松元ヒロに密着して問いかけられた「今の社会、大事なものを失っていないか?」 『テレビで会えない芸人』四元良隆監督、牧祐樹監督インタビュー
「テレビで会えない芸人」と自らを称しながら、政治ネタを盛り込んだ公演を全国で行い、いつも完売の人気ぶりを見せる芸人、松元ヒロ。立川談志が「最近はサラリーマン芸人ばかり。本当に言いたいことを言わない。松元ヒロは本当の芸人」と語り、永六輔最後のラジオでは「ヒロくん、9条を頼む」とのメッセージを託され、今も日本国憲法を擬人化した「憲法くん」を演じ続ける。そんな松元ヒロに彼の出身地、鹿児島の鹿児島テレビがカメラを向け、その生き方、人生、そして芸を映し出したドキュメンタリー映画『テレビで会えない芸人』が、1月29日(土)から第七藝術劇場、京都シネマ、元町映画館 にて公開される。
本作の四元良隆監督、牧祐樹監督にお話を伺った。
■「テレビで絶対出せないネタばかり」する芸人、松元ヒロとの出会い(四元)
――――まず、松元ヒロさんのことを知ったきっかけを教えてください。
四元:2004年に鹿児島出身の音楽家、吉俣良さんの取材をしていた時、鹿児島出身でとても面白い芸人さんがいて、テレビで絶対やれないネタばかりするけど聞くと胸がスッとするんだと教えてもらったのが、松元ヒロさんのことを知るきっかけでした。僕はテレビマンですから「テレビで絶対やれないネタばかり」という言葉に引っかかりを覚えていたのです。
時が流れ、2019年にヒロさんが鹿児島で凱旋公演をする機会があり、舞台を拝見させてもらったのですが、むちゃくちゃ笑って、ちょっぴり泣いて、とても深く考えさせられました。舞台後、酒席へ同席させてもらった時にその思いを伝えると、ヒロさんはにっこり笑って「最近テレビ局の人が、テレビで会えない芸人をよく見に来るんですよ。そして必ず言うんです。『ヒロさん、とても面白い!絶対テレビで出せない』と」。本人にそう言われて、再びはっとさせられ、15年前吉俣さんに言われたこととオーバーラップしました。今の自分たちの立ち位置や、テレビとして表現していることに対して問い返される気がしました。あの時の引っかかりの正体が見えた気がしたんです。その場でヒロさんにカメラを向けさせてもらえますかと打診しました。酒席のノリではない、本気であることを伝えたくて、なんども聞き返し、ヒロさんは「いいよ」と言ってくれた。そこから取材が始まりました。
――――テレビで会えない芸人を追う企画を通すことへのハードルはなかったですか?
四元:僕は自分で企画を通す立場にあるので、「松元ヒロ」という仮題ではありましたが、今回のドキュメンタリーと同じ趣旨の内容を最初から書きました。ヒロさんの公演はいつも満席になるし、テレビ局の方々も行くぐらいです。通常なら人が集まる話題の場所にはカメラが絶対に入るはずなのになぜか、カメラが向かわない。その理由を故郷の鹿児島テレビのカメラが入り、世の中をそこから見つめてみたいと思ったのです。放送後、視聴者の皆さんから多くの反響があったので、鹿児島テレビの中でも、反対者がいたわけではないけれど、より明確に応援者がどんどん増えてきましたね。
――――映画は最初から想定していたのですか?
四元:テレビ番組は30分版と1時間版の2本作りました。その後、映画化の声がかかった時、東海テレビで映画化を手がけておられる、僕らの恩師であり親分の阿武野勝彦さんにお電話し、配給会社の東風につないでいただきました。プロデューサーとして一緒にやっていただくことについても快諾いただき、『テレビで会えない芸人』はさまざまな垣根を超えて、映画化にこぎつけました。
牧:テレビドキュメンタリーだと、一度オンエアすればなかなか再放送する機会がありませんが、映画になれば、一度公開が終わっても、何年後かに再上映していただく可能性があります。そういう作品になればと思い、作りました。
■松元ヒロから学んだテレビ側の問題と人としての有り様(牧)
――――松元ヒロさん自身が最初テレビで人気を博した当時から政治ネタを変わらずやりつづける中、テレビの方が自主規制し、結果的にヒロさんがテレビから活動の場をライブ活動に移すことになった過程が浮かび上がっていましたが、実際にヒロさんを取材されて、印象的だったことは?
牧:四元からやろうと声を掛けられた時、政治風刺をしている人を取り上げると作り手の我々に批判がくるのではないかとか、テレビに社会ネタをするヒロさんを映すことでヒロさん自身にも批判がくるのではないか。さらにはヒロさん自身が舞台での表現を望んでいるのに、テレビで映すことをそもそも望んでいないのではないかと様々な葛藤がありました。
でも撮影を進めるなかで、ヒロさんがテレビを離れた理由として、テレビ側にも問題があり、今のテレビが自分たちで表現の幅を狭めていることに取材の中でどんどん気づいていったのです。ヒロさんは人への接し方がとても優しくて、人間はもうちょっと寛容でいたいよねという人としての有り様も、映画で感じていただけるのではないでしょうか。
――――ヒロさんはもともと陸上のエキスパートで、鹿児島実業の陸上部からスポーツ推薦で法政大学に進学しながら途中で退部したことで、長年高校の恩師に顔向けができなかったというエピソードもありました。50年ぶりの再会は感動的な一方、優しいがゆえの苦悩が見えるシーンでしたね。
牧:人間らしいですよね。公演前にうまくいかなくて頭を抱え込む姿も見てきましたし、ヒロさんも「人間って弱いよね」とおっしゃるのですが、自分でも弱さを自覚しながら、ステージではそれを振り切って演じる。そんなヒロさんだからこそ、ステージで発する言葉にも力が宿るんだろうなと感じますね。
■テレビ版放送で気付かされた「無自覚な自主規制」(牧)
――――取材を進める中でヒロさんの人柄に触れたこと、テレビでの反響が当初の想定と違ったことなど、様々な面で変化していったのですね。
牧:実際にテレビ版を放送した時、視聴者からのクレームは一切なかったです。結局、テレビ側が自主規制をし、ヒロさんの政治ネタを表現としてオンエアできないと勝手に決めつけてしまっていたんだなと感じました。もう一つ、ヒロさんがやり続けている「憲法くん」を映画で取り入れた『誰がために憲法はある』の井上淳一監督にインタビューした時、「テレビは無自覚な自主規制が問題だ」と言われて、ドキリとしたのです。僕が最初に抱いた様々な懸念は、結局、無自覚な自主規制だったのだと。そして僕のようなテレビマンの存在がヒロさんをテレビから離れさせてしまったのだと気づいたのです。
■映し鏡のように突きつけられた、表現や生き方に対する問い(四元)
――――確かに、無自覚な自主規制がテレビでは蔓延していますね。
四元:松元ヒロを撮れば撮るほど、映し鏡のように自分たちへの表現や生き方に対する問いを突き付けられる。冒頭、白杖の女性にヒロさんが声を掛けるところも、最初は僕らのカメラインタビューに答えていたのだけど、その女性を見つけると僕らを遮って白杖の人に声をかける。大勢の人が見ないふりをして通り過ぎる中、ヒロさんは「私、テレビで会えない芸人なんです」と話しながら白杖の女性を山手線で渋谷から池袋まで送り、「またね」と手を振るんです。ヒロさんの姿が見えているかわかならいけど、女性も応えて手を振ります。互いに手を振り続ける優しさが、世の中に足りないものを見せてくれたのではないかと思うのです。そして、あなた方はそういう世の中に足りないことを映しているのかと突きつけられている気がしました。
――――映画ではヒロさんと永六輔さんとの交流も描かれますが、20年間やり続けているネタ「憲法くん」は、最初からラストで見せるつもりだったのですか?
牧:「憲法くん」は長い演目なので、尺の都合上テレビ版では、一部分しか入れられませんでした。映画版を作るときは、早い段階でしっかり入れたいと思い、憲法前文の暗唱も含めました。「憲法くん」のメッセージをより感じられる表現になったように思います。永六輔さんから「9条をよろしく」と思いを託されたヒロさんの、20年以上語り続ける芸の重みを感じていただきたいです。
■「憲法くん」と、言論と表現の自由(四元)
――――ヒロさんの「憲法くん」を観たのは初めてでしたが、最後はこちらに考えるよう投げかけられ、憲法に向きあわなければと真摯な気持ちになりました。
四元:言論と表現の自由にもつながりますが、昔は地上波でも憲法のことを普通に語っていたのに、今は語ることができなくなっている。少なくとも僕の子ども時代には、護憲派と改憲派が討論するような番組がありました。でも今は議論することすらできない時代になっているような気がします。特にネットで個人が意見を言える時代になってから、異質な声を叩く風潮も広がり、番組も最初は面白いかどうかが基準だったのに、(オンエアして)大丈夫かどうかが基準になっています。どんどん注釈スーパーも増えました。そこまでしなくても視聴者の皆さんは節度を持って視聴してくれていると思う一方、テレビマンたちは日々怯えながら、ましてやコンプライアンスを問われる時代になり、加速度的に自主規制を繰り返している現状です。
そういう中での「憲法くん」の理想と現実の話が、私には突き刺さりました。人間は理想を掲げて、現実を理想に近づけるために悩むのに、今は理想を下げて現実に近づけているのではないか。憲法に限らず、今の世の中やそれを映し出す僕らに跳ね返ってきます今の社会、大事なものを失っていないかと、テレビで会えない芸人の笑いや生き方に問いかけられている気がします。
(江口由美)
<作品情報>
『テレビで会えない芸人』
(2021年 日本 81分)
監督:四元良隆、牧祐樹
出演:松元ヒロ
1月29日(土)から第七藝術劇場、京都シネマ、元町映画館 にて公開
※京都シネマ 1月29日(土) 18:10の回上映後
元町映画館 1月30日(日) 10:00の回上映後
第七藝術劇場 1月30日(日) 13:30の回上映後、舞台挨拶あり
登壇者:松元ヒロさん、四元良隆監督、牧祐樹監督、阿武野勝彦プロデューサー
公式サイト → https://tv-aenai-geinin.jp/
©2021 鹿児島テレビ放送
0コメント