「自分の問題として捉え、本作を撮ったという思いもあります。」『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』青山真也監督インタビュー
明治神宮外苑の国立競技場に隣接された都営霞ケ丘アパート。その住人で移転を余儀なくされた人々の生活を描くドキュメンタリー映画『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』が、8月28日(土)よりシネ・ヌーヴォにて公開、10月15日より宝塚シネ・ピピアにて公開される。
日本を代表する輝かしき祭典の裏側で排除されてしまった多くの人々。報道では中々取り上げられない真実の記録がついに明かされる……。今回は本作でメガホンをとった青山真也監督にインタビューを敢行。アパート住人たちに訪れた最後の日々を淡々としたカメラで捉え続けた本人にお話を伺った。
■製作までの経緯
――――本作を製作した経緯について
青山:2013年に五輪の東京招致が決定した際、まさか東京になるとは思っていなかったので驚き、その流れで過去の五輪関連の映画を観るようになりました。
1912年から残る五輪の公式記録映画を観ていく中で衝撃的だったのが、市川崑監督が1964年に撮った『東京オリンピック』(1965)でした。
本作は華やかな祭典の記録であるにも関わらず、"太陽に重なるように現れる丸い鉄球がビルを打ち壊す"という場面から映画が始まり、何か示唆的なものを感じました。
「今回の五輪が始まる前にも、なにか記録に残すべきものがあるのではないか」という思いを抱いていた矢先、東京大会によって、2度立ち退きを経験する方がいるという話を聞きました。それから霞ヶ丘アパートに通うようになりました。
――――『東京オリンピック』の映像に大きな衝撃を受けたんですね…….。
青山:もちろん、他にも様々な作品からインスピレーションを受けています。『ブレイキングバッド』とか。
霞ヶ丘アパートは東京都が管理する公営住宅なのですが、入居するには所得制限や年齢制限があり、高齢の単身者が多いという特徴がありました。どう考えても、この歳で引越しするのは大変だろうと見受けられる人が多かった。
そんな霞ヶ丘アパートの住民の様子を見ていくうちに、東京五輪によって奪われてしまうかもしれない生活を記録映像に残さないといけないと思うようになりました。夜、ひとりでテレビを見ていたりご飯を食べていたり、日常のありふれた場面は、他人から見れば高齢者の何気ない生活風景でしかないのですが、それが果たして五輪によって簡単に奪われてよいものか、と。
――――ニュース番組などであれば、一人の住人に焦点を絞りがちですが、本作では色んな方の生活を取り上げていましたよね。
青山:一人を選んで撮るドキュメンタリーの方が楽で時間もかからないのですが、映画のタイトルにアパートの名前を入れているように、あくまでその建物、あるいは地域で生活をおくる"共同体の物語"として構成しています。そうでないと意味をなさないと思いました。
なぜならば、住民の考えや意見はまちまちです。移転しなければいけないと思っている人、移転をしたくない人、自分たちの犠牲が実って東京五輪が成功することを願っている人、住まいを奪った東京五輪を恨んでいる人など、様々な意見が残るように収録・編集をしました。
■アパート住人それぞれの立場
――――アパート住人の方々でも移転に関しては様々な意見があり、グループが分かれていた印象を受けました。その全体像について教えていただきたいです。
青山:アパートの自治組織である町内会は立ち退きの話が出た際には反対していたのですが、その直後に一転して、立ち退きを受け入れます。立ち退くことを前提に、少しでも良い条件で移転ができるように交渉するというスタンスのもと、東京都と話し合いを重ねます。
他の住民たちはどうだったかというと、高齢者ゆえか、移転に賛成も反対も出来なかった人たちはかなり多く、町内会の決定にそのまま従う形になりました。
もちろん、都や町内会のありかたに疑問を持ち、移転反対運動を起こす人たちも、数は少ないながらいました。
東京都が定めた最終的な移転の期限は2016年1月だったのですが、約130世帯が寒い時期にも関わらず、引っ越すことになります。
移転を進めた人も移転に反対した人も、できることならば住み続けたいと思い、最終期限まで残ったのでした。
――――”移転”という問題そのものは、アパートに限らず、色んな所で起きていますよね。今回は、やはり条件提示が上手くいってなかったのではと思いました。
青山:移転の条件は、保証が17万円で、都内3箇所の都営住宅の候補があたえられました。17万円という引越し代金に満たないだろう金額しか保証されていないことも驚きなのですが、複数の移転候補があったのは良いものの、そのいずれにも住民皆がまとまって移転できるキャパシティがなかったことも大きな負担になったと思いました。
高齢者で支え合って生活していたのにも関わらず、人数が溢れると抽選になるため、過去の近所付き合いがなくなるということは、大きな不安と負担になりました。
また、子供の独立やパートナーの逝去などで、自分以外の家族の荷物を保管している多くの方は大変そうでした。移転先では都が定めたルールで、前のアパートの広さにかかわらず、一人世帯には1DKを与えられるため、荷物を捨てる苦痛を味わっていたようです。
■MARVEL映画で考える都営霞ヶ丘アパート
青山:ちなみに、大矢さん(筆者)って、MARVEL映画好きですよね。
――――あ、はい。好きです。
青山:僕自身もアベンジャーズ世代の人間ではあるので、ぜひ、MARVEL映画と本作を絡めて、お話をしたいのですが、いかがでしょう。
――――いいんですか。(笑) ちょっと難しいですが、独自の切り口を探っているところではあったのでありがたいです。
青山:というのも、本作で扱っている引越しや立ち退きというのは、五輪に特化せずとも普遍的なテーマを持っていると思っているので。またこの映画、主役といえる人物おらず、登場人物が多いので、きっとアベンジャーズにも繋がるなにかがあるはず!
――――確かにそうですね……。そういう点では『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』で描かれた問題は本作に通ずる部分はあるのかもしれません。こちらの作品では、ヒーローたちが活躍する一方で、”ソコヴィア”という街に被害が及んでしまいます。
青山:ヒーローが活躍する一方で見過ごされた人々も存在しているというのは、大切な視点ですよね。
――――ヒーロー映画というと、これまでは軽視されがちな部分もあったと思います。しかし、911テロ事件以降、その描写には現代の社会問題が強く反映されている印象もあります。権力者とヒーロー、そして、市民の関係性などは、どんな国や組織でも当てはまる部分があるのかもしれません。
青山:活躍するアスリートの裏で見過ごされてしまうアパートの住人がいるという構図は、ひょっとするとヒーローと市民の関係性にも通ずるのかもしれません。
――――近年の作品でも劇中に通ずる部分はあると思います。『ワンダヴィジョン』の"テレビに映し出される華やかな番組と悲惨な現実の対比"は、TOKYO2020に関するニュースを見るアパート住民の姿と重なりましたし、『ファルコン&ウィンターソルジャー』で描かれていた"巨大な権力に覆い隠されてしまったある市民の真実"は、国家のビッグイベントの裏で覆い隠されてしまったアパート住民の移転問題にも重なるのかもしれません。
――――今回の件で言うと、国立競技場が建てられる時に亡くなった方もそうですし、東京大会の実現に至るまでにも様々な問題がありました。その中で開会式が行われたことには複雑な気持ちも抱いてしまいますよね。
青山:かつての東京大会から50年が経ち、今回の五輪が開催されていますが、1960年は、この映画に映っている人たちも若者だったのです。もしも、また50年後に再び五輪が日本で開催されれば、私も高齢者で、けして他人事ではないのですよね。自分の問題として捉え、本作を撮ったという思いもあります。
どこかの誰かの問題は、いつか自分の問題にもなりえると思います。
この霞ヶ丘アパートの問題も、日本全体が自分ごととして関心をもっていれば、日本の8割が反対する中で五輪が開催されるようなことはなかったかもしれませんね。
――――本日はありがとうございました。
(大矢哲紀)
<作品情報>
『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』
2020年/日本/80分
監督・撮影・編集:青山真也
音楽:大友良英
8月28日(土)よりシネ・ヌーヴォにて公開。10月15日より宝塚シネ・ピピアにて公開。
https://www.tokyo2017film.com/
(c)Shinya Aoyama
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