『ちゃわんやのはなし -四百年の旅人-』朝鮮から薩摩へ。継承の歴史と伝統を守る覚悟
日本の陶磁器は日本の文化の中で、各地方の土の質に合わせて生まれ、それぞれの地域で誕生から現在に至るまで継承されていると漠然と思っていたが、本作はそんなわたしたちを、朝鮮陶工たちが日本で根付かせた薩摩焼の歴史と、その伝統と向き合い続けてきた各世代の沈壽官たちの物語に誘う。日本と朝鮮の歴史の交差点からはじまり、19世紀半ばのパリ万博、ウィーン万博で世界にその魅力を知らしめ、帝政ロシア時代、ニコライ2世の戴冠式に贈られたという美術品としての価値も非常に高い薩摩焼。今も窯の火を絶やさず、次世代に繋ごうとしている薩摩焼・第十五代沈壽官の姿に、400年の歴史を継ぐ者の覚悟を見ることだろう。
豊臣秀吉が明の征服を目論ろみ、2度に渡って行った朝鮮半島出征(文禄・慶長の役)は、朝鮮半島を巻き込んだ大きな戦争となったが、豊臣秀吉の死去に伴い引き揚げ、その後天下分け目の関ヶ原の戦い、そして江戸時代に入っていくというのが歴史の教科書で学んだことだった。実は、このとき日本に連れ帰ったのが朝鮮の陶工たちであり、当時の藩主が焼き物作りや朝鮮の風俗を保持する政策を行ったという。日本より秀でた技術を持つ朝鮮陶工たちが異国に新たな拠点を築き、苦難を乗り越えてきた道のりを解き明かしていくと共に、ヨーロッパの万博で薩摩焼を知らしめて第十二代沈壽官の匠の技や、苦しい戦中を経て、2019年に亡くなるまで精力的に活動し、司馬遼太郎が小説に書くほどの魅力とオーラを兼ね備えた第十四代沈壽官のエピソードも垣間見ることができる。
本作ではルーツとなる韓国の工房にも訪れ、キムチ、醤油、味噌などを入れる大きな器、オンギの製造過程にも触れることができる。第十四代在命中に継いだ第十五代沈壽官は、韓国の陶工たちとの交流を通じて、自身に問い続けてきたアイデンティティや国を超えた技術の継承について、新たな手がかりを得たのではないだろうか。ルーツは同じでも、違う場所でそれぞれに花開いていく陶磁器たち。人間とは違い、陶磁器は何百年でも後世に遺すことができる。技術の継承だけでなく、現在の感覚を取り入れた焼き物に取り組む人たち(萩焼)も紹介し、継承と作家性のバランスをどうとるかの試行錯誤の現場も見せている。
十五代に渡り、登り窯の火を絶やさず、陶磁器を作り続けてきた沈壽官家。すでに第十五代の息子も共に作業に取り組んでおり、絶やさず次の世代に繋ぐ営みは、粛々と、でも確実に行われている。その業績が大きく取り上げられることもあるが、ほとんどは日々の地道な努力の積み重ねであり、伝統を繋いでいくという各人の覚悟があるからこそ続けられる仕事なのではないか。昔ながらの登り窯で作られている薩摩焼の奥深さと、陶工たちの日々の営みに魅せられた。
<作品情報>
『ちゃわんやのはなし -四百年の旅人-』(2023年 日本 117分)
監督:松倉 大夏
語り:小林 薫
出演:十五代 沈壽官 十五代 坂倉新兵衛 十二代 渡仁
6/15(土)より第七藝術劇場、6/21(金)よりアップリンク京都他、全国順次公開
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