小川あんと藤江琢磨は「映画の中で、かけがえのない交換不可能なふたりとして存在できていた」『PLASTIC』宮崎大祐監督インタビュー


『VIDEOPHOBIA』、今秋公開予定の『#ミトヤマネ』と、現代社会に増殖する恐怖に鋭い視点を投げかけてきた宮崎大祐監督による初の青春音楽ラブストーリー『PLASTIC』が、7月21日(金)よりシネ・リーブル梅田、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸にて公開される。名古屋を舞台に、幻のバンド、エクスネ・ケディが大好きなふたりが出会った2018年からの5年間をグルーヴ感たっぷりに描いた本作の宮崎監督にお話を伺った。




■1974年発信されたアレシポのメッセージ、「いつか映画に入れたかった」

―――宮崎監督はガールズムービーのイメージが強かったですが、今回は初のボーイ・ミーツ・ガールムービーでは?

宮崎:他の人がやっていることをあまりやりたくない性格なんです。自分と同性の対象を撮ることも、どうせできるんだから、もうちょっと歳をとってからやるよと思っていた。でも、そうではないかもしれない、今まで自分でやっていなかったことを、自分なりに調理する方向に行く時期だと思って挑みました。


―――1974年をフューチャーしていることが、作品の核となっていますね。

宮崎:突如表舞台から消えてしまった幻のバンドと呼ばれているエクスネ・ケディが74年にリリースしたライブアルバムがあり、それに関する映画というのが元々のコンセプトだったことが大きな理由の一つです。僕から見れば、74年というのはロックが商業的なものに切り替わった時期というイメージがあり、その最後の光と言えます。あれから50年近く経ってあらゆる抵抗が商業化されたように見える今、改めてフューチャーする意義があると思ったんです。


―――もう一つ、74年つながりで言えば、同年にアメリカから宇宙に向けて発信されたアレシポのメッセージの映像が何度か挿入されています。

宮崎:アレシポのメッセージは僕が小学生のころから知っており、ずっと興味がありました。絶対に(返信が)帰ってこないとも言い切れないし、返信を期待して「どこどこの天文台が電波をキャッチした」というニュースを追い続けていたので、いつか映画に出したいと思っていたところ、今回は74年をフューチャーするので念願が叶いました。『VIDEOPHOBIA』でも宇宙っぽいくだりを入れているのですが、宇宙的な視点で見たとき、人間であったり、今自分が撮っている映画って何なのだろうかと最近よく考える。まさにその表れでもあります。


―――小学生の頃から、アレシポのメッセージに興味があったとは!

宮崎:UFO好きの少年で、学校に置いてあった小学館の世界の不思議に関するシリーズは全部持っていたし、親戚に質問しに行くぐらい不思議なものに熱中していたんです。妖怪とか、よくわからないものがすごく好きで、ちょっと脱線しますが、1989年、宝塚ファミリーランド(兵庫県宝塚市)に水木しげる先生のサインをもらいに一人で足を運んだのが、はじめて電車で遠出した体験でした。朝一番で並んでいたら誰もいないので、先に中に入れてもらうと、テーブルの横に水木しげる先生が立っていらして。鬼太郎だけでなく、悪魔くんの絵も書いてくださり、書いてもらった色紙2枚を大事に持って帰ったのだけど、家で父に持っていかれ、今も色紙は父の寝室に飾られています(笑)



■宮崎監督が感じた名古屋の魅力と無国籍感

―――なるほど。たくさんの思い出が紐づいていますね。今回は名古屋学芸大学の製作ですが、名古屋の特徴をどう捉えていますか?

宮崎:僕の観てきた邦画で、あまり名古屋は映画の舞台になっていないイメージがありました。名古屋はおそらく今では大阪より経済圏が大きいですし、中心部では5000円近いひつまぶしがあったり、派手な高級ブランドの店が乱立していて、金回りのいい人が多そうに見える。でもちょっと郊外に行くと僕の神奈川の地元と同じような何もない場所が大量にあり、そのギャップが自分の作品に活かせると思いました。また、道が広いのでアジア感も強く、自分なりに特徴的だと思うロケ地を探しました。


―――2018年パートは無国籍感が色濃かったですね。

宮崎:夜になるとおそらく自動車関係の工場で働いているブラジル系労働者の方がたくさんいるし、商店街に行くと、マクドナルドのような外装のケバブ屋があったり、いろいろなものが混じっているのが、これまで作ってきた自分の映画の世界に近い。その雰囲気が前半に圧縮されています。


―――イブキとジュンが度々訪れるダイナーは、アメリカ映画を観ているような感覚になるぐらい内装も外装も見事ですね。

宮崎:名古屋学芸大学の学生が助監督をしてくれたのですが、その子が家の近くにあるダイナーでいいのがありますと見つけてくれました。名古屋の街並みにはアジアや南米的要素が入っていますが、やはりアメリカに憧れている一部の人たちがいました。ロックカフェとかアメリカンダイナーを模したような場所は、日本全国至るところにあります。その一つなのですが、装飾の色もよかったし、お店の方もすごく協力的でよかったです。お店だけでなく、周りの家も全てアメリカ風に改装して、そこだけアメリカのような雰囲気になっているんです。


―――ちょうど先日、アメリカのダイナー映画『サポート・ザ・ガールズ』を観たばかりだったので、思わず反応してしまいました。

宮崎:アメリカ映画にはダイナーが必ず出てくるのですが、日本の映画でなんとはない喫茶店が出てくるような感覚だと思うんです。そんな当たり前の場所がいつも魅力的で憧れていたので、いいダイナーに巡り合い、作品に取り入れられてよかったです。



■コロナの時代をきちんと記録すると意識で挑む

―――コロナ期間を入れての5年間のふたりを描いたのも、混乱の時代を映し出すという意味で大きなポイントだと思いますが。

宮崎:コロナの時期のことを映画に入れると売れないとか、今や誰もネガティブな思い出を引き出されたくないのではと他の企画の関係者に言われたりしたのですが、『PLASTIC』に関しては今の時代の記録にしなくてはいけないと思いました。東日本大震災のときは映画人として記録するものがほとんど何も撮れていなかったので、今回の人類史的にも大きな傷跡を残したコロナの時代はきちんと記録をしなければという意識がありました。鑑賞後、暗い気持ちになってしまうとか、お客さまが減ってしまうかもしれないけれど、僕としてはそれでも撮らなければならない題材でした。


―――実際に、学生たちとの撮影はいかがでしたか?

宮崎:極論ですが映画は超濃厚接触しないと作れない芸術ですから、どの職種よりリスクが大きいのですが、ずっと僕が率先して衛生面での注意喚起をしながら、撮影していました。一方で、映画の撮影現場に馴染んでくれた学生が何人かはいて、その後映画の仕事につなげていっているようなので、それが何よりも嬉しいですね。


―――本作はファッションも見ごたえがありました。70年代風の無国籍な感じを取り入れているのも、カラフルで楽しいですね。

宮崎:ありがとうございます。古いものを撮りながらも、アップデートしたロック観を意識し、イブキを演じた小川さんは体のラインを強調されるものはあえて外したり、ポイントでロック好きだとわかるアイテムを入れています。



■(新人)とクレジットする気持ちで売り出したいジュン役、藤江琢磨

―――エクスネ・ケディ好きのふたりが恋に落ち、映画館デートしたかと思えば、次のシーンではすでに別れの空気が漂う1年後に飛び、驚くと同時に潔いなと(笑)

宮崎:別れるまでの過程を描くのが普通の映画だと友人たちからも指摘されましたが、僕はふたりの「その後」に興味があったので、すぐに移行してしまいました。10代の恋はこういう結末になってしまうのが常ですが、あんな飛ばし方をする青春映画は、なかなかないと思います。


―――ジュンを演じた藤江琢磨さんはどうやって発掘したのですか?

宮崎:まずギターが弾けることが必須条件でしたし、何を考えているかはわからないけれど存在感のある動物的な俳優、例えば若いころの浅野忠信さんのような人を探していたんです。


―――それは、かなりハードルが高い!(笑)

宮崎: 2年ぐらい前に短編を撮ったとき、藤江さんがオーディションで、ナレーションでもいいから参加させてほしいと言ってくれたんです。結局その時は声だけの出演になったのですが、いつかまた声だけでなく一緒にお仕事をしたいと思っていたんです。すごく運動神経がよくて、走るのも速いし、洗濯機の上にもひとっ飛びで乗れちゃう。


―――画的には素晴らしいけれど、よくできたなと思いながら観ていました。

宮崎:僕は身体能力の高い俳優が好きなので。藤江さんはミュージシャンでもあるのでギターも弾けるし、是非ジュンを演じてもらおうと。昔の日本映画でタイトルロールに(新人)とクレジットされていましたが、この映画で藤江さんを僕の見つけた(新人)とクレジットして猛プッシュしたい気持ちです。新人ではないと思うんですが(笑)


―――ジュンが奏でるエレキの音が高校生時代からの5年間で絶妙に変化していきますね。

宮崎:最初の方のノイジーな感じのフレーズは、藤江さんが即興的にブルースコードを弾いてくれているのに、後処理でノイジー感を加えています。また別のパートでは自分で考えてやってもいいですかと言ってくれ、死にかけのコオロギのようなすがっている感じを表現してくれました。彼の音色によって、時代の移り変わる感じが出せて、個人的にもいいなと思っています。


―――イブキ役の小川あんさんも、彼女の魅力が存分に活かされていました。

宮崎:イブキは、優しくてかわいいのだけど、心根では幸せになるための確たる決意を秘めている。考え抜いた末でいろいろなことをロジカルに選択しているような人で、外見と内面、心情と行動がどこかズレている感じが必要でした。特に後半はその感じが必要で、後悔もあるし、心が引き裂かれる思いがするけれど、合理的に考えて自分が幸せになる蓋然性が高い選択をする。そういう自立した人間を見せてもらいたいと思いました。



■『VIDEOPHOBIA』の大ファン、小泉今日子をキャスティング

―――小泉今日子さんがジュンの母役で登場しますが、久しぶりの映画出演なのでは?

宮崎:そうなんですか?小泉さんは大和市の近隣にある厚木市のご出身なので、何か縁があるのかもしれません。昔現場でご一緒したこともありましたし、『VIDEOPHOBIA』のときにDVDを送ったら、大変気に入ってくださり、その流れもあり、今回は母役を演じていただきました。


―――小泉さん演じる母と同級生だったという、ジュンが転校した学校の校長にはとよた真帆さんをキャスティングしています。

宮崎:息子の学校の校長が同級生だなんて、そんな偶然はなかなかないと思いますが、深刻ではない偶然は映画である限りいいと思っているので。お互いに同級生と気づくところのセリフは、とよたさんと小泉さんが自由にセリフを変えながら、演じてくださいましたね。


―――イブキとジュンの初めての映画館デートのシーンで流れていたのが、青山真治監督の『サッド ヴァケイション』でした。

宮崎:本作のプロデューサーが青山監督作品を数々手がけてこられた仙頭武則さんだったので、あそこは青山さんの作品をかけたらどうかと提案いただきました。ご提案いただいた中からこの映画に合うシーンを探した中で、『サッド ヴァケイション』のあるシーンがちょうどいいと思ったんです。映画館デートを撮るのは初めてだったので、ちょっと楽しかったですね。


―――イブキと行動を共にするふたりの同級生友達とのシーンは、宮崎監督らしいガールズムービーの跳ねた感じがしますね。

宮崎:海外留学志望の同級生を演じた中原ナナさんは、最初にキャスティングしたぐらい大ファンなんです。他の監督作品に出演されているのを見て、お声がけしました。お芝居がとても安定していて勘がいい俳優さんなので、今後も僕の作品でご一緒出来たらと思っています。一方、名古屋に残る同級生アユムはキャスティングがとても難しかった。すごく冷静に状況を見ている上、ジェンダー的にも謎めいた役です。そのイメージに合う人を探し続けて、辻野花さんに出会うことができました。ハイスクール映画の黄金率のイメージになっていると思います。



■“サイケデリック界のゴッドファーザー”、石原洋さんとの幸運な体験

―――エクスネ・ケディの音楽が物語を進める上でも、劇中の音楽としても本作の要ですが、コンセプトや作り込みの過程を教えてください。

宮崎:エクスネ・ケディとして歌われている曲が、2020年にリリースされた井手健介と母船のアルバム『Contact From Exne Kedy And The Poltergeists』に収録されており、本作の企画が立ち上がる前から歌詞を覚えるぐらい、何度も何度も聴いていました。だから、覚えた歌詞を脚本に落とし込んでいく作業をしました。井手さんは音楽だけでなく映画にも造詣が深く非常に多才で、脚本の感想もくださるし、編集やスタジオでの作業もおもしろかった。

また、エクスネ・ケディをはじめ、僕の大好きなゆらゆら帝国やBORISをプロデュースしている、“サイケデリック界のゴッドファーザー”、石原洋さんが、この映画にいろいろと力を注いでくださり、なかなか味わえない幸運な体験ができました。


―――音楽の魅力も相まって、躍動感が詰まっていますね。

宮崎:爆発的なシーンを演出するポール・トーマス・アンダーソンやレオス・カラックスが好きですし、僕自身は亀のようにゆっくり動き生きてきた人間なので、アクティブな被写体に憧れるのかもしれません。せっかくの映画なんだから、部屋でダラダラしゃべるぐらいだったら、外を走っていてほしいと思います。家の中ではレコードを聴いて踊って騒いで、無意味な生をもてあまして外を走り回っているような人の方が魅力を感じますね。



■最初で最後の青春映画になるかもしれない

―――今まで避けてきたというストレートな青春映画を作り上げての感想は?

宮崎:周りの売れている方々がやっているようなことを自分もやろうとしたけれど、結果的に自分らしい作品になってしまっている。そんな不思議な感じがして、反省と同時に歓びがあります。自分の映画のキャリアの中で今までやってこなかった青春恋愛映画というものに今回挑戦させていただいたわけですが、本作を経て、今後もこういう映画をまたやりたいかと聞かれれば、自分と青春の距離が少し遠くなっているような気がするので難しいのかなと思います。だから『PLASTIC』は僕の最初で最後の青春映画になるかもしれないし、そういう意味ではすごく重要な作品になりそうです。またいつ青春がぶり返すかはわかりませんが(笑)


―――ありがちなキュンキュンは一切なく、2018年以降の時代設定でもどこか俯瞰して捉えているので、大人が見ても没入できる青春映画だと感じます。

宮崎:恋愛や生活を正面から語るのを、僕は今まで避けて映画のフィクションに逃げてきたと思うのですが、素朴に僕が今、こんなことを考えているというのが反映されている作品になっています。どの世代の方にも共感するもよし、打ちのめされるもよしで楽しんでいただけるような仕上がりになりました。



―――最後に、イブキとジュンを演じた小川あんさんと藤江琢磨さんについてコメントをいただけますか。

宮崎:小川さんと藤江さんのふたりでなければ『PLASTIC』にならなかった。自分が誰かと交換できてしまうのではないかと不安に襲われている若者ふたりの話ですが、映画の中では小川さんと藤江さんが、かけがえのない交換不可能なふたりとして存在できているのではないでしょうか。

(江口由美)



<作品情報>

『PLASTIC』(2023年 日本 105分)

監督・脚本:宮崎大祐

出演:小川あん、藤江琢磨、中原ナナ、辻野花、佃典彦、奏衛、はましゃか、佐々木詩音、芦那すみれ、井手健介、池部幸太、北山ゆう子、羽賀和貴、大木ボリス、平野菜月、尾野真千子、とよた真帆、鈴木慶一、小泉今日子

7月21日(金)よりシネ・リーブル梅田、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸にて公開

※7月23日(日)シネ・リーブル梅田、アップリンク京都にて、宮崎監督舞台挨拶予定

公式サイト:plastic-movie.jp 

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