「この映画を作ったことで祖父への思いを伝えたかった」『コントラ』アンシュル・チョウハン監督リモートインタビュー
地方都市で生きる少女と後ろ向きで歩く謎の男の交流を描いた映画『コントラ』が、6月5日(土)から大阪シネ・ヌーヴォで公開される。(元町映画館、出町座では近日公開予定)
昨年の第15回大阪アジアン映画祭では、 謎の男を演じた間瀬英正さんが最優秀男優賞を受賞。その他、各地の映画祭でも高く評価され、全編モノクロかつ、岐阜県の大自然を活かしたロケーションで、本作は独特な世界観を放っている。
今回は、メガホンをとったアンシュル・チョウハン監督にリモートインタビューを敢行。タイトルや演出の意図、監督自身の経験も反映されたという本作の制作秘話を伺った。
■タイトルと映像の意図
――――まずは本作のタイトルについて質問します。『コントラ』という言葉には「対する」という意味があると聞きました。これは、制作の当初から決まっていたものなのでしょうか。また、その詳しい意味についてもお聞きかせください。
アンシュル:おっしゃるように、本作のタイトルは『contradiction』の略で、「逆の」、「逆流の」といった意味を持っています。もともとは『Reverse Rivers』(川の逆流の意味)というタイトルを考えていましたが、日本語に当てはめると伝わりづらいように思い、この形になりました。
また、中南米に存在していた同じ名称の反政府団体や、『魂斗羅』というタイトルのゲーム(アーケード用アクションシューティングゲーム)にも影響されています。
――――本作では、白黒の映像が印象的でした。この演出に関して、監督はどのような意図を持っていたのでしょうか。
アンシュル:実は映画を作る前から白黒にすることは決めていました。当時の戦争経験者を追悼する作品ということもあり、参考資料のほとんどが白黒だったことからも影響を受けて、この演出を選びました。
■作品を支えた役者陣の熱演
――――脚本には、役者への当て書きとなる部分が多いと聞きました。撮影中、当初と変わった部分や、予想していなかった出来事はありましたか。
アンシュル:基本的には、脚本に沿った制作を行っていたため、現場で変わった部分は特になく、多少、役者の体に動きを指示する程度でした。
円井わんさんに関しては、初の主演映画ということで慣れない部分もあったため、彼女の気持ちに寄り添ったり、話を聞いたりするように心掛けていました。
撮影のエピソードとしては、物語の終盤、主人公である少女・ソラのシーンが印象的です。このシーンでは、彼女のそばに網戸があり、そこから雷が鳴るという設定で脚本を書いていました。撮影中、ぴったりのタイミングで、実際に雷の音が鳴り、その瞬間、鳥肌が立ちましたし、スピリチュアルなものを感じました。
――――初主演作品でありながら、円井わんさんの演技には素晴らしいものがありました。撮影中、彼女の成長を感じた部分などはありましたか。
アンシュル:『コントラ』の撮影を通して、彼女は本当に変わったと思います。監督に演技の内容を相談し、役に対して真剣に取り組むということ。その行動を通して、以前とは全く異なる役者に成長していたように思います。
しかし、今の日本では、本当の意味で、彼女に合った役が与えられていないのも事実です。制作者としては、質問をして、役を理解しなければ、役者は役に入り込めないと思っているのですが、そこが見過ごされている日本の現状を残念で悔しく思っています。
――――本作では、間瀬英正さん演じる謎の男の登場シーンが印象的です。主人公の祖父が亡くなり、お葬式でお経が唱えられる中、入れ替わるように彼が現れるシーンでは、どのような演出をしていたのでしょうか。
アンシュル:あのシーンははじめの方に撮影していたのですが、間瀬さんにとっては慣れない中、裸足で極寒の中を歩くシーンとなり、かなり大変だったように思います。演技においては、町に関わってきた人間が久しぶりに帰ってきたような感覚で演じてもらうように、お願いしました。
――――しゃべらない役柄ゆえ、表情や仕草で感情を表現しているさまも印象的でした。彼の演出やアドバイスは、どのようにおこなったのでしょうか。
アンシュル:言葉がしゃべれない場合、次に来るのは動きだと思っています。間瀬さん自身、舞台役者でもあるため、体の演技は素晴らしかったのですが、撮影の当初は謎の男の背景を、あえて伝えないようにしていました。そのため、本人の演技も手探りで固い印象を受けましたが、謎の男が「仏のような存在であること」をアドバイスしたあとは、演技が良くなっていった印象があります。
もう一つ、彼の演技について付け加えるとすれば、演技が環境によって変化していったという部分があります。
例えば、劇中では、お風呂のシーンがあります。このシーンでは、間瀬さんが極寒の撮影の後、実際にお風呂に入ったため、「熱い」、「温かい」といった本人の内側からくる感情を、映像に残すことが出来たと思っています。
また、撮影に合わせ、10kg程度、減量していただいたということもあり、食事シーンでも本当においしそうな表情を撮ることが出来ました。
――――手を使って、本当においしそうに食べているので、彼の食事シーンにも印象に残るものがありました。
アンシュル:間瀬さんの役柄は、スピリチュアルな存在として描いており、この世の人間とは異なる行動や言動をしてもらうようにお願いしました。
質問などで「手で食べているのは監督がインド人だから?」と聞かれたこともありますが、その意図はなく、「この世のものではない存在」として描いています。
また、役者の方に関しては、こういう風な演技をするようにというよりは、こういう風な演技をしないでくださいという形でお願いをしました。そのため、役者にとっては、自由の利く演技が出来ていたのではないかなと思います。
■前作『東京不穏詩』と本作との共通点
――――前作『東京不穏詩』と今作『コントラ』は「父と子」の映画として観ることが出来ます。監督自身、元軍人で厳しい父親の家系で育ち、20歳まで映画を観られなかったというエピソードも聞いたのですが、そのような部分が反映されているのでしょうか。
アンシュル:確かに、父親と話さなかった時期はありましたが、劇中におけるソラと父親の関係性のように、思春期の親子の対立は誰しもあるもの。そのため、父との関係が悪かったわけではないです。ただインドでは、親が子供に対し将来の期待を持つ部分は強く、軍人にならずに現在の道へと進んだため、その頃の出来事からは少なからず影響を受けているかもしれません。
――――また、本作と前作は「父と娘」の物語とも言い換えることができます。抑圧された女性が爆発する瞬間を捉えた内容が印象的ですが、そのような題材を撮ることへの思い、演出方法などがあれば、お聞きしたいです。
アンシュル:2作品に関しては父と娘の物語ですが、そこにこだわりはなく、たまたま知り合った役者が女性だったことで、そうなっていた部分はあります。
実は、『東京不穏詩』も最初の頃は、父と息子の話だったというエピソードがあります。作品に合う男性の俳優に出会わなかったことで、実際の配役が決まり、脚本は、ほとんど変えていませんが、言い回しだけは女性のものに変更しています。
また、映画の作り方としては、ルールにとらわれたくないという思いがあり、「起承転結」を決めずに脚本を最後まで書き上げ、撮影中に新しいものを発見していく姿勢をとっています。
そういった部分も含め、役者と接する際は、マイルドに体や心をぶつけ合いながら、撮影に取り組むようにしています。
――――両作においては、登場人物が自分を解放するような形で「川」のシーンが登場します。これらのシーンについても、お話を伺いたいです。
アンシュル:実は、両作とも脚本の時点では「川」のシーンを入れる予定はありませんでした。
『東京不穏詩』では、ロケ地を下見していた際に存在を知ったため、バーベキューの場面で使用したのですが、それだけでは物足りない気持ちもあり、それとは別に「川」で主要人物の三人が戯れる場面を撮影しました。
また、『コントラ』でも、土地勘がなかったので川のシーンは考えていませんでしたが、撮影中に見つけたスポットで川の撮影を思い立ち、監督・撮影監督・出演者3人の計5名だけで撮影に挑みました。
当時の撮影では、役者3人には役を意識せず、川での遊びを楽しんでもらうように伝えていたため、役そのものからも解放されたリアルな動きが撮影できたように思います。
自分を解放する演技という意味では、本編の後半に登場する、謎の男と主人公の少女が対峙する場面の演出でも同じ様なことを試みています。
シーンの撮影前に、円井わんさんには出身でもある大阪の女の子に戻って、アグレッシブに演技をしてもらうよう伝えていたため、自然と解放された演技が撮影できていたのではないかと思っています。
■監督の過去や本作の企画経緯について
――――過去には、アニメーターだったという監督。なぜ、今の役職に至ったのか、また、映画制作において当時の経験が活かされている部分はあるのか、お聞きしたいです。
アンシュル:もともとは、CGアニメーションの現場で働いていましたが「自分の物語を伝えたい」という思いがあり、映画監督になりました。また、アニメーションの現場では色んな人が関わり、お金がかかることを知っていたため、実写という表現手法を選んでいます。
以前の現場では、キャラクターの動きを事前に固めた上で作業を行っていましたが、映画監督になってからは、現場で臨機応変に対応する能力が求められ、それが良い刺激にもなっていると思います。
また、アニメーターの経験が活かされた部分には、カメラの動きがあると思います。アニメーションでは、専用のソフトでカメラの焦点距離や動き、レイアウトをつけるのですが、その経験が、実写の撮影でも動く位置を決める際に役立ったように思います。
――――本作の制作前には監督が手がける予定だった幻の企画があり、そのオーディションも踏まえ、今回のキャスト陣が選ばれたと聞きました。その作品について、教えていただきたいです。
アンシュル:当初、キャンセルになった脚本は、軍隊・陸軍軍士官学校に関する話でした。構想当時、横須賀でいじめ事件があり、9~18才の間、陸軍士官学校にいた私自身の実体験も反映して、物語が考えられていました。ちなみに、『コントラ』で描かれた土の中を掘り起こすエピソードは、この作品から残された要素です。
――――また、もともと本作は、少女と謎の男の恋愛映画になる予定だったという話も聞きます。その部分は、どのような形で変化していったのでしょうか。
アンシュル:確かに、もともとのアイデアとしては恋愛ものを想定していましたが、脚本段階から、少しずつ現在の『コントラ』の内容へと変化していきました。後ろ向きの男性と女子高生という設定は、その当時から同じですが、土に埋められたもの、戦争・軍隊といった要素を追加したことで、だんだんと自身が祖父に送る作品として構築されていきました。
■公開を迎えて思うこと
――――ラストでは、監督の祖父と日本の学生兵士への追悼を表する言葉が映し出されます。その追体験をするように、本作の制作を終えたと思うのですが、今、作品について、何か思うことや考えることはありますか。
アンシュル:この映画を作って感じたことは、家族に対して、少し近づけたような感覚を抱いたということです。
本作制作のきっかけは、祖父への追悼の意はもちろんですが、祖父が亡くなった翌日に自分が生まれたという部分があります。
当時は、祖父の着た服でないと落ち着かなかったり、家族内では祖父にしか話せなかった言語が理解出来たりと、周囲からも生まれ変わりと言われるほどに、スピリチュアルな経験を多数してきました。
そのため、この映画を作ったことでそんな祖父への思いを伝えたかったという部分があり、観客にとっても、追悼の意を込められる作品になったのではないかと思っています。
(大矢哲紀)
<作品情報>
『コントラ』”KONTORA”
2019年/日本/144分
監督・脚本:アンシュル・チョウハン
出演:円井わん、間瀬英正、山田太一、セイラ、清水拓藏
6月5日(土)から大阪シネ・ヌーヴォにて公開。元町映画館、出町座にて近日公開予定。
https://www.kowatanda.com/kontora
(C)2020 Kowatanda Films
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