レイ夫妻のことを、何としてでも多くの人に知ってもらいたい 『モンキービジネス おさるのジョ-ジ著者の大冒険』山崎エマ監督インタビュー



日本では岩波書店より「ひとまねこざる」シリーズとして長年愛され、今やアニメーションでも親しまれている「おさるのジョージ」。今まであまり顧みられることのなかったジョージの作者、ハンス・レイ、マーガレット・レイ(レイ夫妻)の生涯に光を当て、波乱の人生とジョージ誕生秘話を描いたドキュメンタリー『モンキービジネス おさるのジョ-ジ著者の大冒険』が9月8日(土)から京都シネマ、9月15日(土)からシネマート心斎橋、近日元町映画館にて上映される。 


本作は、神戸出身の山崎エマ監督が、最初は自費で、最後はクラウドファンディングを募り完成させた初長編ドキュメンタリー映画だ。ドイツ・ハンブルク生まれのユダヤ人夫妻、ハンスとマーガレットが1936年結婚、ジョージの元となるアニメーションの完成や、その後ナチスのパリ侵攻直前に自転車で脱出し、アメリカに辿り着いて本格的にジョージを絵本として出版、成功を収めるまでの波乱万丈の人生を豊富なアーカイブ映像と、アニメーションを交えながら、絵本のような語り口で解き明かしていく。親友のような夫婦のエピソードや、ジョージを世界に愛されるキャラクターに育てるための裏話など、ジョージ好きな人も、初めてジョージのことを知る人もレイ夫妻やジョージの魅力をたっぷりと感じることだろう。

美術館「えき」KYOTOで開催中の「おさるのジョージ展」にギャラリートークゲストとして来場した山崎エマ監督に、映画のメイキングやレイ夫妻の魅力についてお話を伺った。 




■原点は「自分が感じたことや、紹介したいと思う人をより多くの人に伝えたい」 

――――今回「おさるのジョージ」の作者に迫るドキュメンタリーを作られたエマさんですが、子どもの頃、ジョージの絵本を読んでもらったような原体験はあるのですか?

山崎:4、5歳の頃からの、ジョージの絵本が好きで、自分で読んでいました。ジョージが何もない壁にペンキで絵を描いてしまったシーンは今でもすごく覚えています。ただ、当時は日本の絵本のキャラクターだと思っていたんです。その後ニューヨークに留学した時、アメリカの友達が「桃太郎」は知らなくても、「ジョージ」は知っていたので、その時ジョージは国を越えて世界中で愛されている絵本なのだと知りました。 


――――神戸出身のエマさんは、ニューヨーク大学映画制作学部に進学されていますが、高校時代から映画監督を目指そうと考えていたのですか? 

山崎:実は、中学時代から映像をもっと勉強したいと思っていました。ただそれは、映画が好きだからという訳ではありません。私は元々ダンサーだったので、感じたことを表現するという先に映像があったという感じです。私自身、小さい頃からおしゃべりで、家でもずっと親に話していたので、その延長で自分が感じたことや、紹介したいと思う人をより多くの人に伝えたいという気持ちが原点にあります。一生をかけて映像の世界を勉強していけば、深い表現ができるようになると、当時の私は思っていました。 


※おさるのジョージ展ギャラリートークで、来場者と会場を周りながら、レイ夫妻の魅力を紹介する山崎エマ監督


■自分自身に向き合った卒業制作は、サードカルチャーキッズのドキュメンタリー

 ――――卒業制作の“Neither Here Nor There”は、6人のサードカルチャーキッズが登場するドキュメンタリーです。エマ監督も出演しているそうですが、他にも同じ境遇の人たちにスポットを当てることで、セルフドキュメンタリーというより普遍的な内容に昇華させている印象があります。

 山崎:様々な理由で育ちが国際的である子どものことをサードカルチャーキッズと言うのですが、全てに居場所があり、かつ全てに居場所がないのです。皆、インターナショナルスクールに通っていますが、友達が2年ごとに転勤して変わっていくという体験も頻繁にあり、大学の時に「自分は誰なんだ」とパニックになってしまったことがありました。卒業制作として映画を撮ると決め、年長者も含むたくさんの人に話を聞いたおかげで、色々な自分があっていいと納得できるようになったのです。ダンスもそうですが、映画もその時の自分が写り込んでいるので、今となっては見るのが恥ずかしいぐらいです。ただ、当時の私にはあの映画を作ることが必要で、作ることで自分を見つめ直すことができた。そういう意味では、大切な作品になっています。 


■アメリカの編集マンはプロデューサー的役割を果たす 

――――卒業後は、編集をメインにお仕事をされています。プロの編集マンとして、どのようにキャリアを積まれたのですか? 

山崎:アメリカの編集マンのポジションは、日本とは随分違います。最初は編集で入っても、最後はプロデューサーのクレジットをもらうことがあるぐらい、影響がある仕事です。1年をかけて3000時間の映像を8時間のテレビシリーズにするという仕事を8人の編集マンのうちの1人として携わった時は、編集マンが一番内容を分かっているのでプロデューサーにアイデアを伝えたり、提案する立ち位置でした。編集マンという仕事をしていたからこそ、アメリカのインディペンデント映画界で優秀な方達と共同作業する機会に恵まれ、良いところは自分に取り入れるというやり方を20代前半から半ばにすることができた。話の組み立て方や、編集しながら撮影をする指示などもそこで学びましたし、とてもいい勉強になりました。NHK総合でオンエアのノーナレ「遥(はる)かなる甲子園 Diaries of youth」は私が全て自分で取材・編集しています。まだ自分が手がけた映像で編集を他の人に任せたことはないですね。
 


――――今回の初長編では、過去の偉人に光を当て、新たなチャレンジをたくさんされています。まず「おさるのジョージ」の作者、レイ夫妻を知った経緯を教えてください。 

山崎:2014年5月頃、長編ドキュメンタリーの題材を探している時に、レイ夫妻の遺品を管理しているレイ財団の方と繋がっている年配のお友達から、「おさるのジョージ」の作者はユダヤ人夫妻で、戦時下のパリからジョージの原稿だけを持って逃げ延び、アメリカに渡ってきたという話を聞きました。その時は本当に驚きましたし、そんなにすごい話なら既に何らかの形で映画化されているはずだと何度も検索してみましたが、何も出てこない。唯一、中学生向きにレイ夫妻のことが書かれた絵本があるだけでした。運命的なものを感じましたし、一方あまりにも素晴らしい話なのでアイデアを奪われてはいけないと、途中までは極秘で準備を進めて行きました。南ミシシッピ大学には300箱ほどの資料が寄贈されているので、そこで資料を読み込んだり、レイ夫妻の友人たちに話を聞いたりして、ドキュメンタリーを作ろうと意思を固めました。
 


――――資料は豊富にあったようですが、どう構成するか。またそこにアニメーションという手法を取り入れたのもドキュメンタリー作家としては冒険だったのでは? 

山崎:最初の2年は他の仕事を並行して行い、お金が貯まったらクルーを連れて撮影に出かけたり、アニメーター2人分の報酬も自分が稼いでいました。インタビューを溜めながら、どこにインタビューを入れ、どこにアーカイブ映像が必要なのか、使用したい写真の有無などを確認し、映画の文法を考えながら構成を詰めていきました。映画のスタイルややりたい事はだいぶん固まったのですが、アニメーターが2人のままでは、完成までにあと5年はかかり、その頃お金もさすがに尽きてしまいました。そこで、クラウドファンディングを始めることを決意したのです。本当に大変でしたが2000万円ぐらいを集め、アニメーターを7、8人増やして、何とか完成に漕ぎ着けることができました。



 ■アニメーションとアーカイブ映像で、戦時下における二人の言葉の真意を伝える

 ――――アニメーションを取り入れる事は最初から想定していたのですか?

 山崎:二人が残してくれたのは手書きの世界です。元々の質問定義である「レイ夫妻が自分たちで、自らのことを語るなら、どうしただろう」ということを常に念頭に置いて取り組んでいたので、手書きアニメーションの世界に辿り着きました。二人の世界観に影響を受けながら、ジョージがいない世界でも二人が残した言葉をアニメーションにすることで、親和性のあるものが描けるのではないかと思いました。

ただ、全編をアニメーションにしてしまうと戦争の大変さが伝わらない。二人は辛い状況も敢えて「楽しい冒険」と表現しているので、それをそのままアニメーションにすると単なる愉快なお話になってしまうことに気付きました。特に写真にはこだわり、第二次世界大戦のことにとても詳しい方にお願いし、1940年9月ベルギー、フランス、スペイン、ポルトガルの難民の映像をヨーロッパ中から集めました。編集では流れるようになっていますが、色々な国の色々なアーカイブから一番インパクトのあるものを選んでいます。アニメーションとアーカイブ映像の両方を使うことで、二人の言葉の真意を伝える工夫をしました。


 ――――本当に今まで見たことのないような40年代ヨーロッパ各国のアーカイブ映像が登場し、一気に当時にタイムスリップしたようでした。

 山崎:アーカイブ映像にはレイ夫妻は写っていませんが、そこにアニメーションで当時の夫妻がジョージの原稿をカゴに入れ、自転車に乗って逃げている様子をアニメーションで入れることで、どのようにアメリカまで辿り着いたのか、その心情を伝えられるようにしました。レイ夫妻はジョージの絵本を作る時、本当に時間をかけて議論をし、丁寧に作っていましたから、この作品もエンターテイメント性も含めて、色々な工夫をしたかったのです。私自身は絵も描けないし、音楽も作れませんが、私が監督して出来上がった作品が、素敵なアニメーションが入り、みなさんに愛される作品になったのは、私と同様にリスクを背負い、最初タダ働き同然の頃から協力してくれた大学時代の仲間のおかげです。 




 ■レイ夫妻の大ファンに。何としてでも多くの人に二人のことを知ってもらいたい

 ――――おさるのジョージの絵本の舞台裏にもっとアプローチする方法もあったと思いますが、レイ夫妻の生き方にフォーカスされており、夫婦物語としても見応えがありました。絵の天才であるハンスと、プロデュース能力抜群のマーガレットの親友のような夫婦の魅力が伝わってきます。

 山崎:ジョージも大好きですが、レイ夫妻の大ファンになったので、それを何としてでも多くの人に知ってもらいたい。それが今回の一番の目的です。二人のことを知って前向きになれますし、ジョージのことを好きな人なら、二人が生み出した子どもであるジョージの背景が分かることで、思い入れも深まると思います。絵本の舞台裏も実はたくさんあり、それこそ4時間バージョンもあります。他人の映像ならスパッと切れますが、自分の映像だとどこを切ればいいのか分からずに悩むときもありました。でも、結局はジョージのことを知らなくても楽しめるような作りにしています。ジョージのことは知らなくても、二人のことを知って損はないですから。 


――――このように作者の人生にフォーカスした映画を撮ってみて、改めてエマさんご自身が思う「おさるのジョージ」の魅力とは? 

山崎:子どもの頃、落書きはしてはいけないと言われますが、ジョージを通していたずらをした気分になれますし、他人を傷つけるのではなく、本当にたわいもないことで、色々な大人の方も助けてくれ、安心もできます。自然体の子どもは好奇心が旺盛ですから、そのような子どもになってほしいという気持ちで読ませる親御さんも多いそうです。また、ジョージが何をしても怒らず辛抱強く対応する黄色い帽子のおじさんは、親の鏡でもあります。絵を見ているだけでほっとできますし、色々な魅力があります。悪気がないけれど何かをやらかしてしまうというジョージを、おさるというよりは、皆人間として見ていて、言葉の壁を超え、70年以上も何世代に渡って世界の子どもたちに受け継がれています。それはユニバーサルなものが詰まっているからだと思います。


※「一番好きな絵」として、黄色い帽子のおじさんとジョージがアメリカに上陸する絵を紹介する山崎エマ監督


 ■悩んでいるときに共有できる人がいるのは、クリエイターにとって大事 

――――エマさんご自身も映像関係のお仕事をされているご主人とご結婚されたばかりでクリエイターのカップルという点で似ているなと感じますが、レイ夫妻の結婚生活から学んだことはありますか? 

山崎:私たちも、正にこの作品が縁で結婚し、今も高校野球ドキュメンタリーの仕事を一緒に手がけています。レイ夫妻もそうだったと思いますが、仕事と人生の境がないですね。全てが仕事に返ってきます。ただ好きでやっているので、日本とアメリカを行き来しながら映像の仕事をするという生活を共有できる人がいるというのはとても大きい。レイ夫妻もあちらこちらを行き来し、大変だったと思いますが、二人でいたことが非常に大きかったのだろうなと、結婚をしてから強く思います。悩んでいる時に共有できる人がいると、これから自分が作っていくものも変わっていくでしょう。お互いに足りないところを補い合いながら、人生を歩んでいきたいですね。
 


■外国人に知られていない日本の部分を背景も含めて丁寧に伝えることができるのは、両方の文化を知る立場の人間 

――――最後にエマさんは、ご両親が日本人とイギリス人で、日本とアメリカを行き来していらっしゃいますが、そのような境遇が映像作家としてアドバンテージになると感じることはありますか? 

山崎:この作品は、違う国籍を持つ両親の元、世界が身近な存在という環境で育ったおかげで、国境を気にせず世界を旅してジョージを産み出したレイ夫妻に共感し、作ったと思います。この作品も含め、アメリカで編集の仕事を多数手がける中で感じたのは、アメリカにいても私が一番知っているのは日本のことで、外国人に知られていない日本の部分を背景も含めて丁寧に伝えることができるのは、私のように、日本人でありながら外からの目線もわかる立場の人間ではないか。そう思って、本作の制作が終わってから日本に戻り、撮影する題材を探し、高校野球にたどり着きました。高校野球をみれば、日本社会の縮図が見えてきますし、日本の歴史やこれからの日本も見えてくるのではないか。そして高校野球のような教育があるから、集団に対する国民性が養われるのではないか。そう思って、現在取り組んでいます。しばらくは、お寿司、アニメ、フクシマしか知らないような外国人にそれ以外の日本を伝えられるような題材に取り組みたいですね。 

(江口由美) 



<作品情報> 

『モンキービジネス おさるのジョ-ジ著者の大冒険』 

“MONKEY BUSINESS: THE ADVENTURES OF CURIOUS GEORGE'S CREATORS” 

(2018年 アメリカ 1時間22分) 

監督:山崎エマ 

出演:ハンス・レイ、マーガレット・レイ 

配給:エスパース・サロウ 

配給協力:武蔵野エンタテインメント 

2018年9月8日(土)~京都シネマ、9月15日(土)〜シネマート心斎橋、近日〜元町映画館にて公開 

公式サイト⇒http://monkeybusiness.espace-sarou.com/

(C) 2017 BUSY MONKEY,LLC



※おさるのジョージ展も美術館「えき」KYOTO  (ジェイアール京都伊勢丹7階隣接) で9月2日(日)まで開催中

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