主演・村上由規乃と二人三脚で作り上げた、観る者が“感じ、紡ぐ”唯一無二のロードムービー 『オーファンズ・ブルース』工藤梨穂監督インタビュー


終わらない夏、どこかアジアの亜熱帯地域のような熱気を感じながら、幼馴染のヤンを探すヒロイン、エマの旅路に、初めてウォン・カーウァイ作品を見たときのような衝撃といつまでも見ていたいという願望が湧き上がるのを抑えられなかった。まさに観る者が“感じ、紡ぐ”唯一無二のロードムービー『オーファンズ・ブルース』が、5月31日(金)からテアトル新宿、6月15日(土)から京都シネマ、7月13日(土)からシアターセブン、今夏元町映画館他全国順次公開される。  


監督は、京都造形芸術大学(以降京都造形大)の卒業制作として22歳で本作を撮った新鋭、工藤梨穂。第40回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリ・ひかりTV賞、なら国際映画祭学生部門NARA-waveでゴールデンKOJIKA賞、観客賞をダブル受賞するなど、映画祭でも高い評価を受けた本作が、劇場デビュー作となる。薄れゆく記憶に抗いながらヤンを探すエマ役に、『赤い玉。』で鮮烈なデビューを果たした村上由規乃。エマとヤンの幼馴染、バン役に上川拓郎を配した他、窪瀬環、辻凪子、佐々木詩音らが見事な演技のアンサンブルをみせ、それぞれが抱える悲しみとその行く末を見守りたくなる。傷を内に秘めながら、それでも愛する人を求めて生きていく若者たちの切なくも美しい群像劇だ。 本作の工藤監督に、お話を伺った。

  



 ■卒業制作は絶対にロードムービーを撮ろうと決めていた。 

――――工藤監督は、高校2年の時、突然映画監督になると宣言されたそうですね。 

工藤:西加奈子さんの「さくら」を読んで、すごく感動し、この感動を同じ時間と空間で誰かと共有したいと思ったんです。共有するなら何だろうと考えた時に、映画という表現方法が思い浮かんで、映画監督を目指してみようと思いました。元々は他大学の映画学科に興味があったのですが、京都造形大のオープンキャンパスに行ったら、学生の活気の凄さに感動し、ここだ!と思って決めました。


――――京都造形大は、監督、役者共に関西でも今一番個性的かつ勢いのある若手を輩出している学校ですね。まずは企画のきっかけについて教えてください。 

工藤:『天国の口、終りの楽園。』のようなロードムービーが好きだったので、卒業制作は絶対にロードムービーを撮ろうと決めていました。誰かを探しに行く物語にしようと考えた時、寺山修司さんの本の中で「夏は、終ったのではなくて、死んでしまったのではないだろうか?」という一節を読み、夏を擬人化した感じにインスピレーションを受けたのです。そして、物語を構築していく中で、“記憶”というモチーフを取り入れてみようと考え、 誰かを探しに行く旅が進むにつれ、主人公が記憶を失っていってしまうプロットが動き出しました。 



 ■どこかに孤独を抱えている人を肝に据えて。

――――大きく括ると記憶と忘却の物語と思うのですが、例えば主人公エマの部屋一面に貼られているメモの文言も日常に必要なものから、「宇宙は細くなってく」など詩のようなフレーズまで実に多彩でした。 

工藤:最初は生活に関わることを書いていたのですが、それだけではなく、好きな詩を書いたり、エマの人物造詣にもなるだろうと村上さんに自由に文章を書いてもらうこともありました。 


――――登場人物たちが皆、心や体に傷を負っていますが、そのような設定にした理由は? 

工藤:私が作品を作るときは、どこかに孤独を抱えている人が肝にあります。この話はヤンを中心にした人たちの物語なので、何か共通するもののモチーフとして、ヤンに関わった人物たちには、ヤンにつけられた火傷の跡が残っています。それは記憶とも通じる、もしくは相反する部分であり、ずっと彼らの体に在り続けます。  



■企画、脚本にも携わった村上由規乃は「俳優以外の何者でもない、私が好きな顔」 

――――主演の村上由規乃さんは、最初から彼女しか考えていなかったというぐらい惚れ込んでおられたそうですね。村上さんが演じるエマは、タバコを吸う仕草や汗を拭う仕草一つとっても非常に強い印象を残し、ずっと見ていたくなりました。 

工藤:村上さんとは大学2年の短編『サイケデリック・ノリコ』撮影時から、監督と役者として一緒に映画を作っていました。村上さんは大学1年で『赤い玉、』に抜擢されていたので、当時の私からすれば少し遠い存在で、自分の作品なんかに出演してくれるのかなと思っていましたが、脚本を気に入り、彼女の方から主人公を演じたいと言ってくれました。当時から感覚的に何か近いものを感じていましたし、実際、村上さんは私が好きな顔なんです。キャスティングする時、私は割と顔を重視するのですが、村上さんは絵になる顔、そしてまさに俳優以外の何者でもないという顔をしている。私の意図を読み取ってくれるので、とても信頼している俳優です。エマ役は彼女以外は考えられないです。 


――――村上さんが工藤監督にとって、非常に信頼できる俳優なのがよく分かりました。この作品では脚本も一緒に書かれたそうですが。 

工藤:企画段階から村上さんに相談していました。村上さん自身も話を考えてくれて、私は私で物語を書く。村上さんが書いたものの中で、いいなと思う部分は脚本に取り入れるという具合に、脚本の面でも助けられました。  



■失踪しているヤンは映画のシンボル的存在。 

――――先ほどヤンを中心にした物語とおっしゃっていましたが、どういう形でヤンの存在を感じさせるのか、または実物のヤンを見せるのか。本作はその塩梅が絶妙でした。 

工藤:ヤンはこの映画のシンボル的存在であり、あまり顔を見せることは考えていませんでした。周りの人物たちからヤンという存在が匂い立てばいいのではないか。背中のみを映して、ヤンを描くというアイデアが最初からありました。 


――――湯気や蛇口から出てくる水、浴槽から溢れ出るお湯など、日常にあるものをクローズアップする描写が度々登場し、失っていた記憶を呼び起こす意味があるのかと想像しました。 

工藤:ヤンが彼らのやけどに関係しているということがあるので、湯気や熱いものはヤンのモチーフです。夏というのもヤンのメタファーですし、熱さがずっとこの映画を取り巻いています。浴槽からお湯が溢れている時に、ヤンからの郵便物が届いたり、ロウソクの火が立っている時に、ヤンの真相を告白したり、熱でずっとヤンの気配を感じられるようにしています。 


――――なるほど。『オーファンズ・ブルース』というタイトルもしかり、冒頭もカセットテープが逆回りするシーンから始まり、音楽との結びつきの強さを感じる映画で、ヤンとの思い出も込められていますね。また劇中歌「1995」は工藤監督自身の作詞作曲です。 

工藤:『オーファンズ・ブルース』は、まさにエンドロールで流れる3人(エマ、ヤン、バン)の思い出の曲「1995」のことを意味しています。ファーストシーンに流れる曲も「1995」なのですが、それが巻き戻っていくことで、過去をたどっていく旅が始まる。最後にその巻き戻りが終わり、再生が始まるわけですが、それは彼らが忘れてしまうかもしれない過去をたどるのは止めて、今から新しい記憶を作っていこうという前向きな意味を込めました。  



■上川拓郎と京都造形大出身俳優、窪瀬環、辻凪子、佐々木詩音のキャスティング&演出秘話。 

――――エマやヤンの幼馴染であるバンも、一見陽気な雰囲気を醸し出していますが、時に発作的な症状が起きたり、心の中の闇を感じさせます。 

工藤:バンのモチーフになっているのは「風」なんです。バンの落ち着きのなさや、暴れたりするのはその表れでもあります。エマが静であれば、バンが動である。そういう存在として描いています。グザヴィエ・ドランの『Mommy/マミー』の息子スティーヴや、横浜聡子さんの『ウルトラミラクルラブストーリー』で松山ケンイチさんが演じた陽人も参考にさせていただきました。ハツラツとしているけれど、時に感情の制御が効かなくなってしまう感じが、「風」というモチーフと合っているのではないかと思っています。  


――――この作品である意味一番切ない役だったバンを演じた上川拓郎さんは、どのようにキャスティングしたのですか? 

工藤:バンを風というモチーフに重ねる上で、底抜けに明るくて、騒がしいぐらいにハイな人がいいなと思い、上川さんにオファーしました。(クライマックスとなるエマとバンの草原でのシーンは)前日に村上さん、上川さんと話し合ってはいたのですが、当日まで演出が固まらず、一番大変なシーンでした。穴を掘ることだけは決まっていたので、前日に話したことを踏まえて、テストの時「二人でやってみてください」とエチュード的にやってもらったのが、すごく良かったのでそのまま本番でも演じてもらいました。  



――――ヤンの妻、ルカを演じた窪瀬環さんは、鈴木卓爾監督の映画『嵐電』でも主人公の一人、南天役を熱演していますね。役者としての振り幅を感じました。 

工藤:私も先日『嵐電』を見て、短期間にこれだけ雰囲気の違う役を演じるのはすごいなと思いました。ルカ役は30歳前後ぐらいのイメージなので、本作では一番年上という設定でした。普段はボブっぽいスタイルなのですが、衣装部からの提案で、バッサリとショートヘアにして臨んでくれました。

 


――――バンの彼女、ユリ役の辻凪子さんは、阪元裕吾さんと共同監督したコメディー短編『ぱん』が映画祭で高い評価を得る等、俳優だけではなく、多彩に活躍されていますね。 

工藤:辻さんは色々な映画に出演されていますが、コメディー映画が多く、また彼女自身もコメディエンヌ的要素を持ち、それを目指している方です。でも、私はこの作品で辻さんの他では見られないような表情や感情を見たかったので、この映画では、いわゆる“女性”を感じさせる寂しい役にしました。 



――――ルカの家に居ついているアキを演じた佐々木詩音さんは、特に一人芝居の部分が非常に印象的で、ミステリアスさもありました。 

工藤:佐々木さんも大学の同期で、彼のイメージで脚本を書きました。オファーした時はショートヘアで、髭もなかったのですが、アキはちょっと浮浪人っぽいイメージなので、まず髪と髭を伸ばすようにお願いしました。設定上難しい役どころだったので、佐々木さんも気持ちを作る努力をしていたようです。ちなみに高架下のシーンはウォン・カーウァイの『ブエノスアイレス』や、レオス・カラックスの『汚れた血』をオマージュしています。この映画が最後の作品になるかもしれないという思いで、本当に好きなものを詰め込みました。佐々木さんに対しては、今後注目されるべき俳優だと思っています! 



 ■青山真治さんに教わった「名前を呼ぶことが映画の中でいかに大事か」を実践。 

――――非常に熱量が高く、またオマージュを探す楽しみもある作品ですね。もう一つ印象的なのは、登場人物たちの名前です。エマ、バン、ヤン、ルカ、ユリ、アキと香港や台湾映画のような雰囲気も感じさせます。 

工藤:大学時代、青山真治さんの授業の中で、ロベール・ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』を鑑賞したんです。その映画では「バルタザール」という馬の名前をずっと呼び続けるのですが、青山さんは、“名前を呼ぶ”ということが映画の中でいかに大事なことかを教えて下さったのです。それから私は、映画を作る時に登場人物の名前をすごく意識するようになりました。エマが名前を呼び間違えることが物語の鍵となるのは、正に名前の重要さを象徴しているシーンです。日本人離れしている名前についても、私の中で彼らに日本的な名前が当てはまらないと感じ、少し特異な名前にしています。 


――――日本人ぽくない名前という点では、ロケーションも亜熱帯やアジアの雰囲気を感じさせます。相当ロケ地にはこだわりがあったそうですね。 

工藤:私がこの映画を作る際、最初に浮かんだのが市場のシーンです。タイにあるような市場のシーンを絶対撮りたいと思い、探した末、高知の日曜市を見つけました。それから四国を色々調べるうちに、海が見える坂道や映画にマッチする場所が見つかったんです。神戸・元町の中華街や、京都の宇治川公園など、私のイメージに沿ったところをスタッフが提案してくれたり、私から指定してロケ地候補に行きながら、構築していきました。 



■この映画では人物たちの質感や、質量が重要。 

――――セリフよりも映像で見せることにこだわっていると感じましたが、カメラワークで意識したことは? 

工藤:あまり説明的になりすぎないように意識したので、セリフはむしろ削っていきましたね。カメラとは撮影前に押さえてほしいカットを話し合い、本番では役者の演技を見ながらカット割りの計画から見直すこともありました。参考作品としてグザヴィエ・ドランの『私はロランス』や、アブデラティフ・ケシシュの『アデル、ブルーは熱い色』を見てもらいました。この映画では人物たちの質感や、質量が重要だと思い、役者の寄りの映像撮りたいと伝えていました。  


――――ラジオから流れてくる天気予報や、探し人の呼びかけなど、セリフ以外の情報も、設定を掴む上で大事な意味が込められていますね。 

工藤:設定として夏がずっと続き、温暖化が進んでしまった近未来を考えていたので、一年中夏のような暑さが続いていることを強調したくて、わざと冬に近い11月にしています。また主要登場人物以外の人も誰かを待っていたり、探している様子を出したいと思い、人探しをしている青年や、誰かをずっと待っている外国人の女性などを登場させました。世界中で誰かが誰かを追い求めているという状況を作って、エマやバンの物語にリンクさせています。  



■当初想定予算より「余って」驚き!監督自らの声かけで集めたほぼ全員女性スタッフの工藤組。

 ――――『オーファンズ・ブルース』の工藤組は、ほぼ全員が女性スタッフなのにも驚きました。これだけ女性が揃う現場はまずないのでは? 

工藤:ないですね。このスタッフたちは全員私がオファーをして来てもらいました。女性だから選んだという訳ではなく、センスが近しいものを感じる人や、自分なりにこの作品を考えてくれるであろう人を選んだ結果集まったメンバーです。今回は、撮影に1ヶ月半かけることができたのですが、もうなかなかできないでしょう。今回、お金の管理は助監督がしてくれたのですが、想定した予算より少なくて済み、「余ったよ」と言われた時には、私もびっくりしました(90万円で制作)。このメンバーでまた撮りたいという気持ちがあるので、映画を続けている人とは一緒に撮り続けていきたいですね。 


 ■場所と行為の不一致など、映画でしか見せることのできない光景を追求していきたい。 

――――今まで撮り続けてきた中で、自分らしいと思うシーンや映画づくりはどんな点ですか? 

工藤:場所と行為の不一致はすごく意識しています。例えばこの映画では、草原で歯磨きをするというシーンがあります。そういった日常では目撃できない事態を映画で表現することで、観客の方々と一緒に新しい景色を見たいというか。映画でしか見せることのできない光景をこれからも追求していきたいです。 


――――これから劇場でご覧になる皆さんにメッセージをお願いします。 

工藤:今までの日本映画とは見方が違うかもしれませんが、受動的ではなく、能動的に観ていただけるとうれしいです。観客のみなさんも考えながら、参加しながら、物語を紡いで楽しんでいただきたいと思います。

(江口由美)  


『オーファンズ・ブルース』(2018年 日本 89分)  

監督・脚本・編集:工藤梨穂 

出演:村上由規乃、上川拓郎、窪瀬環、辻凪子、佐々木詩音、吉井優

2019年5月31日(金)~テアトル新宿、6月15日(土)〜京都シネマ、7月13日(土)〜シアターセブン、今夏元町映画館他全国順次公開   

公式サイト→http://orphansblues.com/