二卵性双生児のような映画が映し出す多彩な女性の肖像と等身大のジェーン「ジェーン B.とアニエスV. 〜 二人の時間、二人の映画。」


 ジェーン・バーキンが2023年7月16日に76歳で逝去してから、早1年が過ぎた。ちょうど、2番目の夫セルジュ・ゲンズブールとの間にできた次女で俳優のシャルロット・ゲンズブールが母ジェーンに迫った初監督作のドキュメンタリー映画『ジェーンとシャルロット』(2021)が同年8月に日本で公開されるというタイミングでの悲報に残念な想いを抱いたファンの方も少なくないだろう。シャルロットが彼女の娘と同行したジェーンの日本ツアーや、彼女からのインタビュー、そして当時ジェーンが一人で住んでいた郊外の家での取材など、ジェーンの人生をまさに総括するだけでなく、子育て中に抱いていたシャルロットへの想いを明かす母娘ドキュメンタリーとしても秀逸だった。


 それから遡ること35年、40代になり、3番目の夫、ジャック・ドワイヨンの間に生まれた三女、ルー・ドワイヨンとティーンエイジャーのシャルロットの子育てをしながら、仕事や人生の転機を迎えていたジェーンが、『冬の旅』(1985)が国際映画祭で高い評価を得、映画監督というキャリアの絶頂期を迎えていたアニエス・ヴァルダとタッグを組み、2本の映画に出演(共同制作の形に近い)していた。ジェーンの一周忌を追悼し、特別上映される『カンフーマスター!』『アニエスV.によるジェーンB.』はまさに二卵性双生児的映画と言える。まさにこの二人だからできたクリエイティビティやチャレンジがぎゅっと詰まった必見作。配信もなくDVDの入手も極めて困難な中、劇場の大スクリーンで鑑賞できるまたとない機会だ。

8/23(金)よりテアトル梅田、8/30(金)より京都シネマ、シネ・リーブル神戸 他全国順次ロードショー




 ジェーンより18歳年上で、フェミニストのヴァルダが、デビュー当時から男性たちに支持される女神(ミューズ)として男性監督やクリエイターたちの期待に応え続け、様々なパブリックイメージを植え付けられてきたジェーンの内面にカメラを使って迫っていく『アニエスV.によるジェーンB.』。この作品のキーワードは肖像であり、女性に被せられてきた様々なイメージだろう。その肖像やイメージを名画に当てはめて、名画の中の人物たちの思わぬ本音を語らせる劇中劇は動くアートであり、風刺が効いている。通常は笑顔が多いにもかかわらず映画では悲しい表情や悲劇的な役が多いジェーンに、ヴァルダは無声映画期の人気喜劇コンビ、ローレル&ハーディ(小太り体型のハーディはヴァルダが扮している)を演じさせるシーンもある。楽しそうに演じていたように見えて、ローレル役が苦手だと告白したジェーン。その理由から、ジェーンの役との距離の取り方や演じることがその精神に与える影響をリアルに感じとれるだろう。



 一方、自らの両性具有的な素質を自覚している(そしてヴァルダもそこに魅力を感じている)ジェーンが自らやりたい役として口にしたのが、いわゆる女性らしさを求められない勇敢な人。西部開拓時代の女性ガンマン、カラミティ・ジェーンやジャンヌ・ダルクなど、今まで彼女が演じてきた役とは一線を画す役を望んでいることがよくわかる。このジャンヌ・ダルクと永遠の命を与えられ、人間たちにインスピレーションを与えることに疲れ切っている女神の姿が一番、彼女らしく映った。



 演じること、カメラと向き合うことという監督対俳優の対話だけでなく、ジェーンの生い立ちを自らが語るモノローグや、今の生活について語るシーンもある。まさに『ジェーンとシャルロット』にもつながる部分だ。そして、当時の自宅で撮影したという、ジェーンの発案から生まれた映画『カンフーマスター!』にも話題が及ぶ。この作品のキャスティングも、まさにジェーンとヴァルダが家族ぐるみでの付き合いでなければできない内容であり、最難関の主人公の主婦が想いを寄せる15歳の少年役を、ヴァルダが自分の息子(マチュー・ドゥミ)はどうかと提案したところに、劇映画でありながら、よりプライベートフィルムのようなリアリティが生まれることを期待させられる。もうひとつ特筆すべきことは、離婚してからも揺るぎない信頼関係にあったセルジュ・ゲンズブールが、ジェーンの初コンサートの前に歌のレッスンをつけているシーン。91年にセルジュが逝去してから、彼女はセルジュが作り上げた美しい歌の数々をコンサートで歌う活動に力を入れていくが、まさにそのはじまりのはじまりを捉えている。



 ヴァルダの芸術における幅広い知識や、写真からキャリアをスタートした映像作家ならではの真正面から捉えたポートレイト風ショット、ところどころ挟み込まれるフランス名俳優たちとのドラマ部分など、40代を迎えたジェーンの魅力をあらゆる方面から導き出そうとするヴァルダの意図を考えるのも楽しい。矛盾を抱えたジェーンの人間臭さに触れることができる、唯一無二のセルフポートレート作品だ。


<作品情報>

『アニエスV.によるジェーンB.』デジタルレストア版

1988年 | フランス映画 | フランス語 | 99分

監督・脚本:アニエス・ヴァルダ

出演:ジェーン・バーキン / ジャン=ピエール・レオー ラウラ・ベティ フィリップ・レオタール アラン・スーション セルジュ・ゲンズブール シャルロット・ゲンズブール マチュー・ドゥミー フレッド・ショペル



 ジェーン・バーキンが企画をし、アニエス・ヴァルダが脚本・監督を務めた劇映画『カンフーマスター』。ジェーンが演じる主人公マリーの娘、ルシー役にはシャルロット・ゲンズブール、さらにその妹役にはルー・ドワイヨンが扮し、当時彼女が住んでいた家で撮影されており、自然とジェーンらの日常生活を重ねたくなる。中年男性と少女の恋愛ものは『ロリータ』をはじめ、古くから多く作られてきたジャンルでもあるが、1980年代当時、中年の主婦が娘と同級生の15歳の少年に恋をするという物語は珍しかったのではないか。



 夫と別れ、娘たちの子育てに追われているうちにもう若くはない自分に対する自信のなさや、恋から遠ざかっていくことの寂しさをどこか感じていたであろうマリーに突然訪れた娘の同級生、ジュリアンとの出会い。祖母と暮らすジュリアンも、大人の女性、マリーに恋愛感情を抱くようになる。とてもシンプルなストーリーだが、ヴァルダの息子、マチュー・ドゥミが演じるジュリアンの瑞々しさや、マリーのイギリスの実家(ジェーンの実父母、兄も登場)や、そこから小さな島に旅に出ての出来事など、ふたりが共に暮らす時間が豊かに描かれているのが魅力的。むやみにスキャンダラスに描かず、ふたりの心の動きを丁寧に、そして美化しすぎない描写にしているところは、さすがにヴァルダだ。



 そしてもう一つ見逃せないのは、当時既に『なまいきシャルロット』で俳優としてのキャリアを順調にスタートさせたシャルロットとジェーンが母娘役として映画の中でも微妙な距離感になりながら会話を交わすシーンだ。『ジェーンとシャルロット』でシャルロットに他の娘たちとは違う特別な感情を持っていたことを明かしたジェーンだが、どんなことを思いながらこのシーンを演じていたのだろうと思わずにはいられなかった。



 『アニエスV.によるジェーンB.』で着飾らず、自然体の役を希望していたジェーンだが、本作はまさにそれが実現した作品と言えるだろう。シンプルでカジュアルなパンツやジーンズスタイルは、その後のジェーンの定番スタイルとして多くの女性ファンから支持されるが、まさに映画でそのファッションスタイルを体現している。『アニエスV.によるジェーンB.』がコスプレまみれなら、『カンフーマスター!』は日常と地続きの普段着オンパレード。それが素敵なのだ。劇映画なのにドキュメンタリー要素があり、そしてセルフポートレイト的でもある『カンフーマスター』。ちなみに『カンフーマスター』はジュリアンが熱中していたゲームの名前だ。ゲームコーナーでミッションをクリアするために必死のジュリアンにとって、初めての恋は人生でクリアすべきゲームの一つだったのかもしれない。



 80年代の世界的な出来事として本作でも随所に挿入されているのがエイズの感染拡大。イギリスのテレビではゴールデンタイムに大きく特集され、街角ではエイズに関するパンフレットが配布されている。映画の冒頭でもジュリアンたちがコンドームに水をたくさん入れて風船のように膨らませ、それを上から落として遊ぶといういたずらをしていたが、子どもたちにとっては茶化すような出来事でも、実は人々に静かな恐怖を与えていたことがうかがい知れる。日本よりもかなりオープンに語られている印象だ。そして90年に夫、ジャック・ドゥミをエイズで亡くすヴァルダにとって、何かを予言しているかのようなシーンにも映った。

最後にマリーの恋をしたが故に心が波立ち、不安を覚える様子を際立たせるのが『冬の旅』に引き続いてタッグを組んだジョアンナ・ブルズドヴィチュの音楽。『冬の旅』よりはマイルドな曲調だが、常に不安に覆われているマリー、そして世の中の動きを表現しており、漂う女性の生き様という点では、同作とも実は緩やかに繋がっているのかもしれない。


<作品情報>

『アニエスV.によるジェーンB.』デジタルレストア版

1988年 | フランス映画 | フランス語 | 88分

監督・脚本:アニエス・ヴァルダ

出演:ジェーン・バーキン マチュー・ドゥミ / シャルロット・ゲンズブール ルー・ドワイヨン デヴィッド・バーキン ジュディ・キャンプベル アンドリュー・バーキン


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