「命が誕生する現場に触れてほしい」出産と助産師のかかわりを映し出す『1%の風景』吉田夕日監督インタビュー


 病院での出産が一般的な今、助産所や自宅での出産を決めた女性たちと、彼女らを産後までサポートする助産師の仕事ぶりや信念を映し出すドキュメンタリー映画『1%の風景』が、2023年11月25日(土)より第七藝術劇場、12月1日(金)より出町座、12月2日(土)より元町映画館、近日、豊岡劇場他全国順次公開される。

 自身の第二子を助産所で出産し、妊娠中から産後まで寄り添ってくれた助産師に深い感銘を受けたという吉田夕日監督が、助産師や助産所のことをもっと知ってもらいたいという想いから撮影を始めた本作。4人の女性たちが助産所や自宅で、家族に見守られながら出産するシーンを捉え、命の誕生という人類にとって普遍的かつ希望に溢れる瞬間に立ち会っているような気分になる。不安がつきない出産や育児のよき相談相手として、これからはより産後ケアに力を入れていくというベテラン助産師、神谷整子さんの言葉には、子を産み育てることへの変わらない信念があるのだ。

 子どものいる家族がどんどん少なくなりつつある今、改めて、社会の中での子育てや、出産の選択肢を提示してくれる作品ともいえよう。

 本作の吉田夕日監督に、お話を伺った。



■「お産というのは、うんちもおしっこも涙も、全部出てから始まる」

――――本作を拝見し、今でもご活躍されている助産師さんが助産所で非常にきめ細やかなケアをされていることを初めて知りました。まずは、吉田監督ご自身の助産所での出産経験について、教えてください。

吉田:一人目は病院で産むものだと思い込んでいたので、健診や出産についても、大きな疑問を抱くことなく、幸い安産であったこともあり、家族にも立ち会ってもらえて満足したお産でした。二人目を妊娠し、いろいろなご縁があってつむぎ助産所で産むことに決めたのですが、毎月の妊婦健診では、1時間ぐらいかけて助産師さんと様々なお話をしました。そこで、妊娠中に感じていた小さな不安や戸惑いのみならず、出産後に育児しながらどうやって仕事復帰していくか、また育児と仕事の両立など、今まであまり言葉にはしていなかったことにも目を向けられるようになったのはとても大きかったです。二人目を出産してからの人生に向けて、自分の気持ちが整っていく感覚がありました。


――――妊娠中は無事に産むことだけでなく、産んでからのことで不安がいっぱいになりますから、話をじっくりできるだけでも、心に余裕ができていいですね。

吉田:実際に、陣痛がきたときも、長男の保育園のことや、夫の仕事のことなど、自分たちの都合を考えながらお産に向かっていたところがありました。でもこちらの計画通りにお腹の赤ちゃんが降りてきてくれるわけではないので、何度か自宅と助産所を行き来することになってしまって。助産師さんにまだ全然子宮口が開いていないと言われたときは、自分なりに家族といろいろ段取りをしていたのにと、悲しくなってしまったのですが助産師さんに「お産というのは、うんちもおしっこも涙も、全部出てから始まるのよ」と言われて、自分がお産だけに集中できていなかったことに気づきました。「一度帰って、好きなことをやったほうがいい」とアドバイスをいただき、家に戻って泣きべそかきながら、久しぶりにコーラとポテトチップスをやけ食いして寝たら、翌朝におしるしが来て、4〜5時間でお産になりました。全てのものが取っ払われてから、お産がはじまるんだなと通感しました。


――――ちなみに今は計画出産で、決めた日に産む人が多いのでしょうか?

吉田:わたしの出産も8年前ですし、手元にデータがないので個人的な肌感覚での話にはなりますが、今は仕事をされている女性が多いので、どのタイミングで妊娠、出産するかだけでなく、仕事復帰後のことも考えて、計画分娩や無痛分娩など、だいたいの出産日を決める人が多いのかもしれません。仕事のことや産後の生活を考えると、産むタイミングも考えざるを得ないのが現状だと思います。



■助産師は妊婦がお産の痛みに耐えられるように、つきっきりでケア

――――お産事情も時代とともに、どんどん変わってきていますね。

吉田:無痛分娩は、子宮口が開いてきたタイミングで局所麻酔薬によりお産の痛みを和らげるのですが、助産師さんは無痛分娩の麻酔の役割が、自分たちだとおっしゃいますね。お産の痛みに一人きりで耐えるのは辛いですが、妊娠中から信頼を置いてきた助産師がつきっきりで背中をさすり、「痛いね、痛いね」と共感してくれたら、痛みへの恐怖や不安はもしかすると麻酔と同じように和らぐかもしれないねと。


――――病院で出産すると赤ちゃんを取り上げ、へその緒を切るところまで全て病院スタッフの方がし、産んだ女性は取り上げてもらった我が子をぐったりしながら眺めるだけというパターンも多いですが、取り上げる瞬間、助産師さんが女性の手を赤ちゃんに添え、自らが取り上げて抱き寄せている姿に驚きました。こんなことができるんだと。

吉田:わたしが二人目を産んだときも、助産師さんに「出てきたよ、出てきたよ」と言われて、自ら取り上げるチャンスはあったのですが、お産でぐったりしてしまい、取り上げるパワーがもう残っていなかった(笑)。映画で登場された菊田さんは体力がある方で、お産という大仕事をしたあとに下を向いて取り上げる気力が残っていらしたのは、すごいですね。



■もっと助産所や助産師のことを知ってほしい

――――子どもを産み、育てるだけでも大変な中、ご自身の体験から助産師が妊婦と二人三脚でお産に挑む姿を捉えた映画を作られたわけですが、どのようにして出産シーンの撮影を受け入れてくれる方と出会われたのですか?

吉田:映画の中で出産シーンを撮影した4人の女性は、助産師さんからご紹介をいただいた方で、まず助産師さんから撮影依頼があることを伝えていただき、その後、わたしからお話をさせていただきました。助産師さんについての記録映像を撮影していること、いつどのように完成するかはわからないことをお伝えすると、ちょうど自分たちもお産の映像を記録として残しておきたかったからと快諾していただきました。とはいえ、お産の瞬間は何が起こるかわかりませんから、妊婦健診のときから同席し、わたし自身も被写体となるみなさんとの信頼関係を築きました。またいざお産となったときに、撮影が気になって集中できないと思われたら、遠慮なくおっしゃってほしいと伝えてもいました。映画として形となった段階でお見せしたときも、助産所でのお産がとても良いものだったからこそ、多くの方に助産所のことを知ってほしいというお気持ちが強く、ぜひ公開してくださいと背中を押していただきました。


――――実際に、吉田監督が映画化の手応えを感じたのはいつですか?

吉田:自分の中では、一人目(菊田さん)のお産の撮影をしたときから、自分が思っていた妊娠や出産ということだけでなく、より深いものが映っているかもしれないと感じていました。その頃から、形にするならテレビなどの尺の短い媒体ではなく、映画にしたいという想いがあったのです。コロナになってからも2年ぐらい撮影していたこともあり、より多面的なものが見えるようになってきたので、そろそろ1本にまとめようと編集を始めました。結果的に、コロナがあったことが大きかったですね。



■助産師は、人が命を育んでいくことに触れている人たち

――――映画では、コロナ禍で里帰り出産ができないため助産所での出産を選択した方も取り上げていましたね。

吉田:医療と密接にかかわる病院でのお産現場がコロナによって右往左往し、わたしたち自身も生き方を考え直す必要性を感じていた時期に、助産師さんに何か変わったことはないかとインタビューしたことがありました。変わらなければいけないこともあるけれど、変わらないこともあると。「自分たちが妊婦さんたちに触らないでケアをするようになったら、それは我が子に触れないで育児をするのと同じよね」と話してくださったのです。命を育むとか、産むという人間にとって普遍的な営みは、何があっても変わるはずがないという助産師さんたちの強いメッセージを感じました。妊娠やお産に関わる職業ではありますが、それよりももっと深く、人が命を育んでいくことに触れている人たちなのだと痛感し、その部分も映画に込めていきたいと思いました。


――――確かに育児でのスキンシップは大事なのに、そこまで非接触を徹底させるのはナンセンスです。

吉田:コロナ禍では孤立する人も多かったし、個になることを急き立てられ、人との接触を避けることが推奨されていた時期に、「それでは生きていけないよ」と言われたようで、わたし自身が撮影をしながら勇気付けられていました。


――――助産所でのお産を見ていると、産後に栄養のある食事を出し、とてもリラックスしてお産に臨める環境を作っておられるのがよくわかりました。

吉田:わたしも二人目を助産院で産んだときに、「こんなにいいものなのに、どうして今まで知らなかったのだろう」と思いました。こんなに女性にとって最高のケアがあるという驚きと、知ってほしいという気持ちが映画化への大きな原動力になりました。産後うつのニュースも散見する中、妊娠期から女性たちが助産師さんとつながっていればと思います。



■助産所は社会の中で行う子育てのスタートになる

――――お産の大変さ以上に、産んでからどう育てるのか。しかも初めての子育てだと本当に戸惑い、焦ってしまうので、助産師が産後ケアを行うことも知ってほしいですね。

吉田:昔はご近所の人たちが地域の子どもたちに声がけをしたり、可愛がってくれたりする中で、お母さんも赤ちゃんとの向き合い方を覚えることができたのでしょうが、今は各々の家の中で育児が行われているので、どうしてもお母さんもそのパートナも孤立してしまう。助産所とつながることで、地域や社会ともつながるきっかけ作りになると思うのです。あとは情報ですね。わたしも自分が生まれ育った地域と、子育てする地域が違っていたので、当初地域の子育て情報をどう取捨選択すれば良いのか途方に暮れ、ネットで調べるしかなかったのですが、地域にある助産所へ通うようになると、おのずと地域の子育て情報が人づてで入ってきますし、助産師さんも同じ地域で子育てをされてきたので、小児科などの情報も教えてくださる。何かあったときにどうすればいいかを、助産師さんの情報をもとに自分で考え、子育てへの自身を培うことができるので、助産所は社会の中で行う子育てのスタートになると思いました。


――――なるほど、それは子育てをする人たちにとって、大きな力になります。

吉田:お母さんたちもオープンに人に頼ることができるようになるし、お父さんも助産師さんとつながることで、わからない育児のことを学べ、心強い存在になると思うんです。わたしの夫が自らの助産師さんにアドバイスを求めているのを見ると、夫にとっても安心して子育てをスタートできたように思いますね。


――――一方、若い世代は、結婚をしても費用面や、自身のキャリアのことを考えて出産をすることに慎重であるように思いますが。

吉田:助産所での出産は医療を使わない自然なお産なので、病院の出産に比べてリーズナブルです。東京の場合、出産一時金として55万円が出ますが、助産所ではその費用内で賄えます。ただ、今の女性たちは高齢出産で医療介入をせざるをえないケースが多く、助産所では産めない場合もありますし、無痛分娩となるとさらに費用がかさみます。それしか選択できない状況だと、やはり出産は病院で…となってしまう。映画を作りながら感じたのは、今の女性は仕事を続け、キャリアを重ねることが重要で、妊娠、出産が遠い世界になってしまったのかなと。私自身も10代や20代で意識したことがあるかといえば、あまり印象にないんです。どういう選択をするにせよ、もっと早くから妊娠、出産について知っておくことは、女性たちにとってとても大事な意味を持つと思います。女性が人生設計をする上でも、子どもをもつ、もたないの選択も含めて、妊娠、出産のリアルに早く触れることは意味があると、自身の経験を通しても感じます。



■出産は日常の延長線にある営み

――――出産する人が長らく減少傾向にある今、出産の現場に触れる機会を得ること自体がとても大事ですね。

吉田:今まで出産シーンはとても閉じられたものでしたし、わたし自身も見てはいけないし、自分たちの日常から遠いものだと思っていましたが、撮影する中で、日常の延長線にある営みだと強く感じました。いのちを育んでいくことは自分たちの生活の営みの一部だということを感じてもらえたら嬉しいですね。


――――教育の場でも、早くからこの作品を見てもらうといいかもしれません。

吉田:男性にとっての女性像も作られたものになりがちなので、男性に妊娠、出産のことを学んでもらうのはとても大事ですね。性教育も早いうちから行ったほうがいい。助産師さんも性教育に力を入れておられる方が多く、学校で講演を行ったり、デートDVの被害者支援をされている方もいます。助産師さんの仕事は本当に幅広く、女性やパートナーとなる男性にとっても頼りになる存在です。わたしの子どもが通う保育園でも、プライベートゾーンに関する性教育をしてくださっていますし、自分が子どもの頃よりも進んでいる気がしますね。


――――最後に、『1%の風景』のタイトルについてや、メッセージをいただけますか?

吉田:助産所や自宅で出産する人が1%にも満たないということで、その風景を描いていますが、99%の病院や産科クリニックでの出産であっても、信頼できる助産師さんがそばにいるというのは、産む女性みんなにとって必要なことではないかという想いがあります。妊娠、出産というのは女性が主体ではありますが、命が生まれることや、社会で子どもを育てるという意味において私たち一人ひとりに共通する生きる営みが映っていると思います。あまり先入観を持たず、たくさんの方に、命が誕生する現場に触れていただきたいですね。


吉田夕日監督


<作品情報>

『1%の風景』(2023年 日本 106分)

監督・撮影・編集:吉田夕日

撮影:伊藤加菜子

2023年11月25日(土)~第七藝術劇場、12月1日(金)〜出町座、12月2日(土)〜元町映画館、近日、豊岡劇場他全国順次公開

※第七藝術劇場、11/26(日)15:20の回上映後、吉田夕日監督 舞台挨拶

出町座、12/3(日)13:00の回上映後|トークイベント

宮川友美(出張さんばステーション聖護院代表、海[まある]助産院・助産師)、吉田夕日(本作監督)

元町映画館、12/3(日)10:00の回上映後、吉田夕日監督 舞台挨拶

公式サイト:https://josan-movie.com/

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