「コロナ下が、自分自身と向き合うきっかけになる」『恋がする』ヒエダアズサ監督、黒澤リカさん、沼波大樹さん(出演)インタビュー


 3月10日よりシアター上映を開催中の第17回大阪アジアン映画祭で、インディ・フォーラム部門の短編『恋がする』が世界初上映された。

大阪で活動しているヒエダアズサ監督のコロナ下を舞台にした最新短編。黒澤リカ、沼波大樹が、ある一軒家で二人きりのお手製結婚式をするカップルに扮している。決意を秘めて亡き父に結婚の報告をするミキと、物憂げなコウのただならぬ結婚式の行方を印象的な映像で丹念に綴る。ミキがウエディングケーキを食べながら「コロナがなければ、こんなことにならなかったのに」と呟くシーンは、映画祭公式予告編でも取り上げられ、様々なことを想起させる名シーンだ。

 本作のヒエダアズサ監督、出演の黒澤リカさん、沼波大樹さんにお話を伺った。


■「受動的な恋」という主人公の言い訳を込めたタイトル

―――まずお聞きしたかったのがタイトルのことです。『恋がする』の「が」とあえて呼んでいるのが、非常に印象に残りました。

ヒエダ:わたしの感覚的なことになりますが、「恋をする」はこちらから能動的な行為だと思うのです。一方「恋がする」となると「音がする」と同様な感覚で、向こうから恋がやってくる。だから自分が能動的にした恋ではなく、受動的にした恋だという、主人公のある種の言い訳みたいなニュアンスも含まれていますね。


―――黒澤さんは、ヒエダ監督作品に以前から出演されていたのですか?

黒澤:2018年に『淀川心中』というタイトルで、ちょっとヘビーな内容の短編に出演したのが最初ですね。葛藤がある女性を演じました。

沼波:僕は今回が初参加なので、お二人の距離感とはちょっと違いますが。オーディションに参加するために、最初は動画を送ったり、まさに一からやりました。


―――主人公は黒澤さんに当て書きしたのですか?

ヒエダ:『淀川心中』に出演してもらった黒澤さんは相性も良く、もっと一緒にやりたいという思いはありましたが、他の人とチャレンジしてみたい気持ちもあったのでオーディションをやりました。でも実際脚本を書いているときは、黒澤さんのことをイメージしながら書いていた部分はありましたね。



■「コロナがきっかけで、自分と向き合える時間ができてよかった」と思えるように。

―――このお話はコロナだからできた話ですね。

ヒエダ:わたし自身、コロナ下で覚えた感じ方が、少し他の人とは違っていると思うのです。コロナが流行りだしたとき、世間的には人と会えないことに対する不満が大きく語られていましたが、わたしは人と少し距離を保ちたいと思っていた時期だったのです。強制的に人との距離を保たなくてはいけなくなったことに、少し安心している部分もありました。

 私は人との距離を保ったことで自分の内面に多くの変化がありました。その経験から、停滞している時間のなかで、人との距離ができるからこそ自分が見えるのではないか。そう感じて、コロナに対する恐怖や不安ではなく、コロナ下で生まれた時間を自分にとって大切なものに変えていこうとする人の物語を作りたいと思いました。この苦しい状況は今すぐには変わらないかもしれないけれど、長い目で見たときに、「あのとき、コロナがきっかけで自分と向き合える時間ができてよかった」と思える日がきてほしい、そういう思いを込めました。


―――コロナがなければ、このカップルはダラダラと関係が続いていたかもしれませんね。

黒澤:ミキはコロナがなければ、変わりない関係を続けていた気はします。たまたま、コロナと実家を壊すという大きな出来事が同じタイミングで重なったのは、彼女にとって大きな転機になったと思います。ミキ自身も心の中ではいつかこの関係は終わるだろうと、きっと思っていたはずで、見切りをつけるきっかけが欲しかった部分もあるでしょう。でも、自発的に動くのはすごくエネルギーが要ることです。世界レベルで、自分にとって何が大切なのか、必然的に取捨選択するきっかけになったと思っています。ミキにとってもそれが起きたのだと思います。

沼波:僕自身は逆にふたりの関係が続くとは思っていなかったですね。一瞬、一瞬を大切にしている二人という思いでやりました。演技面では、ミキをどれだけ美しく見せるか。それは輝くような美しさではなく、ドブネズミのような美しさで、心からきちんと見なければわからない美しさだと思っていました。脚本を読んだ時点で、それが出せればと思いましたし、ミキが一人になったシーンを大切にしたい。でもほんの少しでも僕の演じるコウが映ることで、ヒエダ監督の作品と、黒澤さんが演じるミキをきれいに映す鏡になればと。だから気楽でしたよ(笑)



■前作からの信頼関係(黒澤)と、脚本の良さを理解(沼波)

―――ミキの感情の起伏をどうやって演出したのですか?

ヒエダ:お二人とも関西の方ではないので、撮影当日に初めて三人で顔を合わせるという感じで、リモートで読み合わせをした程度でした。あとは当日セッティングをしている間に打ち合わせをするぐらいで、気持ちのすり合わせまではできなかったのです。黒澤さんは前作で結構二人で込み入った話もしていたので、私がどんな感覚で物を考えているか理解をしてくださっている。だからこそ、細かく演出しなくても、汲み取ってやってくださったと思います。


黒澤:前作でお話をたくさんしていたので、私を信じてくれているという安心感がありましたし、わたしも監督を信じて、言われたことは何でもやろうという気持ちでした。自分でミキを考えて、違うなら監督とまた話し合えるという信頼関係があったからできたと思います。


―――沼波さんは今回ヒエダ作品に初参加されましたが、特に魅力を感じたところはありましたか?

沼波:僕は監督的な見方をすることがあるのですが、いい作品は脚本を読んで、すぐに頭の中に絵コンテが流れるんです。さきほどもドブネズミのような美しさといいましたが、黒澤さんとの信頼関係には負けるけれど、僕もちょっとは、影で分かっているんだよと伝えておこうと思って(笑)。


―――玄関の下駄箱の上にあった蚊取り線香のほのかな煙など、非常に細やかな美術面での演出が、ミキの心情を表しているように思えましたが、どういう発想で取り入れたのですか?

ヒエダ:撮影直前に、ミキの亡き父の雰囲気を感じさせたいと思い付いたんです。では、どうすれば父の姿を出さずにその存在を示せるかと考えたとき、仏壇に手を合わせるシーンで線香を使っているので、蚊取り線香を玄関で使えば、煙を通して父のことをふわっと思い出してもらえるのではないかと思って演出しました。他にも人の感情は目や表情に出るものですが、それ以上に手の動きに出るのかなと感じていたので、手で見せようと決めていたシーンもありました。


■この作品を通して、未来への希望を感じていただきたい(ヒエダ)

―――ありがとうございます。最後に、先ほど世界初上映を終えたばかりですが、その感想やこれからご覧になるみなさんにメッセージをお願いします。

沼波:やはりスクリーンで観ると、受ける印象が全然違いますね。映画は、声で伝えるより、画で伝えるものなので、スクリーンで観ると俯瞰で観ることができたり、様々な角度から観ることができると思います。その時の感情や、映画館に行くまでの出来事によっても受け止め方が変わると思うので、この作品が何かのきっかけになればと思います。


黒澤:映画は撮って満足するのではなく、スクリーンで観てもらうことではじめて完成すると思っています。この作品を観ていただき、ミキのような大きな転機にならなくても、何でもいいので、何か観た人のきっかけになるんじゃないかなと感じています。


ヒエダ:コロナ下で私自身も様々な影響を受け、苦しい日々を送っていたので、一年前はまさかこんな風に自分が監督した映画が映画祭で上映されているとは思っていませんでした。それぐらい人生は何が起きるかわからない。

それはこの映画のミキやコウ、コロナ下でまさに今苦しい思いをされてる方々にも言えることだと思います。

この苦しい日々が終わった後にはきっと素晴らしい日々が待ち受けている、この作品を通して、そういった未来への希望を感じていただけたらと思います。

コロナ下で大変な思いをされている方々が下した苦渋の決断が、主人公のミキのように、いつかは報われることを願っています。

(江口由美)


<作品紹介>

『恋がする』 (2022年 日本 17分)

監督・脚本:ヒエダアズサ

出演:黒澤リカ、沼波大樹


第17回大阪アジアン映画祭公式サイト

https://www.oaff.jp/2022/ja/index.html