「基本的に編集でなんとかしようと思わないんです」。「映画の術(すべ) カンヌ2021受賞記念凱旋上映」の大江崇允、『適切な距離』と『ドライブ・マイ・カー』を語る。


 カンヌ国際映画祭で日本映画初の脚本賞に輝いた『ドライブ・マイ・カー』。濱口竜介監督と共同脚本で監督補としても同作を現場で支えていた大江崇允の名前を見て歓喜した人も多かったのではないだろうか。

 初監督作『美しい術』(09)でCINEDRIVE2010監督賞を受賞、2作目となる『適切な距離』(11)は第7回CO2グランプリほか国内外で評価を受け、さらに大阪アジアン映画祭2012で上映されたCO2ワークショップ作品短編『かくれんぼ』と、関西でその名を知らしめた大江崇允。その作風は、大学時代に演劇を学んだだけあり、狭い空間を活かしながら、俳優たちの演技を的確にみせていく。改めてその作品たちを観ると、いかに時代を先取りしたテーマを扱い、それを独自の表現で映像化していたかを目の当たりにすることだろう。

 11月13日(土)から1週間、シネ・ヌーヴォで、その後出町座、元町映画館で開催予定の「【特集企画】大江崇允、映画の術(すべ) カンヌ2021受賞記念凱旋上映」では、『美しい術』『適切な距離』『かくれんぼ』を一挙上映する。13日(土)、14日(日)18:20からの1本目上映後には、大江監督とCO2事務局長の富岡邦彦さんによるトークも開催予定だ。

自身初となる特集企画を前に、大江崇允監督にお話を伺った。



■ルコックシステムとの出会いから、初長編『美しい術』まで

―――大江さんが近畿大学で演劇を学ぼうと思ったきっかけは?

大江:最初はテレビドラマとか映像制作をしたいと思っていたのですが、近畿大学には演劇芸能しか専攻がありませんでしたから。縁ですよね。大橋也寸という女流演出家の第一人者の先生にルコックシステムという身体的アプローチから演劇を作っていく演技システムを学びました。日本ではなかなかいないのですが、世界ではよく知られたシステムです。


―――戸田彬弘さん(『名前』)とチーズフィルムで一緒に作品制作をされていますね。

大江:戸田くんは大学の1学年後輩に当たります。もともと彼が映画を撮っており、一緒にやる機会があったのですが、多分僕自身も潜在的に映像に対する興味があったことから、演劇だけでなく、自分でも撮るようになっていきました。不思議なことに演劇をやったら「映画的だね」と言われ、映画を撮ると「演劇的」と言われることがあります。演劇と映画の狭間にあるのかもしれません。


―――初長編の『美しい術』はどこから構想を得たのでしょうか?

大江:一時期、大阪の地下鉄各所で不思議な植木鉢が置かれているという都市伝説があったんです。植木鉢に植物ではなく、綿棒が一本刺さっていて、その植木鉢には「奇跡待ち」と書かれている。そこに着想を得て、その不思議な植木鉢を持ち帰った女の子の話を考えました。毎日植木鉢に水やりをし、奇跡が起こらないかを待ちながら、自分では好きになれない日常を生きている人たちを描きました。


―――もともと脚本はご自身で書かれていたのですか?

大江:そんなことはなかったです。小さい頃から本を読めなかったし、『適切な距離』は一緒に劇団をやっている菊池開人が主に物語を作ってくれました。その後、山本晃久プロデューサーが『恋のツキ』というテレ東ドラマの脚本を書かないかと、なぜかそんな僕に勧めてくれたことがきっかけで脚本を書きはじめたので、山本さんにはすごく感謝しています。



■『適切な距離』〜長いスパンで普遍的なものに届きそうな気がした瞬間に映画になる

―――見られることを前提に親子それぞれが日記を書いているという設定は、見られることを前提に発信している現在のSNS社会を先取りしていたようにも見えますね。

大江:当時、SNSという言葉はありませんでしたが、頭の中でSNS的なイメージが明確にあり、コミュニケーションの形態が変わって、現在のようになることは薄々わかっていた。その中で話を構築したいという思いがまずありました。また当時は、インターネットの台頭によるコミュニケーションの希薄さが叫ばれていましたが、そういう新たに生まれたコミュニケーションの形態をただ否定するのではなく肯定できないかと思ったんです。日記というアナログなツールを使うことによって、当時SNSに対して考えていたことの暗喩になり、映画になるなという感覚がありました。

また、普遍的なものを作りたいという欲求がどこかにありました。僕らは今を生きている以上この瞬間を描くことしかできないし、作る理由はそういうところから生まれるわけですが、だからこそ同時に今に囚われすぎたくないと思う自分もいます。カンヌの授賞式では「100年後」という表現をしましたが、そういう長いスパンで普遍的なものに届きそうな気がした瞬間に映画になるのではないかと。『適切な距離』は自分が作っているスタイルを踏襲できた作り方ができました。


―――映画の中で授業のワンシーンとして演劇の要素がたくさん盛り込まれていますね。隣の人にだんだん表情が伝染していくというシーンが印象的でした。自分と反対の性格を演じることができなかった主人公、雄司は悩みますが、だからこそ本来の自分は何なのかと向き合うきっかけになったのでしょうね。

大江:ルコックシステムのレッスンの一つで、『笑いの階段』と呼ばれています。他にも劇中のレッスンシーンのものは、僕が大学一回生の時に実際にやったもので、結構基礎的なものです。学生時代はできないことがあると、無茶苦茶考えてしまうものなのですが、それがあるからこそ、雄司の混乱した脳内(日記)に礼司が登場できたんです。


―――クライマックスとも言えるお好み焼きのシーンは、皆が黙り込む中でジュージューと焼ける音だけが耳に残る。とてもシュールで好きなシーンです。

大江:最初、脚本にあまり具体的なことを書いていなかったんです。ここまで演じてきてどう思うのか、どういう気持ちでここにいるのかを俳優たちに問いかけた記憶があります。僕もどうしたらいいかわからなくて、1日目はちょっと撮れないなとなり、その日の夜に戸田くんたちと集まり、みんなで考えて脚本を書いて、翌日それを演じてもらったのが、あのロングシーンになりました。


―――なるほど、仕切り直しをして挑んだ勝負シーンだったんですね。

大江:関西でも活躍している礼司役の時光陸さんが、全体の芝居を回してくれました。時光さんの間合いでいいからと、彼がその場のすべてのきっかけを作り、まわしてくれました。その間が気まずい時間に鳴り響く、お好み焼きのジュージューになったと思います。5分ぐらいのロングシーンでしたから、カットの後スタッフたちが、「これ、焦げてるよね〜」って(笑)

『適切な距離』はじっくり見て欲しいところの一つが「音」なんです。録音の竹内遊さんが本当に丁寧に取り組んでくれたので、音に関してはすべてに関して面白いはずです。実は餅が焼きながら弾ける音は人の声ですし、音フェチにはぜひオススメの作品です。



■『かくれんぼ』〜映画の撮影自体が“かくれんぼ”

―――『かくれんぼ』はワークショップから誕生した作品ですが、『カメラを止めるな!』の前にこんなに面白いワンシーンワンカットがあったのかと思うぐらい楽しい作品でした。

大江:普通に撮ったら面白くないなと思い、ワークショップ生の桑田さんの脚本を見て、ワンカットで撮影することを提案しました。昼になったり、夜になったりしながら、ワンカットで映画を作るとはなんだろうとみんなで考えられると思ったんです。俳優たちも自分の出番が終わったら夜シーンのために遮光しているんですよ。


―――観ていると、出演シーンのない俳優たちの動きやどんな仕事をしているんだろうと気になって仕方がなくなって(笑)

大江:最初に通しで撮影したときに、スタッフ全員見切れるぐらいだったので、そのバージョンも残しておけばよかったなと。結局はスタッフたちがかくれんぼをしているというダブルミーニングなんです。実はチラリと写っている人もいて、かくれんぼしている人をたくさん見つけてくださいというユーモアがあります。


―――これも年金の不正受給という現代的なテーマですよね。本当にかくれんぼができる昔ながらの一軒家も魅力的です。

大江:実は『美しい術』のメインの家と同じなんです。ワンカットで撮ると色々な部屋が撮れておもしろいですね。不思議なもので、ここでずっと生活していたのかなと思うような結構使っている部屋があったり、人の匂いが染み付いている。映画はカメラを前にしながら、それがないように演じるわけで、映ってない人たちはかくれんぼしてるみたいなものですから、ワークショップ参加者が一番映画を知る機会になるなと。でも結果は一番僕が勉強になりました。


―――具体的に、どういう部分ですか?

大江:映画って難しいなと思いました。僕の撮り方は、基本的に編集でなんとかしようと思わないので、そこで俳優が何をしたのかが残念ながら出てしまう。たとえそれが下手であっても、なんとかするのが演出なのですが、僕はそれができないので、現場でできるだけいい芝居をしていただき、それをそのまま使わせてもらう。そのためにリハーサルをして僕がなにを思ってこれを作ろうとしているのか、俳優たちがなにを感じ、今ここにいるのかをきっちりと意思疎通を取ることです。俳優は人によって考え方や理想が違いますから、一人ひとりとコミュニケーションを取りながら、こういう言葉ならわかってくれるかなとか、そういうのを知る時間を大事にしています。


―――できる限り、それぞれの俳優を観察しながらコミュニケーションする時間をしっかり取っていらっしゃるんですね。

大江:俳優に恥をかかせたくないし、時間をかけてひとつのカットを撮る方が僕の性分に合っていると思います。俳優が恥をかくということは、結果的に俳優が恥をかくことになりますから。



■『ドライブ・マイ・カー』で感じた、濱口監督の“狂気を感じる”演出のこだわり

―――濱口さんのコメントに、俳優たちの「演じる喜び」が溢れ出るとありましたが、それは大江さん流演出のなせる技だと感じました。

大江:濱口さんは、狂っているなと思うぐらい演出にこだわっていますから。シンパシーを感じる部分もあります。これだけ俳優とちゃんと向き合い、大事にしようとしている濱口さんみたいな誠実な人が成功しないとダメだと心から思いました。だから賞を獲られた時は本当嬉しくて、抱きしめて「おめでとう」を伝えたい気分でした。


―――濱口監督に『ドライブ・マイ・カー』のお話を伺った時、演劇関係に詳しい人を共同脚本にと探す過程で、山本プロデューサーから紹介されたと聞きましたが。

大江:プロデューサーの山本晃久さんとよく仕事をさせていただいていたのですが、彼からのオファーだったので、まあうまくいくんじゃなかなと。割と最初はのんびりと構えていました。濱口さんがプロットを書く前にロケハンに行きましたが、実際に濱口さんが書かれたものを見た時、すでに結構出来上がっていたし、純粋に面白くなる予感しかありませんでした。


―――実際に脚本執筆や現場ではどのような役割分担をされていたのですか?

大江:リハーサルでは本当に感情を入れない本読みばかりです。本番の現場入りする前に、今からのシーンの本読みを15〜20分ぐらいしてから臨む。本当にそこの意識が高い方です。濱口さんがよくおっしゃっていたのは「感情は消費するものだから、本番以外は消費しないようにしてください」と。現場も誰一人喋らないぐらい、黙々と準備し、俳優が本番で力を出せるように、すべての場を整える。そのためだけに、みんな動けというぐらいなので、俳優からすればとても緊張するだろうし、それも作戦かなと思うぐらいです。もし少しでも気を抜いた人がいれば、それもすべて画面に映ってしまうので、すごく残酷なことをしている演出だなとも思うし、そういう意味で狂気を感じますね。


―――先ほどの「狂気」の意味合いがわかりました。

大江:スタッフの動きも含め、あそこまでシンプルで濃厚なものを作るのは、なかなか普通の人にはできないし、ご自身の思想がおありなのだろうと勉強になりました。映画に対して誠実すぎる人なので、心の状態は大丈夫かなとハラハラしながら見ています。その背中を見ていると、いろいろ傷ついてきたのだろうなということが見えるので、「大丈夫?みんなあなたのことを愛しているよ!」と心の中で叫んでいました。


■『ゴドーを待ちながら』に、主人公・家福の胸中を重ねて

―――だから濱口さんのコメントで「精霊」と呼ばれるんですね。

大江:語弊はあるかもしれませんが、映画を作っていると無駄な横やりが飛んでくるので、誰かがそれを阻止しなければと思い、その部分を意識したところはありました。あとは演劇の部分で、『ゴドーを待ちながら』が僕の大好きな戯曲でもあるし、作品に合っていると推薦しましたね。最初の演劇をゴドーにしたことで、ごく一部の観客がみえる一枚の厚みができたと思っています。『ゴドーを待ちながら』は歴史的背景を含めて面白い。“Nothing to be done”というセリフからはじまりますが、当時はどう訳すのかと議論になったそうです。つまり、「もう演劇は終わった」「もはや、何も演じるべきことはない」と芸術自体の終わりや哀愁を感じるセリフなので、それは家福の中でどうにもならないことからはじまっていることにも重なると思ったんです。


―――家福にとって、自身の境遇に重なる戯曲を演じるのは非常に過酷とも言えます。

大江:実生活でどうにもならないからこそ、演劇でどうしても表現してしまう。でも本当は妻の音に自分の苦悩をわかってほしいのでしょう。『ドライブ・マイ・カー』は最初から最後までほとんど希望がない。ずっと昔のことをしゃべっている話ですし、演劇自体がある感情の再現であったり、もともとすでに終わったものですから。映画も必ず過去しか映らないのと似ていて、韓国人の夫婦以外は未来のない人しかでてこない中で、ゴドーからチェーホフに至るまでに絶望の質が変わったと思うのです。そこが自分の大好きな作品の厚みになった気がしていて、自分なりの悪だくみをしていました(笑)あとは、現場ではみんなに笑ってほしいなと僕はピエロをやっていましたね。



■大阪で覚えたことで、今生きている。

―――たくさんのエピソードをお話いただき、ありがとうございました。最後に、今回大江監督初の特集上映に向けて、メッセージをお願いします。

大江:今回特集上映のお話をいただき、僕のことを覚えていてくれてありがとうございますの気持ちでいっぱいです。シネ・ヌーヴォの山崎さんやCO2の富岡さんに感謝ですし、大阪は僕の人生のほぼすべてで、そこで覚えたことで今生きているので、そこに帰れるのは嬉しいです。ぜひ関西で映画を作りたいと思っている人、映画を好きな人に観ていただきたいし、会いにきてください。

(江口由美)



<上映作品>

『美しい術(すべ)』

2009年/日本/90分

◎監督・脚本:大江崇允◎撮影監督:三浦大輔◎撮影:櫻井伸嘉◎出演:土田愛恵、森衣里、戸田彬弘

いつも不倫をしている無職の雨宮と、仕事で叱られてばかりいる公務員の太田。ある日、雨宮は太田の同僚である森谷と出会う。


『適切な距離』

2011年/日本/92分

◎監督:大江崇允◎脚本:菊池開人・大江崇允◎撮影監督:三浦大輔◎撮影:櫻井伸嘉◎録音:竹内遊◎音楽:石塚玲依◎美術:寄川ゆかり

◎出演:内村遥、辰寿広美、時光陸、佐々木麻由子、大江雅子、堀川重人

コミュニケーションがとれなくなった親子が“嘘の日記”を使ってコミュニケーションをとる姿を通して、嘘の中に埋もれている現実世界で生きる上での真理を巧みに描き出す。


特別上映『かくれんぼ』

2012年/日本/38分

◎監督:大江崇允◎脚本:桑田由紀子◎録音・整音:竹内遊◎出演:出演:南野佳嗣、久貝亜美、市川貴啓、辰寿広美、上岡郁、小野佑太朗、李勝利、時光陸

山本一家はどこかおかしい。親戚が久々に遊びにきても、市役所職員が訪ねてきても。奇妙な家族の滑稽な一日の記録。


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