「電車も俳優も “いかに一生懸命営んでいるか”が映る映画には、面白さが絶対ある」映画『嵐電』鈴木卓爾監督、井浦新らキャストが大阪に集結!

 京都市民の足として長年愛されている路面電車、嵐電をモチーフに、3つのラブストーリーが交差する鈴木卓爾監督最新作『嵐電』が全国絶賛公開中だ。6月7日より公開されていたテアトル梅田で、上映最終日となる6月27日14:35の回上映後、17:30の回上映前に舞台挨拶が行われ、鈴木卓爾監督、出演の井浦 新(ノンフィクション作家、平岡衛星役)、石田健太(嵐電オタクの高校生、有村子午線役)、藤井愛稀(劇中映画の主演女優、菊乃真紗代役)、岡島由依(狐の車掌役)、石上桂寿祈(多田章雄役)の総勢6名が登壇した。 

 すでに何度も鑑賞しているリピーターも見られた満席の観客を前に、大阪アジアン映画祭で世界初上映をして以来の大阪舞台挨拶となった井浦や、「ストーリーを追いかけると、この映画は脱線しますから」という鈴木監督ら登壇者が、『嵐電』の楽しみ方、キャストそれぞれが語るこだわりから、今の日本映画に思うことまで、縦横無尽に話題が広がる舞台挨拶となった。その模様をご紹介したい。



■「嵐電の声を感じて」(藤井)「音と電車がどういう風に映るか、ほとんどそれだけの映画!?」(鈴木監督) 

 鈴木監督が「ちょっと変わった映画です。劇場によって音が違いますし、観る方のコンディションによっても感じ方も違うでしょうし、『嵐電』は環境で感じ方が変わるかもしれない。そういう意味ではとても体験的な映画」とトークの口火を切ると、京都府出身で京都弁の方言指導も行なった藤井は、 「『嵐電』は京都府右京区にある電車を主人公にした映画で、嵐電の電車が通る音や踏切の音が声として捉えていただいて、人の声、周りの自然環境の声、そして嵐電の声。そういう声を感じてもらえば、楽しんでいただけるのではないかと思います」 と嵐電自体の音の多様さに触れ、井浦も「なんなら一度目をつむって聞いていたいぐらい。音が素晴らしい」と映画の中の音に対する思いを表現。 

 これには鈴木監督もすかさず

「音、すごく頑張りました。僕は元々静岡県出身で東海道線や東海道新幹線が走っており、電車は東から西へものすごく長いものがあっという間に駆け抜けていくという印象で過ごしたので、路面電車への憧れがとてもありました。映画の中に電車が出てくると、とてもフォトジェニックで、電車が出てくるだけで映画がどよどよっとする。今回『嵐電』を撮らせていただき、音と電車がどういう風に映るか、ほとんどそれだけの映画!…そんなこともないか。」

と路面電車がある意味主役である本作への思い入れを熱く語った。 


■「電車も俳優も、上手下手や的確かではなく“いかに一生懸命営んでいるか”。それが映る映画には、面白さが絶対ある」(鈴木監督) 

 さらに、人間とは?電車とは?という根源的な問題を、映画を作りながら自問自答していたという鈴木監督は、

「どこかで人間を撮るのが一応商売だと思っていて、俳優の皆さんがいて、井浦新さんというベテランの俳優さんがいて、藤井さん、岡島さん、石上さん、健太くんという(撮影当時は全員学生で)それぞれ全然違う役をやっている俳優さんがいる。上手下手を乗り越えたところに映画で人が映る面白さが絶対あるはずだと思っています」

と、俳優を撮るにあたっての信念を明かした。


 続けて「それと同時に電車も映画に映る。アメリカ映画なら地平線の彼方まで映画のために線路を敷いて、蒸気機関車を走らせたり、西部劇ではカットごとにスタート地点に電車を戻して、またヨーイスタート!と走らせて撮影していたと思います。でも今回、撮影のために一度も嵐電を止めたことはありません。通常運行している街のインフラなので、時刻通りにやってきた電車に合わせてお芝居をしました。電車も俳優のみんなも上手いとか、的確とか、そういうことではなく、いかに一生懸命営んでいるかということを言いたいですね。電車って何だろう。この映画に出てくる人間って何だろう。そんなことを頭の片隅に思いながら見ていただけると楽しいかなと思います」 

と、日々乗客を乗せて走る嵐電の日常に俳優達を重ね、双方の動きが生き物のように絡み合う本作の見どころを指南。

井浦も「僕のイメージは、登場人物達は生命のぶつかり合いみたいなもので、電車はその生命を食らって生きていく生き物」とSFのような独自の解釈を明かし、映画『嵐電』の解釈の自由さを提示した。 



■即興でしゃべっている言葉を大事に。編集で(あらすじが)破綻しても気にしない。(鈴木監督) 

 観客から質問があった衛星と妻、斗麻子のシーンの電車の音について解説を始めた鈴木監督は

「電車の音もそうですが、映画を作っているうちにどんどんこの形になっていきました。元々脚本はあるし、その通りに演じてもらうのですが、ちょっと変わっているんです。撮影後編集をするのですが、こういう映画の作り方をしているので現場でキャストの皆さんがしゃべるのはセリフ通りの部分もあるが、アドリブの部分もたくさん埋まっていて、即興でしゃべっている言葉を大事にしたいのです。普通は台本の細かい導きを壊し、だんだん破綻してしまうのですが、あまり気にしないタイプなんです。どんどん作っていたものが生と死を行ったり来たりしている話にいつの間にかなっていたのです」

と、脚本段階では想定しなかった方向にシフトしていったことを明かし、重要な役割を果たすセリフを言う多田章雄役の石上を絶賛した。「突然現れてしれっと大事なことを言う。上手いなあ」。  



■「鈴木卓爾監督作品は『芝居はするけれど、芝居はしない』という禅問答のよう。『嵐電』衛星役は若者達と同じ波長で」(井浦) 

 喫茶店のシーンで、真ん中に座った井浦演じる衛星の周りで若い登場人物たちの修羅場が演じられ「衛星さんが大変そうに見えた」という観客の指摘も。 井浦は

「衛星的には、生きているのか死んでいるのかわからなくなった、変わってしまった自分であったり、取り戻したくても忘れてしまったような感覚を、自分の周りを動き回りながら話す学生達によって、忘れていた感覚や熱量、情熱を引っ掻き回され、居心地のいい空間でした。修羅場も自分に重ね合わせながら聞いていました」

 さらに鈴木監督から、今回若い俳優達と共演したことについて何か変化があったかを問われると、

「卓爾監督の組ということもありますが、鈴木卓爾監督作品は『芝居はするけれど、芝居はしない』という禅問答のような感じで、自然と体がそうなるんです。芝居するときは思いっきりするけれど、それは芝居をしていい瞬間があるからそれを逃さないということ。基本的には削ぎ落としていく作業の方が多いです。若者達は芝居をはじめてまだ数年で、何ものにも染まっていません。そういう人たちと芝居をすると、年齢的な部分で違いはあった方がいいけれど、同じ(『嵐電』の)世界にいる人たちなのでどこか波長があっているんです。別次元の人は、狐と狸だけでいい。それ以外は同じように生きているのだから、そこで妙な芝居をすると、衛星も狐と狸の(別次元)側になってしまう。ですから、僕も若者達側に引き寄せられました。演じ終わった後は、自分のお芝居が洗濯されたような清々しい気持ちでした」  

 若手キャストの中でも子午線役の石田はまだ映画出演経験が少ない中の抜擢だが、「(子午線役を)演じるのは苦しかった。何をしたらいいのか、何をしたらダメなのか、全て初めてだったので、心も体も不自由でした。でもそのとき新さんが『映画の本番は夢の世界なんだよ。何をしてもいい。自由な世界なんだ』と言ってくださったんです」と俳優の大先輩の言葉が支えになったことを明かし、双方向に良い刺激を与え合う『嵐電』の舞台裏が垣間見えた。


※写真左から鈴木卓爾監督、石田健太、石上桂寿祈、岡島由依、藤井愛稀、井浦新


 ■キャストが語る『嵐電』の見どころ 

石上(多田章雄役)「映画の中の僕と、今の僕とは全然雰囲気が違います。あれ、出てたっけと思われそうですが、必ずどこかに出ています。そして僕のいう言葉を注意して聞いていただければ、この映画の本質的なものがみえてくるかもしれません」 

岡島(狐の車掌役)「愉快な二人組が電車に乗ってやってきます。狐に化けてます。(原型は留めている?との問いに)ほぼ留めていません」 

石田(有村子午線役)「南天役の窪瀬環さんが僕に言う、時間に関する言葉があります。僕はその言葉がとても好きで、いつも勇気が欲しいときにその言葉を思い出し、今の一瞬を大切にしようと思っています。よければ、そこを気に留めて見てください」 


■「本当に思っていることを口にすることの“勇気”が日本映画でも試される時代に、本気で作った映画」(鈴木監督) 

 独特の世界観を持つ本作を楽しむポイントとして、

「映画で風景だけ撮るのが実景、人が立ち働いていたりする風景が情景、もっとお芝居みたいなものが連なっていると場面になるのですが、実景、情景、場面が映画の中でごちゃごちゃになっているので、ストーリーを追いかけないで見てみてください。街というか、生態系というか、全部を見ている気持ちで観てもらえると、いろいろ仕掛けた落とし穴にみなさん落ちていただけるかなと思っています」

 最後に 「これからの日本映画って、すごく叫びたいけど叫べないとか、でも本当に思っている言葉を口にしてみるみたいなことの勇気が試される時代が来ている気がするんです。そういう意味では、世界に対して真剣に何かを叫びたい映画ではないけれど、でも気持ちは本気です。そんな気持ちでみんな参加して、一生懸命作った映画です」 

と、今の日本映画界の閉塞的な状況を暗示しながら、映画『嵐電』は“気持ちは本気”と明言した鈴木監督。不思議な味わいがある映画『嵐電』が連れて行ってくれる先には、何が見えるのか。懐かしい雰囲気ながら、観たことのないような日本映画に込めた鈴木監督やキャストの思いが伝わる舞台挨拶だった。

 生き物のような息吹を感じる嵐電と、そこに集い、恋をし、それぞれの世界に去っていく登場人物たちにぜひ出会い、その小宇宙を覗き見てほしい。


 <作品情報>

 『嵐電』(2019年 日本 114分) 

監督・脚本・プロデューサー:鈴木卓爾 

音楽:あがた森魚 

出演:井浦新、大西礼芳、安部聡子、金井浩人他 

公式サイト:http://www.randen-movie.com/ 

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