息ぴったりコンビが紡ぐ青春の甘さと苦さ『スウイートビターキャンディ』『新しい風』 中村祐太郎監督、小川あん(出演)インタビュー


 第16回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門で、中村祐太郎監督の長編、『スウイートビターキャンディ』と『新しい風』がいずれも世界初上映された。今回、同部門に長編二作品が同時入選、そしていずれも世界初上映となるのは同映画祭始まって以来初となる快挙だ。一途な女子高生と複雑な過去を持つ男の不器用でまっすぐな恋の行方を描いた『スウイートビターキャンディ』、大晦日の夜、終電を乗り過ごしたことからはじまる不思議なオールナイトを独特のタッチで描いた『新しい風』。その二作品に出演しているのが、OAFF2020『レイのために』(坂本ユカリ監督)主演も記憶に新しい小川あんだ。

 この二作品の中村祐太郎監督、出演の小川あんにお話を伺った。



■中三で物語の中にいる人になりたいと思った(小川)

―――小川さんも映画がとても好きだと伺いましたが、小さい頃から俳優を目指していたのですか?

小川:中学時代にスカウトされたのですが、当時サッカーをやっていて、自分が俳優として活動することが想像もできなかったので、一度お断りしていました。ただ中学三年生で人間関係に悩んでいた時に、映画を見て少し気持ちが救われるという体験をしたんです。小さい頃から『スタンド・バイ・ミー』や『ネバーエンディング・ストーリー』、『グーニーズ』など非現実的な映画をよく見ていたので、その中に入りたい。物語の中にいる人になりたいと思うようになったのが俳優を志すようになったきっかけですね。



■『スウイートビターキャンディー』制作の経緯と小川あんとの出会い(中村監督)

―――中村監督とは『スウイートビターキャンディ』で初めてのタッグになりますが、その経緯を教えてください。

小川:学生映画祭で中村監督の『雲の屑』(15)を見たときは、ちょうど映画を見始めた頃だったので、こんな監督がいるんだ、しかも学生で!と思って驚いたんです。祐太郎さんにもその時話しかけたのですが、ご本人はその記憶が全くないみたいで。その後、二宮健監督が中心として活動している上映イベント「SHINPA」で私の出演作品があり、参加した時に再会しました。

中村:小川さんとの初対面のことは忘れていましたが、界隈でお見かけすることはありました。キャスティングの時に、プロデューサー陣からの紹介で喫茶店で話をした時には、サナエ役は小川さんで間違いないと思いましたね。


―――サナエは恋愛経験がなかった分、その一途からくる危うさもあり、その塩梅を表現するのが難しかったと思いますが、この物語はどのようにして構築していったのですか?

中村:脚本の小寺さんとは『スウイートビターキャンディ』の前に実現できなかった企画がありまして、それなら名古屋市中川区の助成金で作った『アーリーサマー』(16)の続編が作りたいねと話をしていたのです。その企画に乗ってくれたのが汐田プロデューサーでした。


―――『スウイートビターキャンディ』が『アーリーサマー』の続編的位置付けとは知りませんでした。

中村:『アーリーサマー』にはサナエは登場していませんが、今作の裕介が主人公でして、その裕介は、漂流気質で、過ごしていた町で失敗するという、前談に近いような話を撮っていたのです。中川区という愛知の土地がすごく好きだったので、またあの場所で撮りたいという思いがずっとあったのですが、『スウイートビターキャンディ』では、愛知の岡崎なので、愛知で撮影という願いは実現できました。



■一方的になりがちなサナエのピュアさが当時の自分にもあった(小川)

―――物語の要となるサナエ像を、どのように作り上げたのですか?

中村:読み合わせやリハーサルもありますが、それ以前に、脚本の小寺さんが小川さんにインタビューをして書いた部分もあるので、サナエには小川さんの等身大のエピソードも入っています。

小川:私にも実際姉がいて、サナエの姉、ユキエの性格にも少し反映されていますし、サナエの家族構成も私と全く同じで、言い争いはしても仲はすごくいいんですよ。サナエは自分の世界観を高校生にしてすごくしっかりと持っている。でもそれをどこに消化すればいいのか、自分で自分をわかっていないのです。家族に矛先を向けられないとなると、自分より年上の裕介というキャラクターに固執してしまう。でもそれは愛の核心を突いていると思うのです。自分をわかってほしいとか、認めてほしい。自分が好きだということを伝えたいとか、どうしても一方的になりがちだけど、そのピュアさがサナエにも、当時の私にもあったと思います。

中村:三年前に撮影したので、当時の小川さんは、サナエとすごく似ているところもありますね。


―――サナエは周りと無理に合わせようとしないし、学校で一人でもそれを特段気にしていない。一人でいること、自分の趣味に没頭することを楽しんでいるキャラクターでもありますね。

中村:だからサナエを見ていると、僕も勇気をもらえるんですよ。色々と、心を挫かれるポイントもあるのですが、サナエはそれでも前を向いて進んでいくのです。

小川:サナエは自分の中に矛盾を抱えているのだと思います。タイトルの『スウイートビターキャンディ』も矛盾を感じさせて、私は大好きなんですよ。甘い部分もあるけれど、芯の部分はビターだというサナエを言い表しているようですよね。


―――サナエが恋心を抱き、追いかけることになる家政夫の裕介を演じた石田法嗣さんとの芝居はいかがでしたか?

小川:石田さんはすごく目力のある方で、それは裕介の目力になり、すごく胸に刺さってきました。ラストで裕介からある言葉を投げかけられますが、サナエにしてみれば本心ではない言葉と捉え、そんな言葉は聞きたくなかったと思ったのではないかと解釈しています。その反面、今まで一方的に愛を伝えるだけで満足していたサナエが、ようやく相手の奥の方までたどり着けた。脚本を読んだ時とは違う、演じたからこそわかる感情が見えて楽しかったですね。


―――二人の間を引っ掻き回す役割を担う、サナエの父の部下、山下を田中俊介さんが本当にギラギラと演じていましたね。

中村:田中さんと最初に演出の話をした時は、どう演じればいいか分からないと困っていらっしゃったので、一度、田中さんが思う山下像を見せてくださいと、お話したんです。その後の稽古や現場でも話し合いを重ね、最終的には映画のようなドキリとさせる山下像が出来上がりました。



■『新しい風』はサナエと真逆のキャラクター像。小川さんは脚本を読んだだけで、手に取るようにわかってくれる(中村監督)

―――『新しい風』は予告編が、出演者みんなでロケの部屋で鍋をつつくという和やかさで、メイキングを見ているようでした。

中村:当時、日頃のうっぷんを創作意欲に変えたくて、よく遊んでいた柴田貴哉と、いつもの感じで映画が作れたらいいねと、小川さんや斎木さんも呼び、みんなで遊んでいる感じをもとに物語を書いていきました。そこで、オールナイトの話を設定したんです。本作で小川さんが演じた役は、先ほどのサナエとは真逆です。本番前に稽古をした時、相手役の原雄次郎には色々と指示をしたのですが、小川さんには何も言わなかったですね。

小川:不思議なことに祐太郎さんは、脚本を読むと書いている姿が浮かんでくるんですよ。

中村:小川さんは、脚本を読んだだけで、僕がどういう風に動かしたいと思っているのかが、手に取るように分かるみたいです。

小川:でもいい時ばかりではなくて、祐太郎さんが困っている時は私も同じように困っているので、そういう時はお互いに何も言えなくなってしまいます。

中村:『新しい風』は、僕が主演だったので、ずっと困っていましたね。


―――『スウイートビターキャンディ』の時は、自分自身に疲れ切ることを課していたそうですね。

中村:毎日絶対に疲れ切ることを目標にしていたのですが、それが良くないということに、途中で気付きました。皆、撮影終わりは死んだような顔をしていましたから…。

小川:私は撮影で疲れたと思ったことがないです。インディーズの作品が多いので、ハードな撮影に慣れているのと、撮影している時はハイ状態で、疲れを感じないですね。


―――小川さんの俳優としての魅力は?

中村:小川さんの魅力は、ずっと変わらず、いつものあんちゃんでいることですね。『スウィートビターキャンディ』から時間を共にしていますが、今でも気さくに話し合えて、いい意味で何も思わず、魅力という次元でも、もはやないです。兄妹といるような感覚ですね。

小川:出会う前からずっと祐太郎さんの映画を見続けていて、祐太郎さんの映画のファンですし、2019年の『若さと馬鹿さ』は私の年間ベストワンでした。色々なものが溢れかえる世の中で、これだけは大事と言えるものが一緒なんです。

中村:色々な俳優さんの中でも、小川さんほど優しい人はいないと思います(笑)。


―――お二人のこれからの活動について教えてください。

小川:3月から新たに事務所に所属して活動することになりました。これからはまだ見ていない世界にどんどんと取り組んでいきたいと思います。

中村:僕も、制作チームであるALUCA POLUAを立ち上げたので、『新しい風』のように自分たちだけの体制でも、作家性のある作品に取り組んでいければと思っています。



■山田洋次監督のように、映画をやり続ける。もっと強くなる。(中村監督)

―――中村監督が影響をうけた監督はいらっしゃるのですか?

中村:僕は特に山田洋次監督の作品が好きです。さぬき映画祭で地域映画を考えるサミットというもので、学生代表に呼ばれた時、僕の隣に山田洋次監督が座られたのです。その時、生まれて初めて殺気のようなものを感じました。例えば『学校』シリーズのように、人の惨めで滑稽な部分にも、きちんと踏み込んだ作品を生み出すには、監督自身の殺気や狂気がなければいけないと、その時は強く感じました。その強い人間になるには、監督が弱音を言っている場合ではないと思います。山田監督のように大成したいのであれば、映画を作り続けて、もっと力をつけたいと痛感しました。


■ヒース・レジャーのように、映画に溶けるような演技を目指して(小川)

―――小川さんが目指したい俳優は?

小川:私の中では一番だと思う俳優はヒース・レジャーです。『ブロークバック・マウンテン』でヒース・レジャーはジェイク・ギレンホールと共演していますが、ジェイクの芝居はとてもメソッド系の演技で、それが非常に上手く全て的を得ているように見えるのですが、ヒースはメソッドをやっているけれど、そのメソッドから溢れ出てきているように感じるんです。

中村:『新しい風』のあんちゃんもそうだったよ。メソッドが溢れ出ていて、杏子というキャラクターがいた。『スウィートビターキャンディ』のサナエは若さが全面に出ていた印象だったけど、3年後に撮影した『新しい風』では、陰で支えたり、ガヤを作ったりと、そういう役回りも上手いなと思いました。

小川:ヒース・レジャーみたいな、演技に束縛されない、その映画にキャラクターが溶けて柔らかくなるような状態で作品に参加したいです。

中村:「柔らかくなるような」っていい表現ですよね。その映画やシーンを柔らかくするのって、とても大事なポストだと思うので。

小川:印象に残らなくても、それは映画に溶けているのだからいいのです。俳優として溶けるような演技ができるようになることと、プロとして仕事をすること。その両方を目指していきたいですね。

中村:小川さんが年を重ねるのは、僕も楽しみです。

(江口由美)


<作品情報>

『スウイートビターキャンディ』Sweet Bitter Candy(2021年 日本 105分)

監督:中村祐太郎

出演:小川あん、石田法嗣、田中俊介、清水くるみ、松浦祐也



『新しい風』A New Wind Blows(2021年 日本 66分)

監督:中村祐太郎

出演:中村祐太郎、斎木ひかる、小川あん、柴田貴哉、原雄次郎