慰安婦問題の深さと広さを感じられるように、包括的なイントロダクション作りを目指して。 『主戦場』ミキ・デザキ監督インタビュー

 

 慰安婦問題を巡る論争は、日韓やアジア諸国だけの問題ではなく、サンフランシスコ市の慰安婦像問題に見られるように、今や海外でも対立する主張がぶつかり合っている。元慰安婦(ハルモニ)たちが長い沈黙を破り、語った証言も、日本で取り上げるメディアはほとんどなく、真にこの問題と向き合っているとは言い難い状況だ。 

 この慰安婦問題を軸に主要論客へのインタビューを敢行、過去資料やニュース映像をテンポよく組み合わせ、真の問題点に迫る、今最注目のドキュメンタリー『主戦場』が、4月20日(土)よりシアター・イメージフォーラム、4月27日(土)より第七藝術劇場にて全国順次公開される。 監督は日系アメリカ人2世のミキ・デザキ。日本で英語を教えた経験もあるデザキ監督は、初長編作で戦後70年以上経っても主張が対立するばかりの慰安婦問題へ果敢に切り込み、観る者に改めてこの問題の奥深さと慰安婦問題の争点になっている事柄を提示する。キャンペーンで来日したデザキ監督にお話を伺った。 




■日本留学、瞑想体験を経て、僧侶を目指すまで。 

――――まずはデザキ監督のバックグラウンドを伺いたいのですが、生まれも育ちもフロリダですか? 

デザキ:私の両親は1970年代にアメリカに移住した日本人で、生まれはテネシーです。フロリダで1歳から16歳までを過ごし、17歳でミネソタ州へ、20歳の時に広島大学へ1年間留学していました。一般的なアメリカの若者が日本に来る時、アニメや武術が好きだからという動機の人が多いのですが、私の場合は家族のことを知りたかったという気持ちが一番大きかったです。私自身はとてもアメリカ人的な性格に育ちましたので、両親の考え方が理解できないことも多かったのです。  


――――初来日時は、自身のルーツを探る意味合いが大きかったのですね。その後英語の先生をされますが、また日本を選んだ理由は? 

デザキ:実は広島大学での留学を終えて帰国後、医者を志すために専攻を変え、生理学を学んだり、医学部に進むための勉強に切り替えたのです。もう少しで医学部に入るという時に、すでにそこで学んでいる友達から、「君はストレスマネジメントを覚えておいたほうがいい」と忠告されました。医学部の学生はストレスで追い込まれてしまい、アルコール中毒になってしまう人が多かったのです。アメリカではストレス対策として瞑想がはやりつつある時期で、私が通っていた大学でも、毎週水曜午後に無料の瞑想セッションを開催していました。何ヶ月かそこに通ううちに、世界との一体感や、自我が消えていく感覚、無条件の愛などを感じ、貧乏ゆすりや、爪を噛むという長年の自分の癖もピタリと止まりました。瞑想体験が私の人生観を変えたのです。  

 もともと私は予防医学に関心を持っていましたが、瞑想が最高の予防医学なのではないかと思うようになり、医者よりも僧侶になりたいと母に打ち明けました。母は驚いて、出家する前に一度社会に出た方がより良い僧侶になれると私を説得しましたが、そう言われて、日本はタイに近いので、休みのたびにタイに飛び、僧侶の修行ができると考えたのです。もちろん教えることにも関心がありました。教えることで社会に恩返しができればいいなと思っていたのです。  


■日本の教育現場で感じたヒエラルキーのような分断、未来に希望を感じられない若者像。 

――――なるほど、日本での教師生活を経て、タイで修行をされたことに繋がりました。実際に、日本の教育現場を体験して感じたことは? 

デザキ:教えていた生徒たちが皆鬱々と落ち込んでいるように見えたのが、とても気になりました。最初は中学で教えたのですが、学校でものすごく頑張ることを強制される。授業の教え方、特に英語は全く生徒たちの役に立っておらず、そのような教育が場合によっては生徒たちの時間を無駄にしているのではないかとすら思ったのです。教育全般に言えることですが、テストが人間をカテゴライズする物差しになっている気がしました。 日本では、人々の間にほとんどヒエラルキーのような分断を感じます。

 また、学校によって、その学校の生徒にかけられる期待の程度も全く違うと感じます。アメリカでは一つの学校の中に、レベルの高いクラス、低いクラスがあり、生徒が努力すれば上のレベルのクラスにどんどん上がっていくことができます。ですから学校自体がそんなにレベルが高くないとみなされている学校からも、高いレベルの授業を受け、有名大学に進学することは十分可能なのです。でも日本では進学校でなければ、それはほとんど不可能です。入る学校でその先の就職が大方見えてしまうので、生徒たちが今いる状況から抜け出せるという希望や、もう一度自分にチャンスが与えられるという感覚を全く持っていなかったのです。若い人がそのような状況であることに大きな驚きを覚えました。  



■ステレオタイプの構築が、どのように差別やレイシズムに用いられるか。自作のインタビュー動画を使用し、高校の授業で教える。 

――――教師時代にYouTubeで公開した動画「日本に人種差別があるか」が、ある一定層の注目を集めたそうですが、その動画を作ったきっかけは? 

デザキ:沖縄の学校で教えていた時に作りました。その前に「ゲイとして日本で生きること」という動画や、沖縄で有名人のポンポンおじさんを取り上げた「おはようおじさん英語話せる!」という動画を作り、沖縄最後の授業でこの2本の動画を使って差別についての授業をしました。多くの生徒たちがポンポンおじさんのことは知ってはいても、危ない人だとか勝手な先入観を持っていて、彼の人となりを本当に知る人はいなかったのです。私がこの動画を通して生徒たちに示したかったのは、ある人間に対し、本当に膝を突き合わせてきちんと話をしたら、色々なステレオタイプが崩れていくということ。実際、ポンポンおじさんは知性に溢れ、英語もお上手でした。ユニークな考え方をされることもありますが、カトリックの司祭になるため学校で勉強していた時期もあったそうです。 

 授業では、ステレオタイプがどのように構築され、それが差別やレイシズムにどのように用いられるか。具体例としてLGBTQのことを説明し、最後に日本でのレイシズムを紹介しました。というのも、レイシズムはアメリカ独特のものだと思っている生徒が多かったからです。沖縄の方々はレイシズムにずっと直面してきましたが、それを言い表す言葉を持たなかった。レイシズムは沖縄でも起きるし、君たちにその矛先が向けられることもあるということを示したかったのです。  

 この授業は評判を呼び、教頭先生も見に来てくださいました。止められても仕方がないと思っていましたが、逆に高校の全クラスにこの授業をやってほしいと言っていただけたのです。校内の27クラス全てで行い、自分が正しいことをしているという自信がつきました。「日本に人種差別があるか」の動画を作って公開することで、本土の人にも見ていただき、もっとレイシズムへの知識を深めていただけるのではないかと考えたのです。  


■アメリカでも日本でもメディアではレイシズムをほとんど語らない。 

――――差別が題材の授業で、実際に取材したインタビュー動画を使うというのはデザキ監督ならではの取り組みですね。 

デザキ:もっと個人的な部分で言えば、私はアメリカに住むアジア系アメリカ人としてレイシズムの標的になってきましたし、アジア人が受けているレイシズムがアメリカのメディアで取り上げられることは、あまりありません。子どもの頃を振り返ると、誰かがあの時自分が受けているレイシズムを認識し、それについて語ってくれたらどれだけ良かっただろうと思っていました。日本でもメディアはレイシズムについてほとんど語らないので、黙って苦しんでいる人がきっといるはずだと思いました。 



 ■出発点は「韓国と日本の、慰安婦問題についての情報ギャップを埋められるのではないか」 

――――ドキュメンタリーを撮るにあたり、差別の中でも慰安婦問題を取り上げると、最初から決めていたのですか? 

デザキ:最初ぼんやりと考えていたアイデアは、さきほどのYouTubeの動画にもつながりますが、日本の差別についての映画を作るというものでした。でも、慰安婦問題について調べていくうちに、韓国と日本でこの問題について持っている情報に大きなギャップがあることに気付きました。ですから2時間のドキュメンタリーで慰安婦問題を取り上げれば、その情報ギャップを埋められるのではないかと思ったのです。  


――――実際に膨大な資料やアーカイブ映像をテンポよく分析しながら見せていきますが、そのプロセスや、資料採用の基準は? 

デザキ:映画になるべく入れようとしたのは、ある意味主流の資料です。修正主義者が自分の主張を展開する際によく引用する、お馴染みの資料ですね。左派の主張をバックアップする資料よりも、右派が主張を展開するため引用している資料が本当に正しく解釈されているのかを検討するために、そちらを主にしました。右派の方の主張はある程度説得力がありますし、実際に日本では右派の主張を信じている方が多いですから。私も映画を作る過程で、説得されそうになった瞬間もありました。



 ――――ポスターにも掲載されている論争の中心人物へのインタビューが、この映画のある意味中心でもありますが、どのようにアプローチしたのですか? 

デザキ:右派の方々は、彼らが開催しているシンポジウムに参加し、そこから接触を試みました。右派は一つのシンポジウムで結構有名な方が一堂に会しているケースが多いのに対し、左派の方はそうでもないので、違う経路から色々と探る必要がありました。ある種、特別な位置にいる方を挙げるとすれば、ケント・ギルバートさんと櫻井よしこさんで、このお二人からインタビューできたのは本当に幸運でした。ギルバートさんは講演会に参加した時、講演後30秒ぐらいお話をし、名刺をいただいたのでメールを送ったら、驚いたことにメールを返してくださったのです。インタビュー後、ギルバードさんから櫻井よしこさんを紹介してくださいました。本当に感謝しています。 


――――多くの右派、左派の方の慰安婦問題について聞いたインタビューだけでなく、元日本兵の方や、元慰安婦の方のご家族など、自らの体験を語ったインタビューもあり、証言の重みを感じました。 

デザキ:ナヌムの家の看護師で、元慰安婦のお嬢さんであるイ・ミョンオクさんの取材では、私は韓国語が全くわからないので詳細は韓国語の通訳を介して聞きましたが、泣きながら語っておられたので、とても感情を揺さぶられる話をされていることはその雰囲気からヒシヒシと感じました。他の方についてはネタバレになるので詳細を語るのは控えますが、間違いなくこの映画の中で重要な役割を果たしている人たちです。ネタバレと言ったのは、彼らの存在自体が、何かを明らかにしてしまうからなのです。 



■人間が正しいと信じ込んでいる時は、得てして間違っている。常に自分が信じている事を、本当にそうかと問い続ける。 

――――この作品は中立的立場で描くのが一番難しいところだと思いますが、一番心がけたことは?

 デザキ:私が大切にしていたのは、「常に自分が信じている事を、本当にそうかと問い続ける」というものでした。真実にたどり着いたと思ったら、必ず自分に、「本当にそうなのか」と問い直すことを繰り返していました。これは、私の僧侶時代の経験とつながっています。タイで修行中に、私の心の師であった名僧アーチャン・チャー氏の著書の中で、「不確かさを大切にしろ」という教えがありました。自分が確かに分かったと思った瞬間に、「本当にそうか、不確かではないのか」と問い直し続けるという意味です。

 危ないのは、私たちが正しいと信じ込んでいることが、本当は正しくない時です。人間が正しいと信じ込んでいる時は、得てして間違っています。ただ、全てが不確かだから放り投げるということではありません。日本人は時々その穴に落ちてしまう時があるように見えます。私はこの考え方をある種の道具として使っています。常に自分を問い直し続け、問い直し続け、問い直し続けて、できる限り真実のようなものに近づいていくのです。 SNS時代の傾向ですが、自分たちの考え方に合う話だけを聞いたり、読んだりしたいし、それに対して、正しい/正しくないと言いたいのです。自分と逆の立場にいる人の話を聞かなくなってしまい、学ばなくなるし、成長の機会を失ってしまう。それは、とても危険なことです。 


――――真実のようなものに近づくのにも、本当に長いプロセスが必要ですね。 

デザキ:やっていて気持ちのいいものではありませんが(笑)一つ付け加えると、この世の中では、どこかに自分を位置づけないと仲間を作れないことが多いです。どこかに所属していると仲間ができますから、自分でよくよく調べる前にどちらかの側につきたがる。それが正しいか間違っているかを予め決めてしまう理由になっていると思います。仲間作りは、今回取材した経験上、どちらかと言えば右派でよく見られる現象だと感じます。  



■映画の中でやっていたことは、ハルモニの証言を観客が聞くための準備。 

――――ハルモニによる証言はこの映画の中で最重要であり、且つどこに位置付けるか難しかったと思いますが。 

デザキ:元慰安婦の方の言葉を、この論争と混ぜ合わせてはいけないと思いました。証言を耳にする前に、証言するとはどのようなことなのかをきちんと議論しておかなければならない。というのも、日本でもアメリカでも、誰かが行った証言を疑ったり、価値のないものとして貶める行為が横行しているからです。元慰安婦の方が証言するシーンを流す前に、証言することがどれだけ難しいことかを考えられるように構成しています。映画の中でやっていたことは、証言を観客が聞くための準備でもあります。きちんとした文脈理解や背景理解がなくては、あのように何十年も経って初めてカミングアウトすることがどれだけ辛くて難しいことであるか、どれだけ影響を持っているかが理解できないからです。 


――――おっしゃる通り、劇中でも証言の信憑性や、被害者の数、性奴隷の定義、日本政府の指示なのかどうか等の論争に終始してしまうことに、違和感を覚えました。 

デザキ:日本では、慰安婦について話をしても、当事者の言葉を抜きにしている気がします。これだけ慰安婦について様々な議論がなされながら、日本の方は元慰安婦の証言を聞きたくないという傾向が見られます。ある意味興味深く感じますが、私としてはこの映画の最後で元慰安婦の証言を聞くことが大切だと思い、そのような作りにしています。  


――――この作品は慰安婦問題がメインではありますが、戦後日本の韓国、アメリカとの関係から教科書問題まで、非常に広範囲かつ深い考察が含まれていますね。 

デザキ:この映画を製作する中で、様々なトピックスをどのように取り上げていくかを考えることは非常に難しかったです。この映画で慰安婦問題の最終結論を出すつもりは全くありません。この問題の深さと広さを観客が感じてくれるような、ある種包括的なイントロダクションとして作ることを目指しました。  


■比喩としても的確な『主戦場』というタイトル 

――――最後に『主戦場』というタイトルは、作品の内容を見事に言い表していると思いますが、このタイトルに込めた狙いは? 

デザキ:右派の方が、「アメリカが慰安婦問題の主戦場」と言っていた時、これはタイトルにいい!と思いました。この映画を作りながら、まさに私の頭の中が右派と左派の主戦場になっていました。というのも、インタビューをすると、双方共、私を説得しようとしていたからです。また慰安婦問題が、日本と他のアジア諸国との歴史観を巡る争いの主戦場の一つであると同時に、外交的にも韓国、日本間の主戦場でもありますから、このタイトルは比喩としても的確だと思います。 


<作品情報> 

『主戦場』(2018年 アメリカ 122分)  

監督・脚本・撮影・編集・ナレーション:ミキ・デザキ  

出演:トニー・マラーノ aka テキサス親父 藤木俊一 山本優美子 杉田水脈 藤岡信勝 ケント・ギルバート 櫻井よしこ 吉見義明 戸塚悦朗 ユン・ミヒャン イン・ミョンオク パク・ユハ フランク・クィンテロ 渡辺美奈 エリック・マー 林博史 中野晃一 イ・ナヨン フィリス・キム キム・チャンロク 阿部浩己 俵義文 植村隆 中原道子 小林節 松本栄好 加瀬英明 他 

2019年4月20日(土)~シアター・イメージフォーラム、4月27日(土)〜名古屋シネマテーク、第七藝術劇場、京都シネマ、近日元町映画館他全国順次公開  

※シアター・イメージフォーラムにて4月20日(土)10:50と13:30回上映後、ミキ・デザキ監督初日舞台挨拶、4月26日(金)18:45回(日・英字幕版)上映後、ミキ・デザキ監督によるティーチ・イン 

※名古屋シネマテークにて4月27日(土)10:50回上映後、ミキ・デザキ監督初日舞台挨拶 

※京都シネマにて4月27日(土)13:25回上映後、ミキ・デザキ監督初日舞台挨拶あり

※第七藝術劇場にて4月27日(土)15:20回上映後、ミキ・デザキ監督初日舞台挨拶あり