人生のポジティブな面を捉え、病に対する偏見を払拭したい 『がんと生きる 言葉の処方箋』野澤和之監督インタビュー
「治療無料で、副作用なしだから」と、がん患者との対話の中から言葉の処方箋を出していく順天堂大学名誉教授、樋野興夫先生。その柔らかな語り口と引き出しの多さ、そして未病の者でも心に沁みる言葉がつらい闘病生活を送るがん患者のみなさんの表情をふと明るくする。樋野先生が提唱したがん哲学外来から発展した「がん哲学外来メディカル・カフェ」を開く4人の登場人物に密着したドキュメンタリー映画『がんと生きる 言葉の処方箋』が6月8日(土)より第七藝術劇場、6月15日(土)より京都シネマ、8月3日(土)より元町映画館他全国順次公開される。
野澤和之監督が本作企画段階で自らがんと闘病し、「言葉の処方箋」の必要性を感じたことで方向性を大きく変えたという本作。自分の生きる使命に気づいた乳がん経験者の女性や大病院でがん哲学外来を実践する外科医、自らカファを開き、地域の患者やその家族と悩みを分かち合う乳がん経験者のシングルマザー、脳腫瘍の後遺症と闘いながら、同世代の患者の役に立ちたいとカフェを立ち上げた中学生と、年齢も置かれた状況も様々な登場人物たちの前向きな生き様に、がんと共に生きる人々の逞しさを実感する。医療的な治療だけではなく、対話や言葉の処方箋が心の支えになることを患者の方だけでなく、ご家族や未病の方も知ることで、がんへの偏見や苦しみが和らぐのではないだろうか。
数ある処方箋の中でも「目下の急務は忍耐あるのみ」という言葉が映画制作や闘病時の支えになったという野澤監督に、お話を伺った。
■がん闘病生活で、「言葉の処方箋」があることに気づく。
――――野澤監督は公式サイトの撮影日誌の最初に自身ががんになったことを明かしていますが、撮影準備中に闘病生活を送られたのですか?
野澤:2016年の春、樋野興夫先生に出会い、僕の直感でドキュメンタリー映画にできると思い、樋野先生の快諾を得てから企画書作りやスポンサー探しと並行して、各地のメディカルカフェや樋野先生の講演を聞きに行き、準備を進めていました。その冬に腸閉塞を発症、その原因が大腸ガンであることが分かり、2ヶ月ほど入院治療をしました。この体験から『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』というタイトルでがん哲学外来の映画を作ろうとしていたものの、方向性が変わり、『がんと生きる 言葉の処方箋』と、言いたいことを明確にしたタイトルでいこうと決めたのです。
――――確かに最初のタイトルよりは、ぐっと具体的なイメージが湧きますね。
野澤:入院生活をすると、言葉の処方箋があるということに気付くんですよ。それに、自分ががんになることで、取材をしやすくなりました。健康だと、取材する時にどうしても同じ目線で向き合えない。無意識のうちに、健常者の立場になってしまう。でも、がんになると、がんのジョークも言える(笑)。なるべくしてなったのかなと思うような不思議な気持ちでした。この映画は人生のポジティブな面を捉えていますが、誰でも死にます。僕自身も忘れていたけれど、「俺も死ぬんだな」とつくづく思いました。死ぬと思えばなんでも良くしようと思えるんです。
■「がんで天寿を全うする」という言葉に繋がる樋野先生の病理医的視点。
――――映画になると確信したのは、樋野先生のどのような点だったのですか?
野澤:樋野先生は臨床医ではなく、病理医なので、心の問題であるとか、寄り添うということは言わない。「人間の臓器の数は世界の数と同じ」だとか、「がん細胞一つが人間を壊す。一人の人間が世界を壊す」という先生の言葉は、病理医ならではの科学的ながんの捉え方なのです。もう一つ印象的だったのは、高齢の方の検視でがん細胞があっても、その方はがんでは死んでいないというお話をされたことです。これは、日頃樋野先生がおっしゃっている「がんで天寿を全うする」という言葉にも繋がります。
■がん哲学は人間学。人間を観察し、そこから言葉の処方箋を出す。
――――哲学という言葉がつくと少し硬苦しいものかと思いましたが、映画で取り上げられているがん哲学カフェの様子を見ると、和やかに語り合える場で、むしろ親近感が湧きました。今まで、このような場はあまりなかったのでしょうか?
野澤:カウンセリングやがん相談はありましたが、樋野先生が行っているようながん哲学外来はなかったそうです。最近の講演で樋野先生は「がん哲学は人間学だ」とおっしゃっています。人間を観察し、そこから言葉の処方箋を出す。映画でもご覧いただける通り、先生のやっていることは、決してカウンセリングではありませんよね。
■乳がんを克服した齋藤さんなら希望を描ける。
――――樋野先生が語り続けるという一方向ではなく、患者さんとの双方向の対話の中から、その人にあう言葉を選んでおられましたね。また、樋野先生の考えに共鳴したがん患者やがんサバイバーの方が日本全国100カ所以上もの場所で、がん哲学カフェを開催されているのにも驚きました。特に長野県でがん哲学カフェを開催している齋藤さんは、小さいお子さんを抱えたシングルマザーで、仕事もこなしながら、会場準備をしてカフェで様々な方と対話されている姿が胸に響きました。
野澤:長野県のがん哲学カフェは、その時齋藤さんが開催しているカフェだけだったので、まず会いに行き、会った瞬間にこれは出演していただきたいと思いました。乳がんを克服した齋藤さんなら希望を描けると思ったのです。快諾いただいてから、交流を重ね、カフェも何度か通いましたが、まだ作って1年ぐらいで、試行錯誤を重ねている段階でした。撮影する時は、言葉の処方箋が映画の核なので、カフェの対話の中でそれを出してほしいというレクチャーもしましたが、本当にパワフルで偉いなと思います。
――――齋藤さんのがん哲学カフェでは、がん患者やサバイバーの方だけでなく、がん患者の家族の方が苦しい胸の内を打ち明けていましたが、あえて患者の家族を取り上げた理由は?
野澤:企画書段階では、がん患者、医師、看護師、心理士、がん患者のご家族と、その役割ごとのカフェを映画で取り上げようと思っていました。ところが、医師や看護師など医療関係者が携わるカフェは同質な感じがしましたし、がん患者のご家族が運営しているカファもありますが、また雰囲気が違う。それでも、がん患者のご家族の声を映画で取り上げたかったので、齋藤さんのカフェで語っておられた患者のご家族の方をあえて入れています。加えて言えば、今回映画で一番しんどかったのは、全員がぼかしなしに、顔も名前も出し、がんであることを世間に公表すること。やはりがんであることを隠す人は多いですが、僕はいい方々に巡り会えたと思っています。
■どあらっこカフェを運営している中村航大君を、映画で応援したい。
――――パワフルと言えば、名古屋の中学生、中村航大君は2度の脳腫瘍を体験し、治療の後遺症による左半身麻痺のリハビリを続けながらも、どあらっこカフェを同世代の学生たちと立ち上げ、将来は病気の子どもたちの支えになるチャイルドライフスペシャリストになりたいという夢を持っています。
野澤:航大君はなぜ、こんなに凄いんだろう。お母さんが「これが彼の使命」と言っていましたが、後遺症と闘いながらも夢を持ち、がんばっています。ですから、航大君の将来に、この映画が少しでも応援になればという思いもあります。現実は厳しい部分もありますが、本当に賢い子ですし、ずっと応援していきたいですね。
■病に対する偏見を払拭するのが映画の役目。
――――本当に、航大君の笑顔に元気づけられました。最後に、昨今はがんを題材にした映画が多数作られていますが、野澤監督が本作で伝えたいことは?
野澤:この作品はがん患者でない方にもぜひ見ていただきたい。とにかく、患者さんでもみなさん明るいし、僕自身、がんになっても「なるようにしかならない」という考え方で生きていきたいと思っています。 もう一つ、僕のライフワークに照らし合わせて言えば、今までハンセン病をずっと撮ってきましたので、本質的には病に対する偏見を払拭したいという思いがあります。家族にがん患者がいると言うと、結婚時に影響をもたらすこともあるのが現状ですが、がんは治る病気ですし、そのような偏見を払拭するのが映画の役目です。希望を与えるというだけでなく、皆でがんやがん患者への理解を深めてほしいですね。
<作品情報>
『がんと生きる 言葉の処方箋』(2018年 日本 90分)
監督:野澤和之
出演:樋野興夫、福永正治、春日井いつ子、宗本義則、塩田博巳、齋藤智恵美、齋藤瞬、中村航大、中村明美
2019年6月8日(土)〜第七藝術劇場、6月15日(土)〜京都シネマ、8月3日(土)〜元町映画館他全国順次公開
※6/8(土)12:00の回上映後 野澤和之監督による舞台挨拶予定
6/12(水)12:00の回上映後 樋野興夫さんによる舞台挨拶予定
公式サイト→https://kotobanosyohousen.wixsite.com/website/home
(C) 2018がん哲学外来映画製作委員会
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