夢破れた若者たちの“その後”を描く、中川龍太郎監督と映画作りに取り組んできた俊英の長編デビュー作。『東京バタフライ』佐近圭太郎監督インタビュー


 大学時代にメジャーデビュー寸前までいきながら、決別したバンドメンバーたちのその後の人生と「夢を終わらせる」までの過程を描いた青春群像劇『東京バタフライ』が、9月25日(金)からアップリンク京都、9月26日(土)からシネ・ヌーヴォ他全国順次公開される。


 本作は、日本大学芸術学部時代の卒業制作『家族の風景』(池松壮亮主演)が評価され、『四月の永い夢』から中川龍太郎監督の助監督や監督補佐も務めている佐近圭太郎監督の初長編作。フォーピースバンド<SCORE>のメンバーに、京都のシンガーソングライター⽩波多カミン、テレビ朝日系列「魔進戦隊キラメイジャー」押切時雨役キラメイブルーとして人気の⽔⽯亜⾶夢、主演映画『横須賀綺譚』が公開中の⼩林⻯樹、『静かな雨』『台風家族』にも出演の⿊住尚⽣が扮し、自分たちのバンド、音楽と葛藤しながら歩むそれぞれの人生を丁寧に演じている。⽩波多カミンの楽曲「バタフライ」が<SCORE>の運命を決めた曲としてどのように使われるかにも注目してほしい。

 音楽映画という枠を越え、普遍的なテーマで共感を生むヒューマンドラマに仕立て上げた佐近圭太郎監督にお話を伺った。




――――本作は大学時代にメジャーデビューを目指したものの夢を諦めざるを得なかった20代のバンド仲間、それぞれのその後の人生が描かれますが、佐近監督の20代はどんな感じだったのですか?

佐近: 僕は大学時代が一番楽しかったですね。初めて同じ世界が好きな仲間と出会い、彼らと映画を観たり、作ったりした経験が今となってはかけがえのない財産になっています。大学時代に出会った友人とは今でも一緒に仕事をするほど関係が深く、一生モノの仲間に出会えた。それが一番大きいですね。


■大学時代の出会いから時を経て再会した中川龍太郎監督と意気投合、『四月の永い夢』から一緒に映画を作る。

――――どのような経緯で中川龍太郎監督の監督補佐を務めるようになったのですか?

佐近:中川監督と出会ったのは大学3年の頃です。大学の実習で制作することになった短編の主演が、当時中川監督が撮影中の作品にも出演していたので、撮影の隙間を縫ってスケジュールを調整していました。そんな矢先、大型台風で自作の撮影が延期になってしまい、見事に中川監督の撮影とバッティングしてしまった。その報告が遅れてしまったことで、すごくお叱りを受けたんです。とんでもないことをしてしまったとすぐにお詫びして、中川監督も「気にしないで」と言ってくれたのですが、その申し訳なさから、もう今後お会いすることはできないだろうと一方的に思い込んでいました。

大学卒業後、テレビドラマの助監督の職に就くものの、1年ほどで心身ともにボロボロになってしまい、千葉の実家に引き上げました。夜勤の荷分けバイトをしながら、昼間はインディーズバンドのMVを撮ったり、テレビ番組の短編作品コンペに応募したりを2年ほど続けた頃、とあるMV企画のロケ地にどうしても昭和風の家が必要になったんです。その時、中川監督が昭和チックなアパートに住んでいたことを思い出し、撮影も迫っているしお金もないし、これはもう背に腹は変えられないなと。何としてもアパートをロケ地として貸してもらうべく、数年ぶりに中川監督に再会しました。すると意外にも僕が作っていた映像を全て観てくれていて、褒めてくれたんですね。その頃の中川監督は、ちょうど『走れ、絶望に追いつかれない速さで』を撮り終えた頃で、次に何を撮ろうかと悩んでいた時期でした。顔を合わせていなかった期間の積もる話をする中で意気投合し、これから一緒に映画を作ろうと誘ってくれたんです。そこから『四月の永い夢』の大元になる企画を作り始めることになりました。その後、中川監督が所属しているTokyo New Cinemaへの入社が決まり、今は社員として中川監督の作品創りにも携わっています。



――――なるほど、時を経て同志のような関係になったんですね。佐近監督は今回初長編作ですが、構想はどこから来たのですか?

佐近:Tokyo New Cinemaに入社した直後WIT STUDIO所属の脚本家、河口友美さんがバンドものの群像劇を原案として提案してくださいました。その時は、メジャーデビューを目前に控えながらも解散してしまったバンドメンバーが再会し、自分たちの音楽を取り戻すという流れのストーリーでしたが、僕はどうしても夢破れた後の人生の営みを描きたいと思ったんです。そのお話を河口さんにも共有し、意見交換を重ねながら今の形になりました。


――――この作品でまず驚かされたのは、バンドものなのに演奏シーンが非常に控えめなことです。ミュージシャンが主演だと、演奏シーンを増やしたくなるものでは?

佐近:狙った部分もあれば、そうせざるを得なかった部分もあります。演奏シーンは “音楽モノ”としての前提条件だと考えていたので、最初は演奏とお芝居の両方がこなせるキャストをオーディションで探していました。しかしながら、なかなかそのバランスを持った人が見つからない。そうした時に、この映画の本質は、「叶わなかった夢の残り香を抱きながら、その先の人生をどう生きるか?」というテーマにあるのだから、演奏シーンが思うように描けなくても、お芝居の技術やキャラクター性の方を優先すべきだと思い直し、今のバランスになりました。



■白波多カミン「バタフライ」のPVに惚れ込み、「この人、この曲でいきたい!」。

――――4人ともオーディションですか?

佐近:男性キャストの仁、修、稔はオーディションで集めようとしたのですが、ベースの修役はなかなかはまり役が見つからず、悩んでいた時に小林竜樹さんのことを思い出し、こちらからオファーしました。誰よりも情に厚いのにシャイで、ついつい憎まれ口をたたいてしまう修のキャラクターと、僕の中の(勝手な)竜樹さん像が合致したんです (笑)。

安曇に関しては、最初の段階から本物のアーティストで、実際に音楽をやっている方にお願いしたいと考えていたので、プロデューサーが作ってくれた候補者リストを見ながらずっと探し回っていたんです。そのリストの最後に白波多カミンさんの名前がありました。参考に貼られていたリンクをクリックし「バタフライ」のPVを目にした瞬間、ビビッと来るものがあり、この人、この曲でいきたい!と。「バタフライ」は恋愛の要素も入っている楽曲ですが、4人の若者が前に進もうと藻掻いている様と「バタフライ」というコンセプトがすごくマッチしている気がして、この曲を映画の中で流したいと強く思いました。


――――白波多カミンさんの音楽的資質を活かしたシーンとして印象深かったのが、介護先の孫娘にギターを教えているシーンです。私もギターを弾きたくなりました。

佐近:あのシーンを注目していただけるのはすごく嬉しいですね。僕の中でも思い入れが強く、本来そんなに長くなくてもいいシーンですが、長回しでしっかり撮ってしまいました。孫娘役の兵頭小百合さんはいまは役者を引退されていますが、映画の前に広告の仕事で一度出会っていたんです。その広告のオーディションの際、事務所の方が同行するでもなく、地方から一人で新幹線に乗って会場にふらっと現れ、受かりたいとライバル達が目をギラつかせている中、彼女だけは彼女のままで、緊張もせずに“ただそこに在る”という雰囲気を醸し出していたんです。誰かに選ばれるという場において、「人にこう見られたい」という自意識から完全に解き放たれていて、彼女は彼女でしかないという芯の強さに惹かれました。他作品への出演経験がなくても、絶対にこの映画に出てほしいと思い、オファーしました。現場でも彼女のままでその場に居続けてくれたので、ある種の生っぽさが映っているシーンになったと感じています。


――――その後、練習した曲を祖母や母の前で披露するシーンも、演奏シーンが少ない本作で非常に大事だということが伝わってきました。

佐近:安曇が6年振りにギターに触れるというシーンなので、音楽ともう一度出会い直す安曇にもっとフォーカスしても良かったかもしれません。でもそこに流れている空気感、祖母、母、孫娘がほがらかに歌っている“場”そのものを映し出したいという気持ちから、あのような描き方になりました。



■そこにいること自体に意味が生まれる存在感を持つ白波多カミン。

――――安曇を演じた白波多カミンさんの存在感が随所に光りますが、彼女がこの作品に出演したことが作品にどんな影響を与えたのでしょうか?

佐近:カミンさんはお芝居の経験が殆どなく、戸惑いもあったと思いますが、初めて新宿ルノアールでお会いして出演を打診した際に「出ます!」と即答してくださったんです。全く予想していなかった反応だったので、嬉しい反面、驚きがありました。カミンさん自身もメジャーデビューと解散をすでに経験していて、音楽とどのような距離を保って生きていくか悩んでいた時期でもあったと思うんです。そのタイミングで突然映画の話が舞い込んできて、己の人生に変化を与えたい、いろいろなことに挑戦したいという気持ちが重なってオファーを受けてくださったのだと思います。カミンさんよりお芝居が上手な方はたくさんいるかもしれませんが、彼女にしか出せない色、彼女だからできたことが確実にありますし、技術力だけでは語れない、カミンさんという人間に染み付いた葛藤が、安曇を通して画面に映っていると思っています。カミンさんがそこにいること自体に意味が生まれるような唯一無二の存在感を保ちながら最後まで走り切ってくれたと思いますし、本当に感謝しかないです。


――――バンドが活動停止するきっかけになる言い争いのシーンで、仁が「売れてからやりたいことをやればいいじゃないか」と言いますが、メジャーを目指す全てのアーティストにとっては踏み絵のような言葉ですね。

佐近:象徴的な言葉ですね。自分の納得できないことは一度たりともできない人もいますし、ある程度そこは割り切れる人もいる。自分のやりたいことしかやりたくない人は、なかなか生きづらいだろうし、それが安曇であり、カミンさん自身もそういったこだわりは強い人だと思います。



■山田太一「ふぞろいの林檎たち」に通ずる部分があるかもしれない。

――――仁の言葉に対し安曇が「自分の音楽を守れないバンドなんてやる意味あるの?」と返しますが、この4人は夢破れても自分たちのバンドの幻想がいつまでも心の中にある。それはまるで、家族のような強い絆にも見えます。

佐近:僕は脚本家、山田太一さんの「ふぞろいの林檎たち」が凄く好きなんです。3流大学の若者たちが主人公の群像劇なのですが、あまりスポットライトを浴びない人たちに焦点を当てた物語が昔から大好きなんですね。 “そう在れない”という挫折感や、“こう在りたかった”というコンプレックスからなかなか抜け出せないでいる人たちが、友情関係の中で互いに意見をぶつけ合いながら己の人生を模索していく様は、ある種『東京バタフライ』にも通ずる部分があるかもしれません。


――――仁が慕う音楽プロデューサー、五十嵐を演じる尚玄さんは、よくありがちな業界人っぽいノリとは違うキャラクターで、とても新鮮でした。オファーの経緯は?

佐近:『女優 川上奈々美』がショートショート フィルムフェスティバル & アジアに入選し、映画祭パーティーに参加した時に尚玄さんと初めて出会いました。その場で僕の上映作品を見ていただいた感想を率直に伝えてくださり、一緒になにかやりたいねというお話もさせていただいたんです。お会いしたのはほんの一瞬でしたが、真っ直ぐで深い眼差しがとても印象的でした。その後、出演されている作品を拝見して、素敵だなと思った矢先に『東京バタフライ』の話が舞い込んできました。尚玄さんの深い眼差しは、魅力を見い出して人を導いていく音楽プロデューサーの役にぴったりだと思い、すぐに脚本をお送りして、オファーさせていただきました。その頃お仕事でLAに滞在されていたにも関わらず、わざわざ帰国を早めて撮影に駆けつけてくれ、こんなに男気溢れる人がいるのかと驚きました。感謝しかないですね。


――――クライマックスが諦めるシーンなのも、この映画らしく強い印象を残します。

佐近:できなかったことを受け入れ、ちゃんと終わらせることでようやく次に進んでいけることを描いたシーンです。“4人の始まりの場所で終わりを迎える”という塩梅が良かったなと改めて思います。この物語は安曇を取り巻く3人を主軸にお話が展開していきますが、安曇は4人の中で最も時間が止まってしまっている人物で、叶わぬ夢の象徴でもあります。そんな彼女が一つの区切りをつける決意をし、3人を突き動かし、最後の最後にようやく安曇の時間が動き出す。そこを表現したかったんです。



■オーディションで選んだ水石亜飛夢さん、⿊住尚⽣さんの魅力。

――――仁役の水石亜飛夢さんは、4人の中で一番実年齢が若いですが、非常に落ち着いた役どころでしたね。

佐近:仁役の水石さん、稔役の黒住さんはオーディションで選ばせていただきました。オーディションでは、いざ対面でお話をさせていただいた時に、いかに役の持っている性質をその人の中から感じることができるか、芝居外の人間性がどれだけ役と共鳴するかどうかを意識的に見ていました。黒住さんは、誠実で熱いパッションを持ちながら、それが言葉でまとまりきらない不器用さがあって、そこに稔と近い性質を感じました。水石さんは、自分が持っている特性や、求められている役割を理解しつつ、絶対に隙を見せまいとする頑固さがあって、これはまさに仁だなと。メンバーの中でも一番年下ながら、誰よりも大人な振る舞いができる人で、とにかく礼儀正しいですし、周りがよく見えていて、気も回せる方です。竜樹さんと一緒に4人をまとめてくれました。


■監督はその時々で相手にちゃんと届く言葉を使い分けられる能力を持たないといけない。

――――プレスでは佐近監督もご自身のことを「不器用という自負がある」と書いておられますが、不器用さをむしろ武器にしていく感じでしょうか。

佐近:会社の先輩でもあり、同志でもある中川監督はとてもパッショナブルで、繊細さを兼ね備えながらも周りを引き込んでゴールに導いていく人としての迫力があると日々感じています。僕はどちらかというとセルフプロデュースがあまり得意ではなく、いまできることを一つずつ積み上げていって、誰かと一緒に仕事をやっていく中で認めてもらって機会を得ていくタイプだと認識しています。強い言葉を持てないことへのコンプレックスはずっとありますし、“人当たりの良さ”だけで監督は到底務まるものではないとも思っています。強い言葉を持つことが本質ではなくて、その時々で相手にちゃんと届く言葉を使い分けられる能力を持たないといけないですね。闇雲な謙虚さほど無責任でみっともないことはないと思いますので。


――――一方、ご自身でされている編集は非常に思い切って切るところは切り、多彩な才能を感じます。本当に無駄なシーンが一つもなかったですね。

佐近:削ぎ落とす部分は削ぎ落としていますし、脚本の構成とは違う構成にしたり、修と仁を最初と最後に見せたりと、編集で変わった部分は結構ありますね。スタッフや周りの友人に編集を見てもらって、フラットな意見を集約して反映させていきました。映画の仕事だけではなく広告のディレクターもやりますし、中川監督の作品では監督補佐、編集、スクリプトなど、なんでも屋みたいになっているのですが、それが僕の特徴であり色でもありますね。


――――この作品で佐近監督の才能に感服しました。

佐近:自分の作品を見ていても、あの時こうすれば良かった、何でそこに気づかなかったんだというように、反省すべき点はいくらでも目につきますが、まだまだ実力不足と言ってしまうと、じゃあいつになったらできるんだという話になりますよね。足りていない部分を認識することと、謙虚に振る舞うことは全く別の次元の話で、世に作品を送り出した人間は結果としか向き合ってはいけないのだと自分に言い聞かせています。9月に公開を迎えましたが、すごく良かったと劇場でわざわざ声をかけて下さる方もいて、この作品を通してその方の人生の軌跡に触れられたことが何よりも嬉しかったんですね。中川監督にも「ある作品を100人が見て、その中の1人でも救われたのなら、監督はその救われた1人に対して真摯に言葉を尽くすべき」とよく言われるのですが、本当にそうだなぁーと身を持って実感した瞬間でありましたし、正々堂々とその方々に向けて言葉を尽くしたいと思い、いま舞台に立たせて頂いております。



■ちゃんと作品に価値を残していかないといけないという責任感、根拠なき使命感を胸に作品を作っていきたい。

――――この物語では4人が音楽やバンドとの向き合い方や距離感を問い続けていますが、佐近監督と映画との距離感は?

佐近:中学2年の時に漠然と映画が好きで、どうせなら監督になりたいと思い立って日本大学芸術学部の門を叩きました。映画を初めて作ったのは大学3年の時で、あまり思うようにいきませんでした。4年次の卒業制作で同期の池松壮亮君に出てもらった『家族の風景』を撮り終えた時に、これを仕事にしたいと初めて心の底から思えるようになりました。その時も、子役時代からプロに囲まれて闘っていた池松君には随分色々な面で叱られました。色んな人に叱られてばっかですね(笑)。

違う意見も当然あるかと思いますが、僕が常々思うのは、映画は生半可な覚悟で作って良いものではないということです。作るまでに数え切れないほど多くの方々のご協力をいただき、膨大な時間をかけて出来上がったものは一生残り続けますし、見て下さる方の時間もそれに捧げられるという前提の中で、ちゃんと作品に価値を残していかないといけないという責任感をすごく感じています。それが今の自分にちゃんとできているのかと問われればすごく不安ですが、仁に託した「根拠なき使命感」という台詞にあるように、自分はそこに挑戦する責務があると己に言い聞かせ続け、これからも覚悟を持って創作と向き合っていきたいと思っています。



<作品情報>

『東京バタフライ』(2020年 日本 82分)

監督・編集:佐近圭太郎

出演:⽩波多カミン ⽔⽯亜⾶夢 ⼩林⻯樹 ⿊住尚⽣

松浦祐也 尚⽞ 松本妃代 ⼩野⽊⾥奈 浦彩恵⼦ 熊野善啓 福島拓哉

主題歌:白波多カミン with Placebo Foxes「バタフライ」(日本コロムビア)

9月25日(金)からアップリンク京都、9月26日(土)からシネ・ヌーヴォ他全国順次公開。


©2020 WIT STUDIO/Tokyo New Cinema