「実況放送的に裁判の流れと戦時の状況、そして戦後の日本と世界の実情を見せる」 歴史的傑作『東京裁判』4Kデジタルリマスター版監修、小笠原清さんインタビュー


  『人間の條件』『切腹』の名匠・小林正樹監督が自身の戦争映画の集大成として、戦後日本の進路を決定づけた「極東国際軍事裁判」、通称「東京裁判」の法廷記録と、その時代を映し出した膨大な映像によって編み上げた歴史的ドキュメンタリー『東京裁判』。1983年に公開され、ブルーリボン最優秀作品賞やベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞するなど、国内外で非常に高い評価を得た4時間37分にも及ぶ大作だ。 この度、4Kデジタルリマスター化され、鮮明な画像、音声で蘇った『東京裁判』が、8月10日(土)よりシネ・ヌ-ヴォ、京都シネマ、元町映画館の3館で同時上映される。  

 1945年、日本はポツダム宣言の無条件降伏を受諾し、8月15日に昭和天皇がそのことを国民に伝えた「玉音放送」をもって終戦を迎えた。戦後の日本を統治する連合国軍最高司令官マッカーサー元帥が戦争犯罪人を早急に裁判にかけるべく、1946年1月22日に極東国際軍事裁判所条例を公布、太平洋戦争開戦時の首相・東條英機ら28名の被告が訴追されたが、一方で、天皇の戦争責任については、米国政府の強い政治的意向により回避の方向へと導かれていく。映画では、2年半近くに及ぶ裁判の模様を時系列に追う一方、それぞれの被告の背景、さらには日本がアジアに侵略した経緯とともに、同時並行でヨーロッパやアメリカで起きた政治状況を描き、当時の時代を立体的に浮かび上がらせる。



 100年先、もしくはそれ以上先の、戦争を知らない世代がこの作品を見ることを念頭に置いていたのではないかと思うぐらい、各事象を冷静かつ、的確なナレーションによって、観る者を歴史の目撃者へと導いてくれるのだ。小林監督と共同脚本を担当し、4Kデジタルリマスター版では監修を務めた小笠原清さんのインタビューを交えながら、本作の魅力や狙いをご紹介したい。


■戦争の時代を生きたメインスタッフが、裁判当時の戦後の日本、世界の状況、裁判で告発された戦争の実態を実況放送的に語って見せる。  

 メインスタッフ全員が戦争体験者だったという本作。先入観を排し、できるだけ素材の語る力を引き出し、それぞれの時代感をきちんと伝えようという気持ちが強かったと小笠原さんは語る。 

《小林監督をはじめスタッフは、あの時代の社会をよく知っていましたから、当時の社会の体質をしっかり伝え残すことが、このドキュメンタリーの基本であろうとはごく自然体で認識していました。この映画には3本の柱があります。1つは裁判の流れをきちんと見せる。もう1つは裁判で告発された様々な歴史的事件や軍事行動、社会状況を、それぞれの訴状と照らし合わせて紹介する。何を裁いているのかが分からなければ、見ていて面白くないですから。もう1つは裁判と同時進行で、戦後の日本、世界の状況、裁判の時代背景を見せる。この3つの柱の組み立てを監督が構想し、その結果、実況放送的な内容が成立することになりました》  


■時代の空気、事件の雰囲気を伝えるためのさじ加減が微妙だった脚本執筆作業。 

小林正樹監督とは、20代後半に『怪談』(65)の助監督について以来の交流だという小笠原さん。『東京裁判』(85)では共同脚本としてクレジットされている。 


《小林監督は刑死した広田弘毅(昭和11年当時の首相)を主人公とした劇映画『東京裁判』を撮るつもりで、脚本まで完成していました。ただ当時、小林監督の映画はとてもお金がかかるとされプロデューサーの間では用心されており、結局企画倒れに終わってしまった。そのうち本作の依頼があったので、小林監督も自身の戦争映画の集大成として初のドキュメンタリーに取り組むことになったわけです。 脚本を書く前の準備段階として、米軍が撮影した膨大な裁判の記録映像の音声を全て書き起こし、さらに日本語に翻訳して、それが裁判のどの過程に該当するのかを速記録と照合するという地道な作業が必要でした。その全体像が浮かび上がると、次はそれが起訴された歴史的事件とどのように関わっているのか。それに該当する映像や画像があるのかを探し出し、二重三重にも及ぶ整合作業が行われた。当時私はドキュメンタリーやノンフィクション作品を手がけていましたが、これから脚本の仕上げと編集に入るという段階で小林さんから呼ばれました》 


 映画では、戦前戦後の日本や世界の出来事と共に、裁判に関わる事象が日本や世界にもたらした功罪を的確なナレーションで伝えている。脚本が非常に重要な役割を担う作品で、小笠原さんは小林監督と共同で脚本を執筆していた。4時間半にも及ぶ本編の脚本づくりは一体どのように行われていたのだろうか。  


《脚本を先に書き、ナレーションを作ってから編集をしていきました。単なる事実を伝えているだけではなく、時代の空気も伝えたい。状況の雰囲気を伝えるためのさじ加減が非常に微妙でした。まず、全体の基本構成と文脈を確認しておく必要がありました。小林さんの三つの柱の構想の下に、シーンごとに表題を書いて広い和室の欄間に張り巡らし、全体の流れを展望してみました。小林さんはじっと眺めたまましばらく何も言わない。これはヤバイかなと思ったのですが、10分ぐらいしてから一言ポツリ、「うん、これで僕の『人間の條件』に繋がったね」と。ホッとしました。

小林さんは全ての資料映像が頭に入っていますから、それに合った映像をどう選ぶかを考えながら、吟味していたと思います。その後脚本を書き始めてからは一度もNGは出なかった。書きあがった分のナレーションとそれに必要な画像を監督が選択して編集に回す。画像がつながり、裁判の対象の実態が見えてくると、だんだん歴史事実としての膨らみが出てくる。その過程で私も、文字での表現が、画像によって歴史の実態がかくも生々しく蘇生するのかと、改めて実感しました。》


 ■「裁判形式の政治劇」と見ることで、国際社会の有り様の多様さが見えてくる。 

 粛々と裁判が進むかと思いきや、東京裁判の成立の可否を問う議論まで起きた。裁判官の中でも異なる意見が対立する様子も描かれ、その攻防に政治的思惑が滲むのは日本の裁判には見られないシーンだ。また日本人被告の弁護に当たったアメリカ人弁護士のひとりブレイクニーが「原爆を落とした大統領の名をあげることができる」とアメリカ自身の行為を引き合いに、国家行為である戦争の個人責任を問うことは法律的に誤りである、と主張したエピソードも挿入されている。 


《そういう点では政治的にもドラマ性に富んだ裁判劇です。私はこれは裁判という形式をとった政治劇だと思うし、そう見た方が連合国の矛盾もよく見えて面白い。天皇責任論にしても、過去の世界の軍事裁判に照らして見ると、最高責任者であるはずの昭和天皇は厳罰処刑対象の筆頭になるでしょう。でもアメリカが昭和天皇を助けるわけですから、他の連合諸国にすれば、これは一体なんなのだと言いたくなるでしょうね。政治劇として見ると、当時の国際社会のありようが実によく見えてきます。戦勝国が一方的一律的に裁いたとすると批判だけでは、「東京裁判」の社会像が見えにくくなります》 


■残酷に見えるシーンも提示する意義。配慮の難しい南京事件。 

 裁判シーン以外で強く印象に残るのは、原爆投下後の広島の様子や水爆実験の様子、そして、絞首刑執行など、現在では見せない方向にある残酷な映像だ。 

《原子爆弾もズバリと見せていますし、残酷性も見方によって様々な受け止め方がある。短絡な規制だけでは却って問題を残す。戦争につきものの残酷性をきちんと見据えて、その実態を理解し、それに耐えて考察する力を持つことも大事。大人としてこれが社会の現実の一面であることを認識する心構えも必要でしょう》

  どう表現すべきか難しかったという南京事件のシーンでは、当時の中国国民党政権時代に、事件告発のために再現したとされる中国映画の映像も使用している。 

《この事件についてはいまだに議論が定まらない。私は近代史は半ば政治に囚われの身になっている状態だと思っています。本来なら学術調査の世界に委ね、客観的な事実と可能性の見極めが優先されるべきですが、実現に至らない。惨害を認めた裁判でもその実態確認では見解が分かれている。それに国際法の教育もろくに受けなかった日本軍による捕虜虐待も、各地で厳しい指弾を受けている。いずれにしても中国側には南京事件を再現するだけの必然的な思いや叫びがあり、映画を制作している。そのことは受け止めておく必要はあるでしょう》 


■フルバージョンの玉音放送の字幕挿入は、当初から小林監督の意図であった。 

 9歳の時に、雑音でかすれた玉音放送を聞いたという小笠原さん。誰も意味がわからなかったはずなのに大人たちが皆、泣いていていたので不思議だったという。 

《天皇が国民に語りかけるなんて、これはただ事ではないとは感じていた。でも空襲もなくなり、戦争が終わり、あの時の開放感やうれしさと言ったら、負けてホッとしたというのが正直な実感です》

  玉音放送『終戦の詔書』全文が映画の冒頭部分で登場するのも、『東京裁判』の見どころの一つだ。大概は「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び…」という有名なさわりだけで終わってしまうが、玉音放送の全てを聞き、字幕で全文を読むことにより、敗戦のメッセージが明確な事実として伝わってくる。 

《国民必見の戦後の原点資料として全編採録し、原文の漢字にルビをふって字幕をのせました。天皇の声に合わせて見ればずっと理解しやすくなります。これで国民レベルの歴史資料としての意義が深まる。画像劣化のないデジタルで実現できた。音声もクリアになった。あの声を聞いて天皇の悲痛さを感じたという人もいます。あの時は誰もが追い詰められていましたから。》  


 裁判や戦争のシーンが大半を占めるこの作品において、どのような音楽が入るのかということも作品の雰囲気を左右する。名優佐藤慶の重厚なナレーションと共に、戦争や原爆の犠牲者を映し出すシーンで流れる鎮魂曲は、『東京裁判』が何を訴えようとしたのかを物語る。小笠原さんは、音楽担当の武満徹さんとの思い出を語ってくれた。 

《録音前の編集段階の試写を見終わった時、武満さんが「人類社会はなんと愚かな歴史を重ねてきたんだろう」と嘆息した。願っても無い評価でした。ところがそのあと「こんな凄まじい世界に、僕の音楽をつける余地はありません」となった。これには小林監督も参りましたね。しばらく待ってみると、10日後に武満さんから電話が入った。「もし僕が音楽を書くとしたらレクイエムしかないから」と。確かに鎮魂曲しか書きようがない。とてもいい曲になりました。音楽のみならずこの作品自体も、究極は鎮魂の碑です》 


■公開当時は大センセーション。「東京裁判」に対する言論が解放された。

  83年の『東京裁判』公開当時は、戦争体験者や終戦時の状況を知る人が多く、その真実を知りたい層の必見映画として、まさに大センセーションを巻き起こしたという。 

《それまでは知識人が「東京裁判」について語ると、陰に陽に右寄りからの圧力が感じられ、自由な発言がはばかれるという雰囲気が強かった。ところがこの映画が公開されると一挙にマスコミ一般人の大きな話題となり、日本中の誰もがこの裁判について思いのままに語れるようになった。学会でも「東京裁判」関連の優れた論考が相次ぎました。社会的にも言論解放的な役割を果たしたと思います。情報公開がいかに大事かということです》


 ■最後に犠牲になるのは無防備な市民。ラストシーンは日本から世界に発するべきメッセージだ。

  歴史的出来事は、その時々の政治や社会情勢によっても見方が変わりやすい。特に近年は歴史修正主義の台頭で、戦時下の出来事を都合よく解釈しようとする教科書が目立つ。SNS時代で連日バッシング対象が変わるような昨今、真偽を確かめず、安易に怒りをぶつける風潮が蔓延していることは否めない。本作を制作するにあたり、小林監督と小笠原さんは、事象や裁判の被告人に対し、先入観による判断は極力避けるように留意していたという。時代を超えて『東京裁判』が公開されるにあたり、小笠原さんの心境も合わせて尋ねた。 


《戦前戦後の時代に生きた者として、あの大戦とその裁判の実態をまとめて次の世代に伝えられるというのは、スタッフとしての責任を果たし得た気がします。ご覧になる皆さんには、先入観にとらわれず、この映画で語られている情報を、まずは自分の耳目で受け止めて、それからさらに勉強したり考察したりして、各個人が批判や考え方を組み立てていただきたい。はじめから、あいつは正しかったとか犯罪人だといった先入観を前提にすることは却って思考停止につながり、自由な思考の妨げになる。被告人東條英機元首相も、「大東亜戦争」開戦における筆頭責任者であり、敗戦の最高責任者の一人ですが、映画では法廷における一人の人間の有り様を、できるだけ自然体で見てもらえるようにしています》  

 エンドマークのない本作は、戦争を繰り返す世界の写し鏡のように、朝鮮戦争をはじめ各地で次々に起こる紛争や戦争のタイトルを、エンドに向けて時系列的に列記している。そんな争いが絶えない世界の中で、74年間、戦争をせずに平和を維持してきた日本は、その実績を梃子にして、世界へメッセージを発信していくべきだと小笠原さんは提言する。 

《東京裁判はこのような世界大戦は2度と起こしてはならない、そういう自戒を込めて行われたはずですから、それを遵守してきた日本としては、その後も武力紛争を繰り返す連合国に、平和維持への強い注文を出せるはずです。戦争になれば、最も大きな犠牲を払うのはいつも無防備な市民です。ラストシーンの猛爆に追われ裸で逃げ惑うあの少女の姿には、全世界が責任を持たなければならないはずです。小林監督も、戦争の底辺にあるこの現実こそ、世界に発すべきメッセージだとしたわけです》




 <作品情報> 

『東京裁判』4Kデジタルリマスター版 

(1983年 日本 277分) 

監督:小林正樹  原案:稲垣 俊  

脚本:小林正樹、小笠原 清(CINEA-1) 

ナレーター:佐藤慶 

4Kデジタルリマスター版監修:小笠原清、杉山捷三 

2019年8月10日(土)よりシネ・ヌ-ヴォ、京都シネマ、元町映画館の3館で同時上映 

公式サイト⇒ http://www.tokyosaiban2019.com/ 



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