「香港に関心を寄せ続けてほしい」歴史的出来事の当事者と若者が見つめる香港のアイデンティティーとは?『Blue Island 憂鬱之島』チャン・ジーウン監督インタビュー


 雨傘運動の最中に身を置き、カメラを回し続けたドキュメンタリー『乱世備忘 僕らの雨傘運動』のチャン・ジーウン監督の最新作で、『十年』のプロデューサー、アンドリュー・チョイやピーター・ヤム(『地厚天高』)とタッグを組み、クラウドファンディングを経て完成させた香港、日本合作映画『Blue Island 憂鬱之島』が、7月22日(金)よりシネ・リーブル梅田、京都シネマ、今秋元町映画館にて公開される。

 六七暴動、文化大革命、天安門事件と中国、香港の歴史的出来事の当事者と、2019年の民主化デモに参加した若者たちが、それぞれの再現ドラマの登場人物として共演するフィクション部分と、撮影後に語り合うドキュメンタリー部分が登場する構成で、自由への希求とその結末が浮き彫りになる。出演時に有罪の判決を受ける見込みがあった青年が、かつて六七暴動で捕らえられ、刑務所での生活を送った当事者と刑務所の部屋の中でふたりきりになって語るシーンは、出所後の周りの変貌ぶりに落胆する声をじっと静かに聞いている青年の姿が胸に迫る。香港の歴史が愛国教育で塗り替えられようとしている今、静かに抗い、自由を希求するものを受け入れてきた香港の歴史を後世まで伝える重要な作品である。

 来阪した本作のチャン・ジーウン監督に、お話を伺った。



■香港で六七暴動について関心が寄せられるきっかけになった『中英街一号』

――――最初にお聞きしたかったのが、大阪アジアン映画祭2018でグランプリに輝いた『中英街一号』デレク・チウ監督の授賞式のシーンです。これを挿入した理由は?

 わたしの映画に投資してくださった方が、『中英街一号』の登場人物にもなっている六七暴動に実際関わった人物で、大阪アジアン映画祭にも参加されました。彼はビジネスマンとして大変成功されていますが、暴動に参加した当時はまだ若かったので、当時感じていた様々な疑問や問題意識、思い出を探ってみたかったそうです。わたしは映画祭には行けなかったのですが、スタッフが授賞式の場面やパーティー会場の映像を撮っていました。デレク・チウ監督はすでにイギリスへ移住しており、昨年監督が香港に戻った時に、この映画の話もしたんですよ。


――――残念ながら日本では配給がつきませんでしたが、香港では時間がかかったものの劇場公開されたと聞きました。どんな反応があったのでしょうか。

 香港では正式に配給がつき、映画館で上映されましたが、上映回数はそんなに多くなかったですし、わたし自身も映画館で観ることができず、別の形で鑑賞しました。『中英街一号』公開後は、六七暴動について関心が寄せられ、議論も活発に行われたと記憶しています。



■映画の中でも模索した「アイデンティティーを感じる原体験」

――――チャン・ジーウン監督は香港生まれで、10歳のときに香港が中国へ返還されたことが香港人のアイデンティティーを感じた原体験になったのでしょうか?

 わたしはずっと自分が香港人だと思っていますが、中国返還当時の香港は政府も世論も、我々は中国に戻ったとお祝いムード一色だったのです。2008年の北京オリンピックや四川大地震で、我々は中国人だという意識が浸透しつつありました。それは否定すべきことではありませんが、この10年の中国政府のやり方に、香港人の間では地元意識がとても高まってきたのです。自分たちが香港で生まれ、生きてきた中で培った独特の価値観があります。つまり、自由があり、民主主義で法治社会であることが当たり前の中で生きてきたわけです。中国が香港の制度や法律に関与するにつれ、大陸(中国)の社会主義的価値観とは全く違うということに気づきました。

 香港は一国二制度のもと、自由が保証されていたのですが、近年中国は香港の一国二制度を守らないばかりか、それよりも“一国”の方が上だという主張をずっと繰り返しています。香港の自由が奪われ続けることを黙って見ているわけにはいきません。ですから従来我々が享受してきた高度な自由、民主主義、法治社会を必死で抵抗して守るように展開してきました。

 「アイデンティティーを感じる原体験」について、この映画の中でも探索してきました。映画の中ではいくつかの時代の香港の出来事、事件を描いていますが、関わっている人たちは年代や身分、社会的立場が違っていても、皆、「香港とは何か、どういう場所なのか」を考えています。まさにご質問いただいたことと、わたしが映画で探求しようとしていることは全く同じなのです。



■2014年雨傘運動と2019年民主化運動の違いとは?

――――前作の『乱世備忘−僕らの雨傘運動』はデモに参加しながら撮影し、デモの中から香港の人々の怒りや連帯を捉えましたが、その経験から学んだことや、本作にどのように生かされているのか、教えてください。

 2019年の民主化運動と2014年の雨傘運動は随分と異なることに気づきました。雨傘運命は自発的に生まれた市民運動で、学生たちが道路や広場を占拠し、路上で暮らしていましたし、誰もマスクをつけず、若者たちは自分たちが要求していることや主張を続けていました。ところが2019年は逃亡犯条例改正案に反対するためのデモについて、前回と同様に運動そのものを記録したドキュメンタリー映画を撮るのは難しいと思いました。一つは、みなさんマスクをつけていて、顔が見えないフェイスレスです。もう一つ、運動自体も流動的で、個人個人にインタビューをすることは、その人だけでなく我々撮影隊にも危険が及びます。しかもリスクが高い。全てドキュメンタリーにするのは難しいというのが大きな気づきでした。

 さらに、2014年の雨傘運動は記者たちがライブストリーミングをする技術がまだなかったのですが、2019年には独立系の記者たちは皆、スマホ片手に現場に向かい、ライブストリーミングで中継をしていたのです。運動参加者を撮影し、視聴者と直接コミュニケーションを撮れたのです。わたし自身もそれがすごく新しいと思いましたし、今回はそのような新しいことを取り入れて、映画を作っていきました。



■文化大革命で中国から、自由を求めて香港に渡った青年たち

――――中国の文化大革命が当時の知識人や若者たちにいかに被害をもたらしたかはドキュメンタリーなどで知る機会がありましたが、本作で登場するチャン・ハックジーさんのように自由を求めて泳いで香港に渡ってきた人がいることは知りませんでした。

 文化大革命が起きてまもなく、中国から逃れて香港を目指し、非常に多くの人がやってきました。その背景として、都会の若者たちが、山や田舎に行って農民たちから学ばなければいけないと、下放されたのです。チャンさんは当時中学生でしたが、田舎で農民になりたくなかった。勉強して大学に行きたいという気持ちが強かったのです。当時の中国にはチャンさんと同じ気持ちの学生がたくさんおり、彼らはいつになれば学校に行って勉強することができるのかわからなかったのです。チャンさん曰く、自分で自分の人生をコントロールすることすら認められなかったと。決して食べるものがないから香港を目指したのではなく、自由が欲しくて、自分の人生のために、危険を冒して泳いで海を渡り、香港にやってきたのです。当時数十万人の下放青年たちが香港に逃れてきたのですが、香港では「大逃亡」と呼ばれていたそうです。

 危険を冒して中国から香港に渡ってきたのは、香港がとても自由な場所だからです。この映画を通して香港について考える際に、この出来事は一つの定義づけができることだと思います。文化大革命から半世紀以上経ち、今の香港はどんどん自由が奪われ、香港全体が後退しているように感じられます。チャンさんたちは一生懸命泳いで渡り、大半は香港までたどり着くことができなかったそうですが、わたしの友人の父にもそういう人はたくさんいます。

 香港ではドキュメンタリー系のドラマを作る記録劇場という場所があり、逃亡劇を描くためにドキュメンタリーの監督が泳いで渡ってきたチャンさんにインタビューすることになったのです。彼の紹介で僕もチャンさんに出会うことができました。



■自由の象徴、ヴィクトリアハーバーのシーンに込めた想い

――――映画のいたるところにチャン・ジーウンさんが今も日々、海を泳ぐ姿が挿入されます。本作の重要なモチーフになっていますね。

 わたしにとって海は自由の象徴です。特にヴィクトリアハーバーは、独特の景色で、海の後ろには街の風景が見えます。このヴィクトリアハーバーで泳いでいること自体が、もう自由の象徴なのです。これはチャンさんの自由に対する憧れや信念そのものだと思います。驚くことに彼は、天気が良かろうが悪かろうが嵐であろうが、朝8時と午後4時の1日2回、必ず泳ぐのです。ある種のセレモニーのように思えます。我々に対しても彼のセレモニーをもって、香港が自由の場所であることを思い出させてくれるのです。

 実際に10日間、チャンさんが泳ぐところを撮影し、映画では3つの場面を使っています。いい天気の日もあれば、あえてなぜ嵐の日のものも使いました。「香港は自由な場所だけれど、危険にさらされる時もあり、嵐の日はそれを象徴しています。またチャンさんが泳ぐという静かな場面を入れることで、観客の皆さんも少し考えることができるような、思考の時間を提供したいと思いました。こういう映像と運動の激しい抗争の場面を合わせてみるとき、ある種のコントラストがあれば、静かな場面がより静かに感じられるのではないでしょうか。


――――本作は、六七暴動、文化大革命、天安門事件の体験者と、現代の若者がフィクションで共演し、その後両者が対話をしています。意欲的かつ、当時の体験者に追体験させる試みはある意味勇気の要るものでもあったと思いますが、その意図や出演者たちの感想について教えてください。

 この作品は通常のドキュメンタリー映画とは全く違う作り方をしています。リアルの映像を撮りながらも、一部は再現ドラマの形にし、また再現ドラマの現場でもリアルな対話をしています。こういう構成にすると複雑になりがちですが、これらの事件の成り立ちから整理して伝えようとは全く思っていませんでした。わたしが意図したのは、観客のみなさんがリアルな現場と再現ドラマを通して、歴史のある種の一場面を観ていただきたかった。たとえ真実ではなくても、そこにとても大切なものがあると思います。

 このような若者たちをキャスティングし、ある歴史の出来事を再現することで、我々が全員持っている記憶と似たものをお見せできるのではないかと思うのです。記憶とは、非常に主観的なもので、自分の覚えていること以外はとてもぼんやりしています。ですから50年前のことをわたしたちが再現しようとしても、どうしても完璧に再現することはできませんし、主観的になってしまいます。それでいいと思います。真実かどうかは、観客のみなさんに判断していただければと思っています。



■歴史的運動の当事者と、19年民主化運動参加の若者たちとの対話

――――六七暴動当時中学生だったレイモントさんと、19年の民主化運動に参加したケルヴィン・サムさん牢屋の中で語っていた二人が、非常に印象的でした。

 2019年の民主化運動の描き方に関しては、考え方を変えたのです。再現ドラマに出演する若者をオーディションで選んだ際に、その多くが実際に民主化運動に参加し、しかもその最前線で闘っていた若者たちでした。彼らにインタビューする中で、非常に困難な状況にあることを知ることができたのです。今、勾留中で裁判を控えている人もいれば、中には香港を離れることを考えている人もいる。彼らが過去の歴史において大きな事件や事故に関わった人を演じることによって、何か別の効果が得られるのではないかと思いました。

 ケルヴィンが直面していた状況は、演じてもらった67年の運動に参加した人たちの状況ととても似通っており、ケルヴィンが演じることで2つのレイヤーを感じていただけるはずです。おっしゃっているケルヴィンとレイモントが二人で牢屋の中で直接対話しているシーンは、偶然捉えたもので、脚本にはありませんでした。ケルヴィンは、運動に参加することで未来はこのおじさんのようになってしまうのかと思ったり、逆にレイモントはケルヴィンを見て、自分の若い時にそっくりではないかと思う。時代や立ち位置、政治的な信念は違っても、この二人に共通しているものがあります。運動に参加することで裁判を待つ身となってしまった。二人が見つめ合うことで、困った状況にあることを描くことができました。


――――ラストは無音の中、2019年民主化運動に参加し、逮捕された人々のポートレイトを映し出しています。理不尽とも言えるような罪名とともに多くの人々が捕らえられたという現状が露わになり、言葉も出ませんでした。

 ラストのポートレイトで登場した人の多くは、刑務所に放り込まれ、また一部の人は香港を離れており、全体としてはとても悲観的に映っていると思います。でもそうではなく、わたしがこの場面で伝えたかったのは、我々は孤独ではないということです。香港には理念を貫こうとしている人たちがまだたくさんいることを、映像を通して伝えています。



■これからも香港に関心を寄せ続けてほしい。

――――香港の自由を認める一国二制度が実質的に崩壊した今、自由を求めて闘い、手を差し伸べてきた香港の歴史のバトンをどのようにつないでいこうと考えておられますか?またそのために、我々ができることがあるでしょうか?

 おっしゃる通り、民主的な新聞やメディアがどんどんなくなり、教育現場でも言論の自由がなくなり、とにかく政府を批判してはいけないとか、愛国教育が強調されています。こういう状況をわたしも大変心配しています。これでは香港の真実が見えなくなってしまうと思うのです。ですから、わたしは一生懸命映画を撮り、映画を通して本当の香港、香港のリアリティーを直接お伝えしようと思っています。

 わたしが日本の観客のみなさんに期待しているのは、香港のことを忘れないでほしいということです。今はミャンマーやアフガニスタンをはじめ、世界中で民主主義への脅威が大きくなり、代表的な出来事があるときは注目されますが、それが終わるとみんな忘れてしまうわけです。香港にもまだ頑張っている人たちがたくさんおり、刑務所で今は自由のない生活を送っています。彼らに必要なのはみなさんの関心や応援です。この映画をご覧いただき、これからも香港に関心を寄せ続けていただければと思います。


<作品情報>

『Blue Island 憂鬱之島』(2022年 香港=日本 97分)

監督・編集:チャン・ジーウン

出演:チャン・ハックジー、アンソン・シェム、シウイェン、ラム・イウキョン、フォン・チョンイン、セッ・チョンイェン、ヨン・ヒョンキッ、タム・クァイロン

7月22日(金)シネ・リーブル梅田、京都シネマ、今秋元町映画館にて公開

公式サイト:https://blueisland-movie.com/

公式ツイッター:https://twitter.com/blueislandmovie

(C) 2022Blue Island project