映像で作る意味を分かった上で、映画を作っていきたい『かぞくへ』春本雄二郎監督インタビュー
神戸出身の春本雄二郎監督が長編劇映画デビューを果たした『かぞくへ』が、6月2日(土)より元町映画館、シネ・ヌーヴォ、出町座で同時公開される。同棲中の恋人・佳織(遠藤祐美)との結婚を間近に控えた主人公・旭(松浦慎一郎)が、養護施設で家族同然に育った親友の洋人(梅田誠弘)を思わぬトラブルに巻き込んでしまったことから、重大な選択を迫られることになる物語は、大事な人を守るつもりの行動が空回りしたり、相手に伝わらない人生の苦さを滲ませる。家族の意味を改めて考えてみたくなる本作の春本監督に、映画監督になるまでのことや、あえて説明を排除したという本作の狙い、そしてインディペンデントで映画を撮ることについてお話を伺った。
■映画監督になるまで~京都松竹撮影所時代と東京助監督時代~
―――地元神戸の名門、長田高校ご出身ですが、いつ頃から映画監督を志すようになったのですか?
親戚が有名大学に進学していたこともあり、一生懸命勉強して高校、大学と一流校に行くことがなんとなく既定路線になっていました。自分のやりたいことを考えるというより、いかにいい偏差値、いい点数を取るかを考えていました。昔からずっと絵を書いており、理系だったので建築学科を目指していたのですが、志望の大学には受からず、結局、大阪府立大学工学部機械システム工学科に入学したのです。自宅から片道2時間半、もやもやした気持ちで本命ではない大学に通いながら、ぼくの人生はこれで終わってしまうのかと、人生のことについてひたすら考えるようになりました。
―――やっと入学できたという喜びより、もやもやした気持ちが強かったんですね。
本当にやりたいことは何だったのかと、初めて考えました。絵が好きなら美大に行くべきではないかと考え、入学後1週間で退学と美大へチャレンジしたいという話を親に切り出しました。壮絶な親子ケンカをし、どれだけ反対されても、美大に行くと宣言して、予備校時代にお世話になっていた美大出身の先生に教えてもらうようになりました。絵に取り組むうちに、具体的にやりたいことが分かるようになってきたのです。
―――何かきっかけになるようなことがあったのですか?
高校3年生の時、テレビでスタジオジブリの『耳をすませば』を見て、自分の生き方を模索する少女と、自分の生き方を持っている少年の話にすごく感動しました。こんなに人生に影響を与える映画をアニメで作れるなら、アニメーションの監督になりたい、スタジオジブリに行きたいと思うようになりました。先生が薦めてくれたのが日本大学藝術学部映画学科で、入学してからはシネフィルの同級生が薦めてくれる劇映画を見ているうちに、劇映画の魅力に気付き、好きな監督もできて、劇映画の監督でもいいと思うようになったんです。
―――在学中には何か自主映画を撮ったのですか?
卒業制作は大学の「そつせい祭」に選ばれた『門出』という作品で、本当の愛情に飢えたアダルトチルドレンが、本当の親子の関係性を見出すまでの話です。自分のせいで道を踏み外してしまった娘のことを見ないふりをしていた母親も、最後は娘と本当の親子関係になるという意味では、母の成長物語でもありました。
―――卒業後、松竹京都撮影所に入るまでに、手掛けていたことはありましたか?
卒業してから1年半ほど脚本を書き、シナリオ大賞に応募したりもしました。大学の恩師から現場を紹介してはもらえるのですが、本当に大変だと聞いていて、かといって辞めると迷惑をかけてしまう。だから、現場に行くのは覚悟を決めた段階でと決めていました。大学卒業時点で24歳と、他の人より若干上だったので、何か新しいステップを踏まなければならないと焦っている時でもありましたね。
―――実際に撮影所に入り、学んだことは?
現場に入ると、どういう部署があり、それぞれ何が行われているのか。監督になるためには何が必要か。他の部署の人に協力してもらうためにはどういうコミュニケーションが必要か分かってきます。助監督は、監督に言われること以外に、自分なりの演出プランも持つ必要があることなどを学べました。そして先輩を敬うなど、今まで自分に欠けていた社会勉強ができました。ただ、ストレスも多く、白髪だらけになりましたね(笑)
―――撮影所では時代劇に携わっておられたそうですが、上京してフリーの演出部になったきっかけは?
撮影所システムが残っているのは大泉と京都だけです。京都では撮影所付の技術部や美術部がいましたし、俳優部の大部屋もあり、それを学べたのは本当に貴重でした。助監督はチーフ、セカンド、サードと3種類あり、セカンドが担当する衣装・メイク、エキストラまで学べたら、東京に行ってもやっていけるのではないかと思っていました。3年目の「必殺仕事人」でセカンドになったことと、東京のスタッフと知り合えたことがきっかけで、上京しました。育てていただいた撮影所の先輩には感謝していますが、自分のステップアップを考えての決断だったのです。
―――映画監督デビューするまで、どんな準備をしていったのですか?
東京では、連続ドラマをメインに演出の仕事をしていました。やはり、京都撮影所で仕事をしていた方は、皆、プライドがあり、クリエイティブな仕事をしています。一方、東京ではテレビ局などのトップが、『時間もお金も無い中で、スタッフがやっつけ仕事をせざるをえない』ような体制を作ってしまい、スタッフが本当にキツイ思いをしていた。東京ってこんなにひどいのかと、愕然としました。それでも京都の撮影所から来たというプライドがあったので、自分なりの演出プランを考え、それなりの評価はあったのですが、このまま助監督を経て監督デビューをさせてもらえるとしても、本当に自分のやりたい作品を監督できるのか。これが僕のなりたい監督なのかと思えば、断固違うと確信しました。監督デビューをするのはドラマではなく、映画。そして、自分の書いた脚本でなければ(映画を)撮らないと決めたのです。東京で(ドラマの)助監督をすることは、俳優やプロデューサーとのコネクション作り、映画の資金作り、そして現場の動きを良くするスケジュールの立て方などを身につけるため。1年間助監督を休みながら、色々考えた結果、そう割り切り、監督デビューに向けて地道に必要なことを身に付けていった感じですね。
■『かぞくへ』制作秘話~主演松浦さんとの出会い、作品の狙い~
―――『かぞくへ』主演の松浦慎一郎さんは、脚本段階から参加されていますが、いつ頃知り合ったのですか?
ちょうど1年間休んでいたとき、松浦さんとFacebookを通して知り合いました。松浦さんはパーソナルトレーナーをしながら、『百円の恋』で安藤サクラさんのボクシング指導をしながら出演もしていた頃です。元々俳優志望なので、いつか一緒に仕事をできたらと話をしていました。その後、2014年にスペシャルドラマの仕事で松浦さんに出演してもらうことがあり、その時の芝居がナチュラルだったので、ドラマの打ち上げで、「絶対に今年一本映画を撮ると決めているので、一緒にやろう」と松浦さんに話をし、松浦さんが主演の映画を作ることが決まりました。
―――脚本は、実話を基にして作り上げていったそうですね。
彼の演技力を最大限に発揮するために、実話に基づいた話にしようと決めました。今まで生きてきて印象的なことはなかったですかと聞くと、「実は今、親友を詐欺の被害に遭わせてしまって…」と告白したのです。ただ、親友のために借金を返す話だけでは何のテーマもありません。映画作りは、訴えたいメッセージが出発点で、そこから物語やキャラクターを作り上げるのですが、実話ありきの方法では既に物語やキャラクターができていて、そこにテーマを見つけなければいけません。そこで、親友と天秤にかけることができない存在との葛藤の物語を考えました。家族のように育ってきた親友・洋人と、これから家族になる恋人・佳織。佳織の部分はフィクションですが、松浦さん演じる旭とのエピソードは僕の実体験も入っています。松浦さんと僕とのコラボレーションからなる脚本です。
―――旭と洋人はそれぞれ両親がおらず、同じ養護施設で育ったという設定ですが、言葉で説明するのではなく、冒頭、上京した洋人と旭がシャドーボクシングをしたり、じゃれ合うように走っていくシーンで繋がりの深さを見せています。
テレビドラマでは視聴者に対し、台詞やモノローグ、ナレーション、回想で説明ばかりしています。でも、映像を見て心に響くものを作る。それがドラマです。だから見ているだけで二人の距離感や育ってきた環境が分かる描き方を心がけました。
―――佳織役の遠藤祐美さんは、本当に力強い演技で、置かれている非常に厳しい立場に置かれているキャラクターでした。
遠藤祐美さんは日本大学藝術学部の同期で、演技コースです。彼女の演技力の高さは、学生時代から知っていたので、迷わずオファーしました。結婚を前にした旭と佳織に、タイミングの悪いことが次々と起こるのですが、そんな「弱り目に祟り目」のようなことが案外起こるのが人生だと思っています。
―――タイミングの悪さと判断のまずさが積み重なる展開にハラハラさせられる一方、洋人の旭に対する絶対的な信頼、その裏に隠された旭も知らない素顔が覗いていますね。
旭の主観で進んでいく映画にしたかったので、旭しか知らない情報だけで映画が成立すればいいなと思いました。ただ、説得力を持たせるために、(祖母が認知症で寝たきりの)佳織の実家の描写を加えました。描いていない部分はわざとそうしており、お客さまがその部分を補完し、想像力を働かせてもらいたい。その方が、見ていて楽しいと思うのです。想像できるところまで描き、あとはお客さまに任せるというやり方を取っています。
―――そのさじ加減が大事ですね。ラストに旭と洋人が対峙するシーンもシンプルな台詞で、映画の核となることを伝えています。
お客さまが、洋人の気持ちを想像してくれたらいいなと思い、実際にはたくさん台詞があったのを削りました。ただ若い人の中には、洋人の台詞を額面通りに受け取ってしまい、理解ができないという声もありました。良かれと思ってついた嘘や、言いたいけど言えないという苦い思い、耐えた思いをした経験がある人には伝わるのですが。今まで自分の思ったことを我慢せずに言ったりやったりして生きてきた人、辛酸をなめたことが無い人、特に若い人には想像し難いのかもしれません。
―――タイトルの『かぞくへ』は非常に強いインパクトがあります。最初から決めていたのですか?
実は最初、『旭』というタイトルを考えていました。洋画は大体主人公の名前がタイトルになっています。タイトルで内容を分からせるというのは、日本映画界の悪習じゃないかと随分反発したのですが(笑)直系家族制度が崩壊し、多様な家族制度が生まれてきている中で、家族という言葉を僕たちはシグナルとして与えているだけで、何があるから家族なのか。それぞれ家族の概念を考えてもらえばと思ったのです。旭と洋人の中にあるもの。佳織と旭の中にあるもの。佳織と佳織の家族の中にあるもの。それぞれの家族に向かうという意味で『かぞくへ』と付けました。家族に対してこの作品を贈るという意味も含めています。
■春本映画の真髄~インディペンデントの映画監督とは、世界に届く映画とは~
―――春本監督のお話を伺っていると、お客さまに想像の余地を与える作り方をしている印象を強く受けますが、映画を作る上で大事にした点は?
映像で作る意味を分かった上で、映画を作っていきたいですし、見る人もなぜこれが映画になっているのかを考えていただきたい。自分でメッセージや答えを見つけようという気持ちを、持ってもらいたい。日本の観客は、最後にオチを付けてもらうことに慣れ過ぎている部分がありますが、そこは重要ではないし、想像してもらえればいいと思っています。
―――春本監督はクラウドファンディングでの支援を呼びかけながら、本作をインディペンデントで制作し、公開してお客さまに届けるところまでご自身で行ってこられました。その中で一番感じたことは?
最初はがむしゃらに撮ることばかり考え、撮り終わってからのことを全く考えていなかったんです。撮っているだけで自分は監督だと思っていたのですが、そうではなく、劇場公開して、きちんとお客さまからの反応を自分自身が受けるところまでやって、初めて映画として成立するのだと実感しました。そこまでやらなければ監督ではない。東京・ユーロスペース支配人、北條さんの、「僕らがインディペンデントの作家を監督にしてあげている」という言葉が強烈に刺さっています。「上映できる場を持ち、届けられることが、監督になるということ」と。単に上映するだけではなく、きちんとお客さまを呼んで、届けるところまでやらないと、何の評価も反応も得られていない。元町映画館さんのように、インディペンデントの映画を上映してくださる映画館がいかに大事かということも分かりました。
―――既に2作目に着手されているそうですが、今後日本映画界でどのような爪痕を残していきたいですか?
僕は自分が訴えたいことがあり、自分が面白いと思っているから、映画を作りたい。発端として大それたことをしたいとは思っていませんが、結果として観客を育て、かつ日本映画の地位や、日本映画がこれだけ面白いということを世界に分かってもらう一助になればいいのではないかと思っています。
―――世界と言えば、フランス・ヴズール国際アジア映画祭での受賞をはじめ、海外の映画祭で上映もされています。その時の観客の反応は?
日本でのワールドプレミアとなった東京国際映画祭での一般のお客さまと同じ反応でした。フランスでもドイツでも、旭と洋人の関係に心揺さぶられるという声が多かったです。日本を舞台にしたごく一部の日常を描いている作品にも関わらず、外国の人にも同じように響くというのは、細かいものにフォーカスすればするほど、逆に普遍性を帯びるということの発見になりました。
―――ありがとうございました。最後にこれからご覧になる皆さんに、メッセージをお願いします。
地元の神戸、大阪、京都で上映していただけるのは、一つの夢だったのでそれが叶って本当に嬉しい気持ちです。今後もずっと作品を撮り続けていくので、『かぞくへ』をきっかけに、春本雄二郎という監督を覚えていただき、二作目以降も応援していただけるとありがたいなと思っています。
(江口由美)
<作品情報>
『かぞくへ』(2016年 日本 1時間57分)
監督・脚本・編集:春本雄二郎
出演:松浦慎一郎、梅田誠弘、遠藤祐美、森本のぶ他
2018年6月2日(土)~元町映画館、シネ・ヌーヴォ、出町座他全国順次公開
(C) 『かぞくへ』製作委員会
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