タブー視されてきた性暴力問題を、カザフスタンの美しい景色の中で描く狙いは?『赤ザクロ』シャリパ・ウラズバエヴァ監督インタビュー
3月21日に閉幕した第17回大阪アジアン映画祭(OAFF2022)で、コンペティション部門作品としてシャリパ・ウラズバエヴァ監督(カザフスタン)の『赤ザクロ』が入選し、日本初上映された。
夫とその連れ子の三人で暮らすアナールは、都会から田舎に移り、妊娠期間を穏やかに過ごすはずが、連れ子はなかなか懐かず、やっと探したスーパーの仕事もうまくいかない。ある日、学校行事から帰ってきた子どもの様子がおかしいことに気づき、性暴力に遭ったことが発覚するが、仕事を求めて鉱山へ行った夫と連絡が取れず、相談する相手もいない。アナールは警察に被害届を提出するが、思わぬことを告げられるのだった。
初長編の『マリアム』(OAFF2020)に引き続き、第二作の本作でも、困難な状況に置かれた妻の葛藤と決断を描いたウラズバエヴァ監督。特に本作では一人苦悶する主人公の心情を圧倒的な美しさを讃える大自然の中で描き、記憶の中の苦しい出来事も映し出す。男性が圧倒的に優位な社会で信念を貫くことの難しさと、それでも声を上げることで救える人がいることを示すラストに心震えた。
本作のシャリパ・ウラズバエヴァ監督のリモートインタビューの内容をご紹介したい。
■男性は強く、尊敬される存在でなければいけない絶対的な文化と、タブー視されてきた性暴力問題
―――前作の『マリアム』も夫が家を出ていく設定は同じですが、主人公の性格は正反対のように思えました。対照的な人物を描くという意図があったのでしょうか?
ウラズバエヴァ監督:カザフスタンはイスラム教の国で、男性を立てなければならず、女性は男性から一歩も二歩も下がる存在であるべきだという文化があります。ですから、アナールは、女性の従順さを持つキャラクターをイメージしました。みなさんお分かりの通り、アナールが尽くしている夫は、良い男性とは言えません。ろくでもないかもしれないけれど、その夫に対しても従順である姿を見せたかった。でも、アナールの内面には我慢強さがありますが、一見したところのイメージとしては柔らかく優しい感じを表現したいと思っていました。
―――映画祭公式動画インタビューで、本作がカザフスタンで起きた男児に対する性暴力事件が着想のきっかけと語っておられましたが、このような問題を取り上げた映画は、今までにもあったのでしょうか?
ウラズバエヴァ監督:今まで、映画でこのような問題は描かれることはありません。やはりカザフスタンはイスラム教の国で、男性は強くなければいけない。いつでも尊敬される存在でなければいけないという絶対的な文化があります。ですから、もし男性が惨めな目に遭うというテーマを大っぴらに出してしまうと、社会においてデリケートすぎるテーマだからこそ、反響が大きすぎてしまい、とても危険です。直接的な表現をすれば、私自身が攻撃の対象になりかねません。ですから、今回は直接的に性暴力に遭うシーンを描かず、女性の目線で、女性が気づき、女性が行動するという描き方を心がけました。
―――性暴力に遭った夫の連れ子の登場シーンが最小限だったのは、そのような事情があったのですね。アナール自身の幼い頃に遭った性被害についても、別の手法で描かれています。
ウラズバエヴァ監督:今までカザフスタンでは、かなり頻繁に女性が性暴力に遭っており、それがほぼ当たり前のことのようにまかり通っていました。性暴力を受けた本人が声を上げることが難しいだけでなく、両親がそれを知っても声を上げて社会の問題にすることはありませんでした。ただ黙って泣き寝入りするしかなかったし、社会も見て見ぬ振りをしてきたのです。実はわたしもそのような経験があり、親にも誰にも言えず、自分だけで抱えるしかなかった。時間が経てば記憶は薄れていきますが、目を閉じれば思い出すことは今でもあります。また、若い女性を誘拐するグループも存在しており、わたしも何度か誘拐されそうになったこともありました。誘拐されると、安全に帰ることもありますが、とても残念な結果に終わってしまうケースもあります。これらは社会の中で言ってはいけないけれど、常にあるという本当に閉ざされたテーマなのです。
■国に留まるか、新天地を求めるか。若者たちと監督自身の考えを反映した夫婦設定
―――とても話しづらいことを語っていただき、ありがとうございます。さらに考えさせられたのは夫婦の価値観の違いです。この夫婦の描写について、どのような考えで取り入れたのでしょうか。
ウラズバエヴァ監督:今、カザフスタンの若者たち、特に男性たちは韓国やアメリカに行く人が非常に多いです。そこで何かいいことが起こるのではないか、いい仕事ができるのではないかと考え、希望を持って旅立っていきますが、それは逃避しているようにも見えます。一方、アナールには私自身の考えを投影しています。今、カザフスタンは良い状況ではなく、汚いもの、見たくないものがたくさんある状態ですが、そこから皆が逃げてしまったら、誰がこの国を良くするのでしょうか。誰がその場所をより良い場所にし、次の世代に繋げていくのでしょうか。そのような気持ちを込めて、男性像、女性像、そしてカザフスタンの国の状況を描きたいと思い、夫婦のイメージを作っていきました。
―――妊婦のアナールが常にヒールを履いているのは、なんらかの演出の意図があるのでしょうか?
ウラズバエヴァ監督: どんな立場であろうと、どんな状況であろうと、女性が女性らしくありたいと願う気持ちは変わらないと思うのです。カザフスタンでは、日本のように妊婦はヒールで歩いてはいけないという考え方が強くないので、ヒールを履く妊婦もいれば、履かない方が楽だと考える人もいます。わたしとしては、女性がどんな状況においても自分らしくありたいという意思を見せたかった。そして、アナールの心理を読み解くと、自分がどのような状況であるかを他人に見せたくないという気持ちもありました。妊婦であることを他人に知られたくないという心理から、ヒールを常に履くという選択をしたわけです。
■いかに美しい景色のある国でも、心が満たされていなければ悪いことをするのが人間
―――アナールの鬱屈とした心の内を表現するために、美しい風景が非常に効果的でした。この手法はウラズバエヴァ監督の映画言語になっていると思いましたが、そのように景色の美しさにこだわる理由は?
ウラズバエヴァ監督:美しい景色を通して物語をみなさんにより深く感じていただきたいと思っています。物語自体がとても重苦しいですし、いやなものを見たり、いやな印象を得てしまうかもしれません。ですが、単にいやなものとして表現するのではなく、美しさの中にそういうものがあることを感じていただきたかった。人は悲しいことや辛いことがあった時、悲しい気持ちになり、心の中で増幅してしまいます。そこで外の美しい景色を見ることはとても重要なことですし、それによって、ハッと目が覚めることもあります。そういうプロセスを観客にも感じてほしいという狙いもありました。
映画の中で表現した景色は、すべてカザフスタンの美しい景色を選びました。あれほどの美しい景色がありながら、今まで申し上げたような問題をたくさん抱えていますし、人々の生き方も美しくない。いかに美しい景色のある国でも、そこで住む人たちの心に隙間があり、その人の心が満たされていなければ、人は悪いことをしてしまいます。国のせいではなく、個人のせいだというメッセージを込めています。
―――非常に深い意味が込められていますね。ちなみにどんな監督に影響を受けたのですか?
ウラズバエヴァ監督:わたしがいつも尊敬しているのは、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督です。前作の『マリアム』ではジェイラン監督の『スリー・モンキーズ』のワンシーンを使っているほどです。ジェイラン監督の作品はすべて観ていますし、彼から学んだことはとても多いです。いつても振り返り、新しく学んでいますし、とても大きな影響を受けていますね。
―――ラストシーンは一筋の希望を感じる素晴らしいシーンでしたが、最初からこのラストを想定していたのですか?
ウラズバエヴァ監督:非常に重い内容なので、最後は明るいシーンで終わろうと思っていました。お互いの関係性や内面をより幸せなものして終わろうと考えて撮り始めました。
■コーランで「楽園の果実」を意味するザクロに込めた想い
―――最後に本作のタイトルのザクロは作品中に果物そのものとしても登場しますし、アナールの名前とも関係するなど、映画のモチーフになっています。そこに込めた想いを教えてください。
ウラズバエヴァ監督:わたしたちイスラム教徒はコーランが生活に密着しているのですが、コーランの中でザクロは「楽園の果実」と記されています。ですからザクロは聖なる食べ物でもあるし、それを食べると幸せになれるという意味がある果実なのです。アナールが経験した人生はとても辛く、悲しいものですが、彼女の名前は「楽園の果実」という意味があるという対比をしています。最終的にはザクロを通してカタルシスを表現できればと思ったのです。
(江口由美)
<作品紹介>
『赤ザクロ』Red Pomegranate [Qyzyl Anar] (2021年 カザフスタン 113分)
監督・脚本:シャリパ・ウラズバエヴァ Sharipa URAZBAYEVA
出演:アイヌール・ベルムカムベトワ、ボラット・モミンジャノフ、カディルガジ・クアンディコフ
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