『我が心の香港~映画監督アン・ホイ』香港で”映画を続ける”人生に迫る


 今年の大阪アジアン映画祭のオープニング作品として上映された『我が心の香港~映画監督アン・ホイ』が、映画祭での上映から1年以内に日本で劇場公開される。これは異例の速さだ。原題は"Keep Rolling"、そして映画祭タイトルは『映画をつづける』だった。一人の映画監督を追ったドキュメンタリー映画にとどまらず、どんなに困難な時でも「映画を撮り続ける」という愚直な生き様は、コロナ禍でありながらリアル開催を目指した大阪アジアン映画祭の精神とも重なる。劇場公開されるにあたり、アン・ホイ監督の名前はもちろん、『我が心の香港』と長年住み、映画を撮り続けてきた香港への想いがより伝わるタイトルになった。



 困難な時代であっても映画を撮り続けることこそが自らの社会貢献になるというアン・ホイ。今やアジアを代表する監督となったアン・ホイだが、彼女の辿ってきた道は、実に波乱万丈だ。香港の移り変わりや、母への複雑な思いがその作品に都度反映され、男社会の映画業界で独自の表現を磨き続けた。本作では、デビュー作から様々な日本未公開のフィルモグラフィーを、アン・ホイへのインタビューと重ねながら紹介。これは本当に貴重だ。抗日戦争後に父と結婚したアン・ホイの母は日本人であることをずっと隠して生きざるを得なかった。しつけが厳しい母に反感を抱いていたアン・ホイが10代で母の出自を知り、母や日本に対する思いが変化していった実話が反映されたマギー・チャン出演の『客途秋恨』の日本シーンも登場するが、できれば映画を観たいものだ。

 


 他にも『千言萬語』でアンソニー・ウォンが社会運動家を演じているのも、その後の彼の活動を思えば単なる偶然ではないだろう。デビュー作『瘋劫』が大ヒットし、香港ニューウェーブを牽引したアン・ホイは、80年代半ばから10年間非常に苦しい時代だったと語っている。フルーツ・チャンは、アン・ホイが映画会社に所属しなかったことを指摘していたが、組織に属することなく、仕事としてくるものを受けながらも、自分が撮りたいものに愚直に取り組み続けてきた。その一つが『千言萬語』のような、理想に向けて闘う市井の人たちの物語であり、また香港ローカルのなくなりつつある風景や文化にも目を向け続けている。



 母親と二人暮らしの日常や、妹、弟の証言では彼女の人となりが、ツイ・ハーク、ホウ・シャオシェン、ジャ・ジャンクー、アンディ・ラウ、シルヴィア・チャンなど同世代や彼女に影響を受けた映画人たちの証言からは、中華圏映画界のまさに”ビッグボス”であることがよくわかる。若き日から最近に至るまでの撮影現場の様子や、香港金馬奨の舞台裏、取材を詰め込まれすぎて予定変更を訴える中国でのキャンペーンなど、映画監督アン・ホイの奮闘ぶりも映画への深い愛情がダイレクトに伝わってくる。でも、何気なく香港の路地裏や、街並みを柄ものワンピースを着て歩き回るアン・ホイの姿が、なぜか最後には脳裏に焼きつく。映画監督としての残り時間の短さは本人が言及しているが、映画を続けるのその先は、愛する香港とともに生きる。今までどおり困難に飲み込まれそうになりながらも、うまくその波をかき分けて深刻になりすぎず。そんなちょっと肩の力を抜いてくれるような大友良英のエンディング曲が、「いろいろあるのが、人生よ」と言わんばかりに勇気付けてくれる。美術監督・衣装デザイナーとしてアン・ホイと何度もタッグを組んできたマン・リムチョンが、初監督作で素晴らしい仕事をしてくれたことに、心から感謝したい。

(江口由美)


<作品情報>

『我が心の香港~映画監督アン・ホイ』Keep Rolling [好好拍電影]

監督:マン・リムチョン

出演:アン・ホイ、ナンサン・シー、ツイ・ハーク、フルーツ・チャン、ティエン・チュアンチュアン、アンディ・ラウ、シルヴィア・チャン、ホウ・シャオシェン、ジャ・ジャンクー

11月13日(土)〜第七藝術劇場、今冬、京都シネマ、元町映画館他全国順次公開

※11/13(土) 10:00の回 上映後 岸野令子さん(映画パブリシスト)によるトークショーあり

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