかけだったのは『メゾン・ド・ヒミコ』だが、その犬童一心監督が、以降交流を重ね、今回2017年8月から2019年11月までの世界各地を巡る田中を撮影。アニメーション作家、山村浩二によるアニメーションや過去のダンス映像を交えながら、過去から現在までの田中泯さんの生き方と踊り、その人生哲学に迫る凄まじい作品が誕生した。



 田中泯の踊りは「場踊り」と呼ばれる。もちろん用意された舞台だけではなく、田中が訪れた街で、街を散策しているときにさりげなく始まる(ように見える)。気がつけば人だかりができる中で、田中の全身を使った表現は様々な姿を見せる。決まった形やステップがあるわけでもなく、私たちが想像する”踊り”という概念を突き破り、全感覚を研ぎすませている。そして、その時の土地で感じること全てと自分をコネクトさせ、時には地面に顔を押し付け、時には飛び上がりそうになりながら、全身全霊で表現している姿を見事なカメラワークで映し出しているのだ。




 『頭山』や数多くの絵本で知られる山村浩二によるアニメーションは、そんな田中の幼い頃の記憶や彼の中の子どもの心を見事に再現。田中自身のナレーションと共に、田中の幼少時代を追体験させてくれる。田中の踊りも、その幼少体験が色濃く反映されており、踊りを通して、時空を超えて”あの頃”に戻っているかのようだ。



 まさに全身を使い、スローモーションのような動きでその筋肉で引き締まった肉体が露わになる田中。だが、その筋肉は日々の農作業で培っていたのだ。80年代に農村へ移った田中がそこで農業を営み、村の人々と物々交換をしながら土を触り、作物を作って、体に取り込み生きることから生まれるものを自身の基本としてきた。そこで培われた生きる力が、昔から連綿と続いてきた名もなき人の踊りとつながり、それを田中が体現し続けているのではないか。


 そこにいきつくまでの田中がパリで脚光を浴びたほぼ全裸でのパフォーマンスをはじめ、田中のダンサーとしての軌跡、さらには俳優としての軌跡も追いつつ、田中の人生哲学を味わうことができる見事な構成。舞台のスタッフにも同じ仲間として優しく声をかけ、どんな人にも誠実である田中の人柄も浮かび上がる。いつかは生で舞台をと思わずにはいられないが、まずは大スクリーンで、唯一無二の踊りを存分に味わってほしい。

(江口由美)



<作品情報>

『名付けようのない踊り』

監督・脚本:犬童一心

出演:田中泯、石原淋、中村達也、大友良英、ライコー・フェリックス、松岡正剛

2022年1月28日(金)より、シネ・リーブル梅田、イオンシネマ シアタス心斎橋、T・ジョイ京都、シネ・リーブル神戸ほか全国公開

配給:ハピネットファントム・スタジオ

(C)2021「名付けようのない踊り」製作委員会