『凱里ブルース』類稀な映像詩は、時を超え、記憶を手繰り寄せる。


 まさに満を持しての日本公開となった中国のビー・ガン監督初長編『凱里ブルース』。第2作となる『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』が先立って公開され、後半60分のワンカット3Dシーン(私は残念ながら2Dでの鑑賞だったが)を含め、その才能の出現に映画人や映画ファンが歓喜したのは記憶に新しいところだ。『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』が夜を中心とする物語なら、この『凱里ブルース』は昼間を中心にした物語。それだけに、舞台となった凱里や、主人公チェンが目指す桃源郷のような鎮遠(ジュンユエン)の景色が力強く迫ってくる。また、ビー・ガン監督自らの体験や、チェンを演じた実の叔父、チェン・ヨンゾンの体験が色濃く反映されており、詩で彩られた本作の中で物語の骨格となる部分になっているのだ。類稀な映像詩に込められた郷土への思い、さらに太陽や暗闇を感じて生きる日常の思索は、時代、世代を超えて、観る者に訴え、問いかけ続けるだろう。



 中国・凱里、診療所医師のチェンは、チンピラ時代、刑務所で服役した過去があり、今は孤独に生きている。腹違いの弟ワイの息子、ウェイウェイを可愛がっていたが、ウェイウェイは姿を消していた。ワイを問いただしたチェンは、ウェイウェイを売ろうとしたが、鎮遠(ジュンユエン)に住むワイの父ホワが引き取ったと渋々白状する。休みを取り、鎮遠に向かおうとするチェンに診療所で働く老女、グワンリエンから文化大革命の時に別れた「愛人」に、約束した物を渡すようにと頼まれる。久しぶりに足を踏み入れようとする鎮遠では、何が待っているのか…。


 

 ワンシーン、ワンシーンが息をのむ美しさと印象深さを讃える前半。やはり際立つのは、チェンを演じたチェン・ヨンゾンの存在感だ。実際に反社会的な組織に身を置いたことがあるというチェン・ヨンゾンが醸し出す寡黙さと、眠れない夜を過ごしたあとの横顔。その重みの中で、過去の情景も交差し、チェンが鎮遠に向かう理由が綴られていく。その中でも、印象的なのが、ワイの息子、ウェイウェイが壁に時計を描くシーンだ。釘を中心に、タイヤのホイールでぐるりと円を書き、文字盤を手書きしていく。さらには時計が欲しかったウェイウェイが、時計屋のホワから腕時計をもらい喜ぶ(そのまま、鎮遠に連れていかれる)風景の側で、列車が通り過ぎる姿が壁面にくっきりと映される。ビジュアル的にも脳裏に焼きつくシーンは、時計や列車が、この作品に内在したテーマを表すモチーフになっていることをすでに示しているのだ。他にも、バイクのサイドミラー越しに登場人物の動きを見せるシーンなど、鏡越しといえばウォン・カーウァイかと思っていたが、偶然のようで計算しつくされたカットの数々に感嘆。そして、闇のトンネルの中でやおら姿を表す「Kaili Blues」のタイトルバック。それまでもが、作品の中にしっかりと馴染んでいるのだ。



 詩人でもあるビー・ガン監督は、セリフは最小限にとどめ、音楽も控えめだが、ふとした瞬間に詩が挿入される。鎮遠に向かう後半部分の40分に及ぶワンカットシーンでは、バイク、トラックの荷台、渡し船と様々な乗り物を乗り継ぎながら、目的地に向かうまでの旅を躍動感溢れる魔法のような映像で追っていく。普通ならバイクのシーンはアップテンポの曲でも流れそうなところだが、そこで詩が挿入されることもあれば、トラックの荷台では懐かしのポップミュージックが流れたり、実に多彩だ。途中に出会う、裁縫屋の娘で凱里のガイドを目指すヤンヤンや、故障したバイクを直すことを条件に鎮遠までチェンを乗せた青年など、様々な出会いが絶妙に絡み合い、物語が重層的に広がっていく。そのテンポの良さにどんどん前のめりになるのと同時に、桃源郷のような鎮遠の風情、そして伝統楽器、蘆笙(ルーシェン)を奏でるミャオ族など、ビー・ガン監督が映し出したかった郷里を静かに味わえるのだ。亡き母や、投獄中に亡くなった妻への思い、文化大革命で離れ離れになってしまった恋人たちの思い。様々な思いが時間や場所を超えて錯綜するこの作品を見ていると、さまざまな思いを抱え、暗闇の中をもがきながら生きるのは、チェンだけでなく、今の私たちも同じだとつくづく感じる。この映像詩に向き合うことで、歴史の中、自然の中の自分たちに目を向け、問うてみたいと思った。


<作品紹介>

『凱里ブルース』”Kaili Blues”[路边野餐]

脚本・監督:ビー・ガン

主演:チェン・ヨンゾン ヅァオ・ダクィン ルナ・クォック ユ・シシュ 

※関西公開延期決定(2020.4.7)

2020年4月18日(土)〜シネ・ヌーヴォ 、4月24日(金)〜京都みなみ会館、5月〜元町映画館他全国順次公開 


※第68回ロカルノ国際映画祭新進監督賞 & 特別賞受賞/第37回ナント三大陸映画祭黄金の熱気球賞[グランプリ]受賞/第52回金馬奨最優秀新人監督賞・FIPRESCI賞受賞