『MINAMATA―ミナマタ―』アウトサイダーが切り取った人々の苦しみと人間の尊厳


 世界はもちろんのこと、日本でも不動の人気を獲得しているジョニー・デップ。私もファンの一人だが、そのジョニーが日本の四大公害病の一つ、水俣病を題材にした映画をプロデュースすると知り、ロケ中の動向も含めて注目していた。昨年2月に開催されたベルリン国際映画祭で世界初上映され、その記者会見ではジョニー・デップや真田広之、美波といったキャストに加え、アイリーン・美緒子・スミスさんの姿もあった。かつて共に水俣病のことを日本だけでなく世界に向けて発信した美緒子さんにとっても、元夫のユージン・スミスと闘った日々を描いた本作は特別な思いがよぎるものになったことだろう。伝説のフォトジャーナリスト、ユージン・スミスをジョニー自らが演じ、仕事人間がたたって家族にも見放され、過去の人に成り果てようとしていた時に訪れた、人生の最後にして大きな転機を、持ち前のユーモアを交えながら、哀愁たっぷりに演じ切っている。大企業が儲けるために、環境破壊が引き起こされ、市井の人たちだけでなく、今や地球そのものが悲鳴を上げようとしている今、記録し、声をあげることの大事さが身に染みる。特に戦場カメラマンとして沖縄で現地取材し、心身ともに深い傷を負った過去を持つユージンが、再び日本で、アウトサイダーとして何を写し取ったのか。その葛藤の日々もまた、一人のフォトジャーナリストが真に被写体と関係性を築くまでの人と人との豊かな物語があるのだ。




 アメリカの有名グラフ誌「LIFE」で何度も巻頭を飾っていたユージン・スミスも今や酒浸りの日々。その編集長ボブを演じるのは、ジョニーとは『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズでタッグを組んだイギリスの名俳優、ビル・ナイ。70年代初頭、「LIFE」誌も時代の煽りを受け、いまや自慢の写真はコマーシャル写真に取って代わり、ジャーナリスティックな内容で訴求しきれないジレンマを抱えていた。いわばいい時代も斜陽の時代も共にしている二人だからこそのやりとりが、ジジイの罵り合いさながらにいい味を出している。


 富士フィルムのCM撮影担当としてユージンの作業場を訪れたアイリーンを演じる美波の若さだけではない堂々とした雰囲気がいい。この人なら人生の目的を見失っていたようなユージンをもう一度現場に連れていけるのではないかという期待を抱かせる。そして世界的にも公害問題が議論されるようになっていたことも後押しとなり、編集長のGOサインがくだる。今も同様だが、日本では内々に済ませるつもりのことでも、世界は見逃さなかった。



 運動の中心人物である山崎を真田広之が、自身も手足の不自由さを抱えながら運動の動画を記録し、チッソ社の株主総会で提示しようとするキヨシを加瀬亮が演じ、現場の思いを痛切に訴える。一方、水俣で様々な撮影を重ねるユージンとアイリーンは、なかなかその表情は撮らせてもらえない。英語と日本語、コミュニケーションが難しいというだけでなく、水俣病の被害者であることを認めてもらえぬまま、ただ差別だけを受けてきた患者やその家族にとって、カメラを向けるということは暴力でしかなかったのだ。


 物語はただ闘いだけに目を向けるのではなく、水俣病を患っているため走り回ることができず、いつも孤独だが、ユージンやカメラに興味を持つ少年との小さな交流も豊かに描いていく。どこかわがままで、臆病なところもあるユージンに対するアイリーンの母のような断固とした立ち振る舞いは、シリアスな中に微笑ましい駆け引きが見え隠れする。水俣病を患い、喋ることも自分の力で動くこともできない娘と二人きりで留守番をする羽目になったユージンが、戸惑いながらなんとかコミュニケーションを試みるのも、そんなアイリーンの計らいだ。日本人キャストの中で、孤軍奮闘するジョニー自身の現場での姿勢が表れているかのような、相手に敬意を払いながらのコミュニケーションは、途中、絶望的な状況が襲っても、最終的にはユージンと水俣の人々の心を力強くつなぐ。信頼関係ができたからこそ撮れた後半の写真の数々は、ただの告発だけにとどまらず、そこに映った人の尊厳が浮かび上がっていた。


 国や企業に対し、健康被害や様々な差別を受けたことによる被害を伝え、声をあげた水俣の人たちと共に闘ったユージンとアイリーン。その闘いは残念ながら終わらない闘いとして続いている。そのことも含め、エンドクレジットでは坂本龍一の包容力のあるピアノの音色と共に、世界中の戦争や企業による公害問題にも触れている。どこかレクイエムのようでもあり、水俣病をはじめとする、世界中の問題に目を向けてほしいという気持ちが最後の最後まで、痛切に迫るのだ。

 

 今ではほとんど観る機会がないが、ジョニーの今のところ唯一の監督作『ブレイブ』(97)も、自身のルーツであるネイティブアメリカンの貧しい家庭の父を主人公にした物語で、世間的には虐げたれた人に向ける眼差しや、そこで営まれる日々の些細な喜びをすくい上げていた。当時は『ブレイブ』が興行的に失敗したことから「2度と監督はしない」と宣言したそうだが、そこからプロデュース作を何作か手がけ、製作者兼主演として世に送り出した『MINAMATA―ミナマタ―』はまさに代表作と言える作品になったのではないだろうか。ビートジェネレーションの憧れの的だったユージン・スミスの最晩年を、自身の波乱の人生も重ね合わせながら人間味たっぷりに演じきったジョニー。そこには変わらぬ眼差しと、映画を通して伝えたいことがあるという強い信念が宿っていた。

(江口由美)




<作品情報>

『MINAMATA―ミナマタ―』(2020年 アメリカ 115分)

製作:ジョニー・デップ

監督:アンドリュー・レヴィタス 脚本:デヴィッド・ケスラー

原案:写真集「MINAMATA」W.ユージン・スミス、アイリーンM.スミス(著)

出演:ジョニー・デップ、真田広之、國村隼、美波、加瀬亮、浅野忠信、岩瀬晶子、

and ビル・ナイ

音楽:坂本龍一

9月23日(木・祝)TOHOシネマズ日比谷、大阪ステーションシティシネマ他全国公開

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