身近な誰かに「大丈夫」と肯定してもらうことが、作品にとって大事だった 『朝がくるとむなしくなる』石橋夕帆監督インタビュー


 第18回大阪アジアン映画祭で「JAPAN CUTS Award」を受賞した石橋夕帆監督最新作『朝がくるとむなしくなる』が、12月15日より出町座、12月16日より第七藝術劇場、元町映画館にて公開される。

主演の唐田えりかが演じるのは、半年前に会社を辞め、今はコンビニでアルバイトをする希。中学時代の同級生、加奈子を芋生悠が演じる。代わり映えのしない希の日常に、少しずつ変化が訪れ、閉ざした心に少しずつ光がさしていく様子を、丹念に描いている。一見何も起こらないように見える物語は、日々の生活の中で感じるちょっとした違和感や心に刺さる小さなトゲを静かに捉え、現代社会を冷静に見つめている。自分の存在を肯定してくれる友達が、いかにかけがえのないものかが身に沁みるヒューマンドラマだ。

 本作の石橋夕帆監督にお話を伺った。




■毎日積み重ねてがんばっていることは当たり前にできることではない

―――『朝がくるとむなしくなる』というタイトルは、生きづらさがストレートに胸に響いてきますね。

石橋:学校や会社に行くこともしかり、毎日積み重ねてがんばっていることは当たり前にできることではないし、その大変さを噛み締めながら、みなさんがんばっていると思います。朝起きて、「学校かー…」とか「会社かー…」と思う瞬間は本当に誰にでもあり、主人公の希も、そのような感情を抱いて生きているキャラクターなので、わたしの直感でつけたタイトルになっています。


―――本作では初長編の『左様なら』(OAFF2019)に引き続き、芋生悠さんが出演していますが、改めて芋生さんとの出会いについて教えてもらえますか?

石橋:芋生さんは短編『それからのこと、これからのこと』(2016)に主演していただいたのが最初でした。芋生さんがご自身の卒業式を終えた翌日に、映画で卒業式の物語を撮るという。絶妙のタイミングで、いい空気感のなか撮影できました。以降、プライベートでも仲良くさせていただいています。そこから『左様なら』(2018)に繋がったのですが、お互い燃え尽きるぐらいの想いで作品に取り組んだので、正直なところ、次にご一緒させていただくまで、あと10年ぐらい空いてしまうかなと思ってました(笑)今度ご一緒するなら違うイメージの役を演じてもらいたいという希望もありましたし。



■唐田さんと芋生さんの関係値ありきで作る物語

―――なるほど、次作で芋生さんに出演いただくことが必然だった理由があるんですね。

石橋:芸能事務所のフラームさんとIppoの田中佐知彦プロデューサーがコロナ下の助成金、AFF(Art for the future)を使っての企画を立ち上げ、わたしにお話をいただいたとき、主演の候補として挙げていただいた俳優さんの中に、唐田えりかさんの名前がありました。もともと、『左様なら』のクランクイン前に芋生さんから、唐田さんと友達だとお話されていたので、唐田さんと芋生さんの関係値ありきで作る物語なら、何かいいものができる気がしたんです。思いのほか早く、芋生さんとご一緒させていただく機会が巡ってきましたね(笑)



■唐田さんへの願いを込めて作ったストーリー

―――唐田さんが演じる希のキャラクター設定はどのように決めていったのですか?

石橋:せっかくなら当て書きにしようと思い、主人公のバックボーンを考えました。唐田さんが報道によって一時期活動停止を余儀なくされたことについて、事実に関して言及する立場にはないと思っていますが、状況自体にはすごく、違和感を覚えていました。圧倒的多数の、ひいては国民レベルでひとりの人間をあそこまで追い詰めるというのは、果たして正しいことなのかと。『左様なら』でも、同じような感覚と向き合っていたように思います。


―――希は、中年男性客からカスタマーハラスメントを受けますね。

石橋:わたしも学生時代にコンビニやファミレスでのアルバイト経験があるのですが、接客時間が短い職種は、お客さまから強く当たられることが多いと感じます。もちろんやりがいもある仕事で、私自身、商品のポップを書くことや、常連の高齢者のお客さまとの交流を楽しんだりもしていましたが、一方的に言いたいことを言って退店するお客さまがいた場合、アルバイト側は言葉をぶつけられたまま、モヤモヤしながら受け止めなければならない状況が起きやすい。


―――店長は希に、度々急な勤務時間延長をやんわりと打診します。

石橋:バイトあるあるですよね(笑)一向にシフトが埋まらない感じとか。ステエションズさんの主題歌の歌詞にも盛り込んでくれていますが、毎日というのは、そういう小さなことの積み重ねです。



■元クラスメイト加奈子と希の距離感

―――小さな違和感を抱きながら過ごす希の前に現れるのが、芋生さんが演じる中学時代の同級生の加奈子です。

石橋:設定上はただの元クラスメイトなので、撮影でお芝居が仲良しすぎると感じたら、「ちょっと、まだ仲良くないから。一旦離れて(笑)」と距離感を調整していました(笑)それだけ仲が良いふたりですが、実は、この作品を通して何年かぶりの再会だったようです。


―――映画でも加奈子は、孤独を感じていた希のかけがえのない希望となっていきます。

石橋:その他大多数に許されることより、身近な誰かに「大丈夫」と肯定してもらうことが、この作品にとって大切なのだと思います。そこは、田中プロデューサーや演出部のみなさんと、じっくりと話し合いを重ねながら脚本を作りました。


―――希の気持ちの変化が、とても丁寧に描かれていますが、唐田さんとはどんなお話をされたのですか?

石橋:設定として、希の前職である広告系企業で、ハラスメント的なことがあったのではと匂わせています。我々の意図としては、そういうことがあったかもしれないけれど、雇用側からすれば違う意見もあるかもしれない。事実を明確にはさせないようにしました。唐田さんとも、希を“ただの良い子”にはしないようにしようという話をしていました。一方、芋生さんが演じる加奈子は、親が離婚したことを打ち明けたり、中学時代に学校でうまくいっていなかった事を匂わせてはいますが、そこは具体的に描かない方向にしました。登場人物それぞれ抱えている事情はありますが、人間同士が接したり、話していることでしか汲み取れないし、その人の主観でしか物事をはかれない。そういう表現を意識していました。



■「こんなもんだよね」と納得できる日常の描き方

―――われわれの日常と同じ感覚ですね。

石橋:フィクションだと、“こんなに大層な出来事があった”と描くことは比較的容易なのですが、そうはしたくないという想いがこの作品にはありました。唐田さんが演じた希は家で淡々と過ごすシーンが結構多いのですが、例えば、料理をがんばろうと奮い立つけれど、結局できなかったとか。「人間ってそんなもんだよね」というニュアンスで描いています。


―――希が部屋でコンビニ弁当を食べているところからはじまり、最後の方には少し変化が見えますが、作ろうとするけどやっぱり…と絶妙の落とし所になっていました。

石橋:ちょっとだけ進歩はするけど、一朝一夕ではうまくはいかないのが現実で。そのあたりのバランスはすごく考えました。なるべくフィクションのご都合主義的なところは排除し、「この感じ、わかる」と納得できる日常の描き方を心がけました。


■撮影前にコミュニケーションを取り、信頼関係を深めて

―――なるほど。いわゆるフィクションのような展開を排したことで、自分たちの生活と地続きのように感じられる物語になっていったのですね。

石橋:インする前に、唐田さんと芋生さんに丸一日お時間をいただき、それぞれが一個人として、ただ“喋る”ということをしました。脚本から派生して、「これって、こうだよね」という話をすることもありましたが、わたしたちが生きていて感じることだとか、自分ごととして考えられるように、意識的に脱線もたくさんしながら、お話させていただきました。脚本の解釈を深めつつ、少しでも信頼関係が築けたらと思っていましたね。


―――監督にとっても、俳優にとっても理想的な準備の仕方ですね。どなたかの手法を参考にされたとか?

石橋:作品を作っていく中で、わたし自身が、演じる俳優さんの人柄や思っていることが掴めないと、コミュニケーションをとることや、演出の狙いを伝えることがうまくできないタイプだと気がついて。特に大きかったのが『左様なら』の演出です。群像劇で、あれだけの人数がいるので、生徒のみなさんのことをわたしが分からなくてはいけないし、生徒役を演じてくださるみなさんも、作品や役のことを個人個人がしっかり把握しなくてはならない。そのように俳優部とのコミュニケーションの取り方を模索している中から生まれた手法です。

 また、2作品とも綿密にキャラクターシートを作り、それぞれの役について、こういう特徴があるんじゃないかとか、こういう想いが核にある人ではないかと事前に話をする中で、キャラクターの掘り下げをしています。


―――事前にキャラクターがしっかり掴めると脚本の理解も深まり、撮影もスムーズに進みそうです。

石橋:わたしは事前にお時間をいただくスタイルなので、現場では、俳優部さんがやりにくそうなときには環境を整えたり、俯瞰できる立場から見たときに「ズレたな」と感じたときは修正して、どうやったら演じやすくなるか相談に乗る。演出の仕方は様々ですが、理由のないリテイクをしてはいけないと思っているので、なるべく演じやすい環境づくりを心がけています。


―――唐田さんは、現場でどのような感じでしたか?

石橋:唐田さんとはコミュニケーションを取りつつ、本読みをしてから現場に入ったのですが、それまでにこちらの想像をはるかに超えるぐらい、希という役を掴んできてくださっていることが伝わってきました。希として存在することに関して、ブレることは全くなかったですし、シーンごとの感情の出し方を調整するレベルで、本番は見事に演じてくださいました。



■地味ながらも楽しんでいただける作品を目指して

―――要領よく生きるタイプではない、頼まれると嫌と言えず抱え込んでしまう希は、身の回りに本当にいそうなキャラクターです。大きなことが起こらない物語を描くのは難しかったですか?

石橋:初期に撮っていた作品は中学生や高校生のとりとめのない日常でしたし、より日常的な人間関係の中で、人と人とが出会うことで自然派生的に生まれる物語を描きたいという想いがあります。一方で、そこまで観客を見放すつもりもなくて、一見地味に思われるような題材やストーリーでも、見せ方やテンポ感、表現を工夫することで楽しんでいただける作品にできるのではないかと思いつつ、頑張っています。


―――途中、希が、コンビニの同僚が地元の同級生に絡まれたとき、思わぬことをやって逃げていくシーンが、映画的に跳ねていますね。

石橋:この映画では意外なアイテムで物理攻撃をします(笑)抑圧されがちだった希が、意図的にというよりは、思わず体が動くという感覚で、パン!と感情が出して、逃げていきます。


■自分がダメになるぐらいなら、逃げていい

―――自転車で去っていく希を見て、逃げるって大事だなと思いました。

石橋:自分のことを尊重してくれず、害してくる相手に、なぜこちらが一方的に傷つけられてまで向きあわなくてはならないのか。そうやって消耗し、どんどん自分がダメになってしまうなら、逃げてもいいんじゃないかと思うことがよくあります。それこそ映像業界で働いていると、徹底的に追い詰められる一方、追い詰めた側は忘れていることがままありますし、その結果やりたいことができなくなってしまった人も周りに結構いるんです。前作にも共通しますが、そこにいて自分がダメになるぐらいなら、「逃げていいんだよ」と言いたいです。


■芋生さんが演じた、心の置きどころがない相手を包み込む加奈子

―――芋生さんが演じた加奈子は、希の不安を汲み取る、ちょっとお姉さん的なキャラクターですね。

石橋:せっかくなら前作とは違うキャラクターにしたいというのは、わたしと芋生さんの共通の想いで、今回はビジュアルイメージもわかりやすく過去作と変えました。『左様なら』は芋生さんの方がフワフワと彷徨っているキャラクターでしたが、今回は心の置きどころがない相手を包み込む側の役を演じてもらいました。

希が加奈子の家を訪れるシーンで、唐田さんがめちゃくちゃ素敵なお芝居をしてくださり、モニター越しに感動しました。でも脚本ではその後で出てくるシーンを希の感情のピークに設定していたので、一旦演出部で集まり話し合ったんです。その結果、希が加奈子との関係を重ねることによって感情が溢れてきたわけで、唐田さんが提示してくれたものがこの物語として正しいのではないかと判断しました。

そして同じシーンの加奈子側を撮影した時、ふたりの心の距離が近いこともあり、最初は芝居的にトーンが沈んでしまったんです。なので、「希のことを優しく包み込んであげて欲しい」と、芋生さんに伝えました。


―――加奈子の「大丈夫」という言葉に救われた人はたくさんいるのではないでしょうか。

石橋:加奈子は希をちゃんと受け止めて、抱きしめる存在でいて欲しいと思っていたので、テイクを重ねながらも、素敵に演じていただけて良かったです。



■少しでもいい明日を期待できるように

―――唐田さんと芋生さんにとっても、この作品でかけがえのない友人役を演じたことで、キャリアの中でも思い出深い一作になるのではないでしょうか。友達って本当にいいなと実感しました。

石橋:そうだと嬉しいですね。学生時代は当たり前に一緒にいるけれど、大人になっても付き合いが続く友達は少ないし、ましてや当時仲良くもなかった人と、ちょっとしたきっかけで新しい関係が築けるというのはなかなかないことだなと思います。他者との関係の築き方は様々で、色んな人に色んな面を見せて生きていると思うのですが、その一つとして友達というのは大事ですよね。

“弱さ”や “不器用さ”は決して悪いことではないですし、そんな自分を肯定してくれる相手がいたら大切にしたい。この作品を見て、少しでもいい明日を期待できるような映画になっていれば、嬉しいなと思います。

(江口由美)



<作品紹介>

『朝がくるとむなしくなる』 (2022年 日本 76分)

監督・脚本:石橋夕帆

出演:唐田えりか、芋生悠、石橋和磨、安倍乙、中山雄斗、矢柴俊博