「大人になるとはグレーゾーンを知ること」『POP!』小村昌士監督インタビュー


『アルプススタンドのはしの方』に出演し、映画ファンからの注目を集める小野莉奈が主演を務め、演者としても活動する映画監督・小村昌士がメガホンを執った映画『POP!』が、現在、京都みなみ会館にて上映中。

 MOOSICLAB[JOINT]2020-2021でグランプリを受賞した本作は、ポップな表現とシュールな物語が融合したシニカルコメディ。地方局のチャリティ番組でオフィシャルサポーターをつとめる19歳・柏原リンが大人の社会を知り、子供から大人へと成長していく本作は、不思議な余韻が残る唯一無二の作品となっている。



今回は本作のメガホンを執った小村昌士監督にインタビューを敢行。主演・小野莉奈さんへの印象や隠れた名優(盟友)の存在、「子供から大人」というテーマと監督が描く「笑い」、Aru-2さんの音楽へのこだわりに至るまで、幅広い内容を直撃。鑑賞前・鑑賞後に、ぜひ、読んでいただきたい内容となった。



■着想と小野莉奈さんの印象について

――――本作はどのような着想から生まれたのでしょうか。

小村:きっかけは、(過去にも二宮健監督の作品などで関わりのあった)辻村プロデューサーからの打診でした。「小野莉奈さん主演でMOOSIC LABの新作長編を撮らないか」と誘われ、彼女のドラマデビュー作で共演していたご縁もあり、引き受けました。


――――小野さんを起点に「子供から大人」というテーマへと広げていった形でしょうか。

小村:そうですね。当時の小野さんが19歳だったので、映画の主人公と本人との接点を考えながら、物語を生み出していきました。


――――実際にお会いしてみて、印象は変わりましたか。

小村:そこまで、大きく変わることはなかったです。事前に周囲の方々からは独特な感性の持ち主だということを聞いていました。実際に会うと、普通の人と良い意味で感覚がズレていて、不思議な人だなという印象を受けました。場の空気や調和に囚われず、正直な意見を言う方だったので、映画でもその魅力を引き出し、主人公にいかに落とし込むかを工夫しました。



――――劇中のチャリティ番組の撮影風景は、まさしく、その言葉どおりの場面でした。終始漂うオフビートな笑いも、彼女の持つ雰囲気が反映されているのかもしれませんね。

小村:そうですね。かなり、本人の持つ魅力が影響していると思います。


――――主演女優ありきの映画作りとなると、可愛さを押し出す「アイドル映画」になることも多いと思います。今回の作品は、そこにとどまらないのが魅力的だと思いました。

小村:もちろん、小野さんの魅力を残そうとは思いましたが、見た目の部分だけでなく、内面の魅力を映し出そうという思いはありました。



――――そういう点では、ポップなイメージの宣伝と、オフビートでシュールな本編にはギャップがありますよね。

小村:正直、拍子抜けされる方もいると思います。オープニングも静かに始まりますし。



■監督のカラーと『POP!』での変化


――――予想外にシュールな内容に驚きましたが、見終わった後に監督が『食べられる男』の脚本も担当されていたことを思い出し、腑に落ちました。あちらの作品もシュールな世界観など方向性は通じているように感じました。

小村:ただ、今回は20代の女性が主人公だったので、脚本を書くのにとても苦労しました。過去の作品では主に「哀愁」という要素を描いてきましたが、それは成人男性を主軸にすると自分にも当てはめやすい題材。大人の男が持つ責任感は容易に想像できるため、書きやすかったのですが、今回はそれが通用せず、空気感やキャラクターの作り方も工夫しました。


――――その課題は、どのように乗り越えたのでしょうか。

小村:まずは周囲の女性に話を聞く機会を重ねました。小野さんの年齢の女性との接点がなかったので、「19歳の頃、どうしていたのか」と聞いてみたんです。すると、「20歳になったら終わりだと思っていた」という答えが返ってきて。成人になることをネガティブに捉えている事自体が新鮮に感じました。男性が感じる哀愁と大人になる女性の抱く感情は、ネガティブな側面で繋がる感覚があり、そこから話を広げていきました。


――――全体の空気としては、どこかダウナーな印象や哀愁が強い作品でしたよね。

小村:『POP!』というタイトルながら、トータルでみると悲しい話ではあると思います。



■比喩表現とAru-2さんの音楽へのこだわり

――――過去のインタビューから劇中には様々な比喩表現を盛り込んでいると知りました。そこについて、詳しくお聞きしたいです。

小村:19歳から20歳になる主人公の「子供から大人になる」というテーマから、車を重要なモチーフにしています。リンがバイトをしているのが駐車場であるのも、そのためです。また、比喩表現・言葉遊びという意味では、Aru-2さんの楽曲にもこだわりました。Aru-2さんの音楽はヒップホップのビートにコーラスなどが入り、ラップのような歌詞もないですが、僕はそれが好きなんです。本来のラップの言葉遊びも好きなので、その影響が結構あるのかもしれないですね。


――――子供から大人の間で葛藤する主人公は、駐車場からなかなか抜け出すことが出来ませんが、最後には、ささやかな変化も示唆されています。その点も含め、あとから考えてみることで面白さが倍増する作品だと思いました。


――――Aru-2さんを起用したきっかけを教えていただきたいです。

小村:単純にAru-2さんが好きだったからです。前々から楽曲を劇場でかけられる映画を作りたいと思っていたので、そこにMOOSICという企画が上手くハマった形です。また、あの世界観、あのお話の中に、Aru-2さんの楽曲が流れてくることで、変な感じになるのではという狙いもありました。Aru-2さんのライブは空気が良く、歌詞よりも音を聞くような空間になっています。純度が高く、それぞれが音を聞いて感じたり、誰かを思ったり、光景を思い浮かべたり、良い空気が流れている。それを劇場に持ち込みたい思いがありました。


――――音楽や映画に限らず、作品のスタンスは様々ですよね。作り手のメッセージを押し出したものもあれば、余白が多いものもある。自分の経験やその時の気分で、受け手は作品を広げることが出来ます。そういう意味では、『POP!』の作風とAru-2さんの音楽は親和性が高かったのかもしれません。



■監督にとっての「笑い」とは

――――俳優としての小村さんは、近藤啓介監督二宮健監督作品で、コメディ演技の光る名脇役として強い印象を残してきました。本作を観ると、小村監督の描く「笑い」は、両監督と異なっているよう感じたのですが、監督にとって「笑い」とはなんでしょう。



小村:僕自身が大阪出身というのもあり、幼少期から「面白い奴が力を持つ」というような感覚がありました。それは面白さへの強迫観念とも言えるのかもしれません。

ただ、一方で映画の笑いは、他と少し違うとも思っています。過去に映画学校のスタッフとして、お手伝いをしていたことがありました。その時、受講生が作った作品でシリアスな内容ながらも技術や基礎が追いつかず、笑いが起きてしまうことがあった。作った本人は意図していたわけではなく、困惑していたのですが、その時に、これが映画の笑いなのではと感じたんです。事故的な笑いというか、普通と違う事から映画の中の笑いは生まれるのではないかと思いました。いまだに勉強中で難しいなとは思いつつも、映画作りでは常に意識している部分です。


――――その話を聞くと、小村さんの目指す笑いは、(『POP!』にコメントも寄せている)今泉監督の描く「笑い」に近いのかなとも思いました。かつてNSC(吉本興業のお笑い養成学校)に通っていた監督は、ネタ見せの時に「これはコントの笑いではなく、作品や演劇系の笑いだよ」と言われてしまったと聞いたことがあります。

小村:今泉監督の映画も「笑い」は意識されていますよね。もちろん、監督の作品には「恋愛」という軸があるので、それをうまくズラしている面もあるとは思います。



――――「笑い」という点に関しては、演者としての小村さんは出てくるだけで面白いというイメージがありましたが、本作の方向性は違うようにも思いました。そこが新鮮で興味深かったです。

小村:僕の出演作を見ている人は「あれっ」と思うかもしれませんね。ただ、自分が監督する映画では、あんなことは出来ないです。



■隠れた名優(盟友)の存在

――――キャラクターという点では、コロナ禍に制作した短編「Pana」に続き、菊田さんが出演しているのが気になりました。

小村:彼は専門学校時代に監督コースの同期だった人物で、役者がメインの方ではないんです。ただ、僕自身、彼のキャラクターが好きで、大袈裟ですが僕の作品のユーモアを体現している人なのかもとも思っています。今回も、だいぶ変な人を演じていただきました。


――――過去に菊田さんが監督で小村さんが主演の自主映画も作られていたんですよね。


小村:そうです。お互いに出演して、映画を作るみたいなことをやっていました。ただ、菊田さんが作る映画は内容が暗い傾向にあり、自分の中の深層心理みたいな話が多いです。そこが面白いのですが。



――――普通は小野さんなどについて広げるべきところを、思いのほか、菊田さんで広げてしまいました。

小村:いや、全然、菊田さんでインタビューをしめていただいても、大丈夫ですよ。



■「大人になる」とは

――――作品のテーマが「大人になる」ということですが、小村さんにとって、「大人になる」とは、どんなことだと思いますか。

小村:この映画でも描いているんですが、僕の中ではグレーゾーンを知ることかなと思っています。はっきりとしない感情もそうですが、物事や仕事、人間関係も曖昧なままで進む事ってあると思います。本当は白黒はっきりさせた方がいいとは思うのですが、大人になってからは、結構しんどいことなんだなと気づく。チャリティ番組という要素も含め、そのような曖昧な部分を映画の中ではリンが向き合うことになります。


――――個人的には、コロナ禍の映画業界に関しても、もやもやしている部分がありました。労働問題や文化の必要意義など、美談を推し進めてしまうと矛盾が生じることもあり、グレーな部分がある。その事実は、これから大人になっていく自分自身にとっても、ブーメランのように跳ね返ってくることだと思いました。簡単に白黒をつけられずとも、その線引きを考えることが大切なんだなと思います。

小村:世の中で上手いことやっている人たちは、グレーだけど白に見せている人なんじゃないかなと思います。映画では、柔らかい表現にしていますが、僕の中でグレーゾーンというテーマは、かなり辛辣なものだと思っています。


――――最後にこれから観る方に、メッセージをお願いします。

小村:映画の空気感や間、Aru-2さんの音楽を感じていただきたいので、ぜひ、劇場でご覧いただきたいです。宣伝のポップな雰囲気と、本編は少し違うかもしれませんが、劇場で楽しんでいただけるように作っておりますので、足を運んでいただければ幸いです。


――――本日はありがとうございました。

(大矢哲紀)


<作品情報>

『POP!』

2021年/日本/86分

監督・脚本・編集:小村昌士

出演:小野莉奈、三河悠冴、小林且弥、野村麻純、菊田倫行、木口健太、成瀬美希、中川晴樹

音楽:Aru-2

京都みなみ会館ほかにて上映中。

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