「自分が所属しているコミュニティや、日の目を浴びないテーマを取り上げたい」『ビッグ・ナイト』ジョン・ロブレス・ラナ監督インタビュー


 3月10日よりシアター上映を開催中の第17回大阪アジアン映画祭で、コンペティション部門作品としてジョン・ロブレス・ラナ監督(フィリピン)の『ビッグ・ナイト』が入選した。

日本でも東京国際映画祭2冠の『ダイ・ビューティフル』が公開されたラナ監督が今回描いたテーマは人権侵害の批判も起きているフィリピンの麻薬取締の現状だ。血生臭くなりがちな重いテーマを、主人公ダルナとパートナー、ゼウスとの熱い絆の物語と並行して描き、スリルと笑いと愛が散りばめられている。ダルナの名前をブラックリスト(麻薬取締対象者リスト)に載せたのは誰なのか。警察の手に渡る前に、リストから名前を消すことはできるのか。名前を削除してもらうために指名された区長を探し回るダルナと、ビッグ・ナイトと呼ばれるコンテスト本番で優勝をかけて出場するゼウスの二人の運命を変える夜を見事なコメディ仕立てで提示する監督の手腕が光る。ゲイバー勤めのゼウスとダルナを中心に、フィリピンのゲイコミュニティ事情を描きこんでいるのにも注目したい。

 本作のジョン・ロブレス・ラナ監督に、リモートインタビューを行った。




■とにかく麻薬戦争問題を扱った映画を観てもらうために

―――『ある理髪師の物語』(東京国際映画祭2014)で取材をさせていただいて以来となりますが、オンラインで再会させていただきとても嬉しいです。まず、本作はドゥテルテ政権の強行な麻薬取締問題に真正面から挑んでいますが、映画を作るにあたり、困難な点はありませんでしたか?

ラナ:本当に多くの観客に観てもらいたかったので、このメッセージをどうやって届けるかが一番心を砕いた点でした。実際に麻薬戦争が起き、多くの無実な市民が殺されていますが、フィリピンの人たちは現実を見ていないという想いがあったのです。観てもらう手法としてエンターテインメントやコメディの要素を盛り込みました。とにかく、映画館に来て、実際に観てもらうことで、鑑賞後に会話をしてもらい、言の葉に乗せていきたいという想いがありましたね。

 ただ公共の場所でロケをするとき、許可に関する問題が生じました。ドミンゴさんが登場するシーンの撮影は、実際にウォッチリストを作っている地域でしたから、麻薬戦争に関する映画のロケ地として使用するのに、なかなか許可が降りず、時間がかかりました。


―――ユージン・ドミンゴさんのお名前が上がったので、彼女について伺います。動画インタビューで一旦俳優の仕事を休んでいた時期があったと明かしておられましたが、今回久々の映画出演で本作の脚本や出来上がった作品についてどんな感想を持たれていたのでしょうか?

ラナ:ユージンさんには、脚本を渡す前に、麻薬戦争をテーマにコメディスタイルで撮ることをお話すると、面白いと関心を寄せてくださり、出演してくれました。彼女とは以前から友人ですし、映画のテーマについても同じ想いを共有し、私と同じぐらいの情熱で取り組んでくれました。映画に対してもサポートをしてくれ、ユージンさんと一緒に、一人でも多くの人にこの映画のメッセージを伝えるべく活動しているところです。



■取材から取り入れた、様々な職業の区長と、匿名の投書箱

―――ユージンさんが演じているのは主人公、ダルナの常連客である区長役ですが、様々な地区で、様々な職業の人が区長を務めているのに驚きました。

ラナ:実はウォッチリストが作成できる人については、こういう人が作る責任があるという法律があり、それによれば教育者とされています。ですから学校長が担当することが多いのですが、実際に多くの方に取材を重ねたところ、そこにかなりバリエーションのあることがわかったので、映画でも様々な職業の人を登場させています。ジョー・アルシリアが演じた元俳優の政治家も、実際にフィリピンにはそういう政治家が多くいますので、役として設定しています。ユージンさんが演じた区長も、様々なビジネスのオーナーをやっているビジネスパーソンとして登場させています。


―――なるほど、さらにウォッチリストを作成するにあたり、匿名の投書箱があるのにも、心底驚きました。悪用される懸念が大いにありますよね。

ラナ:私自身も、匿名の投書箱があることを知ったときは本当に驚きました。コメディー仕立てにしたのは、現実ではありえないことが起こっていることを見せたいという狙いもあったのです。ダルナのように自分を守る術のない人が投書箱に名前を入れられてしまうのは本当にフェアではないと思います。そういう人がウォッチリストに載ってしまうことは、死刑を言い渡されたも同然です。そういう実際に起きていることも取り入れました。


■自分が所属しているコミュニティや、日の目を浴びないテーマを取り上げたい

―――ここからは物語について伺いますが、最初から主人公がゲイコミュニティに属している人であることを想定していたのでしょうか。

ラナ:わたしの映画づくりにおける中心的な考えでもありますが、今回ゲイの方を取り上げたのは、わたしを含め自分が所属しているコミュニティの人を描きたかったからです。それ以外にも社会では一般的に受け入れられていない人や恵まれない状態にある人、自分のアイデンティティを懸命に伝えようと取り組んでいる人を主人公に据えたい、もしくは自分の映画で取り上げたいと思っています。テーマについても、なかなか日の目を浴びていないけれど、多くの人が影響を受けている麻薬戦争を取り上げました。



■目覚ましい成長をみせるクリスチャン・バブレス、死に化粧のシーンに感動

―――今回ダルナを演じているのは、『ダイ・ビューティフル』でもタッグを組んだクリスチャン・バブレスさんですが、その魅力は?

ラナ:映画を作る上で、できるだけ気心の知れたキャスト、同じ仲間で撮りたいという想いがあります。その方が安心感があり、きちんと自分の想いや狙いを伝えることができるからです。今回クリスチャンをダルナ役に決めたのは、彼が人としても役者としても成長を見せているからです。

クリスチャンは『ダイ・ビューティフル』でもゲイの役を演じましたが、彼なら同じゲイでも違う色を添えられると思い、今回オファーしました。撮影前にダルナの歩き方や見せ方、物をどうやって見るかといったワークショップを行いましたが、そこでも目覚ましい成長を見せていました。また撮影開始後も、テイクごとに成長を見せてくれたんです。

『ダイ・ビューティフル』では、別の役者が死化粧をする役をしていましたが、そこでのクリスチャンの頑張りを見ていたので、次の作品では彼こそが輝くべきだと思っていました。本作で麻薬戦争の犠牲者に死化粧をするシーンがありますが、今回はクリスチャン演じるダルナが主演として化粧を施す側になったので、わたし自身も感動し、良かったと思っています。


■映画の狙いを際立たせるシーン

―――映画の中で印象的なのが、家族のために尽くし、亡くなった母が現れ、ダルナに毒を吐くシーンと、ラストでダルナがじっと観客の方を見つめるシーンです。

ラナ:ダルナと母とのシーンは後から追加したのですが、本当に大事なシーンです。フィリピンは貧しい国に分類され、ダルナは働きづめでなんとか生活できるという一般的な家庭に育ちました。フィリピン人はほぼカトリック教徒ですから、生きている間は良きことをしていれば、この世界は大丈夫だと信じています。ですが、ずっといい人だった自分の大事な人が、突然悪い人に変わったら、フィリピンの人はどんな反応を示すかを見てみたいと思い、このシーンを追加しました。見かけは良い人に見えても、実は人殺しであったり、子どもに虐待する人もいるので、人間の二面性を出したいという狙いがありました。また映画監督として、何が正しくて、何が間違っているのか。それをどのように伝えればいいのかをずっと自問していたので、このシーンが一つの答えにもなっています。

 ラストに至るまで、おそらく観客は映画をずっと楽しみ、笑って観ていたと思いますが、最後にダルマがカメラをじっと見つめて観客に問いかけるのは、「あなたたちはずっと自分のことを笑っているんだよ」。今、麻薬戦争がずっと続いているのは、誰も何も言わないせいであることを、しっかりと意識してもらいたかったのです。


―――麻薬戦争に驚くと同時に、この物語は、何があっても変わらないダルナとパートナー、ゼウスとの愛の物語だなと実感しました。最後に、この映画で描かれた愛についてお聞かせください。

ラナ:おっしゃる通り、愛や優しさ、相手を受け入れる気持ちをダルナには表現してもらいたいと思っていました。ダルナは欲まみれで殺しや虐待のある世界において、通常なら諦めてしまうけれど、彼はずっと諦めず、人の善良さに期待をかけて生きてきました。そういうダルナでさえも、どうなるかわからないのが現実とも言えるでしょう。

(江口由美)



<作品紹介>

『ビッグ・ナイト』Big Night (2021年 フィリピン 97分)

監督・脚本:ジョン・ロブレス・ラナ

出演:クリスチャン・バブレス、ユージン・ドミンゴ、ジョン・アルシリア、ジャニス・デ・ベレン、ニコ・アントニオ


第17回大阪アジアン映画祭公式サイト

https://www.oaff.jp/2022/ja/index.html