出産後悩む女性に「命を生み出したのだから悩んで当然、大丈夫やで」と伝えたい〜『渇愛の果て、』有田あん監督とモデルになった女性が語り合う


 劇団「野生児童」主宰の有田あんが、友人の出⽣前診断をきっかけに、妊娠・出産について取材をし、実話を基に制作した群像劇『渇愛の果て、』が、6月1日にシアターセブンにて公開初日を迎えた。

  上映後登壇した有田監督は、制作の経緯について「ハルさんとは昔から近しい関係で、2019年ごろから妊娠中や出産後の悩みを電話で聞いていました。体調不良になり緊急入院後、羊水検査で胎児の指に欠損があるかもしれないが元気なこどもが生まれてくると言われた。しかし出産後、3万人に1人の難病を抱えていたことが分かった、という出来事も聞きました。当時私には妊娠・出産に関する知識がほとんどなかったので、「私は話を聞くことしかできないな」と自分の力不足を感じていました。そんな中、ハルさんから「誰か取り上げてくれへんかな」と言われたことで、こういうことがもっと知られていれば、未来の選択肢が増えるし、大切な人が悩んだときに力になれるのではと考え始めました。私に出来ることは作品にして広めることかなと思い、作品として制作しようと思いました。」と説明。



  映画では夫婦だけでなく、医療従事者や男性目線も描かれている。映画化にあたりハルさんに同意をいただく際に、「(子どもの)両親が悪いとか、病院が悪いとか、どちらかが悪いという話にはしないでほしい」と言われたという。有田監督自身もいわゆる勧善懲悪の作品を書くのが好きではないと思っていたため、それを踏まえた上で監修医として産婦人科医の洞下由記さんに、取材協力として助産師の高杉絵理さんに取材をしたそうだ。その中で、医療従事者側の思いも知り、「医療従事者側の気持ちやジレンマも知っていれば、病院の先生の話を聞くときの心構えができるのではないか」と感じ、医療従事者の目線を入れたと説明。男性目線に関しては、2020年に脚本の初稿が仕上がった際、役者のみなさんに読んでもらい、第一印象を聞かせてもらう中で、男性キャストから「こういうとき、男って何て言ったらいいんですかね」と言われ「とてもリアルな意見だ」と感じたそうだ。そこから「出産は女性だけの話ではない」と気づき、男性の目線も入れようと書き足していったと明かした。

  ここで主人公、眞希のモデルになったハルさん(仮名)がご登壇。有田監督が聞き手となり、この日初めてスクリーンで鑑賞したハルさんに映画の感想や、ご自身の体験、そして伝えたいことを語っていただいた。ハルさんの希望で実現した貴重なトークの内容をご紹介したい。

※「この作品をきっかけに、もっと自分のことを語ってほしい」実話を基にした命と向き合う群像劇『渇愛の果て、』で長編監督デビューの有田あんさんインタビューはコチラ



―――初めて劇場でご覧になった感想は?

ハル:私自身、当時はとてもヘビーな気持ちでしたが、この映画は重くしすぎず、ポップに作ってくれていることで色々な方が観やすい作品になっていて良かったなと思いました。また、「これが正解!」とかではなく、色々な立場の方の考えを描き、どれも否定しないように作ってくれていることがすごく伝わりました。沢山の方に観てもらえたらと思います。


―――ハルさんが、「誰か取り上げてほしい」と仰ったことが、私が作品を作るきっかけになったのですが、その時の経緯を改めて聞かせてください。

ハル:映画では描かれていませんが、出産してすぐに病名を調べたら、「将来重度の知的障がいになる可能性がある。目が見えるか、耳が聞こえるか、歩けるか、口から物が食べられるかわからない」と書かれていて、愛せる/愛せないの前に、将来どうなるのか不安で、素直に言えば恐怖でした。でも、病院からは、生まれたての赤ちゃんに「気管支切開をするか、お腹に穴を開けて胃ろうにするか」など選択を迫られました。それが私には、「して当然ですよね?」と言われているように感じました。それがどれだけの恐怖だったか。誰も手術のあとのことは教えてくれない。自分の子どもの将来を考え、正解は何なのか、追い詰められました。出産してすぐにこういうこともあるという事が広まればいいなと思い、あんさんに、そのように伝えたんだと思います。




―――出産直後で、分からないことが沢山ある中で、当然のように手術の判断を迫られ、大変だったと思います。私自身、話を聞きながらお医者さんに対して憤りに近いものを感じた時もありました。しかし、出産から少し時間が経ち、私が作品化の話を相談した時には、「お医者さんも’命を守る’という使命を果たしての行動なんだと思う。だから、(子どもの)両親、病院側、どちらかが悪いという作品にはしないでほしい」と言ってくれたと思うのですが、心情が変化した経緯を教えてくれますか?

ハル:当時、正直病院が怖かったです。「気管支切開して当然ですよね?」という空気。絆創膏を貼るのとは訳が違うのにそんな簡単に決めていい事なのかと。一度先生に、「私たちに少しでも光をください。目が見えるか、口から食べられるか、歩けるかわからない子どもに気管支切開をして、将来は口から食べられるようになりますか?今のままでは暗闇しか見えません」と言ったことがあります。先生の回答は、「正直僕たちにも分かりません。しかし、この子のことを一番に考えています」でした。悔しくてたまりませんでした。こちらは約1年間お腹の中で守り、出産後も将来のことが不安で、吐きそうなほど毎日毎日悩んで眠れないくらい子どものことを考えていたのに、「この子のことを一番に考えている」と言われると「じゃあこの子の人生背負う覚悟もあるんか!」って思いました。しかし、少し時間が経ったとき、病院の先生なりに一生懸命考えて出してくれた答えだったんだろうなと思うようになりました。そんな経緯もあって、それぞれの立場があり、それぞれの思いがあるので、誰かが悪いという映画にはしないでほしいとお伝えしました。


―――今日は「もっとこの映画が広がってほしい」という思いで、自ら登壇を申し出てくださいましたが、どんな方に広まってほしいと思いますか?

ハル:私は産後、入院中に誰に相談していいかどうしたらいいのか分からず、携帯で「SOS」と検索し、たどり着いた番号に電話をし、相談をしたことがあります。しかし、「障がいがある子をそんな風に思うなんて理解できないわ」と否定され、メンタルが破壊されました。自分で産んだ子どもやから当たり前のように愛さないとあかんかったんか。こんなふうに悩んで苦しんで恐怖を感じてしまってるなんて自分があかんかったんやと追い詰められました。今、悩んでいる人に伝えたいのは、「出産お疲れ様。出産しただけでもすごいんやで。頑張った。悩んでも大丈夫。受け入れられないことはあかんことじゃない、絶対に自分を追い詰めたらあかんよ。命を生み出したんやから悩んで当然やで。大丈夫。」って伝えたいし、広まってほしい。私の息子は気管支切開をせず、自発呼吸できるまでに回復したし、口からご飯を食べ、海にも行けるようになりました。悩んでたのが嘘みたいに毎日可愛くて愛しくてたまらなかったです。亡くなってしまったけど、私は息子が生まれてきてくれたことを幸せに思っています。今悩んでいる人には無理やり受け入れなくていい、ゆっくりでいい。自分を追い詰めないでほしいなと思っています。




―――主人公の眞希は出産後のハルさんを、りかは出産から数年後のハルさんをモチーフにして描いた登場人物ですが、出産時の葛藤からどのような心境の変化があり、お子さんと向き合えるようになっていったのですか?

ハル:実際は、りかと同じように、娘が上にいる時に出産しました。娘の前では泣かないと決めていたので日中は娘と遊び、彼女が寝た後に泣いたり悩んだり考えたりしていました。ところがある日、息子がまだお腹の中にいて小さかった時に、よく娘にみせていたエコー写真をどこからか娘が持ってきて、私と写真を指さしながら「ママ、おとうと」と笑顔で言いました。胸が張り裂けそうになりました。「そうだね、大事なおとうとだね」って。まっすぐで素直な娘の言葉に「しっかりしないと!大事な子どもやねんから!絶対皆を幸せにする!」って思いました。娘には娘の人生を、息子には息子の幸せを。「この世には楽しい事が沢山あるんだって教えよう!」と覚悟が決まりました。


―――ありがとうございました。最後に映画の主題の一つともいえる出生前診断について、ハルさんはどう思われますか?

ハル:出生前診断という言葉を口にするのは悪なのか、禁句なのかと思うぐらい、世間ではあまり語られませんが、大事な事やと思っています。自分の身体は大丈夫かな?病気とかじゃないかな?って不安になるのと、お腹の赤ちゃんに何かないかなって不安になるのは似ているんじゃないかなって。知る・理解することで前向きな気持ちになれることもある。私は息子の病気をお腹の中に時にいるときに知りたかった。出産後悩んで苦しんでいた時間がもったいなかった。あの時間、もっと愛したかった。しかし一方で、出生前診断だけでわからない病気は万とある。出産し、子供の未来を背負うって簡単なことじゃないと思う。妊娠した全ての人が悩んでいい。出産する人も誰かの子ども。大事にされるべきだし、お腹の子どもも大事。’出生前診断=命の選択’という言葉だけじゃなくて出産前診断によって、赤ちゃんの状況を知る・理解することで、前向きになれることもあると思います。


『渇愛の果て、』は6月7日(金)までシアターセブンにて1週間限定公開。


<作品情報>

『渇愛の果て、』2023年/日本/97分

脚本・監督・プロデュース・主演:有田あん

出演:山岡竜弘、小原徳子、瑞生桜子、小林春世、二條正士、伊藤亜美瑠、辻凪子、大木亜希子、関幸治、みょんふぁ、オクイシュージほか

2024年5月18日(土)より新宿K's cinema、6月1日(土)よりシアターセブンほか全国順次公開

公式サイト→https://www.yaseijidou.net/katsuainohate

(C)野生児童