カンヌ国際映画祭他世界の映画祭で絶賛。自分の意思とは関係なく移動させられる人たちを岡山・真庭の大自然の中で描く『やまぶき』山﨑樹一郎監督インタビュー
岡山県真庭市で農業を営みながら、地元を舞台にした映画制作を続けるだけでなく、近年は地域での映画教育や、ビクトリーシアターというミニシアター運営など映画に根ざした上映活動も行っている山﨑樹一郎監督。5年がかりで完成させ、カンヌ国際映画祭のACID部門をはじめ、世界の映画祭で高い評価を得ているオリジナルストーリーの最新作『やまぶき』が、11月5日(土)よりユーロスペース、11月12日(土)よりシネ・ヌーヴォ、京都みなみ会館、元町映画館他全国順次公開される。
かつて韓国の乗馬競技のホープで、父の借金を背負い、岡山県真庭市に流れ着いたチャンス(カン・ユンス)と、戦場ジャーナリストの母亡き後、刑事の父(川瀬陽太)に止められてもサイレントスタンディングで平和を訴える高校生の娘、山吹(祷キララ)。それぞれが自分の正義や幸せを求めて、破綻寸前の資本主義社会でもがく様子が、16ミリフィルムのざらついた肌触りで骨太に描写されている。
採石場で働くチャンスの同僚のベトナム人たちや、父が通う店で務める若い中国人女性など、さまざまな背景を持つ外国人たちも登場し、現在の日本の縮図を映し出す。チャンスのパートナーで子どものいる美南役の和田光沙の演技も見逃せない。様々な人生の選択を迫られる登場人物たちの姿を見ていると、「あなたなら、どうする?」と問いかけられているように思える。本作の、山﨑樹一郎監督にお話を伺った。
■映画はどこにいても作れる
―――冒頭はバーバラ・ローデン監督、主演の『WANDA』を思わせるような壮大さがありましたが、ロケ地の真庭に採石場があるのですか?
山﨑監督:実際にいくつか採石場があり、そのうち撮影許可をいただいた場所がロケ地になっています。僕にとっては、真庭市自体が映画セット化していて、大抵ここで撮りたいと言えば撮れます。とてもありがたいです。
―――もう真庭市に移住し、農業を始めてから10年以上とのことですが、そこへ移住した理由は?
山﨑監督:真庭市に父方の実家があったので、家族で夏休みや正月に帰省し、大阪とは全く違う異世界であることを子ども心ながらに感じていました。20代の頃は京都に住みながら映画を作ろうとしていたのですが、ここにいてもなかなか映画が作れないことに気づきはじめた。僕たちは就職氷河期世代で、就職自体に皆が苦労していましたし、映画を作るなら上京し、商業的な映画を作ることを考えた時期もありました。ただ、それまで観ていた映画から、また実際に自分が撮ってみての感想として、映画はどこにいても作れると感じていたのです。東京で商業的な作品を作り、有象無象の中で勝負をすることに一切思いが至らなかった一方で、目の前の食べ物たちが、どこでどのように育ち、どのようなルートでここまで来ているのかに思いを巡らすと、いつタネを蒔くとか、何も知らないと痛感したのです。農業は生きるために不可欠ですから、知っておいた方がいい。競争社会の資本主義の中でお金を奪い合うようなイメージではなく、農業をして育った食べ物をいただき、あと水が飲めれば死にはしないという、漠然とした考えが次第に膨らんでいきました。移住を決意し、農業を始めてから細々とですが16年になります。
■農業と映画監督の二刀流は大変
―――農業をしながら映画を撮るのは、大変ではないですか?
山﨑監督:映画監督として過ごすことと、農家として生計を立てることは本当に大変なので、どちらも成立していないと常々思っています。ただ、映画に関しては誰かに頼まれたものではないので、通常なら1年で作るところを、僕は5年かけて作るということであれば闘えるのではないか。一方、農家は毎シーズンの闘いですからむしろ難しい。今はだんだん面積を減らして調整しています。今は農家の繁忙期と、映画で必要な時間の取り合いが常に起きている状態で、農業は生き物なので、優先しなければそちらでの収入がゼロになることもある。うまくバランスが取る方法を模索していますが、農業をしながら映画を撮ることはオススメしません(笑)。
―――タイトルになっている山吹のことを実はあまり知らなかったなと気づきました。
山﨑監督:調べれば調べるほど、不思議な花なんですよ。大体、春に群生しているところで1ヶ月ぐらいかけて順々に咲いていくのですが、8月や9月にぽっと咲くこともあります。
■自分の意思とは関係なく移動させられている人の物語
―――山吹は映画のモチーフになっていますが、どこから物語を立ち上げていったのですか?
山﨑監督:もともと復興五輪としての東京オリンピックを開催すると政府が宣言したときに、2020年に向けて何もせず、のほほんとして迎えるのは嫌だなと思い、それに抵抗する映画を作りたいという想いが芽生えました。ちょうど新国立競技場を作っているときで、コンクリートやアスファルトを大量に使用し、人を大量に動員するわけです。地方の大きい岩を切り出し、権力のもとに集約させて、権力構造を構築していくというのは、発想的には安土桃山時代の大阪城の石垣と同じです。そこから採石場で石を切り出し、人も物も移動する話が浮かびました。自分の意思で動く移動は素晴らしいと思いますが、社会的要請で動かされるのは不幸ではないかと考えたところから、ベトナムなどの海外からや、福島からの避難民など、本来自分の意思とは関係なく移動させられている人を登場させ、全ての人が移動していく物語を考え始めたのです。
―――山吹の一家をはじめ、各キャラクターもインパクトがありますね。
山﨑監督:山吹の母は、2012年シリア内戦を取材中に銃弾に倒れた戦場ジャーナリストの山本美香さんをモチーフにしています。危険な場所であっても真実を見つけに行くという山本さんの正義を扱わなくてはいけないと思っていました。自分のためだけではなく、シリアの状況を知り、世界の人のために行動したことで亡くなられたことに対し、一般的には英雄視される一方で子どもがいたとすれば、子どもの立場から母の生き方はどのように映るのか。人間の一面性ではなく、清濁併せ持つところを登場人物に投影し、物語を作っていきました。物語が優先なのではなく、人物とその関係性を作っていくというプロセスでしたね。
■カン・ユンスが演じる主人公チャンスの魅力
―――主人公、チャンスは韓国から真庭市にとある事情で流れついたという設定ですが、もともと脚本段階で決めていたことですか?
山﨑監督:カンさんに演じてもらうことになったことで、彼自身が実際に地域おこし協力隊として真庭市にやってきたので、役にも反映させています。なぜチャンスがここにたどり着いたのか、どのような想いで日本に来たのかなどをふたりで一緒に練り上げていきました。カンさんは一流大学卒業後航空会社に就職するものの、演劇をやりたいとイギリスに留学し、カンパニーを立ち上げて公演を成功させ、さらに関東の芸術祭に参加するため日本人の妻と来日し、評価を得たそうです。今は一家で真庭市に移住し、コロナ前は、外国人向けのシェアハウスを運営し、シェアハウスを訪れた観光客やアーティスト・イン・レジデンスの人が真庭の人たちに自国の料理を振る舞う「旅人食堂」を企画し、大繁盛しました。カンさんは演劇をするために各地を転々としているのですが、やることが全てうまくいくので、自分が演じる時間がないとこぼしていたので、今回は彼を主演にし、役を膨らませていきました。
―――カンさんは何でもうまくいく、まさにチャンスと真反対の人なんですね。演じているチャンスは、真面目に生きているのに外的要因で歯車が少しずつ狂っていき、最後はお金の誘惑に負けてしまう切ない役どころです。
山﨑監督:日本人の役者が演じると悲壮感が勝り、とても暗い登場人物になってしまうところですが、カンさんが演じるとちょっと面白く滑稽に見えたりして、暗くなりすぎない。とても魅力的な俳優です。
■念願の16ミリフィルムで撮影
―――今回は16ミリフィルムで撮影しているのも大きな特徴ですね。
山﨑監督:いつもフィルムで撮りたいと思っているのですが、コストや技術面でなかなか厳しかったのです。でも今回は自然を映すシーンが多いですから、デジタルカメラで撮るのはどうかと悩んでいたところ、16ミリフィルムで撮影した『月夜釜合戦』の上映に同作の佐藤零郎監督と立ち会った際、羨ましいという話をしていると「樹一郎さんも、絶対に16ミリフィルムで撮影したらいいですよ!」と念を押されて(笑)。その時、佐藤監督と一緒に行ったトークショーで、僕が次の作品は16ミリで撮る宣言をしてしまったものだから、その勢いで16ミリでの撮影が叶った形です。
―――上映はデジタルですが、デジタルで撮った映像とは違い、独特のざらつき感がありますね。
山﨑監督:カメラマンのグレーディングの狙いでもあります。フィルムの感度によっても違うので、ドキュメンタリーのような光があまりない状態での撮影では、大体感度の高い、ざらつかざるを得ないフィルムを選ぶことになるのですが、それこそ16ミリフィルムの風合いだし、僕自身そういう映画が好きだったのです。
■映画と相性がいい俳優、祷キララ
―――祷キララさんが演じる山吹の存在感が際立っていましたが、キャスティングや役作りについて教えてください。
山﨑監督:誰に山吹を演じてもらうかは、一番迷ったところです。祷さんのことは頭にあり、彼女なら演じられると思いながらも、オーディションを行い、この人なら演じられそうだと思う人もいて、本当に迷いました。映画の重要な部分がこのキャスティングで決まるわけですから。やっぱり祷さんがいいなと思っていたところ、偶然映画のスタッフで祷さんの父親と知り合いの人がいたものだから、3人で飲みながら映画のことを話して、キャスティングの相談をすると「絶対、キララは喜ぶと思います」と。すぐに娘のキララさんに電話をしてくれ、受話器の向こうから「やりたい!」という声が聞こえてきたのです。それがきっかけで無事オファーできましたね。
―――祷さんが演じた山吹は、街頭でサイレントスタンディングをする高校生で、凛とした強さがあります。
山﨑監督:山吹を演じるにあたり、彼女にどのような背景があるのかや、父親との距離感を一緒に話しながら、作り上げていきました。ただ、それをあまり考えすぎないで演じてほしいとは伝えました。考えて動いているような素ぶりはまったくなく、これぞ山吹という演技でした。あと祷さんは柴田剛監督の『堀川中立売』や安川有果監督の『Dressing Up』を見ていても、とても映画と相性が良いと思います。
―――山吹と、川瀬陽太さんが演じる警察官の父の関係について教えてください。
山﨑監督:一つ念頭にあったのは、イデオロギーと愛情は一致していなくてもいいのではないかということです。完全にリベラルな人と、完全に保守的な人が尊敬し合うことはどういうことなのか。そこから、山吹をジャーナリストと警官の娘に設定しました。ありそうでないとも言えるし、絶対にないと言われるかもしれない。でも、人類はそこを超えたいよねと。そういう大きなことを考えながら、愛した妻を戦地取材で失い、今は中国人の若い女性に会いに行くということはありえるし、川瀬さんが演じたら説得力がある。そういう人がいると思えるし、一方で中国人の女性がなぜ日本でそのような出稼ぎをしているのかという事情もある。皆人間臭く、理想と現実の間で矛盾を抱え、尊敬もされれば嫌われもする。みんな少しずつ間違った判断をしていることも描いています。
■実際のサイレントスタンディングを参考に
―――国会前でのサイレントスタンディングはよくニュースでも取り上げられますが、地方で届くかどうかわからなくても、声を上げ続けるサイレントスタンディングが何度も映し出され、印象的でした。
山﨑監督:ジャーナリストと警官の娘である山吹が、日頃何をしているのかを考えたとき、デモという行動ではないなと思っていたところ、映画に登場した場所で実際にサイレントスタンディングが行われていることを知ったのです。映画では実際に使っている看板も登場しています。僕自身も一度立ってみると、帰宅中の小学生と話をしたりしますし、井戸端会議的な感じで集まっていて、とても良いなと思いました。実際のサイレントスタンディングのリーダーもとても感じの良い人で、こういう大人なら山吹も心を開くのではないかと。そこからリーダーや他のメンバーとその場を共有していくという流れにしていきました。
―――これで真庭で作った映画は3本目になりますが、真庭の人たちに与える影響も含めて、今までの活動について思うことはありますか?
山﨑監督:僕が真庭市に移住するまでは、映画を観に行くのに車で1時間以上かかるような状況でした。そこからいろいろな人に協力していただき、短編を撮り、長編を撮り、ミニシアターを作りました。真庭市も応援をしてくれますし、いい距離感で、少しずつでも映画が地域に根付くお手伝いができればと思っています。今は5年ほど前に図書館にシアターができ、今年は不定期ですがミニシアター(ビクトリーシアター)ができたので、真庭市全体で2スクリーンなんです。市の一番大きな文化センターにもプロジェクターが入りましたし、少しずつ変わってきています。
■映画をいかに好きになってもらうか〜フランス映画教育の取り組み
―――最後に、フランスの映画教育を真庭市でも実践されていますが、映画を教育に取り入れる試みについて教えてください。
山﨑監督:映画全体のお客さんが減っていく中、すぐには解決できないけれど、今の子どもたちに映画に触れてもらい、映画をいかに好きになってもらえるかを、フランスは30年以上前から取り組んでいるのです。子どものころから、年間3本の映画を映画館で観るという文化施策を行っています。これは結果が出るのに長い年月がかかると思いますが、映画の未来を信じて真庭市でも2018年から続けています。
(江口由美)
<作品情報>
『やまぶき』
(2022 日本・フランス 97分)
監督・脚本:山﨑樹一郎
出演:カン・ユンス、祷キララ、川瀬陽太、和田光沙。三浦誠己、青木崇高、黒住尚生
2022年11月5日(土)〜ユーロスペース、11月12日(土)~シネ・ヌーヴォ、京都みなみ会館、元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒https://yamabuki-film.com/
※11月12日(土)シネ・ヌーヴォ、京都みなみ会館、元町映画館にて山﨑樹一郎監督舞台挨拶あり
(C) 2022 FILM UNION MANIWA SURVIVANCE
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