少女が現実の大人の世界を知るという過程は、一つの旅のようなもの。 『過ぎた春』(『THE CROSSING ~香港と大陸をまたぐ少女~』)バイ・シュエ監督インタビュー


第14回大阪アジアン映画祭コンペティション部門出品作として日本初上映された中国映画『過ぎた春』。バイ・シュエ監督の初長編作となる本作は、父親が香港人、母親が中国人の高校生ペイペイが、深圳から国境を越えて香港の高校に通うところから始まる。二つのアイデンティティを持つペイペイが、友人関係、親子関係の中で揺れ動き、大人のダークな世界に足を踏み入れながら漂流する姿は、現代社会の漂流者の姿とも重なる。中国と香港の今、青春の輝きと脆さを映し出したパイ・シュエ監督は、同映画祭で見事、来るべき才能賞を受賞した。  

3月15日、映画祭での上映後には、バイ・シュエ監督と、ご主人でプロデューサーのホー・ビンさんがご登壇。この日がお誕生日のホー・ビンさんに壇上でバイ・シュエさんからサプライズでバースデーケーキが贈られ、非常に思い出に残るQ&Aとなった。さらにこの日は中国で『過ぎた春』が公開初日を迎えたそうで、バイ・シュエ監督にとっても忘れられない日になったのではないだろうか。上映後Q&Aの内容を一部交えながら、バイ・シュエ監督のインタビューをご紹介したい。  



■国境を超える人たち撮ることを想定してリサーチ。なるべく、社会を複数の目で調べる。

――――リサーチに時間をかけたそうですが、具体的にどんなリサーチをしたのですか? 

国境を越えていく人たちを撮ることは決めていました。そこで色々な年齢層の人たちをリサーチしました。下の年齢層では、幼稚園に通っているグループにもインタビューしたのですが、映画づくりの便宜から、高校生ぐらいの年齢層に絞られていきました。16歳の女の子を主人公にすると考えたとき、自分だったら何をするだろうかを想像し、お金が欲しいはずだ。それなら運び屋はどうだろうかと。そこまで設定をした後に、携帯を売っている人や、税関、実際に運び屋をやっている人たちを取材したわけです。あとは、香港の色々な仕事に就いている人たちにもインタビューをし、なるべく社会を複数の目で調べるようにしました。そういうリサーチや構想のプロセスの間に、いくつかのシノプシスを書いていたので、実際に具体的なシナリオを書き始めると、一週間で初稿を書き上げることができました。 



■90年代に頻出した、香港と大陸の両方に家庭を持つ層に焦点を当てる。

――――最初から中国と香港のミックスルーツの主人公を想定していたのですか? 

主人公のペイペイですが、社会的な背景があります。まずは大陸と香港の間に生まれた子どもにしようということも想定していました。そういうアイデンティティを持った層は、二つに分けられるのです。一つは1990年代に非常に多く出てきた層で、輸送業など大陸としょっちゅう行き来をしている香港の男性が、深圳で浮気をして別の家庭を持ち、そこで子ども生まれる。つまり、香港と大陸の両方に家庭を持つ層が一定数存在し、ペイペイはそういう過程で生まれた子どもです。もう一つは2000年代最初に移民政策が緩和され、大陸の人たちが香港に定住しやすくなりました。そういう経緯から、大陸の人たちが香港で子どもを産むことが非常に多くなりました。その人たちは両親共に大陸出身ですが、子どもは香港人というパターンです。その両者を見た時、私が今回焦点を当てたのは前者の90年代に多く出てきた層でした。 


――――ペイペイ役のホアン・ヤオさんについて、教えてください。 

中央戯劇学院を卒業したプロの女優です。この作品を演じた時、ちょうど大学を卒業した時でした。彼女は広東省出身なので、実際に広東語と北京語をしゃべることができたのです。特に惹かれたのはホアン・ヤオさんの目で、頑固かつシンプルに彼女の内面を表現することができると思いました。 


――――インディペンデント作品に積極的に出演しているリウ・カイチーさんがトラック運転手で、香港に家庭を持つペイペイの父親役ですね。 

比較的有名な俳優たちは、私が書いたシナリオを気に入って出演を快諾してくださいました。ペイペイの母親Hongjie Niさん、密輸組織の女ボスKong May Yee Elenaさん、ペイペイの父親リウ・カイチーさん、密輸組織の手下Jiao Gangさんは、通常の出演料よりも安いギャラで出演してくださっています。 


■ペイペイの中国人の母親、アランは多様な顔を持っている人。観客に想像してもらう作りに。

――――ペイペイの中国人の母親は、大人になりきれない部分があるように見えますが、母親の描写について教えてください。

実は、母親の描写は、元々はもっと多かったのですが、全体のバランスを考えて、かなりカットしました。今、ご覧いただいているのは氷山の一角で、その下にはもっと色々なものがあることを、実際に観てくれた人は感じ取っていただいているようです。母親のアランが持っているものは非常に多様で、昼の顔と夜の顔が違いますし、ラストで成長した娘と一緒に山に登り、娘に向ける顔は、ある意味和らいだ優しい顔も見せていきます。映画の中に全て描きこむというよりは、一部分から観客の皆さんに想像してもらうような作り方をしています。  



――――冒頭はキラキラした青春映画ですが、ペイペイがスマートフォンの密輸に手を染める頃から、犯罪劇のような色合いを帯びていきます。親友ジョーと仲違いし、ジョーとの卒業旅行のためにお金を貯める必要がなくなっても密輸組織の一員で居続けるペイペイの危うさが見事に描かれていました。 

フィルムノワール的要素というのは、ペイペイの幻想が、だんだん露わになっていき、それが潰えていくものとして描こうと思っていました。彼女の持っている欲望が露わになったのが、だんだん実現できないことに気づいていく。現実の大人の世界を知るという過程は一つの旅のようなもので、成長のプロセスを一通りたどった映画になったと思います。 


■赤いライトや流れる汗、冷えたコーラを通して、青春の熱を映し出す。

――――親友ジョーの彼氏であり、ペイペイが密輸の仕事を共にするハオは、後半ペイペイとスマートフォン密輸で共犯関係になっていきます。中でもペイペイのお腹にフィルムでくるんだスマートフォンの束を巻きつける夜のシーンは、赤いライトの中、まるで『花様年華』を思わせるムードが漂っていましたが、どのような関係として描こうとしたのですか。 

ペイペイとハオとの関係は愛として描くつもりはありませんでした。まだ若いので愛は何なのかも分からないでしょうし。ただ性的なホルモンが滲み出る。そういう関係にしようと思いました。それを端的に表しているのが、そのスマートフォンを巻きつけるシーンで、そこでは熱を表現したかったのです。赤いライトや流れる汗、冷えたコーラを通して、そこに熱を映したいと思い、あのシーンを作りました。 


――――バイ・シュエ監督ご自身は、ティーンエイジャーの時、返還後の香港をどのように見ていたのですか? 

90年代に中国の西北部から深圳に移ってきたので、街が発展していく様子を目撃してきました。それと同時に香港は深圳に非常に大きな影響を及ぼしていて、私も小さい時からとても大きな影響を受けてきました。それと同時に、香港を本当に理解できていないのではないかという不安がいつも渦巻いていたのです。映画を作りながら、私なりに香港を理解しようと、本を通して香港の歴史を調べたり、博物館で歴史的な資料を見ましたし、香港の様々な業種に従事している人にインタビューしました。香港人であるペイペイの父親の人生をよりビビッドに表現したかったのです。 


■この作品を撮って、もっと香港が好きになった。

――――この作品を作り上げた今、香港に対してどんな思いを抱いていますか? 

この作品を撮って以降、私はもっと香港を好きになったと思います。ベルリン国際映画祭に行った時、この作品を見た関係者の方が「バイ・シュエ、この映画を見ると、君は本当に香港と深圳を愛しているんだね」と言ってくださいました。それまで言われたことがなかったので、まさにそうだと思うし、本当にうれしかったです。 



――――田壮壮監督がエグゼクティブ・プロデューサーにクレジットされていますが、どういう経緯からですか? 

田壮壮監督は大学時代の先生で、私が成長する過程を目の当たりにされています。卒業するとき、「先生のもとで大学院生として学びたい」というと、「結婚して三年ぐらいたってからおいで」と言われました。その後、脚本が書けなかったので、先生に合わせる顔がないと思っていましたが、やっと脚本ができ、先生に見せたところ褒めてもらいました。実際に、私は先生が言った通りにプロデューサーの夫と結婚し、子どもを産んでいるので、本当にいい学生だと思います(笑)田壮壮監督は、どういう風に映画をみるのか教えてくれました。映画は人の感情、そこに流れる雰囲気を捉えるものなので、物語を描くのではないということを教えてくれました。  


――――今後、どのような作品を手がけていきたいですか? 

今、第二作を準備しているところで、今回もリアリズムに基づくものになります。題材としてはもっと国際化したような状況にある人々です。リサーチも徐々に初めているところで、今回は結構お金がかかるので、大規模予算の作品になります。出来上がるのは2年後ぐらいになりそうですが。


■現実の中から刺激をもらい、それを芸術の方法で表す。

 ――――しっかりとしたリサーチをもとに作る手法は、学生時代に田壮壮監督から教えられたことでもあるのですか? 

そうですね。田壮壮監督の教えである部分もありますが、私は部屋にこもって新しい世界を作り出すことができない代わりに、現実の中から刺激をもらい、それをなんとか芸術の方法で表すというやり方が自分に向いていると思います。私はリアリズムの作品を撮りたいので、リサーチをすることは直接的に理解できますし、結局は一番の近道だと思うのです。 

(Yumi Eguchi 江口由美)




 <作品情報> 

『過ぎた春』“The Crossing” [過春天] 

2018年/中国/99分 

監督・脚本:バイ・シュエ(白雪) 

出演:ホアン・ヤオ(黄堯)、スン・ヤン(孫陽)、カルメン・タン(湯加文)