傷つきやすい人たちが集まれる場所を作りたかった。 『ガーデンアパート』石原海監督インタビュー


 「愛は政治みたいなもの。一度始まったら終わることができない」 とても印象的な詩がセリフのように散りばめられ、いつもランジェリー姿の40代の女、京子も、恋人と同性している若いひかりも、愛に悩み、孤独を感じている。 思うようにならない愛に悩み、傷つく者が吸い寄せられるように集まってきたシェルターを中心にしたある一夜を描いた『ガーデンアパート』が、7月13日(土)からシアターセブン、今夏元町映画館他全国順次公開される。 


 監督は、東京藝術大学先端芸術表現科に在学中からアートインスタレーションで世界でも高い評価を受け、UMMMI.名義で映像作家としても活動している石原海。いわゆる卒業制作ではなく、自らが資金集め、キャスティング他を行い作り上げた初長編『ガーデンアパート』は、第13回大阪アジアン映画祭でのワールドプレミア上映を皮切りに、第48回ロッテルダム国際映画祭でも入選を果たし大きな反響を呼んだ作品だ。印象的なビジュアルや、長回しで捉えたダンス、音楽シーンなど、観て感じる鮮烈な作品には、石原監督の愛する映画や詩、写真のイメージが散りばめられている。

 現在、ロンドン在住の石原監督が来日し、インタビューに応えてくれた。 



■ゴダールの『愛の世紀』を観て、「私も映画を撮れるかもと思った」 

――――石原監督は、10代の頃から実験映画を撮っていたそうですね。 

石原:松本俊夫がすごく好きで、15歳の時からいわゆるビデオアートを撮っていました。幼稚園の頃から小説家になりたかったのですが、ジャン=リュック・ゴダールの『愛の世紀』を観て、私も映画を撮れるかもと思ったんです。それまで映画といえば物語のあるものしか観たことがなかったのですが、『愛の世紀』はビデオ撮影したものをコラージュしたようなスタイルだったのです。観て楽しい映画と、観ることで触発される映画があると思うのですが、ゴダールの『愛の世紀』はまさに観て触発される映画でした。  


――――大学の時はアートの活動をされていたのですか? 

石原:現代美術の文脈で、ビデオインスタレーションを制作していました。東京藝術大学先端芸術表現科に在籍していたのですが、映像や写真、パフォーマンス、絵、彫刻など、本当に皆それぞれのことをやっていました。卒業制作ではビデオインスタレーションで、砂やテレビモニターや自作のスクリーンなど上映環境も自分で作り、そこで上映した短編『忘却の先駆者』は、『ガーデンアパート』と一緒に、ロッテルダム国際映画祭に選出していただきました。 



■ロッテルダム国際映画祭でソールドアウトの大反響。 

――――2作品同時に選出されるのは、快挙ですね。大阪アジアン映画祭で『ガーデンアパート』をワールドプレミア上映した一年後にロッテルダム国際映画祭に選出された訳ですが、観客の反応はどうでしたか? 

石原:とても大きな劇場でしたが、毎回ソールドアウトになる盛況ぶりで、公式サイトにインタビューを掲載していただいたり、今日のオススメの一本に選んでいただいたり、非常にプッシュしていただきました。感触もすごく良かったですし、女性の身体に関する質問もいただきました。ヴェネチアビエンナーレにも出品している田中功起さんの作品も映画として上映されており、アート系の作品が多い映画祭だなと感じました。 


――――小説家志望とお聞きしてなるほどと思ったのが、本作のセリフです。しゃべり言葉というよりは、詩を朗読しているようなセリフも多いですね。 

石原:脚本を書くときに、いわゆる映画的なセリフのことを考えていなかったんです。ただ京子がトイレで一人語りをするシーンでは田村隆一という詩人の詩から引用しています。最後の「幸せは楽しいとは限らない」というフレーズは、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの映画から引用しています。  



■役者のパーソナルな話を聞いた上で作り上げた作品。 

――――この映画は卒業制作ではないとのことですが、映画専門の学校ではない中、作り上げるのはキャスティングや機材など、様々な面で工夫が必要だったのでは? 

石原:大変でした。資金も私がクラウドファンディングで集めましたし、録音以外のスタッフも全て自分で探しました。主演の篠宮由香利さんは友人の友人で、映画を撮ろうとした時に偶然出会ったことから、出演してもらうことになりました。『ガーデンアパート』は自分の物語ではなく、色々な役者さんのパーソナルな話を聞いた上で作り上げました。篠宮さんがその時妊婦だったので、役にも反映しています。 


――――脚本を書いてからのキャスティングではなく、全員キャスティングが先というのはユニークな作り方ですね。 

石原:帰る場所がない人が住んでいるシェルターにいる若者と、もう若者ではないけれど自由な40代の女性の物語という構想は最初からありました。 



■京子役は『こわれゆく女』ジーナ・ローランズのイメージ。 

――――京子役はとてもインパクトがありましたが、竹下かおりさんはどのようにキャスティングしたのですか? 

石原:40~50代の女優さんを募集し、オーディションを行いました。結構たくさん来てくださり、詩を渡して読んでもらいましたが、竹下さんはとにかく気合がすごかったんです。この人だったら任せられると思いました。  


――――京子さんは赤のランジェリーを身につけているだけなので、体のラインが浮き彫りになっていましたが、非常に美しい体でしたね。 

石原:もともとヨガの先生をされていたので、とても体のラインが美しいのだと思います。逆に撮影中はヨガをせずになるべくたるませようとして、あの体だったそうで。すごいですよね。 


――――ガーデンアパートの住人たちが音楽に乗って踊るシーンなど、とてもかっこよくて、映画らしいなと思いましたが、石原監督が好きな映画作家は? 

石原:映像ならファースビンダーとか、ジョン・カサヴェテス。写真ならヴォルフガング・ティルマンスとナン・ゴールディンです。今回、脚本を配る前にスクラップブックを制作してみんなに渡しました。キャシー・アッカーの小説のページを貼ったり、参考にした映画シーンの写真を貼ったり、ヴォルフガング・ティルマンスやナン・ゴールディンの写真を貼ったり、作品のイメージを掴んでもらうように努めました。京子役の竹下さんには、ジーナ・ローランズの『こわれゆく女』と『オープニング・ナイト』を観てもらいました。 



■『ガーデンアパート』とは、家の中でもなく、道端でもなく、庭という室内と外の中間のような場所。 

――――この映画で一番やりたかったことは? 

石原:シェルターのように、傷つきやすい人たちが集まれる場所を作りたかったんです。それは完全に家の中でもなく、道端でもなく、庭という室内と外の中間のような場所。だから『ガーデンアパート』なのです。 


――――次回作は構想していますか? 

石原:北海道は行ったことがないけれど、なぜか北海道で撮りたいと思っています。雪があるのも重要なポイントですね。自然の中で撮りますが、それでもキッチュ感とかプラスチック感は残したいと思っています。『ガーデンアパート』も愛のついての話ではあるけれど、ラブストーリーとは思っていない。愛について考えている孤独な人々の話です。ですから次回作も愛の話ではあるけれどラブストーリーではない話を作りたいですね。 


■アジア映画好きで、以前から注目していた大阪アジアン映画祭。 

――――もう1年前になりますが、大阪アジアン映画祭で世界初上映をした時の感想を教えていただけますか。 

石原:すごく大好きな映画祭です。上映されている作品もいい作品が多くて、何年も前からいい作品があるなとずっとチェックしていました。色々な映画祭に出品したのですが、その中でも本当に好きな大阪アジアン映画祭とロッテルダム国際映画祭に選んでいただけたので、ちゃんと好きな映画祭には、好きが伝わるような感じがして嬉しかったです。元々アジア映画が好きで大阪アジアン映画祭に注目していたのですが、最近はフィリピン映画が面白いですね。フィリピンのシェリーン・セノ監督やその周辺などがお互いに機材を貸し借りしながら一緒に映画を撮っているのも面白いですね。タイのナワポン・タムロンラタナリット監督も注目しています。 


――――最後に本作で注目してほしいシーンを教えてください。 

石原:京子が下着姿で外を歩いている朝方のシーンがすごく好きです。編集をして、「この30秒のシーンのためだけに、全てがある」と思いました。 

(江口由美)  


<作品情報>

『ガーデンアパート』(2018年 日本 77分)  

監督・脚本・編集:石原海 

出演:篠宮由香利、竹下かおり、石田清志郎、鈴村悠 

2019年7月13日(土)~シアターセブン、今夏元町映画館他全国順次公開   

公式サイト→https://thegardenapartment-movie.tumblr.com/