『由宇子の天秤』あなたに突きつけられる現代版"羅生門"の誕生

    低予算映画『かぞくへ』の優れた内容で、映画ファンや日本映画界の関係者から絶大な支持を受けた春本雄二郎監督。その長編第2弾となり、第71回ベルリン国際映画祭パノラマ部門に正式出品されるなど、すでに国内外でも高く評価されている衝撃の問題作『由宇子の天秤』が、9月17日(金)より渋谷ユーロスペースで公開中。10月1日(金)よりテアトル梅田、アップリンク京都、10月15日(金)よりシネ・リーブル神戸ほかで全国順次公開される(また、パルシネマしんこうえんでは、10月21日~10月30日の朝9時より、10日間限定で『かぞくへ』が上映される)。



   女子高生自殺事件に隠された真実を追うTV局のドキュメンタリーディレクター・由宇子(瀧内公美)が上層部の圧力や遺族との取材で葛藤し、衝撃の出来事に遭遇してしまう本作。秀逸なストーリーテリングと圧倒的な緊張感ゆえに2時間半という上映時間を感じさせず、観客にも跳ね返ってくる内容の強度はすさまじく、今年公開された日本映画の中でも最高峰の一作と言えるだろう。



    『火口のふたり』、『裏アカ』など、近年、主役の抜擢が相次ぐ俳優・瀧内公美さんが真実を追い求めるドキュメンタリーディレクター・由宇子を熱演。『彼女の人生は間違いじゃない』でも彼女と親子を演じた光石研さんが学習塾を経営する父・政志を、塾の生徒で物語の重要人物となる女子高生・萌を『サマーフィルムにのって』などの河合優実さんが演じ、『かぞくへ』から続投となった梅田誠弘さん、『岬の兄妹』の主演コンビとしても印象深い松浦祐也さんと和田光沙さん、インディペンデント映画界の重鎮・木村知貴さんや川瀬陽太さんが並ぶなど、脇を固める俳優陣の演技も作品の見どころとなっている。



「いったい、正しい人間なんているのかい。みんな自分でそう思っているだけじゃねぇのか。」

    これは黒澤明監督による名作『羅生門』で登場人物の一人・下人が口にする言葉だが、本作で描かれる物語にも、この精神に通ずるものがあると言える。主人公・由宇子は自分の職業柄ゆえ、真実を追い求める立場の人間であり、己の中で確固とした信念がある人物だ。しかし、物語が進むにつれ、客観的な視点で事件を捉えていた由宇子は、主観的な視点で身近な問題を考えなければならなくなってしまう。その中で彼女は自身の矛盾点を突きつけられ、己の中の"天秤"で物事を判断していたことを思い知るのだ。

劇中では彼女の信じていた物事が二転三転と転がっていく。私たちが信じている真実は、いかに脆いのか。『由宇子の天秤』というタイトルでありながら、観客は、いつの間にか自身の心の中にある"天秤"をも意識することになるのである。



また、インタビューでは前作『かぞくへ』との違いに触れていたが、両作の共通点を考えることで、春本監督の創作スタンスの一貫性も感じることが出来るだろう。その最たるものは作品が持つリアリティだ。ドキュメンタリーのような撮影手法や人物の息遣いを感じる長回しからは、異様な緊迫感が立ち込める。そして、それらが幸せな日常の崩れ去る瞬間を際立たせるのだ。ここからも分かるように、監督の作品では映画を絵空事の内容として描いていない。誰しもが突き刺さるような身近な問題を丁寧に描写することで、受け手自身が己の生き方を考え直すきっかけさえ与えてくれるのだ。



黒澤明監督は"人間不信"を描いた小説『羅生門』に最大限のリスペクトを払いながらも、その先にあるべき希望を描いた。巨匠が名作を生み出したのと、ほぼ同年齢で『由宇子の天秤』を製作した春本監督は物語の果てに何を描いたのか。息が詰まるようなラストシーンを経て、私たちは何を思い、どのように息を吸って生きていくのか。その答えは、観客一人一人の心の中に委ねられている。

(大矢 哲紀)



<作品情報>

『由宇子の天秤』

2020年/日本/152分

脚本・監督・編集・プロデューサー:春本雄二郎

出演:瀧内公美、河合優実、梅田誠弘、松浦祐也、和田光沙、池田良、木村知貴、川瀬陽太、丘みつ子、光石研

2021年9月17日(金)より渋谷ユーロスペース、10月1日(金)よりテアトル梅田、アップリンク京都、10月15日(金)よりシネ・リーブル神戸他全国順次公開

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