「子どものような好奇心を絶対捨てずに持っていた」田中泯が坂本龍一の思い出を語る@『Ryuichi Sakamoto: Diaries』特別先行試写会


 世界的音楽家・坂本龍一の最後の3年半の軌跡を辿ったドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』(監督:大森健生)が11月28日(金)より全国公開される。本作は目にしたもの、耳にした音を多様な形式で記録し続けた本人の「日記」を軸に、遺族の全面協力のもと提供された貴重なプライベート映像やポートレートをひとつに束ね、その軌跡を辿っている。24年にNHKで放送され大きな反響を呼んだ「Last Days 坂本龍一 最期の日々」をベースに、未完成の音楽や映像など映画オリジナルとなる新たな要素を加えて映画館ならではの音響と空間で鑑賞するにふさわしいドキュメンタリー映画となっている。 



  9月19日(金)に本作で朗読を務めたダンサー、俳優の田中泯による舞台挨拶付特別先行試写会が、坂本龍一の大阪で初となる大規模企画展「sakamotocommon OSAKA 1970/2025/大阪/坂本龍一」を開催中のVS.(グラングリーン大阪うめきた公園ノースパーク VS.)にて開催された。 


■忘れずにこの映画の話を永遠に続けるぐらいの気持ちがあっていいのではないか

  上映後に登壇した田中泯は、「後ろで観ていましたが、いろいろ思い出して言葉がない。(観客のみなさんは)ぜひ忘れずにどなたかと、この映画の話をしていただきたい。それを永遠に続けるぐらいの気持ちがあっていいのではないかと思っています。それが坂本龍一という人を特別にヨイショしないでいける、唯一の方法ではないか」と感無量の面持ちでご挨拶。


   進行を務めるFM COCOLO DJの加美幸伸に坂本龍一との思い出を聞かれた田中は「僕は他の坂本さんの友人たちのように長いこと付き合っていたわけではないけれど、必ず一緒に飲んで気がつけば朝になっているような経験を何度かさせていただきました。(坂本さんが)病院通いをしていたときも、実は京都のE9(THEATRE E9 KYOTO)まで僕の踊りを観に来てくださり、一番後ろの隅っこで座って観てくださった。ちょうど大きなまるい月のようなものを作り、その中であかりが灯ったり消えたりする線香花火のような満月だったのですが、それが上がったり降りたりしている回だったので、上演後に坂本さんと月について話しましたね」と坂本最晩年の思い出を明かした。


  さらに同劇場で2024年の演目「Sの舟が空を逝く」では、いつも上演後に観客と交流の時間を持つ田中が、そのときだけはできなかったという。田中は「(坂本龍一最後のオリジナルアルバム)『12』を聞いていると、本当に船が宇宙を飛んでいるんですよ。その中で賑やかに音楽が聞こえるのだけど、それはどうも坂本さんの音楽のようなのです。船が突然大きくなったり小さくなったりして、それは夢か幻かわからないけれど音楽を聞きながら、そんな想いになったことがありました。(坂本さんが)亡くなった後に、天井近くに小さな船を動かしたり、30センチ幅の建築用足場をだんだん上に登っていくようにし、それだけを舞台にして踊っていました」と当時を振り返った。 


■坂本さんが一番好奇心を動かしたのは人間そのもの 

  坂本の魅力を問われた田中は「僕がずっと感じ続けているのは、僕が体の中にあるけれど言葉に出していないことを、彼はどんどん出してきた。森や原発の問題など、さまざまですが。あるとき坂本さんが『このままいくと、人類はみんなキチガイになっちゃうね』という言い方をするのです。多分、僕が口に出さないでいることを、ぽっと出してくる。僕の方が年上なので、本来なら僕の方から言ってガンガン刺激しておきたかったという気がします」と、その発言力に対して言及。  さらに坂本が一番好奇心を動かしたのは人間そのものだという田中。「音楽ということを考え続ける、音楽に触れ続けることが、その他の人間に対する好奇心と一緒にガーンと育ち続けて、今でも育っているのではないか。そこは僕とめちゃくちゃ似ていると思います。 踊りを考えることが、僕にとっては人間を考えることなのです。これはちっとも難しくなくて、当たり前のことだと思っています」と自身の創作の根っこにあることについて語った。 


■日記といいながら、ものすごく不特定多数の人間に向かって書いている

   田中自身はダンスに魅了され、言葉を信じなくなっている部分があったというが、57歳のときに初の映画出演で、初めて人前でセリフをしゃべったという話題から、本作で坂本龍一の日記を朗読する大役を担ったことの話題へ。 田中は「言葉を喋る常識を疑ってみよう、感情と言葉がなるべく距離をとっていられるように喋ろうと思って、必死でした」と回想。さらに「日記といいながら、ものすごく不特定の人間に向かって彼は言葉を書いている。つぶやいているかのように見えて、おそらく読まれることを知っている。(推測ではあるけれど)彼の口から出る言葉は(相手として)基本的に大勢の人がそこにいるというのが彼の思想だと思います」と坂本が日記を書いていたときの心境を思い測った。 



■子どもの好奇心と“本当”で生きること 

   加美が映画の中で登場する坂本が書いたフレーズの一つ「雲の動きは音のない音楽」を取り上げ、「こういう感覚が坂本龍一らしいし、彼しかできない。それを実際に音楽にできる方」と話を向けると、田中は「坂本さんと雲の話をしたのを思い出しましたが、太陽が出てくると雲は必ずなくなり、消えるまで結構時間がかかる。僕はダンサーなので、それがダンスをしている雲のように見えるんです。すごい勢いで風に飛ばされていくのが、ダンスのようにも見えれば音楽のようにも見える。これは子どもの好奇心なんです。大人は時計を見てしまうから」 「子どもの好奇心」という共通点から、さらに相手の中の子どもっぽさを感じると精神的な距離の近さを感じるということへ話が及ぶと、田中は「(坂本さんと)はじめてニューヨークで一緒に飲んだとき、この人は本当の気持ちとか本当のことをやりたいとか、本当のことを志すヤツと一緒にいたいとか、“本当”で生きていたいんだ。うわべというか表面的なことで、嘘だと思っていても通り過ぎてしまうような社会に対し、僕もそうですが坂本さんも疑問を持っている。大人の社会は嘘ばっかりだけれど、そういつまでも笑っていられるかな」と観客に問いかける一幕も。


  映画では坂本が死の直前までピアノを弾いているかのように指を動かしている様子も映されているが、田中は最後の最後まで音楽に向き合っていたことに触れ、「他の伝統芸能でもそうだが、同じ指仕事で音をだすことを繰り返しやっていると、それこそ何か深い感性に手と体が見合う。それは子どもが毎日飽きずに同じことをやるのと同じで、子どもは同じことをやっていないんです。毎日新しい何かが見つかるこそ、やめずにやっているわけですが、それを大人は『毎日同じことをやっている』と決めつけてしまうんですよ」 


■最後の最後まで生き様を見せるのは、奇跡に近い 

  本作を観て何よりも生命を感じることや、いろんな意味でのいのちを垣間見たという加美の言葉に、田中は「悲しいのだけど坂本さんが抱えた、引きずっていた体と、私たちは全く違うコンデッィションの中で生きている。彼が話したことや彼がやってくれたことに対して、それを分かろうとして生きているわけです。ひょっとしたら、とても無理なこと、失礼なことかもしれないけれど、彼は最後の最後まで(自分の生き様を)見せるわけです。これは奇跡に近い。世の中では最期を知らないことの方が圧倒的に多いですから。ただこれは元をただせば、(坂本さんが)子どものような好奇心を絶対捨てずに、大事に大事に持っていたことの証拠だと思います。僕も絶対に、最後まで子どものように生きていたいです」と最後まで自身の想いを貫いた坂本の生き方を讃えた。



   最後に自分たちの今の気持ちを心に留めて、いろんな方に語ってほしいと観客に呼びかけた加美に続き、田中は「ものすごくいい、素晴らしすぎる例題ですし、そのことは坂本さんの意識の中に絶対あったはずです。特別じゃないと。今日ご覧になったみなさんは、観ている間から、自分の中にこの映画がどういう位置にくるのかをみんな考えていると思います。絶対に応援してください!」と力強く呼びかけた。


  偉大なる音楽家、坂本龍一、そして死に向き合うひとりの人間を見つめる命のドキュメンタリー。坂本が人生をかけて愛し、創造し続けてきた音や音楽をぜひ劇場で体感してほしい。 

(江口由美) 


<作品情報> 

『Ryuichi Sakamoto: Diaries』 

坂本龍一 

朗読:田中泯 

監督:大森健生 

製作:有吉伸人 飯田雅裕 鶴丸智康 The Estate of Ryuichi Sakamoto 

プロデューサー:佐渡岳利 飯田雅裕 

制作プロダクション:NHKエンタープライズ 

配給:ハピネットファントム・スタジオ コムデシネマ・ジャポン 

2025/日本/ カラー/16:9 /5.1ch/96 分/G 

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