『クーリエ:最高機密の運び屋』キューバ危機を救った男たちの友情と葛藤、平和への志


 第二次世界大戦後、冷戦時代を迎え、CIA(アメリカ中央情報局)やMI6(英国秘密情報部)、そしてKGB(ソ連国家保安委員会)などの諜報機関による人的なスパイ活動を題材として映画化された例は数多い。今なら、ハッカーが幾重ものセキュリティ対策をかいくぐり、インターネット上の重要機密をハッキングするケースが大半ではないかと思うが、なにせインターネットがない時代、情報も人が運んでいた。情報を出す人と受け取って運ぶ人、お互いに命がけだからこそ生まれるドラマがある。

アメリカとソ連が核戦争まで一発触発となった1962年のキューバ危機の裏側にあったあるセールスマンの「巻き込まれて」運び屋になった実話を基にした物語は、命がけで核戦争を阻止しようとした男との出会いがセールスマンの人生を大きく変えていく様を力強く映し出す。世界の歴史を変える情報を西側に提供し続けた男とその運び屋となった男の物語が、半世紀以上たった今、ようやく浮かび上がるのだ。



 イギリスで暮らすウィン(ベネディクト・カンバーバッチ)は、東欧諸国に工業製品を卸す典型的なセールスマン。口もうまけりゃ、浮気もバレる、妻シーラ(ジェシー・バックリー)からすれば「嘘のつけない」男だ。そんなウィンにソ連からの情報の「運び屋」として白羽の矢を立てたのが、CIAのエミリー(レイチェル・ブロズナハン)とMI6のディッキー(アンガス・ライト)だった。彼らにとって、KGBがマークしないような”平凡な男”でかつ、ソ連を頻繁に行き来しても不自然ではないウィンのような男はうってつけだったのだ。


 新規顧客開拓の名目でソ連でプレゼンを済ませ、化学委員会代表のベンコフスキー(メラーブ・ニニッゼ)とランチを共にしたウィンは、その後ベンコフスキーから正体を明かされ、渡す情報を武器ではなく平和の礎にと伝えられる。危険な任務だと気がついたウィンは妻子を守るため関与を止めようとするが、核シェルターがあっても実際にボタンが押されてしまえば間に合わないと説得される羽目に。ベンコフスキーからも「君ならできると命をかけて言っている」と懇願され、ウィンはセールスマンの顔をした運び屋=スパイとして数々の機密を西側に運び出すのだったが…。



 裕福な家には核シェルター、そうでなくても地下に穴を掘り、警報が出ればいつでも避難できる準備をしていたこの時代、核戦争が目前の危機であることを共通認識していたことが冒頭から如実に示される。平凡なセールスマンのウィンが危険な仕事と気付き、葛藤しながらもこの仕事を引き受けたのも、まさに家族を守りたい、その一心だ。その思いは国を超えても変わらない。ソ連の軍事機密を入手できる立場にあったベンコフスキーは、自国の長の考えや行動を間近で見ていたからこそ、核のボタンが押される危険性をより現実的なものと察知し、自分の命を引き換えにしてでもとの覚悟でウィンに情報を手渡していた。表向きにはビジネスでの付き合いという名目で会うことを重ねる中、西側と東側という国を超えて二人が同志のような関係になっていく。ソ連が誇るバレエより、名作「白鳥の湖」を二人で観るシーンの表情は、これからくる試練を前に今、最高の時を忘れないという強い意思と友情を感じた。



 妻にも明かせない危険な仕事を重ねる中で、夫の様子の変化に心が波立つシーラとの関係や子どもへの影響など家族模様も丁寧に描かれ、外の世界での息がつまるようなハラハラ感だけでなく、家庭でのピリピリとした雰囲気と日々のニュースで伝えられる米ソ情勢が重なり合う。今のコロナ禍も日々めまぐるしい変化の中を生きているという実感を持つが、核戦争勃発寸前の当時はまた別の意味で、日々不安と隣り合わせの日々を過ごしていたことだろう。そんな家庭の様子が垣間見えるのも、本作ならではだろう。止められないものを止めるには大きな犠牲が伴うが、その犠牲が世界中の人を救った。最初は巻き込まれて運び屋になったウィンの人間的な成長を見事な役作りで表現したベネディクト・カンバーバッチ、死を覚悟で情報提供を続けたベンコフスキーを演じたメラーブ・ニニッゼ。二人が演じた主人公たちの友情と葛藤、そして平和な世の中を実現するという強い志は、観る者の心に強く残り続けることだろう。

(江口由美)



<作品情報>

『クーリエ:最高機密の運び屋』(2021年 イギリス・アメリカ 112分)

監督:ドミニク・クック

出演:ベネディクト・カンバーバッチ、メラーブ・ニニッゼ、レイチェル・ブロズナハン、ジェシー・バックリー

9月23日(木・祝)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

配給・宣伝:キノフィルムズ

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