「自分の気持ちに素直に、自由に生きることが大事」 『遊歩 ノーボーダー』淺野由美子監督、藤野知明プロデューサーインタビュー
障がいや性別による差別に声を上げ、日本初の自立センターの設立に尽力し、ピアカウンセリングの先駆者の一人として知られる安積遊歩さんの人生を捉えた、淺野由美子監督のデビュー作となるドキュメンタリー映画『遊歩 ノーボーダー』が、5月23日(土)よりポレポレ東中野、5月30日(土)より第七藝術劇場、6月5日(金)より京都シネマ、6月20日(土)より元町映画館他全国順次公開される。
6月、ドイツ・フランクフルトで開催される「第26回ニッポン・コネクション」日本映画祭での上映も予定されている本作の淺野由美子監督と藤野知明プロデューサーにお話を伺った。
■映画制作の沼にはまった藤野さんとの出会い
――――版画家の淺野さんが、映画を撮る側になられたのは、プロデューサーの藤野知明さん(『どうすればよかったか?』監督)との出会いが大きかったと思いますが。
藤野:東京で映画の仕事をしていた2011年に僕の母が亡くなり、2012年の春に父と統合失調症の姉が住む札幌に戻りました。映画の仕事はもうできないと思っていたけれど、札幌映画サークルに入り、ポーランドのドキュメンタリー上映会が開催されたときにポーランドからサハリンを取材しているドキュメンタリー作家も札幌に来られました。当時は僕もサハリンの先住民を取材していたので、地元の主催者が札幌の隣にある江別市でゲストたちを案内した際に同行し、そこで淺野さんに出会ったんです。
淺野:当時、ポーランド協会の友人に頼まれ、来日ゲストをもてなすコーディネートを手伝ったのですが、札幌映画サークルの方々の中にいらした藤野さんと初めてお会いし、サハリンの先住民のダーヒンニェニ・ゲンダーヌさんの映画を撮っていると聞いて驚いたんです。わたしも本(「ゲンダーヌ: ある北方少数民族のドラマ」)でゲンダーヌさんのことを読んでいたので、なぜ藤野さんが撮るのだろうかという興味が湧きました。それが全てのはじまりですね。
――――なるほど。そこから自然と藤野さんの撮影を手伝うようになられたのですか?
淺野:当時、ジンバブエの子どもたちの文化交流ツアー(ジャナグル)に携わっていたので、藤野さんにそのライブや音楽ビデオを撮影し制作してもらうことから始まりました。藤野さんからアイヌの人々の遺骨返還訴訟や先住権の撮影をしていると聞き、私自身も北海道への入植者の末裔なので大事なことだと思い、少しずつ取材に参加するようになり、そのうちに自分でカメラを買い、撮影をする側になり…。もともと興味のある分野でしたし、新しいことをするのは面白いですから。私は好奇心が強いので、その気持ちで付き合っていると、ズブズブと映画制作の沼にはまってしまった(笑)
――――北海道に戻ったら、こんな好奇心いっぱいの方と出会い、共に映画作りをするようになるという流れは、藤野さんにとっても思いがけないものでしたか?
藤野:東京時代もそうですが、僕は映画を作っているうちに頭の中がこんがらがってしまい、完成させることができないままになっている作品が結構ありました。淺野さんと仕事をするようになってから、作品が完成できるようになり、短編一本と『どうすればよかったか?』の前までにアイヌの人の長編ドキュメンタリー3本が完成しました。
その撮影現場へ移動する車中で淺野さんと色々と話し合った中の一つに、複合差別がありました。アイヌで女性であるということは二重で差別を受けているとおっしゃるアイヌ女性の方がおられましたが、映画では遺骨問題や先住権の話の中に、複合差別のことを入れきれなかった。問題が複雑化しすぎるので後回しにしたことについて、淺野さんから指摘されたのはこれらの作品の反省点でした。
■遊歩さんの希望は「ありのままを撮ってほしい」
――――淺野さんが安積遊歩さんを撮りたいと思ったきっかけは?
淺野:私と仲間が立ち上げた「えべつ脱原発芸術祭」は若いメンバーがどんどん入ってくれ、現在でも続いていますが、2022年に若いメンバーが「遊歩さんの話を聞いてほしい」と講演会を企画したんです。以前から遊歩さんのことは多少知っていましたが、その2時間の講演会で自分の人生や考え方をつぶさに語られ、胸にズキューンときました。その場で遊歩さんを撮りたいと本人にお願いし、それから4年ぐらいかけて本作を作ったのです。
――――タイミングを逃さなかったんですね。
淺野:当時遊歩さんは66歳でしたが、「ぜひ、ありのままを撮ってほしい」とおっしゃいました。遊歩さんは障がい者運動のレジェンド的存在なので、テレビをはじめ様々なメディアでこれまでも取り上げられてはきたのですが、特にテレビの障がい者向け番組などでは、障がい者以外の役割を禁止されてしまう。だから自分が今までやってきたことを撮ってほしい、そして障がい者という枠だけに閉じ込めないで、もっと色々な広がりがある人生をありのまま撮ってほしいと。それが遊歩さんとのスタートでしたね。
――――遊歩さんは様々な体勢でご自身のことを語ってくださっていますが、言葉に力があり、論点が明瞭ですね。
淺野:講演会活動を多数行っていますが、ある意味語ることが上手だし、明快にダメなことはダメだと言い切ってくださるので、たくさんの人たちの心を掴むし、今にして思えば映画の主人公として本当にいい方に出会えたなと実感しています。お互いに札幌に住んでいるというのも、ご縁だと感じますし。
――――民主主義の話を遊歩さんがされているのも、なるほどと膝を打ちました。
淺野:民主主義の始まりは明治維新ではなく、70年代の障がい者運動に持ってくるという意外性と面白さがありますよね。私は原一男さんの『さようならCP』は観ていましたが、障がい者のみなさんが具体的にどのような闘いを行っていたのかまでは知らなかったんです。まずは真っ白な状態で遊歩さんに向き合い、いろんな話をしたり、本を教えていただいたり、資料や映像を見せていただいたりと、2年弱の撮影をしながら学びました。新しい知識を得ること自体が楽しかったですね。
――――遊歩さんは自分たちが行ってきた障がい者運動の歩みを遺したいのでは?
淺野:遊歩さんご自身もそう思っていたみたいですね。今の若い障がい者のみなさんは障がい者運動の歴史を知らない人も多いらしいのですが、少しずつ生活の場でバリアフリーが実現し、色々な人が恩恵を受けているのも実は若い頃、遊歩さんがされていた運動がそのきっかけになっています。私たちの方がかつての遊歩さんらに助けられているのです。
■複合差別とフェミニズム、セクシャリティをどう描くか
――――介護をする側、される側とつい立場を分けて考えてしまいがちですが、遊歩さんと支援者たちの関係を見ていると、お互いさまだなと思うことがたくさんあります。もう一つ、この作品が明確に描いているのはさきほど藤野さんのお話に出てきた、障がい者と女性の複合差別です。フェミニズム的要素は、この作品のある意味核とも言える部分だと思いますが。
淺野:女性差別は全員該当するでしょうが、差別されていることを認識しているかどうかの濃淡はあると思います。差別を認識してしまうと、色々なことが気になってしまうし、幼い頃からいろんな場面で「なんでだろう」と理不尽さを感じることが多かったし、言いたくても言いづらいことも多かったです。
藤野:男性が中心ではありますが、この映画を福祉映画という言葉を使って説明したり、逆にフェミニズム的要素が急に入ってくることに違和感を覚えるという声もありました。
淺野:伝わっていて良かったです。いろいろな見方があると思いますが、そこが伝わらないのは編集のやり方が悪いのではないかと、苦労して編集しました。フェミニズム的部分こそ、しっかりと伝えたい部分なんです。
――――セクシャリティの部分もこの作品がしっかり描いていることの一つです。
淺野:障がいのある人たちは性愛があってはいけないと考えられていたことや、優生保護法で強制不妊手術を明文化され強制もされたことも根底にあります。同じ人間だから人を好きになるとか、性欲があるというのは当たり前のことですが、遊歩さんの言葉でセクシャリティに言及した部分が一番私の心に入りましたし、そこはきちんと映画で描いていきたいと思いました。
■娘の宇宙さん、妹の愛子さんについて
――――娘、宇宙さんの存在はまさに希望ですね。遊歩さんは自分が育ってきた時代は障がい者が将来の希望を握りつぶされてきたことにも言及し、宇宙さんの子育ては多くの人が関わるようにして、娘の意思を尊重しています。
淺野:母と娘でタイプは全然違いますが、障がい者が差別されたり排除される世の中を変えたいという想いや目指す方向は同じなんです。希望でしかないですね。
今、子育てしている人は周りに迷惑をかけてはいけないと非常に神経を使っておられる気がしますが、宇宙さんは遊歩さんのことを「4番目のお母さん」というぐらい、たくさんの人が彼女の育児に関わっているんですよ。まさに先ほどの「お互いさま」ですね。
――――遊歩さんの妹、神野愛子さんの辿ってきた人生にも想いを馳せたくなりました。
淺野:セクシャルハラスメントなどもそうですが、若い時は言葉が与えられていなかったので、ただモヤモヤと不愉快な思いだけが残ってしまっていました。愛子さんは、現在で言えばヤングケアラーですが、子どもの頃は無自覚に親から託されたことをしなくてはいけないと思っておられた。とても優しい方なので、なぜ自分だけ!と反発せず、すべて引き受けてしまうのですが、心の中でなぜなのかと感じてきたのではないでしょうか。遊歩さんに限らず、宇宙さん、愛子さんも非常に自分の気持ちを言語化するのが巧みだなと、撮りながらずっと感じてきました。
藤野:遊歩さんはよく話す方ですが、愛子さんや宇宙さんが話していると黙って聞き役になり、聞いている相手が倍以上話されるんですよ。言葉が出てくるということは非常に重要なことです。宇宙さんはニュージーランドで今暮らし、日本より障壁になるようなことが少ないことも影響しているでしょうが、自分の歩む未来が見えてきていますよね。
■遊歩さんに心が解きほぐされて
――――遊歩さんのもとには、若い世代がたくさん集まってきていますね。
淺野:遊歩さんは北海道大学をはじめ、全国の大学の教授たちにゲスト講師として招かれ、講義内で様々な話をされています。講義を受けた学生たちが、遊歩さんを慕ってくるんですよ。遊歩さんは「思うようにしたらいい」という方で、自分の気持ちに素直になり自由に生きること、気持ちを解放することが大事だと彼らに伝えていますし、みんなに「遊びに来なよ」という感じで声かけしておられます。生きづらさを感じている人も、遊歩さんに話を聞いてもらうことで、心が解きほぐされ、軽やかな気持ちになれる。だから若い人たちをはじめ、中高年のかたも遊歩さんを訪ねていくんです。
――――なるほど。さらにこれまで数々の障がい者運動を行う中で実感した「権力には大きな声を出す」など、今の閉塞感に満ちた時代に必要なことが語られていました。
淺野:今の状況は異常ですよね。私たちが暮らしやすくなるようにと声を上げるのは政治に対する私たちの権利ですし、「政治家も頑張っているのだから口を出すな」というのではなく、市民の声を汲み取るのが本来の政治です。しかもそのやりとりがSNS上でなされている。もっと人と人とが直接会い、話をすることによって孤独感も解消されますし、新しいことを始めたり、繋がりが生まれるんですよ。それこそ、一緒にご飯に行こうとか、映画を観に行こうということですら、「そんなこと誘ったら迷惑なんじゃないかな」と気を遣い過ぎている気がしますね。
――――編集についてもお聞きしたいのですが、心がけたことは?
藤野:淺野さんと二人で作業をし、まず104分版を2025年の沖縄環太平洋国際映画祭で世界初上映しました。その後配給と劇場公開に向けての話をする中で、編集の秦岳志さんに入っていただき今の82分バージョンになりました。淺野さんが撮りたかった複合差別にどのようにフォーカスしていくかを繰り返し確認しながら進めました。
淺野:「フェミニズムはやりたい事をやっていいのが根幹だから」と遊歩さんがおっしゃっていたので、その一例として入れていたシーンもありましたが、情報が多すぎてお客さまが消化しきれないまま次のシーンに行ってしまう恐れを感じていました。秦さんに一旦77分まで削っていただいたのですが、結婚差別のことを話すシーンを試行錯誤しながら後半に戻し、今の劇場公開バージョンになっています。
■複合差別に関して語る遊歩さんは「様々なボーダーを超えてきた」
――――障がい者運動の歴史だけでなく、遊歩さんのパーソナリティがどのように形成されたのかを、子どもの頃からしっかり積み上げて描写していますね。
藤野:最初は障がい者運動を牽引した全国青い芝の会との出会いが遊歩さんにとって大きいものだったのではないかと思っていましたが、ご家族の話を聞くと、むしろ全国青い芝の会と出会う前から自分の意見をはっきりと言う方だったとわかりました。
養護学校を出て家にこもっていた時代は自死を考えるまで追い込まれていた遊歩さんが、福島県青い芝の会と出会うことで、今の遊歩さんのパーソナリティに近いものが育まれていったと思います。
その後ピアカウンセリング(お互いの話を聞き合う)ことを通して、建設的に障がい者の置かれた状況を変えていくところまで到達されたのだと思います。それらを通して、どのようにして様々な壁を超えていくことを学んだ遊歩さんは、様々な分野で発言をされるようになったと理解しています。通常は複合差別に関して話す人がほとんどいない。それは聞いてくれる人がいないという理由もありますが、遊歩さんはそういうボーダーも軽々と超え、しっかりと話してくださいました。
苦しい段階はあったと思いますが、かなり早い段階でそれを乗り越えてこられているので、カメラの前では緊張することもなく、凄い話をしてくださる。言葉は淡々としていますが、実体験から来ている話の重みは、映像の中に映っているのではないでしょうか。
――――ご自身の人生を振り返りながら淡々と語る、その言葉の重みも本作の要ですね。遊歩さんが本作をご覧になった感想は?
藤野:僕の映画もご覧になっているので2作品を見比べて、「藤野さんのは『どうすればよかったか?』だけど、私の映画は『こうすればよかった』だよね」とおっしゃっていましたね。
淺野:誰しも家族のことで困難な状況があるでしょうが、日本人は特にそれを隠しがちです。『どうすればよかったか?』の藤野家はその典型例でしたが、安積家は全員遊歩さんを尊重し、とても可愛がっておられた。そういう素晴らしいご家族のもとで育った遊歩さんはとても自己肯定感が高いと思うし、心が折れるようなパバッシングも数々受けてきたそうですが、それを全て糧にして乗り越える強さを持つことができたのではないかと思います。
――――ありがとうございました。最後にこれからご覧になるみなさんに、メッセージをお願いいたします。
藤野:様々な経験を重ねてきてもほとんどの人がそれを言葉にしてカメラの前で語ることは難しいし、障がい者問題もまず男性にフォーカスされる傾向があり、女性にカメラを向けられることは少なかった。そんな中で遊歩さんはご自身の体験をしっかり言葉で話すことができる貴重な存在ですし、表情や佇まいで豊かにご自身の経験を伝えてくださっています。そういう部分を映画で感じていただけたらと思います。
淺野:孤独感や生きづらさを感じている方や考えが凝り固まってしまっている方にこそ、この映画を観ていただきたいですね。遊歩さんの生き方に触れることで、生きるヒントや問題を解決する道筋、生きる元気や勇気をもらえると思います。映画もノーボーダーですから、「元気をもらいに行こう!」というラフな気持ちで観に来てください。
――――自分を好きになれそうな映画ですね。
淺野:遊歩さんは「私は私が一番いいに決まってる。あなたはあなたで一番いいにきまってる。」とおっしゃいます。通常は足りないことばかり突きつけられて、なかなか自分を肯定できないけれど、そのままの自分を、穏やかに生きられると思います。
(江口由美)
<作品情報>
『遊歩 ノーボーダー』(2026年 日本 82分)
監督・撮影・編集:淺野由美子
制作・撮影・編集:藤野知明
出演:安積遊歩 安積宇宙 神野愛子
2025年5月23日(土)よりポレポレ東中野、5月30日(土)より第七藝術劇場、6月5日(金)より京都シネマ、6月20日(土)より元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒https://yuho-noborder.com
※第七藝術劇場、5月30日(土)12:25の回上映後 淺野由美子監督、藤野知明プロデューサーによる舞台挨拶
※元町映画館、6月21日(日)12:10の回上映後 淺野由美子監督、藤野知明プロデューサーによる舞台挨拶
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