伝説のバーテンダー、井山さんの人柄や、バーに酔いしれてもらいたい。 『YUKIGUNI』渡辺智史監督インタビュー

ジャパニーズスタンダードカクテルとして、世界中で愛される「雪国」を考案し、90歳を超えた今も現役バーテンダーとして山形県酒田市の店に立つ井山計一さん。その人生に迫るドキュメンタリー『YUKIGUNI』が、3月22日(金)よりテアトル梅田、4月6日(土)より第七藝術劇場、元町映画館、京都シネマ他で全国順次公開される。



山形出身で『よみがえりのレシピ』『おだやかな革命』の渡辺智史監督が、今や日本中からお客様が訪れるようになった喫茶&バー「ケルン」に立ち続ける井山さんに密着。井山さんの話から、酒田市の過去も映し出される。井山さんの弟子や、「雪国」誕生のきっかけを与えた恩師の店にも訪問、日本のカクテルの歴史も垣間見える。また、井山さんの亡き奥様とのエピソードや、娘、息子の話から、戦後、懸命に生きてきたある日本の家族の肖像が浮かび上がるのだ。小林薫によるナレーションや、劇中に流れる味わい深いジャズの数々にも耳を傾けてほしい。 本作の渡辺智史監督に、お話を伺った。 




 ■スタンダードカクテルの3拍子が揃った「雪国」。圧倒的に美しく、飲むと記憶に残る。 

――――渡辺監督は山形ご出身ですが、本作の主人公であるバーテンダーの井山計一さんとはいつ、どのような形で出会ったのですか? 

渡辺:井山さんが経営するケルンの元スタッフで、新宿でバーテンダーをしていた友人に誘われ、お店に足を運んだのが井山さんとの出会いですね。まだ井山さんの奥様もご存命で、カウンターの横でニコニコしながら、お水を持ってきてくださいました。井山さんも奥様がいるので、安心してカウンターでお客様とお話している。そんな感じでした。 


――――井山さんが作ったカクテル、雪国を初めて飲んだ時の感想は? 

渡辺:一杯目は飲みやすいと思ったのですが、井山さんのオリジナルレシピは50度のウォッカをホワイトキュラソーとライムジュースを混ぜて作るので、口当たりは優しいのですが、度数は25度と結構強いんですよ。スタンダードカクテルらしい味わい、さらにはグラスのふちに砂糖がまぶされて、ミントチェリーが底に沈んでいるので、とても美しいカクテルです。なおかつ、材料が少ないので、多くのバーテンダーが作りやすい。見た目が綺麗。作りやすい、記憶に残りやすい、名前がいいというのが、スタンダードカクテルの三拍子と呼ばれるのですが、それが見事に揃っているカクテルです。日本国内で流通しているジャパニーズスタンダードカクテルは色々あるのですが、雪国は圧倒的に美しいですし、飲んだら記憶に残ります。


――――いわゆるバーという雰囲気ではなく、喫茶店スタイルなのに驚きました。一元のお客様は、カウンターではなくテーブル席でまずは過ごすという感じなのでしょうか? 

渡辺:午前10時から午後5時までは息子さんが喫茶店をやっていらっしゃり、午後7時から10時半までの3時間半が、井山さんがカウンターでカクテルを作る時間です。映画の撮影が始まった頃から、映画が完成するまでに行こうというお客様が増えたので、常連の方はむしろ「どうぞ。どうぞ」とはるばる来られたお客様にカウンター席を譲っていましたね。今は映画を上映していますので、県内だけではなく、県外からのお客様も増えて、土日は入れないぐらいです。  


――――初回訪問の時、井山さんとはどんなお話をされたのですか? 

渡辺:奥様が酒田の写真集を出してくださり、井山さんから酒田大火のお話を聞かせていただきました。映画にも出てきますが、昔ダンスを教えていた話や、戦後直後の酒田の話を聞いた記憶がありますね。一元のお客様でも、常連さんでも、井山さんは落語が大好きな方なので、お客様の話を聞きつつ、自分の話をされますね。90歳を超えられていますが、やはり青春時代が何よりも輝いていて、井山さんの原点なんですね。だから映画の中で奥さんとの出会いのエピソードも登場しますが、60年以上前の話であっても、何度も思い出し、泣けてしまう。そういう井山さんのお人柄が映画にも滲み出ていると思います。  


――――井山さんを撮りたいと思ったのはいつ頃ですか? 

渡辺:最初訪問した時から、是非井山さんを撮りたいと思ったのですが、ちょうど『よみがえりのレシピ』で野菜の映画を撮ったところだったので、自分の中でお酒にまつわる映画を撮ることが結びつかなかったのです。しばらく他の仕事をする中で、お酒の映画を撮るのも面白そうだと気持ちが動いていきました。もう一つは高齢者社会の中、シニアの働き方や生き方ということで、『人生フルーツ』ができる前からシニアの映画がこれから必要ではないかという作り手としての思いが芽生えていったのです。出会ってから3年ぐらい経過していましたが、井山さんに改めて映画にさせていただきたいとお願いをしに行きました。井山さんも、「酒田のためになるなら」と快諾してくださいました。 



■奥様の死を経て、出演者の心境の変化が映画とシンクロしていった。 

――――この作品では、井山さんの娘さんや息子さんも登場し、父に対する思いを率直に語っておられます。井山さんが奥様と朝から晩までケルンで働いていた時お二人が抱えていた寂しさなども伝わってきましたが、取材された時の反応は? 

渡辺:お二人とも最初は映画に出たからなかったのです。奥様も認知症が悪化し、具合を悪くされていたので、ご存命の時は撮影が叶いませんでした。奥様がご存命の時は、井山さんも奥様の話を避けておられたのですが、奥様のお葬式を撮らせていただいてから、井山さんの方から奥様の話を自発的に語られるようになりました。そういう井山さんの心境の変化がまず大きかったですね。それがなければ、カクテルとバーと、井山さんの趣味の話や若い頃の武勇伝で終わってしまいそうでしたから。また、井山さんの娘さんや息子さんも、ご存命時代は友人のような感覚で、母と感じられなかったとおっしゃっていました。映画自体も他の作品と並行しながら2年半かけてじっくりと撮りましたので、結果的に出演者の心境の変化が映画とシンクロした気がします。映画を撮るのはタイミングなのだと実感させらますね。井山さんの最晩年を撮れたのは、作り手としてありがたかったなと思います。 


――――井山さんゆかりのバーをたどる旅では、宮城県のバー「門」を訪れていますね。 

渡辺:今は2代目が継いでいますが、このお店は東北で一番古いバーです。北海道には洋酒を使ったバーが函館などにもありましたし、横浜をはじめ、在留で外国人の人がいる場所には戦前からバーがあったらしいのですが、東北では、それが仙台だったのです。


■ナレーションの小林薫さん、映画のリズムに合わせて「このシーンは淡々といこう」 

――――小林薫さんがナレーションを担当されていますが、どのような経緯でオファーしたのですか? 

渡辺:映画化もされていますが、ドラマ「深夜食堂」での小林薫さんの雰囲気ですよね。食堂と言いながらも酒場ですから、お酒を飲みながらご飯を食べてという場所での人間模様がありました。この映画「深夜食堂」の中でも昭和の雰囲気が漂う人間模様がありますから、小林さんのナレーションが合うのではないか、ぜひお願いしたいと思いました。小林さんもバーがお好きだそうですが、井山さんのことは初めて知ったようで、とても興味を持たれていました。ナレーションの収録をしている時も色々な質問を受けました。


 ――――具体的に、どんなことを聞かれたのですか? 

渡辺:息子さんや、娘さんの人柄、映画には写っていない様々な背景を質問されました。もっと描いた方がいいのではないかと、映画の中身に関心を持ってくださいました。ご本人が興味を持ってこの映画に出演していただけたというのが大きいですね。酒田の大火のシーンも私の仮ナレーションを聞いて、最初のテイクでは重めのトーンで収録されたのですが、「このシーンは淡々といこう」というご提案をいただいたのです。大火といえども、「それまでと急にトーンが変わるのはおかしいので、全体を通して淡々といきたいよね」と。気持ちを込めて読むよりも、淡々と読むことで、この映画のリズムに合うと判断してくださったようです。実際、劇中ではジャズもかかっていますので、あまりナレーションで抑揚をつける必要はないよねと。


■スタンダードカクテルもスタンダードジャズも、シンプルだから記憶に残る。 

――――ジャズも映画の雰囲気に合って、素敵でした。演奏しているミュージシャンも酒田ご出身の方ですね。 

渡辺:テナーサックスは酒田出身の後藤輝夫さん、ジャズギターは鎌倉出身の佐津間純にお願いしました。バーでジャズを流すのは定番なのですが、スタンダードカクテルもスタンダードジャズも時代を超えて愛されているという意味で、古びない美しさや愛おしさは共通していると思い、使わせていただきました。昔のカクテルは2〜3種類、多くてもせいぜい4種類の材料しか使っていませんが、今、6種類以上は使っています。他と競い合う上で差別化するためにどんどん増えていくのですが、そうするとだんだん味の輪郭が曖昧になり、記憶に残りにくくなってしまいます。ジャズも昔の楽曲はデュオやトリオなどのシンプルな編成でした。そういう記憶に残る、時代に愛され続けてきたものでこの映画を奏でることができればいいなと。「ダニーボーイ」などの昔から愛される定番曲が、サックスとギターだけでこんなに豊かな音響が出せるのです。映画をご覧になった方が「音楽が良かった」とおっしゃってくださるのですが、編成の少なさも大きかったと思います。 


――――本作は完全にインディペンデントでお作りになったのですか? 

渡辺:僕は頼まれて映画を作ったことはありません。逆に頼まれて作るとうまくいかないんですよ。自分が撮りたいものでなければ、完走できません。ドキュメンタリーは生身の人間との関係性を結んでいきますから、それが自主制作で映画を作り続ける秘訣かもしれません。



■被写体と共に何かを感じて待つ。一緒に悩む。とても贅沢な撮り方ができた『YUKIGUNI』。 

――――ラストに娘さんが父が作ったカクテルを初めて飲むシーンが登場します。井山さんがバーテンダーとしてお店に立ち続ける裏で、寂しい思いをした子供時代を過ごしてきた娘さんと向き合う姿が印象的でした。 

渡辺:驚くべきことは、娘さんが井山さんのカクテル、雪国を飲んだことがなかったという事実ですね。今回は社会的なテーマがあるような映画ではありませんので、最終的には娘さんと井山さんとの関係が肝になるかなと思っていました。娘さんからずっと取材はお断りされていたのですが、一方で、いつ映画が完成するのか気にしてくださっていました。自主映画なので、いつ撮影を終わるかはこちらが決められますから、被写体と共に何かを感じて待つ。一緒に悩む。とても贅沢な撮り方だと思いますし、それができるから映画を撮りたいのだと思います。今までの映画は伝えたいことがあり、それを伝えてきた側面がありましたが、『YUKIGUNI』は共に時間を過ごす中から見てきたものから物語を紡ぎ出すスタイルにしました。是非、井山さんの人柄や、バーに酔いしれてもらいたいですね。


 ■井山さんの人柄と好奇心旺盛さから生まれた自由なカクテル 

――――井山さんに密着してみて、渡辺監督が感じ取ったこと、学んだことは? 

渡辺:やはり学ぶことがあるとすれば、井山さんの人柄と好奇心旺盛なところですね。井山さんのカクテルですごいのは、他のカクテルで飴玉が入っていたり、シナモンロールを入れたりと普通の人がやらないことをどんどん取り入れます。既成概念にとらわれず、自由な発想なんですね。元々ダンス講師だったので、40〜50代はダンスレッスンも含め、本当に色々なことをやっていたそうです。ダンスをやりながら、喫茶店もやってと本当に朝から晩まで働いていた。家族とは過ごせなくても、好きなことにただひたすら没頭して生きてきた方なのです。カクテルはこうあるべきという銀座ではなく、酒田発だからこそ、自由なカクテルを作り続けることができたのでしょう。 


――――最後に、この作品は時代を超えて愛されるスタンダートなカクテルと音楽が核となっていますが、渡辺監督が考えるスタンダードな映画とは? 

渡辺:スタンダードな映画というのは、表現として標準的なという意味合いにも聞こえてしまいますが、時代を超えて愛されるスタンダードな映画として、古びない映画として、やはり映画の古典の魅力を知る必要があると思います。ドキュメンタリー映画の巨匠の小川紳介監督が愛した「極北のナヌーク」を撮影した、ロバート・フラハティの映画のように、古びない映画の魅力を、改めて考えてみたいと思っています。



 <作品情報> 

『YUKIGUNI』 (2018年 日本 87分)  

監督:渡辺智史 

ナレーション:小林薫 

出演:井山計一、草間常明、秋田次郎、長嶋豊、荒川英二、桐竹紋臣、井山多可志、菅原真理子、長坂晃、長坂和佳 

2019年3月22日(金)~テアトル梅田、4月6日(土)〜第七藝術劇場、元町映画館、京都シネマ他全国順次公開 

※3月24日(日)テアトル梅田にて渡辺監督舞台挨拶&ゲストトークイベント開催 

4月6日(土)元町映画館、4月7日(日)京都シネマでも渡辺智史監督ほかトークイベントを開催