「愛を求めるのはとても尊いこと」 念願の万田邦敏監督作品をプロデュース、主演した『愛のまなざしを』杉野希妃さんインタビュー


 第21回東京フィルメックスオープニング作品になった鬼才、万田邦敏監督(『接吻』『UNloved』)の愛憎サスペンス『愛のまなざしを』が、11月12日よりイオンシネマ シアタス心斎橋、テアトル梅田、出町座ほか全国順次公開される。


 監督、出演の長編デビュー作『マンガ肉と僕』をはじめ、国を超えて意欲的な映画制作を行っている杉野希妃が、本作をプロデュース。万田監督作品常連の仲村トオルが演じる精神科医、貴志に惹かれ、彼の愛を渇望する患者、綾子を熱演している。貴志が思い続ける亡き妻、薫を中村ゆりが演じるほか、杉野の監督作『欲動』に主演した斎藤工が、真実を知る薫の弟、茂を自由に演じ、完璧な美学に貫かれた万田ワールドに新しい風を吹き込んだ。愛のための嘘は罪なのか。愛を求め、愛から逃れられず堕ちていく女と男の切実さ、その先に見えるわずかな救いにも注目したい。

 本作のプロデューサー、出演の杉野希妃さんに、プロデュースした経緯や綾子役との向き合い方、そして万田作品の魅力について、リモートでお話を伺った。



■『接吻』に心奪われ切望した、万田邦敏監督、万田珠実さんとのタッグ

━━━久しぶりのプロデュース作品になりましたね。しかも万田邦敏監督とタッグを組んだ話題作ですが、万田監督と映画を作ることになった経緯を教えてください。

杉野:私がプロデュースをするのは、監督デビュー作の『マンガ肉と僕』以来ですね。私は『接吻』『UNloved』のように、万田監督と脚本を手がける万田珠実さんのお二人が作り出す作品が大好きです。『接吻』は周りに理解されなくても、自分だけが相手のことを理解できるという、狂信ともエゴイズムとも言えるであろう愛を描いています。ここまで誰かを愛し、突き抜けることは生きる術であり、生きていくために必要かもしれないとも思えた。小池さんが演じる京子の眼光の危うさといい、『接吻』は私の心を貫くぐらい、強烈に魂を奪われた作品でした。

そのあとに拝見した『UNloved』は、セリフの熱量の高さに対して、演出も構図もとても厳格で異様な雰囲気を放っていたのです。湖のシーンなど、カット割りを含めて「すごい作品だ」と度肝を抜かれました。それ以来、いつか万田監督とお仕事ができればと願っていたのですが、2013年に万田監督と映画紹介番組でお会いしてファンであることをお伝えし、その後2017年の富川国際ファンタスティック映画祭の閉会式で再会したことがきっかけで、いくつか企画を出させていただくことになりました。


━━━念願が叶ったわけですね。どんな企画を提案をされたのですか?

杉野:私が最初に申し出たのは「珠実さんによる脚本を万田監督が演出した新作映画を最近観ていないので、お二人がタッグを組んだ作品をぜひ観たい」ということでした。アナーキストを題材にしたものなども含め、いくつか企画を提示して一緒に映画を作りませんかとご相談したのです。精神科医と患者の話がその中で一番現実的に成立しやすいのではないかという話になり、珠実さんにその題材で脚本を書いていただくことになりました。


━━━脚本のプロットや役については、珠実さんと話し合いながら進めたのですか?

杉野:ある資料を読んでいたとき、精神科医が患者の嘘を見破れなかったというエピソードを発見しました。誰でも気づくと思うような壮大な嘘をついているのだけど、後日、その精神科医は「(患者を)疑うのは自分の仕事ではない」と語ったというのです。私自身、もともと精神科医の精神世界に興味がありましたし、お二人に企画を出そうと思ったとき、なぜかそのエピソードが頭に浮かび、歪な面白いものになるのではないかと感じました。お二人からは、亡き妻を忘れられない精神科医と患者を、元妻の亡霊も含めた三角関係にして描いたらどうかとご提案いただき、今の原型ができました。


━━━嘘をつく患者として生まれたキャラクターが、杉野さんの演じた綾子ですね。嘘をつかなければ愛情を得られないと思っている綾子は共感できるキャラクターではないけれど、一方彼女がまっすぐに愛を求めるがために、妻を亡くした精神科医の貴志が自分自身と向き合わざるをえなくもなる。物語の中で非常に重要な位置を占めているキャラクターですが、どのように人物造形をしていったのですか?

杉野:綾子が虚言癖だということだけ最初、私が設定として提示しました。綾子は嘘をついてしまう弱さがあるけれど、ストレートに愛を伝えられることは強さでもあります。綾子が嘘をつく全ての原因は、彼女が孤独で、自分に自信がないことに尽きるのではないでしょうか。一緒にキャラクターを作るというより、万田監督と珠実さんが描く綾子はどうなるか、ある種どうなるのだろうと思いながら、お任せしているような形でしたね。




■役に寄り添う気持ちをはじめて放棄した綾子役

━━━なるほど、脚本ができるまではお二人にお任せしていたという感じですね。

杉野:脚本の第一稿を見せていただいたとき、綾子は見えすいた嘘をつくし、彼女の言動は共感できないところばかりでした。私自身、どのように綾子役に寄り添えばいいのかと頭を悩ませていたとき、珠実さんが「共感する必要はないのでは?」とアドバイスをくださったのです。矛盾だらけで、不可解な綾子に無理して寄り添うという気持ちを放棄し、監督の演出をひたすら受け入れよう。ある意味で「なるようになれ」という気持ちで現場に臨みました。


━━━杉野さんが今までやったことのないような役作りだったかもしれませんね。

杉野:今回のように、役を嫌悪しながら演じたのは初めてです。逆にとことん監督の言葉を聞こうと思いました。監督は全く綾子の感情面について言及されないし、彼女の過去についてもアバウトにしかおっしゃらない。ただ、彼女は両親ともに健在だし、虐待されたわけでもなく、決して悲惨な生育環境ではないのです。誰からも愛を感じられない性格になぜか育ってしまったと。監督の演出は「今の語尾を下げて」とか、動きも振り付けのようにつけていかれるので、自分が俳優というよりパフォーマーのような気分になりました。全てのタイミングや動きが具体的に細かく指示されます。特に私がよく言われたのは「泣くな」でしたね。


━━━確かに、綾子の泣き顔はほとんどなかったですが、それも演出だったんですね。

杉野:脚本で、綾子の気持ちが一番どん底に落ちると監督に言われたシーンがありました。確かに綾子がどれだけ愛を伝えても、貴志にはまなざされないのを痛感していたので、段取りからリハーサルまで自然と涙が溢れていたんです。それが本番直前に「このシーン、泣かなくていいよ」と監督に言われ、驚いて戸惑ったこともありました(笑)



■映画を作りながら実験をしているようだった万田監督の撮影現場

━━━俳優たちの動きとカメラの位置が見事に呼応し合う感じで、映画的なカットがいくつもありました。

杉野:こんな動きを本当にするのかという驚きや戸惑いが最初はあるのですが、実際に動いてみると意外に馴染んでくるように思える。ありえないけれど、完全にないわけではないというスレスレのラインに挑んでいるのが万田監督の演出ではないでしょうか。監督は、俳優同士やカメラの動かし方でどのような化学反応が起きるのか、映画を作りながら実験をされているように感じました。マジシャンのようにカット割りを決めて、現場で観察し、クスクス笑いながら楽しんでいらっしゃって。そういう監督の姿を観ていると、頑張ってお金を集めてよかったなと、まさにプロデューサー冥利に尽きました。


━━━今回目を引いたのは綾子のファッションです。『花様年華』でマギー・チャンが演じた主人公のように、シーンごとに体に沿った鮮やかな柄のドレスを次々と着替え、綾子の個性を印象付けていました。衣装はどのような意図で選んだのですか?

杉野:衣装合わせの前に、万田監督がイメージ画を見せてくださったのですが、監督曰く「綾子はとにかくダサく。ちょっと感覚がズレている人だから」。結果、私のイメージとは正反対のボディコンで一昔前の雰囲気になりましたね。衣装さんが少しモノトーンの服も入れてくれたのですが、監督から「普段杉野さんが着ていそうだし、全然綾子じゃない」と却下され、結局全て柄モノでしたね。


━━━愛だけが全てという女性が描かれるのは最近ではなかなかないと思います。昭和の懐かしさを感じました。

杉野:万田監督も私も増村保造監督が大好きですし、往年の大映映画のような雰囲気がありますね。



■二人の女性に責め立てられる貴志を演じた仲村トオルは「仏のよう」

━━━貴志は一見、綾子との愛で全てを失う被害者のようにも見えますが、亡き妻が歩むはずだったキャリアを奪ったことに無自覚なのは、身につまされる男性も多いのはないかと思いながら観ていました。

杉野:貴志からあまりそういう雰囲気は感じられないけれど、薫との会話を聞いていると彼の中にもしかしたらマッチョ的な感覚があるのかもしれません。『UNloved』で仲村トオルさんが演じられた役に通じるものがあるなと思いました。


━━━綾子と亡き妻、薫の間で貴志は苦悩しますが、だからこそ真の自分とようやく向き合えるようになったという気がしますね。単なる三角関係の話だけではないなと。

杉野:私は、ここまで二人の女性に責め立てられる貴志は気の毒だなと思いますね。でもそうなってしまったのはそうなる理由があるわけですが。


━━━私は、貴志を気の毒だとは思わないけれど、自分の弱さに蓋をしていた人で、そのことが彼を愛した人を傷つけたのかなと。そんな貴志を演じたのは万田組の常連、仲村トオルさんですが、現場でご一緒しての感想は?

杉野:万田監督とカメオ出演を含めれば4度目のタッグですが、最高のパートナーではないかというぐらい、お互いに信頼しあっておられることをまず感じましたし、何があっても動揺されない。安定感のある穏やかなお人柄で、仏のような方だなと思いながらご一緒させていただきました。


━━━薫を演じる中村ゆりさんとは現場で何かやりとりがあったのですか?

杉野:同じシーンはなかったですが、プロデューサーとしてゆりさんが演じるシーンも全て現場で拝見していました。とにかくゆりさんの声が好きで、鈴の音のようなずっと聞いていたい声なんです。薫の奥深い声と、綾子のキンキンした声が対比になっていると思います。共通の知り合いがいたものの、なかなかお会いできなかったので、ようやくお会いできましたねと。



■脚本の世界観にとらわれず、自由にぶち壊す斎藤工のすごさ

━━━薫の弟、茂を演じた斎藤工さんは、杉野さんの監督作『欲動』以来のタッグですね。茂の登場で、綾子が貴志の過去を知り、物語が思わぬ方向に動いていく。まさにキーパーソンでもあります。

杉野:珠実さんの脚本を最初読んだときに、セリフが昭和的な表現で美しいんです。監督もそうですがお二人とも日常的なセリフを嫌悪されている。変な間もいらないとおっしゃっているんです。珠実さんから、読みにくかったら語尾を変えてもいいと言われたのですが、今までにそういうことをした人はいないと聞き、私も合点がいきました。このセリフの美しさをそのまま読みたい。セリフの語尾を変えるよりは、このまま一字一句違わずに正確に読んだ方が、この作品の世界観が活きるはず。私はそう思って臨んだのですが、斎藤工さんは、それをぶち壊していく!工さんは、より自分が思い描く茂を演じられるように、語尾や「あなた」などの相手を指す言葉もシーンによってはより茂らしく変えていた。それが、すごく有機的に作用していました。「とらわれている貴志と綾子 VS 自由にぶち壊したい茂」という感じが生まれ、改めてすごい方だなと思います。


━━━地下通路から始まりますが、通路は本作のモチーフにもなっていますね。

杉野:脚本の最終稿で、ラストシーンは横断歩道になっていたところを、万田監督が撮影直前に地下通路のトンネルに変えたいとおっしゃり、急遽変更しました。貴志の診察室にかかっている絵は、万田監督ご自身の家に飾られている絵で、あの絵を見ながら脚本を書かれたそうです。ですから、あの絵を活かすという意味でもトンネルに結びつきましたし、彼岸と此岸の境界とか、貴志が一生トンネルから抜け出せないかもしれない等、ある種彼の狂気を表し、逆に彼の解放を表しているかもしれない。様々な意味に捉えることができる場所だと思っています。



■今までで最もいろいろなことを気づかせてくれた作品

━━━愛にとらわれていた二人が最後の最後には、自分の弱さを認め、解放されていくところに救いが感じられましたね。念願の万田監督作品をプロデュースし、珠実さんが生み出したキャラクター、綾子を演じた今、どんな想いが胸をよぎりますか?

杉野:撮影が終わってからも、どうしても綾子を好きになれずに辛く思った時期もあったのですが、『愛のまなざしを』は今までで最もいろいろなこと、自分の弱さや強さを気づかせてくれました。結局、綾子は貴志に一度もまなざされることはなかった。でも、彼女を演じたことで、誰かをまなざしたいし、まなざされたいと痛感しました。コロナ禍ということもあり、それをより強く感じたのかもしれません。愛を求めるというのは、すごく尊いことですね。


━━━綾子の妹役、松林うららさんは、本作のアシスタントプロデューサーでもあります。杉野さんの背中を見て、俳優だけではなくプロデュース業も勢力的に行っている期待の映画人ですね。

杉野:彼女が『蒲田前奏曲』を初プロデュースしたとき、いろいろな問題意識を持ち、葛藤しながら作っていたのを間近で見ていました。また、今回の『愛のまなざしを』で私が精神的に辛かったときも、彼女が寄り添い、支えてくれたことで乗り越えることができ、後輩でもあり、同志でもあり、信頼している映画人です。再びタッグを組んで映画を作れたらいいなと思いますし、もっと評価され、大きな舞台で活躍してほしいと心から願っています。


■プロデュースを志す俳優をサポートし、受け入れる世の中であってほしい

━━━俳優だけではなくプロデュースや監督をてがける女性の映画人が活躍するために、今後、日本の映画業界がどうあってほしいと思いますか?

杉野:本気で目指す方がいらっしゃるなら、周りがそれをサポートし、受け入れる世の中であってほしいと思います。やはりプロデュース業をやる中で、心ないことや、自分の自信を揺るがされるようなことを言われることが少なからずあります。私がプロデュースを始めた当初に比べれば、まだやりやすくなってきていると思いますが、ヌーヴェルヴァーグのようにもっと波が広がれば、思いがけない相乗効果によって、もっと面白い作品が生まれるのではないでしょうか。

(江口由美)



<作品情報>

『愛のまなざしを』(2020年 日本 102分)

監督:万田邦敏

出演:仲村トオル、杉野希妃、斎藤工、中村ゆり、藤原大祐、片桐はいり他

2021年11月12日(金)よりイオンシネマ シアタス心斎橋、テアトル梅田、出町座ほか全国順次公開

公式サイト⇒https://aimana-movie.com/

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