「監督はずっと見守ってくれた」池田エライザの初長編監督作『夏、至るころ』主演、倉悠貴インタビュー

 

 高校3年生の夏の少年たちの揺らぎと成長を瑞々しい映像で捉えた、女優、モデル、歌手と多方面で活躍する池田エライザの初長編監督作『夏、至るころ』が、1月29日(金)よりシネ・リーブル梅田、2月6日(土)より元町映画館、2月26日(金)よりアップリンク京都にて、順次公開される。


  本作は、映画24区が製作する「地域」「食」「高校生」をテーマにした青春映画制作プロジェクト、「ぼくらのレシピ図鑑」シリーズの第2弾(第1弾は兵庫県加古川市が舞台の安田真奈監督作『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』)。福岡県田川市を舞台に、地元のフィルムコミッションや市民たちが多数参加して撮影された。主演の翔には、本作が初主演となる倉悠貴。翔の幼馴染、泰我にはオーディションで選ばれ、本作で俳優デビューを果たした石内呂依が扮する。他にも翔、泰我に影響を与える歌をあきらめて東京から戻ってきた都にさいとうなり、翔の家族にはリリー・フランキー、原日出子、安部賢一、杉野希妃らのベテランが顔を揃え、「サザエさん」を彷彿とさせる3世代家族の賑やかな生活風景にも注目したい。炭鉱町、田川のシンボルでもある2本の煙突や、和太鼓、「青い鳥」と様々なモチーフや郷土の要素を取り入れた、豊潤な青春映画の秀作が誕生した。

  本作出演の倉悠貴さんに、お話を伺った。




■俳優デビュー前は「翔のように何がやりたいのか、何が幸せなのかわからなかった」

――――倉さんは大阪ご出身ですが、俳優デビューするまでに映画を観る機会は多かったのですか?

倉:やはりデビュー後の方が圧倒的に映画を観る頻度が増えましたね。上京する時も、映画館のある街を選びました。人間の葛藤が見えたり心が動くような映画が好きで、最初は芝居の勉強という意味合いが強かったのですが、今は自分が好きな時に好きな映画を観に行き、心から感動したり、楽しんだりと映画そのものを味わっています。逆に高校時代までは、映画をそれほど熱心に観ていたわけでもないし、野球部ではあったけれどそれほど熱心だったわけでもなかったんです。今思い返せば、僕が演じた翔のように何がやりたいのか、何が幸せなのかわからないという感じでした。


――――俳優デビュー後、Netflix オリジナルドラマシリーズ「FOLLOWERS」に出演していますが、同作主演で、『夏、至るころ』監督の池田エライザさんと現場で初めて出会った時の印象は?

倉:現場ではお話する機会がなく、そのオーラを見つめていた感じでしたが、撮影後に交流する機会があった時は、すごく接しやすく気さくで、年の近いお姉さんのような方だなと感じました。その後、オーディションという形で泰我役の(石内)呂依君と芝居をしたのですが、その時エライザ監督から「言ってなかったっけ、(主演)決まってるよ」とサラリと言われて(笑)僕はオーディションではなく、監督が最初から翔役と決めてくださっていたようです。


――――脚本を読んだ時はどう感じましたか?

倉:脚本から作品の温かさが伝わってきましたし、何よりも翔という役に共感できました。高校3年生独特の葛藤がありますし、見ていて懐かしくなるような、胸が痛くなるような感じがしました。


――――ちなみに倉さんが高校3年生の時は進路について葛藤があったのですか?

倉:僕自身は安定志向で早く就職して、働いて…と思っていたので、その点は泰我のような考え方だったと思いますが、実際は翔のように上京しているので、どちらの気持ちも分かる気がします。



■クランクイン前の合宿で和太鼓メンバー、石内呂依と寝食を共に。

――――「地域」「食」「高校生」をテーマにした青春映画制作プロジェクト「ぼくらのレシピ図鑑」シリーズの第2弾で、まさに地元の方と一緒に作り上げていく作品ですが、倉さんもクランクイン前から現地で準備を重ねていたのですか?

倉:クランクインの2週間前から田川市に入り、和太鼓の合宿に参加していました。和太鼓の指導をしてくれた和太鼓たぎりチームのメンバーと毎日一緒にご飯を食べて練習し、地元の方とも触れ合うことができました。田川の郷土料理、鉄板で焼くホルモン料理やホルモン鍋をご馳走してもらったり、同室の呂依君ともまさに寝食を共にしたので、そういう体験を通じて自然と翔という役に近づけたと思っています。


――――舞台となった炭鉱の町、田川市は、映画の中でも町の象徴として登場する大きな2本の煙突をはじめ、独特の雰囲気がありましたね。

倉:この撮影で初めて田川市を訪れたのですが、何もないけれど、懐かしさや風情があり、すごく居心地も良かったですし、田川の空気が好きでした。2本の煙突がそびえ立っているのはやはりすごく目に留まるし、この2本が重なる場所は一体どこなんだろうと、映画の中でも探すシーンが出てきますが、実際にも呂依君と二人で撮影中に重なって見える地点を探していましたね。



■作品のカギになる和太鼓。太鼓の音と共に翔、泰我の関係性が繋がる。

――――倉さんが演じる翔と、石内呂依さんが演じる泰我は和太鼓部のツートップとして活躍しているという役どころで、二人で息のあった和太鼓の掛け合いも披露していましたが、全身を使って周りとリズムを合わせてと大変だったのでは?

倉:和太鼓のバチは想像以上に重くて、手も血豆ができて練習していると血だらけになりましたし、最初はバチを振り上げるだけでしんどかったです。途中で何回も心が折れそうになりました。たぎりチームは日本一の和太鼓チームなので、和太鼓の魂を感じさせる演奏をしなければできたことにはならないんです。でも呂依君と向かい合い、呼吸を合わせながら和太鼓を打つことや、二人で打つ音と一緒に、二人の関係性がつながっていく感覚があり、和太鼓は作品にとってカギになっていると実感しました。普段はデコボコだけれど、和太鼓を打つときだけは息がピタリと合う翔と泰我の関係性を象徴していますね。


――――オーディションで選ばれた泰我役の石内呂依さんは、役柄では野心的に見えるところもありますが、太鼓の練習を一緒にし、共演してみていかがでしたか?

倉:活発ですが、繊細な心を持っていて、危うい感じもする人なんです。学生時代同じクラスでも、僕とは絶対に友達にならないだろうなというところは、泰我っぽくもありました(笑)



■キャラクターに反映させた池田エライザ監督の体験とは?

――――翔と泰我のたまに危うく見える関係を含め、翔の設定について監督はどのように考えておられたのですか?

倉:本作はエライザ監督が原案を書いていて、翔というキャラクターには、監督のご兄弟が学生時代に悩んでいた体験を反映させたそうです。一方夜の学校のプールシーンで、都(さいとうなり)の叫びはエライザ監督の心の叫びだと思うし、泰我の中にも監督自身を反映させた部分があるのではないかと思います。


――――プールシーンは青春映画の王道ですが、このプールシーンは歴史に残ると言えるぐらいとても美しく、強い印象が残る名シーンでしたね。

倉:都がプールに落ちた時は、彼女にまとわりついていたしがらみが死んだのだと思い、衝動的にプールに飛び込みました。翔の少年らしさが出たのだと思います。水中で目を開けるのが大変だったり、体中に虫が付いたりと思わぬ体験をしましたが、ライティングが独特で、エライザ監督の感性が見事に表現されていました。異次元の雰囲気を作りたいとおっしゃっていましたから。


――――この作品の魅力は3世代家族の物語というところにもありますね。

倉:受験を前に何がしたいかわからず悩んでいる翔を信じて見守ってくれる両親を含め、皆が温かすぎて、かき揚げを食べながら泣くシーンは辛かったですね。


――――祖父役にはリリー・フランキーさんが扮しておられますが、初主演の倉さんに何かアドバイスはあったのですか?

倉:最初はリリーさんを前に「スクリーンで見ていた方だ!」と思ってすごく緊張しました。でも現場に入ると緊張感よりむしろ安心感が芽生え、リリーさんをはじめ、原さん、杉野さん、安部さんの全員が本当の家族のように接してくださったので、僕はむしろ何もしなくて、ただそこにいるだけで翔になれて、心地よかったです。



■本を読むのも、映画を観るのも「旅」

――――高良健吾さんが演じた高校教師は、翔にたくさんの本を手渡し、読むように勧めます。翔も本を読み始めてから、自分自身としっかり向き合うようになりますね。

倉:それまで周りに流されていた翔が、自分で考えるようになり、成長した瞬間でしたね。高良さんの「本を読むのは旅だ」というセリフが好きなのですが、映画も旅だと思うのです。2時間映画を観ていると、日頃のスマホを触っているだけの2時間と比べたらすごく素敵な世界が広がり、旅をしている気分になれますよね。そのように本を読んで心の旅をするようになった翔は周りからは少し暗い人間に見えるかもしれないけれど、親友の泰我から見たらすごく輝いて見えたのでしょう。二人で煙突が一本に見える場所にたどり着いたシーンでは、泰我を演じる呂依が泣くものだから、僕も涙をこらえきれなくなりました。もう少しのところで監督がカットをかけてくれたので、なんとか持ちこたえましたが(笑)


――――初号試写を見た時はどんな気持ちになったのですか?

倉:心が温まる、優しい映画でした。これから色々な人に見ていただくことになるのだと考えると、少し怖い気持ちにもなりましたね。エライザ監督も最初こそ色々と相談に乗っていただきましたが、途中からは「もう翔やん」と信頼してくれ、ずっと見守ってくださっているという安心感を与えてくださいました。


――――撮影は菅田将暉さんの出世作、『共喰い』を担当した今井孝博さんですね。今回も倉さんの出世作にと気合いを入れて撮られたのではないかと思うぐらい、素晴らしいショットの数々に唸りました。

倉:あの映像は今井さんあってこそのもので、その実力が至る所に感じられると思います。撮影中に今井さんから「あんたはいい役者や」と言ってもらったのが、とてもうれしかったですね。撮影中も今井さんをはじめとする撮影部隊が色々なアイデアを出したり、提案しあっているのをずっと見ていたんです。



■「ただいま」と戻ってきたらいいと思える作品に。

――――これから色々な場所で活躍されると思いますが、『夏、至るころ』は倉さんにとって故郷のような作品になるのではないでしょうか?

倉:本当にそうですね。まだ出演作品は少ないですが、今までの作品の中で一番大事な作品ですし、この先どうしたらいいかわからなくなった時も、「ただいま」とここに戻ってきたらいいと思えるのです。きっと田川のみなさんも「おかえり」と迎えてくれる気がします。今までは自分が演じている姿を両親に見られるのが恥ずかしかったのですが、この作品は両親や祖父母にも観てほしいと思えるぐらい、宝物のような作品です。


――――最後にこれからご覧になるみなさんに、メッセージをお願いいたします。

倉:2020年はコロナ禍で夏らしいことが何もできず、夏を感じられぬまま終わってしまったので、今は冬ですが失われた夏を少しでも感じていただけたらうれしいです。誰もが通ってきた感情であったり、現在高校生で悩んでいる最中の人にはそのまま重なるような普遍的な青春の揺らぎを描いているので、ぜひ多くの方に見ていただきたいです。

(江口由美)



『夏、至るころ』

原案・監督:池田エライザ

出演:倉悠貴、石内呂依、さいとうなり、安部賢一、杉野希妃、後藤成貴、大塚まさじ、高良健吾、リリー・フランキー、原日出子

2021年1月29日(金)よりシネ・リーブル梅田、2月6日(土)より元町映画館、2月26日(金)よりアップリンク京都にて、順次公開

公式サイト:http://www.natsu-itarukoro.jp/

(C)2020「夏、至るころ」製作委員会