「脳梗塞の症状や行政サポートのことを知っていれば、助かる人がいるかもしれない」 『もしも脳梗塞になったなら』太田隆文監督インタビュー
『朝日のあたる家』の太田隆文監督が自身の脳梗塞による闘病生活を映画化した『もしも脳梗塞になったなら』が現在、第七藝術劇場で絶賛公開中だ。また1月30日(金)よりアップリンク京都ほか全国順次公開される。
ひとり暮らしの映画監督が突然脳梗塞を発症し、その闘病生活を描く本作は、脳梗塞に至る経緯やその症状、発症後のまわりのサポートや心無い友人の言葉など、全てが本当の話。そして、その辛い状況を喜劇に変えるのが映画の力であることを見事に証明している作品だ。
身近な病気でありながら、あまりその実態を知られていない脳梗塞の映画を作る意義や、自身の映画作りの変化について、本作の太田隆文監督にお話を伺った。
■チャップリンのようなコメディのエッセンスを取り入れ、大事なことを伝える
━━━映画のトーンや音楽が全体的に明るいので、肩の力を抜いて見ていいんだという気持ちになりました。
太田:病気を題材にした映画はどうしても観ていて辛い感じのものが多いですが、今の時代は生きていくだけでも大変な時代です。そんなときに「病気はこんなに大変なんだ」という作風だと、観客のみなさんは二の足を踏んでしまいかねません。その一方、病気のことをきちんと伝えるのは大切だし、どうしようかと思ったときにチャップリンやハロルド・ロイドの映画を思い出したのです。
チャップリンが演じる主人公は何の罪もないのに間違われて警察官に追われ、ひどい目に遭いますが、それを見ている観客は笑っています。それを僕に置き換えると、僕は病人で大変だけど、見ている友人の中には「あいつ、病気になってバカだな」とよく知らずに笑うヤツもいる。つまり、観客は笑うけれど主人公は大変だというコメディにすれば、今の暗さが漂う時代でもみんな、観てくれるのではないか。チャップリンの映画はただ笑うだけではなく、最後に泣けて、人生の大切なことを伝える物語なので、そのスタイルを使えば病気という難しいテーマを伝えることができると思ったのです。
━━━元々、脳梗塞にはどんなイメージがありましたか?
太田:よく聞く病気ですし、尊敬する大島渚監督も脳梗塞を発症し、引退を余儀なくされました。誰に聞いても、知り合いや家族で脳梗塞になった人がいると聞くことが多いですし、調べると一年間で10万人が脳梗塞になる。10年で100万人が脳梗塞になり、社会復帰できる人もいれば、深刻な後遺症が残る人もいるわけで、これは結構深刻な社会問題になるのではないかと思ったのです。
一方でガンなどはよくテレビでも取り上げられるのですが、脳梗塞のことは誰に聞いても詳しいことは知らないわけです。僕も脳梗塞のことを知っていれば、今は両目の視界が狭い状況ですが、ここまでひどくならずに済みました。僕は1週間寝て治そうとしましたが、2日以内に病院に行けば視力が失われることはなかった。そういう脳梗塞を知ってもらうようなドラマや映画は今までなかったので、作ることが大事なんですね。
■映画化を考えたことで、冷静かつ客観的に自分の状況を見つめる
━━━このテーマで映画を撮るに至るまでのプロセスは?
太田:最初は何が起こっているかわからなかったので、目が見えにくくなり検査をしてから、どうしようと悩んでいたときにふと思ったのが、自分でも映画屋だなと思うのですが、伊丹十三監督のことでした。伊丹監督は自分の義父の葬式に出て、これは映画になると思い『お葬式』を作った。その『お葬式』が大ヒットしてお金がたくさん入ってきたのに、税務署にごっそり持っていかれてしまった。なぜ俺が頑張って仕事をしたのにと調べた結果作ったのが国税局査察部の女性査察官が主人公の『マルサの女』だった。僕は今すごく酷い目にあっているけれど、これを映画にしたら取材に行かなくてもいいし、辛い話を聞き出すのは大変です。でも自分のことならいくらでも書けるし、これは映画になると思ったのです。
そして、映画にしようと思うことで、ただ痛いとか辛いということではなく、自分の状況を冷静かつ客観的に見ることができるようになりましたね。
━━━冷静に見つめる一方、映画にするにはそのときそのときのことを記録し続けなくてはいけなかったと思いますが、読むためのリハビリが必要であった当時、どのように取り組んでいたのですか?
太田:発症当時は読むことができなかったので、リハビリを兼ねて病気を記録していく必要がありました。実際に書くのは発症後1ヶ月程度でできるようになりましたので、そのときのリアルな体験を残すことが僕にとってのリハビリになっていたんです。
ただ、最初は片目だけ見えにくかったのが、両目が見えにくくなってきたとき、治らないにもかかわらず誰にも言えなかった。その事実を自己確認してしまうのが怖かったんです。病気や障害を抱えている方々はとんでもない心の負担を抱えていることを実感しました。
もう一つ、Facebookのみでの交流だった方で障害を持たれていることを一切伝えておらず、実際にお会いして初めて知るケースもあったのですが、障害のことを公表することでまわりが気を遣い、たまにひどいことを言ってくる人もいるので本当のことをFacebookでは言わないと。僕のために教えてくれたのですが、障害を持った人の心はとても複雑で、傷つきやすい。それを知らずに踏みつけてしまうことがあると、思い知らされました。
━━━逆に、外出時に杖を持つことで、視覚障害があることを周りに知らせることができるというエピソードもありましたね。
太田:視覚障害者用の杖は目が見えない人が持つものだと思っていたし、僕が持つのは失礼ではないかと思っていたのですが、僕の映画を応援してくれていた介護士の方が「杖は目に障害のある人が持つもので、杖は(体を支えるものではなく)視覚障害があることを周りに知らせるためのもの。持った方がいいですよ」とアドバイスしてくれたのです。それまでは後ろから追い抜かそうとする人と、横が見えずに曲がろうとする僕がぶつかったりしていたのですが、実際に持つと周りが気を遣ってくださるようになった。まだ見えている僕ですらそうですから、見えない方にとってこの杖は本当に大きな役割を果たしていると思います。本当に色々なことを関係者や専門の方から学びました。
■SNSのつながりから、新しい形の助け合いが生まれている
━━━動けないぐらい大変なときに、Facebookは社会との窓になり、支援してくれる人がいる一方、「病気の話ばかり聞きたくない」という言葉がコメント欄に連なったり、SNSとどう付き合うかが難しいですね
太田:新しい現代社会の側面ですね。読みたくなければ読まなければいいのに、わざわざコメントしてくる。「病気のことを書くべきではない」などと書かれ、最初は嫌気がさしていましたが、よくよく考えるとそれぞれの方の社会背景が見えてくるんです。例えば書くべきではないとコメントした方は地方で暮らしている方なのですが、家族で暮らしているし、ご近所付き合いや親戚が身近にいるので、SNSで助けてと呼びかけなくても助けてくれる人がたくさんいます。家族で面倒を見て、外に迷惑をかけないということをやってきたと思うのです。
でも都会ではそうはいかない。遠方に家族がいても介護のために出てきてもらうのは難しい。僕の場合はFacebookで自分の状況をずっと発信してきました。例えば酷暑のため外に出られなくて困っていると書いたら、食料を送ってくださる方が次々と現れてくださった。ネットがあることで、新しい形の助け合いが生まれているんです。それがなければ、飢え死にしていたかもしれません。
━━━映画の中で、太田監督が今まで無理をし続けてきた代名詞のように「ひとり7役」という言葉が出てきます。
太田:監督、脚本、ロケハン、メイキング映像、ロケ地との交渉などプロデューサー的な仕事や宣伝などもしますのでそれぐらいになります。映画ができたら毎回3ヶ月はダウンしてしまうので、いつも医者には「気をつけないと過労死するよ」と注意されるのですが。もともと本当に病院に行かないし、「太田は砂漠に放っておいても帰ってくるだろう」と言われるぐらいタフだと自負していたのですが、60歳を超えるとそうはいかないですね。
■ひとり7役の映画制作から「人に頼る」ことを実践
━━━今回はその役割の多くを任せての映画づくりになったと思いますが、いかがでしたか?
太田:今までひとりで7役ぐらいやってきましたので、人に頼ることを実践しました。優秀なスタッフが集まってくれているので、負担をかけることが申し訳ないと思ってきたけれど、頼ることの大切さですよね。劇中に大リーグで有名なピッチャーの話が出てきますが、奪三振王として名を馳せた頃より、三振が取れなくなった代わりに打たせて獲ることを実践した方が、成績が上がっているんです。僕も今回は頼ることでもっといいものができるし、みんなに任せることでもっと多くの人に映画が届くと思います。この病気になったことは、それを実践するチャンスだったと、今は受け止めています。
━━━ちなみに窪塚俊介さんが演じた映画監督、大滝が暮らす部屋は、太田監督ご自身の部屋だったのですか?
太田:最初は美術さんに部屋を作ってもらおうと考えていましたが、実際にあれだけのビデオやDVD、書籍など部屋にあるモノを借りてきて作るなら200万円ぐらいはかかります。それに、やはりなんといってもリアルですから、主人公がこだわりの強い映画監督であることが、部屋に置いてあるものを見ていただければよくわかると思います。ただ一つ問題があって、撮影中は僕が部屋に入れないんです。翌日撮影の続きを撮るのに、僕が日常生活をしてしまったら、場所が変わってしまう。撮影中は置いてあるものを触ってはいけないので、僕は近所の旅館に泊まり、自宅へ撮影に通っていました。
■行政の制度を知っていれば助かる人もいるはず
━━━主人公は最後の方で介護保険のことを知りますが、それも太田監督ご自身のリアルな体験ですか?
太田:そうです。今回、カテーテル手術を3回受けましたが、保険なしだと1回100万円ぐらいかかりますが、保険があることで6万5000円になる。さらに市役所に申請することで治療費が安くなる制度があり、結局4万5000円で手術を受けることができました。
日本は国民保険という本当に素晴らしい医療制度や、今回僕が使った制度があるのに、あまり知られていない。CMを流してもいいぐらいです。
また9月にヘルパーや看護師が訪問しているシーンがありますが、僕が倒れたのは3月でそこから行政のサポートを受けずに、半年間なんとか生き延びてきたわけです。もっと早く行政サポートがあることを知っていればここまで酷い状況にならずに済んだと思いますし、それを映画で多くの人に伝えることで、そういう制度を知っていれば助かる人もいるかもしれません。
■脳梗塞の症状の演技は「嘘がないように」
━━━主演の窪塚俊介さんにはどのような演出をされたのですか?
太田:窪塚さんは大林宣彦監督作品によく出演しておられるので、僕自身が大林組の俳優と相性がいいこともあり、大林監督作品では結核の役を演じたことがあるのでお願いしたのです。ただ結核の役なら咳ごみ、血を吐くなど演技で症状を見せやすいし、座頭市のように目が見えない場合なども今まで多くの俳優が演じてきましたが、今回の脳梗塞は症状がいくつも重なっているので演じるのが大変だったと思います。ある時期までは目が見えず、見えるようになっても半分しか見えないとか、脳が死んだ状態のときは言葉が出てこないんです。リハビリをすることでだんだん言葉が出てくるようになるのですが、いろいろな症状の波が代わる代わるやってきて、一般的な難病ものとは違う表現をしなくてはいけない。
その部分は僕も細かくお伝えし、窪塚さんはその時々に襲いかかる症状を頑張って演じてくれました。脳梗塞を患った人がご覧になったときに「これはないよ」ということがないように、病気に関してはリアルで嘘のないようにしましたし、長年の友人の言葉も本当なんです。ただ言った本人は忘れていて、それは日本のサラリーマンは次々に忘れなければやっていられないということの表れでもありますね。
(江口由美)
<作品情報>
『もしも脳梗塞になったなら』
(2025年 日本 102分)
監督・脚本:太田隆文
出演:窪塚俊介、藤井武美、田中美里、藤田朋子、佐野史郎
第七藝術劇場で絶賛公開中、1月30日(金)よりアップリンク京都ほか全国順次公開
公式サイト⇒https://moshimo-noukousoku.com/
(C)シンクアンドウィル 青空映画舎
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