「原作の持つエッセンスが何かを考えました」『夢幻紳士 人形地獄』海上ミサコ監督インタビュー
連載開始から40年、今なお根強いファンを持つ怪奇ミステリマンガ「夢幻紳士」が初の実写化。高校時代から製作を熱望し、クラウドファンディングを経て、ついに実現に至った海上ミサコ監督の『夢幻紳士 人形地獄』が、7月16日(金)から出町座、7月17日(土)よりシネ・ヌーヴォにて公開中、元町映画館では7月31日(土)から公開される。
(7月18日には出町座にて、7月31日には元町映画館にて、海上ミサコ監督ほか舞台挨拶も予定。)
昭和初期の日本を舞台に、不思議な能力を持った探偵・夢幻魔実也が怪奇事件に立ち向かっていくさまが描かれる本作。今回は、映画のメガホンをとった海上ミサコ監督にインタビューを敢行し、漫画を実写化する意義やインディーズ映画ならではの苦労など、作品製作における裏側に迫った。
■実写と漫画の関係性
――――早速ですが、監督にとって、漫画と実写表現の違いはなんだと思いますか。また、それを踏まえて、本作では、どのような事を意識しましたか。
海上:大学生時代、漫画を実写化した『バタアシ金魚』という映画があり、それを最初に観た時は、少しショックを受けました。
漫画通りのお話ではあるもののテンポが異なり、実写になると人間という肉付けも強調されるため、20歳前後の自分は苦手に思っていたんです。
しかし、映画を繰り返し観ていくうちに、人間が演じることで、本当に生きている、自分のそばにいる存在になってきていることに気がつき始めました。
結果的に、漫画を実写化するほうが私にとっては好みであり、やりがいも感じたので、今回は漫画と実写の違いについて意識しながら、より人間を描けるように努めました。
――――実写化することで自分の世界と地続きになってくということですね 。
海上:そうですね。
もちろん、自分に挑戦する意味でもあるのですが、それぐらいでイメージが壊れてしまうのは、ファンとしてはダメだなと思っていて。
20歳の頃は生身の人間が好きではなかったのですが、実写映画を撮ろうと覚悟した時に好きになろうと思いました。
映画制作を経て、より前向きに生きられるようになったので、実写化することは自分にとっても意味があることだなと思いましたね。
――――原作漫画を実写に置き換える上で、苦労した部分などはありますか。
海上:実写の映像は現実に見たままに写ります。なので、原作の持つエッセンスが何かを考えました。
江戸川乱歩や夢野久作的な世界観など、要素となる部分をピックアップして映像化出来れば、『夢幻紳士』の芯は残ると思っていました。そのため、原作の何が『夢幻紳士』足る要素なのかを抽出しながら、脚本執筆時には注意して書きました。
――――原作が持つ本質や核の部分を定めた上で作品を解体し、そこから新しく作り上げたという感じなのでしょうか。
海上:はい。原作を違う素材に変える時はいったん原作を解体しバラバラにし、それをもう一度取り込んで血肉にすることで要素足りえるものが残っていくと思います。解体することの覚悟は持ちつつ、違う表現手段として置き換えていきました。
■不思議な映像の着想
――――劇中では、無数の人形が飛ぶ場面など、夢の中にいるような不思議な映像が印象的でした。漫画を映像に置き換える上でのアイデアはどこから湧き上がるのでしょうか。
海上:原作はもちろんのことながら、学生時代に油絵を描いていたのもあって参考にするのは絵画などが多いですね。
高橋葉介さんの短編先品では、人形が飛んだり楽しそうにしてるエピソードも割とあって、原作の持つユーモラスで楽しいイメージを画にしたいと思い、演出しました。
ですので、着想はシーンごとに、さまざまですね。
――――監督は過去の作品でも、インディーズ作品としては珍しい表現に挑戦している印象だったので、絵から着想を受けていると聞いて、納得しました。
海上:必ずひとつびっくりするカットを作るよう心がけています。
作品のプロットを書くときにはクライマックスの画を一つ決めて文章化しているんですが、そのイメージがいかにぶっ飛んでいて驚きのあるものになっているかというのは念頭に置いていて、今回の『夢幻紳士』でも現実にはあり得ないけれどあったら楽しい、奇想天外でファンタジックなカットを考えました。とにかく面白い!と思ってもらえるように、実写のリアリティは飛び越しても良いと考えています。
■インディーズ映画ならではの工夫
――――アイデアを具現化する際に苦労したことはあったのでしょうか。
海上:現場での処理は考えず、魅力的な画を頭の中で完成させてスタッフに伝えるようにしていました。そのため、実際に成立させる際にはスタッフに助けられた部分が大きかったです。
――――同様に、限られた予算ではロケ地の問題も大変だったと思います。その点はいかがだったでしょうか。
海上:舗装道路と電柱は写さず、後処理で消さないということも決めていたので、映画に合うロケ地探しには、かなり苦労しました。
まずは地元・千葉県の実家周辺から始めて、病室やロケセットに関しては市区町村のフィルムコミッションに相談して決めました。
茨城県の石岡市でロケハンをした際には、道の駅に立ち寄って、地元のおじいさんに「良い所があったら教えて欲しい」と声をかけて、車で連れて行っていただいたこともありました。このようなことを地道に重ねることで、ロケ場所を広げていきましたね。
――――なるほど。地域の方からの力も借りながら、ロケ場所を探したということなんですね。
海上:山道でロケハンをしていた時には、偶然、遭遇したおじいちゃんが「俺が役場に話つけとくから」と言って下さって、撮影当日も来ていただいたり。
そのような方々を試写会に呼ぶと、「こんな映画だったんだ」とすごく驚かれていましたね。
それ以降も交流は続いているので、やはり、地元の人との関わりは大事だなと思います。
――――試写会などで、観客の方から想像していなかったリアクションをいただくことはありましたか。
海上:試写会もそうですが、映画祭でのリアクションは、特に印象的でした。
映画祭では、予備知識のない観客に作品を観てもらい、色んな意見を聞くことが出来ます。
第2回熱海国際映画祭のQ&Aコーナーでは、地元の映画好きな方から具体的な指摘をいただき、その意見を真摯に受け止めたこともありました。
さまざまな意見を集められるのは映画祭の良い所なので、色んなところに参加できたのは、本当に良かったですね。
――――映画館の上映では、舞台挨拶などはあったとしても、作り手と観客に一定の距離があるのかもしれませんね。
海上:映画祭ではQ&Aコーナーを設けてくれるので、その意見を基に修正をしたり、評価されている部分に気づけたりと、劇場公開までの準備期間になった部分はあると思います。
また、各映画祭で観た人がいるということはコネクションにも繋がるので、事前に地方巡業が出来ているという意味で役にたった部分はありました。
――――映画祭に参加するうちに、本編も変わっていったということですよね。
海上:そうですね。次第にブラッシュアップされていきました。
例えば、繋ぎが分かりにくいと言われたカットは意見を集めて直すことが出来ましたし、最初は98分だった上映時間も試写と映画祭を踏まえて、90分にまで短縮しました。
――――映画によっては、映画祭を踏まえない作品もあるとは思うので、とても興味深いお話だなと思いました。
海上:もちろん、一度作ったら直さなくていいという意見を持った監督もいるとは思います。
ですが、今回の作品は、コロナ禍でオンラインや現地の映画祭で観ていただく機会も多く、自分が納得して直すだけの時間も設けられたので、それなら直そうかなと。
映画祭は公開が決まった前提で上映する作品も多く、今回は、かなり稀なケースだったとは思います。
■長期間に及ぶ撮影
――――今回の撮影は長期間に及んだと聞きました。
海上:2015年の9月にクランクインをして、2017年の4月にクランクアップしたので、約一年半かかりました。
――――長期間ゆえに苦労されたことなどはあったのでしょうか。
海上:時間の余裕があるゆえにシーンの撮り直しをしたり、同じ手順を繰り返すことが多かったですかね。ただ、演技は、あまり重ねたり、何度も撮ってしまうと、良いものが撮れないという思いもあるので、合成の都合や寄りの画でやり直すのはOKなんですが、肝になる芝居はなるべく一回しか撮らないように心がけました。
――――普通の撮影とは異なって、時間があるからこそ、1シーン1シーンにこだわって撮れた部分はあるのかもしれないですね。
海上:そうですね。多分、今、スタッフが聞いていたら、「お前、全部こだわっていただろう」と怒られるほどに、思いのまま、撮らせていただきました。本当にスタッフ・キャストの皆様、ありがとうございました。
■作品を彩る人形たち
――――本編に登場した大量の人形も印象的でした。聞くところによると、色んなところから、お借りしたと聞いたのですが。
海上:那由子が雛子の部屋に入る場面の現代的な人形は、アートマスターズスクールという教室に所属する先生方から、作品をお借りしています。
撮影当日は先生方にも来てもらいました。お人形に対しては「撮ってもいいですか」と話しかけ、一つの人格として対応するようにしていました。
クライマックスの空を飛ぶ人形に関しては、さいたま市岩槻区がお人形の町でもあったので、メーカーさんや人形職人の方、個人が所有している博物館に展示されていた大正・昭和初期の市松人形を使用しています。
博物館のものは外へ持ち出し出来ないものだったので、館内のロビーにグリーンバックをセッティングし、何十体か撮影して、それをVFX担当の東海林毅さんにお願いする形にしました。
――――そこで素材を映像として調達して、本編で使っているという事ですよね。
飛ばす作業はVFXで行うということになり、人形はスチール写真として撮影を行っています。
まさに、最初のお話じゃないですけど、「撮りたいものはあるけれど、どう拵えればいいのか分からない」という状態だったので、VFX担当の東海林 毅さんには助けられました。
――――その道のプロと言うか、VFXという表現方法を分かっている人に協力してもらえたことも大きかったんですね。
どんな映像を撮りたいのかをはっきりさせるという必要はあるものの、餅屋は餅屋という言葉もあります。
東海林 毅さんは、まもなく新作の『片袖の魚』が(7/10より新宿K's cinemaにて)公開されるように、自身も監督として活動していて、作り手の要望に応えてくれる方だったので、その点は非常に助けられましたね。
私自身は言葉足らずの人間で、かなり現場を困らせていたとは思うのですが、スタッフの方々がとても親身になって協力してくれて、本当に皆に助けられました。
――――多くの人に支えられながら、製作を進めていったんですね。
協力していかないと、映画は一人で作れないです。
ただ、判断に迷った時の答えは、ちゃんと返せるようにしないといけないですよね。
それこそ、フランソワ・トリュフォーが『映画に愛をこめて アメリカの夜』で「監督の仕事は決めること」って言っているぐらいですから!
――――低予算となると表現を抑える人もいると思うのですが、本作では画的な部分で挑戦されているのが心に残りました。
お世話になった林海象監督からは「見せ場ワンカットのために予算の大部分を注いでいいんだ!!」と言われたことがあります。たとえ、1シーン1カット、決めの画にお金がかかったとしても、一点豪華主義で撮るという考え方も大事だぞと教えていただきました。
今回の『夢幻紳士 人形地獄』では、それは、どこかなと考えて、撮りたい画に力を注ぎ込み、メリハリをつけて、観た人を飽きさせないようにする意識はしていました。
――――今後鑑賞される方々に向けて、伝えたいことはありますか。
公開初日や2日目は、「本当にひどいことになったら、どうしよう」と怯えていたんですが、いざ、蓋を開けてみると、思った以上にお客様に楽しんでいただくことができたようです。
「予告やキービジュアルに不安を抱えていたけれど、実際に観ると、夢幻魔実也がイメージしていた人物像と変わっていなかったから良かった」と言ってくださる方もいて、もし、まだ観ることをためらっているファンの方がいれば、損をさせないという気持ちは十分にありますので、是非、見に来ていただきたいです。
(大矢哲紀)
<作品情報>
『夢幻紳士 人形地獄』
2018年/日本/90分
脚本・編集・監督:海上ミサコ
脚本:木家下一裕、菅沼隆、佐東歩美
出演:皆木正純、横尾かな、岡優美子、龍 坐、紀那きりこ、杉山文雄、SARU
7月16日(金)より出町座、7月17日(土)よりシネ・ヌーヴォ、7月31日(土)より元町映画館にて公開。(7月31日は元町映画館にて舞台挨拶開催予定。)
https://mugenshinshi.wixsite.com/movie
(c)高橋葉介・早川書房・ビーチウォーカーズコレクション
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