『死霊魂』国が下した不条理に耐えた生者と死者、魂の記憶
全3部545分に及ぶ、衰退する軍需工場と街や労働者を描いたドキュメンタリー映画『鉄西区』でその存在を知らしめたワン・ビン監督。私が初めて観た作品は、ワン・ビン監督が未だ中国のタブーである反右派闘争をテーマにした初の劇映画『無言歌』だった。右派分子と認定された人たちが送られた再教育収容所。特に、その中でも餓死者が続出したという、後期の3ヶ月の描写は、ただ衰弱して死を待つだけの日々や、他人の死が日常の地獄図を静かに映し出していた。『無言歌』を作る動機となったのは、小説『夾辺溝の記録』に触れたことだというワン・ビン監督は、さらに詳細を把握するためのリサーチとして、反右派闘争の生存者100名以上にインタビューしていたのだ。本作はまさに、そのインタビューを中心に、その後追加で撮影したものを加え、膨大な証言を3部構成の8時間超にまとめた、歴史的意義のある作品だ。現に、インタビューした生存者のうち、現在も存命な人はほとんどいない。壮絶な弾圧の中をかろうじて生き残り、カメラの前でその記憶を辿りながら、忘れることのできない悲痛な過去を時には言葉を詰まらせながら、時には怒りに震えて饒舌に語る老人たち。そこには、目の前で絶命していった多くの仲間たちの名前が上がってくる。生者と死者の魂の記録に、今こそ触れるべき時だと痛感するのだ。
1956年ごろ、中国では共産党への批判を歓迎する「百家争鳴」運動を推進し、知識人の間で党に対する批判が出始めていた。すると、翌57年、毛沢東は突如方針を変更し、共産中国に反する者を「右派」と呼び、彼らを容赦無く粛清する「反右派闘争」を開始したのだ。映画に登場する中で、自身が右派だと名乗った人はごくわずか。皆、自分は右派ではないのに、ちょっとした言動から右派と認定され、突然家族と引き離されて、収容所に送られたと証言している。学校の教員をはじめ、知識人が多いのもその証言から分かる。食べることしか考えられなかったという生存者たちの生々しい生活ぶりや、離れた家族への思い、絶命していく仲間を救えない辛さ。さらには国の言葉を信じて収容所に入ったのに、実は騙されていたと後から気づき、悔しさが後から後から押し寄せてくる人もいる。61年の大飢餓で多数の死者を出した時の証言の数々から、まさに映画『無言歌』の、砂漠の中の壕から、生存している収容者が死者を毛布に包んで運び出し、窪地に投げ捨てる様子がビジュアルとして浮かんでくる。今は移住した人たちが農業を営んでいる、多数の死者を出した明水収容所後では、人骨がむき出しになり、まだその魂がさまよっているようにも見えるのだ。一党独裁の共産主義国家で起きた悲劇の歴史が、半世紀以上経ち、ようやくそこで起こっていた本当のことが立ち上がってきたのは、これだけ大量の証言が集まったことも大きい。わずかだが、当時監視する側だった人の証言もあり、もしあなたがこの立場に置かれたらどうするのかという、重い問いも投げかけられる。他人事と思わず、慎重に、その証言に耳を傾けたい作品だ。
<作品情報>
『死霊魂』”DEAD SOULS”
(2018 スイス=フランス 506分)
監督:ワン・ビン
8月1日(土)よりシアター・イメージフォーラム、今秋より第七藝術劇場、アップリンク京都他全国順次公開
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