「世の中の混沌さそのものを映画にしたかった」『なんのちゃんの第二次世界大戦』河合健監督インタビュー

 

   オール淡路島ロケを敢行し、現代の視点から新たな「戦争観」を映し出した新感覚群像劇『なんのちゃんの第二次世界大戦』が、7月10日(土)から大阪シネ・ヌーヴォ、元町映画館、7月16日(金)より京都みなみ会館にて公開される。

(7月10日、11日にはシネ・ヌーヴォと元町映画館、7月18日には京都みなみ会館にて、監督他による舞台挨拶を開催予定。また、シネ・ヌーヴォでは、18日以降の毎週日曜日に、日本語字幕付き上映が行われる予定。)

 

    太平洋戦争の平和記念館設立を機に巻き起こるさまざまな騒動と、人々の思惑に隠されていく真実、数多くのメタファーを織り交ぜながら、錯綜していく展開に翻弄される本作。

    今回は、本作のメガホンをとった河合健監督にインタビューを敢行。奇想天外な物語はどのようにして生まれたのか、その裏側に迫った。


 


■二分化する意見

――――まず、本作のタイトル・ポスタービジュアルについてお聞きします。鑑賞前は、そのビジュアルから、戦争を題材にした堅実な内容を想像していたのですが、本編を観るとイメージとは異なる内容で驚きました。観客の方からは、どのような意見がありましたか。

河合:タイトルの印象は教育要素のある映画と捉える人と、ものすごいふざけたタイトルと捉える人がいて、僕の感覚だと半々ぐらいに分かれている印象ですかね。



――――劇中では「戦争」というテーマに触れられるものの、どちらかというと、シュールなブラックコメディの方向性に発展するのが驚きでした。

河合:基本、ブラックコメディとは言ってるんですけど、反戦映画だと思って見に来た人が良い意味で「ぶっ飛び映画だ!」と楽しんでくれる場合もあれば、反面、「馬鹿にしてるのか!」と戦争を軽視していると怒る人もいて、本当に人それぞれです。

もともと、企画書やシナリオの段階でも意見は分かれていました。その中で、ものすごく熱狂的に推してくれる人が出てきまして、そういった方々が製作の後押しをして下さりました。

 

■製作の経緯

――――作品を作ろうとした経緯について、お聞きしたいです。

河合:大きく分けると、二つあります。

一つは、助監督時代の経験です。学生の頃、最初に参加したのが、若松孝二監督の『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』という作品でした。

途中で製作からは抜けることになったのですが、三島由紀夫さんを題材にした作品だったため、助監督としてリサーチをしていました。その当時、20歳の頃だったこともあり、戦後の日本社会の流れが分からなかったので、いろんな人に取材をしましたが、「戦時中のこの事件は捏造されている!」とか「あれは事実だ!」と、一つの事柄に関して取材対象者によって相反する事実を主張することを数多く見聞きしてきました。

結局、「客観的な過去というのは存在しない」ということや、百人いれば百通りの戦争体験があることに気づいたため、真実がどうなのかじゃなく、その混乱を映画にしたいと思うようになりました。



二つ目としては、その当時、単純に映画館で上映されている日本映画が好きじゃなかったというのがあります(笑) うるさいというか、全てが分かってしまうというか……。

伝えたいことが前面に押し出されたメッセージの強いものだけでなく、登場人物の感情も1カットごとで分かってしまう映画が多いですよね。

映画を観ながら、ずっと教えられている感覚を抱いていたんです。そういうのがうるさいという感覚になって、観客が映画から何かを探る作業が失われていっている気がしていました。

そういう全てを説明的にやるような映画よりは、観客と映画を通して、コミュニケーションをとるじゃないですが、そういうぶつかり合いみたいなものを作りたかったというのはありました。

 

――――最近、流行る作品の中でも、説明過剰なものが増えているということは感じていたので、確かに納得ですね……。

 河合:そうですね。僕は基本的に卑屈というか、ひねくれてるのかもしれないですけど、 自分が映画を撮るということに、ものすごい罪悪感みたいなものがあるんですよ。

例えば、大阪シネ・ヌーヴォさんは、僕にとっては、学生の頃、よく来ていて、本当に好きな映画館だったんですね。学生時代に、一番好きな映画館を聞かれたら、シネ・ヌーヴォさんと答えていたぐらいで。そんな場所で、自分が勝手に出資を集めて作った映画をかけてもらう。かつては映画鑑賞が趣味だった、いち映画ファンがそれをすることは、気軽にやっていいことではないなとも思っていて。



売れようが売れまいが、死のうが生きようが、映画業界からすると、僕の存在は、どうでもいいと思っているので。だったら、他にはない表現、こういう表現があってもいいのではないかと提示するような作品を作りたかったというのはあります。それはミニシアターという場所の存在意義の一つでもあると思いますし。

だから、流行りがどうとかではなくて。例えば、今回は感想を一言で言えない映画を目指していました。今は、感想を一言で言える方が流行り易かったり、感想が言えないとレビューも書けず、広まりづらいというのがあるので、咀嚼するのに時間がかかるのは良くないという風潮はあると思います。実際に、ぼくもそうだとは思うんですが、そういうことを本作ではやりたくなかったため、「簡単に解説を出させないぞ!」という、そういう映画の面白さを実現したいなと思っていました。

それに、映画館で上映することに恥じない映画、挑戦した作品をやらないと意味がないなというのはありますしね。

 

■劇中のメタファー

――――劇中に登場する少女像には、慰安婦像を想起させられたのですが、何か意図などはあったんでしょうか?

河合:今回は十人がいたら十人それぞれから違う感想が出てくるような混沌とした映画にしたいなと思っていました。

別に僕自身は、日本と韓国の関係性を訴えるために作った映画ではないんですが、そう捉えられる作品だというのは自覚していました。



シナリオの段階から、そうやって、色んな人がどこかを見つけて、比喩遊びというか、「ここでこれをモチーフにしてるんじゃないか」とか、「こことここがこの映画で入ってるんじゃないか」とか、そういう遊びみたいなところが多面的に存在してほしいなとは思っていましたね。

映画の中には社会問題の置き換えだけで作られたりする作品もありますよね。

ただ、この映画に関しては、「日本と韓国を表現した」ということ自体はテーマじゃないと思っています。メタファーであったり、置き換える遊びとしてあって、本当にやりたいことは別にある。そこからさらに掘り下げていく中で、監督だったり脚本家だったり、作り手のもっとパーソナルなところを探るというのが映画の本質的な面白さだと思っています。

 

■映画館への思い

――――本作を淡路島で上映した際には、淡路島映画館再生プロジェクト“シネマキャロット”が発足し、地元の映画館・洲本オリオンを定期的に映画上映ができる場所に再興させたというお話を聞きました。映画館とそれ以外の場所での上映の違い。映画館への思い入れなどについて聞かせていただきたいです。

河合:淡路島に関しては、映画館が休館されてからは市民ホールでの上映のほうが重宝されてきました。事実、高齢者が多く、電車もない淡路島では足の悪い方などのために、近くの市民ホールで上映することの存在意義は絶対にあるとは思います。



しかし、だからといって映画館が無くてもいい理由にはなりません。

市民ホールは音質も映像も映画仕様に設定されていませんし、僕たちは映画館仕様に音も映像も設計して作っています。

なので、市民ホールでの上映自体は映画館があって初めて生まれる選択肢だと思っているんです。淡路島は特殊な場所で、上映当時「誰も映画館を望んでいない」という空気だったので、「だったら、映画館でしかやりません!」という固い意志で上映することに決めました。

 

――――洲本オリオンでは、場内にDIYでカフェスペースを作っていましたが、観客の方とのコミュニケーションなども考えられてのことですか?

河合:多分、映画が好きじゃない限り、単館系の劇場にわざわざ人は来ないと思っています。

常時上映している映画館には最低限固定ファンがいますが、オリオンは休館してからは定期上映しかやっていません。なので、固定ファンがゼロの状態で上映するのであれば、カフェの設営やトークショーの開催など、何か一つでもお客さんにとっての引きになるものはないかと考えて、手当たり次第でやっていましたね。

 


――――ある種、その地域の方と映画館の距離を繋げるといった形だったんですね。

河合:映画館に住み込んでトークショーも毎日やってましたけど、なんのちゃんの話ばかりではなく、スピルバーグ監督の話をしたり、とにかく、映画を好きになってもらえるように取り組みました。

多分、その人たちは「淡路島オールロケ映画」というところに惹かれて来ているので、必ずしも映画が好きっていうわけじゃないんですよね。

当時、緊急事態宣言が出ていたのもあって、家に帰ってからも、その人たちが映画に触れ合えるように、家で観ることの出来る作品を紹介して、家の中でも映画を見てもらう。そのためのトークショーを開催していました。

 

――――『なんのちゃんの第二次世界大戦』の内容については、お話はあまりされなかったんですか。

河合:本作に関しては少しだけ話して、「あとはパンフレットを買ってくれ!」と言って。 (笑)

それ以外では、いろんな映画に関する紹介や解説をしてました。



実際に来たお客さんは、十年ぶりとか数十年ぶりに来た人ばかりなので「だったら次に繋げないと!」とは思いました。なんのちゃんだけ上映出来ても、それ以降また映画から離れてしまうなら意味がないじゃないですか。一人でも映画ファンを生み出そうという気持ちでした。なんのちゃんは嫌いでも映画は好きになってくれと(笑)

今では、なんのちゃんに携わってくれた島民関係者の皆さんがシネマキャロットという団体を立ち上げて、毎月単館系の作品を上映する活動をしてくれているんです。

そのおかげで、島民の方々が映画を観に行くことを習慣化し始めているという感触はあります。なんのちゃんのように一つの作品を上映するよりも、継続して上映し続けることの方が圧倒的に難しいし体力もいるので、現地の皆さんに感謝しかないですね。その苦労が本当に報われて欲しい。シネマキャロットの存在をみんなに知って欲しいです。

 

■名優・吹越満さんについて

――――吹越満さんについてです。どのような経緯でオファーをされたんでしょうか。

河合:この映画はすごいぐちゃぐちゃしていますし、下手すると品がなくなる恐れがある。

なので、吹越さんが真ん中にいてくれれば、この映画がどこまで踏み外そうが、最低限の品を作品にもたらしてくれると思いました。やっぱり、吹越さんの魅力は存在からお芝居から滲み出る色気と品格だと思っていますので。



吹越さんにはめちゃくちゃ恐縮な言い方ですが、波長が合っているという感触がありました。吹越さんが感じている映画に対する好き嫌いは僕にも共通していたと思っていますし、こんなに映画に対してストイックに面白くしようと思ってくださる方は、助監督時代に携わった方でも、あまりいなかったですね。

「そのシーンをいかに面白くするか。」という、吹越さんの作品作りへのスタンスには、スタッフ全員が感動しました。

 

■事実の改竄と混沌

――――本作では「事実を隠す」というテーマが潜んでるようにも感じました。その点は、脚本を書いていくうちに、浮かび上がってきたものなんでしょうか。

河合:いや、もともとそういう作品にしようというのはあったので、そこから、本作の着想は生まれています。

結局、過去が分からないと改竄したかどうかも分からないですし、何かを改竄することは政治や戦争に限らず、友達との思い出でも当てはまる部分だと思っています。

例えば、幼い時のトラウマを無かった事にすることで前を向けることもあると思うんです。嫌な過去だったら、嘘をつこうとする。誰しもが、過去を何かしら補正して生きている部分はあると思います。



そう考えると、75年前の戦争なんて、みんなが何かしらのトラウマを受けて、社会が変わって、教育が変わったなら、混沌とするのは当たり前ですよね。

だからこそ、改竄していく、真実が埋もれていく。それをこの映画自体にも反映させようと思いました。

観客はそこからいかに何を見抜くのか、何を感じるのかということがこの映画の醍醐味ですかね。


――――映画の語り口そのものが、そういう部分とリンクしているのが興味深いですよね。

河合:なので、世の中の混沌さそのものを映画にしたかったので、「分かりやすいメッセージなんて、入れちゃダメだろう」と。だから意地悪な映画と言えますよね。

 

――――SNSの感想を見ていても、みなさん、コメントに困っている感じが伝わってきました。(笑)

河合:同世代の監督が見に来てくれても、終わった後には、無反応で僕と話そうとしてくれなくて、「嫌われた!」と思って少し腹を立てていると、SNSでめちゃくちゃ褒めてくれてたり。(笑)

 

――――反芻して、言葉を選ばざるを得ない映画ですもんね。

河合:でも、それって、面白いじゃないですか。

そういう作品で良かった。そんな作品で公開デビューできたというのが本当にうれしいです。

この作品があるからこそ、次はエンタメに振り切っても、ド直球なメッセージ性のある作品にも踏み込める気がしています。

 

――――劇中では、登場人物に思わぬ出来事が起きたり、一筋縄ではいかない展開が印象的でした。どんな意図があるのでしょうか。

河合:それも混沌さなんですよね。みんながみんな好き勝手な欲求でぶつかり合って、どんどん話が錯綜していってしまうっていう展開にしたかったので、そういう意味で、予期しない物語になっていると思います。

誰も、この映画が混沌にいくとは思わないから、想定しているものと、どんどんズレていってしまうんだと思います。


 

――――普通の映画だと一歩の線が最後まで伸びていくイメージですけど、この映画では、途中から線が散らばっていくので、それが作品自体の持つ「混沌さ」と通じているというのは納得でした。

河合:その展開にするには、かなり、勇気がいりましたね。(笑)

 

――――本日は、ありがとうございました。


(大矢哲紀)


<作品情報>

『なんのちゃんの第二次世界大戦』

2020年/日本/112分

監督・脚本:河合健

出演:吹越満、大方斐紗子、北香那、西山真来、髙橋睦子、西めぐみ、藤森三千雄

7月10日(土)から大阪シネ・ヌーヴォ、元町映画館、7月16日(金)から京都みなみ会館にて公開。

http://nannochan.com/

(C)なんのちゃんフィルム

 

■淡路島映画館再生プロジェクト「シネマキャロット」

https://cinemacarrot.com/