『スウィート・シング』大人の弱さ、子どもの逞しさを包み込む詩
モノクロームの画像、懐かしい60〜70年代の音楽の数々に彩られ、学校にもいかずに日銭を稼ぐ姉ビリーと弟のニコの日常がイキイキと映し出される。時はクリスマス、父はサンタのバイトをし、ビリーはニコに秘密でプレゼントを用意して・・・と貧しいながらも微笑ましく見えるのは表面上だけ。家を出た母への愛が残っている父は、その寂しさを酒で紛らわし、人生の宝物と思っているビリーやニコにパワハラまがいのことをやってしまう。寂しさに耐えられず、酒に逃げ始める父の弱さが、ビリーとニコの旅を始めるきっかけにつながるのだ。
母が新しい男と住む家に滞在することになったビリーとニコ。この新しい男もすぐに暴力を振るうとんでもない男だが、母は男の機嫌を損ねるなと釘をさす。暴力男に支配されてしまった母、そして暴力で他人を従わせようとする男、二人ともこれまた弱い大人だ。アメリカインディペンデント界伝説の監督で、本作が25年ぶりの新作となるアレクサンダー・ロックウェルは、子どもたちが主人公の物語でも、大人のどうしようもない弱さを絶妙の塩梅で描いている。ただの鬼親というのではなく、思う人生を送れない大人の辛さが滲み出ているのだ。その辛さからくる育児放棄や虐待まがいのことを受ける子どもたちには、それを乗り越える強さを与えている。大人の顔色を伺いながらも、その支配から抜け出す知恵と勇気のある子どもたちの旅路を、彼女たちの視点で詩情豊かに描いている。
ビリーは、親がビリー・ホリディが好きだからと名付けられたのだが、彼女の辛い境遇も大スター、ビリー・ホリデイのデビュー前の苦難を重ねたくなる。辛い時に夢の中で現れるビリー・ホリディに魂を救われる少女ビリー。その歌声もまた素晴らしい。ロックウェル監督の実の娘と息子がビリーとニコを演じており、二人がどんな境遇に陥っても、助け合いながらそれを乗り越える姿が実にリアルだ。途中でアウトローの少年、マリクと出会い、3人組になった子どもたち。ある事件から彼らが逃避行するわずかな時間は、キラキラ輝く極彩色のパラダイス。お互いの境遇や人生を語り合う一生の思い出に残る瞬間を、余すところなくキャメラに収めている。後半はまさにロックウェル版『スタンド・バイ・ミー』の趣も感じられるだろう。
クソな大人たちから抜けだしたひと夏の思い出は、ビリーとニコにあまりにも多くのものを突きつけたが、そんな弱い大人たちを突き放すことはなかった。ただの青春映画ではない、味わい深さと、社会の構造を静かに、ときにはファンタスティックな映像で描き出したロックウェル監督の秀作。ビリーとニコの10代前半にしかない瑞々しい輝きが溢れていた。
(江口由美)
<作品情報>
『スウィート・シング』(20年 91分 アメリカ)
監督:アレクサンダー・ロックウェル
出演:ラナ・ロックウェル、ニコ・ロックウェル、ウィル・パットン
公式サイト→ http://moviola.jp/sweetthing/
10月29日(金)よりテアトル梅田、アップリンク京都、11月12日(金)よりシネ・リーブル神戸にて公開
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