隣国スロバキアのカメラマンが映し出すユーロマイダン革命後のウクライナとロシアのプロパガンダ『ウクライナから平和を叫ぶ』ユライ・ムラヴェツJr.監督インタビュー


 2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻から半年が過ぎ、日々の戦況や被害を伝えるニュースが世界中に流れている。日本でもウクライナに関するドキュメンタリーが続々公開されているが、現在の戦争のもととなる2014年にウクライナで起きたユーロマイダンデモから、2015年には分離主義勢力支配地域やキーヴを取材し、終わらない戦争がもたらすものや、そこで生きる人たちを丹念に記録した『ウクライナから平和を叫ぶ』が、8月26日(金)よりシネ・リーブル梅田、9月2日(金)よりアップリンク京都、9月9日(金)よりシネ・リーブル神戸にて緊急公開される。

 スロバキアのカメラマン、ユライ・ムラヴェツJr.が監督、撮影、脚本を務め、自身の父でジャーナリストのユライ・ムラヴェツと共に、破壊された町を旅していく。喪失感を抱えながら生きる人々の話を、モノクロで質感のある写真とともに映し出し、戦争と平和について改めて考えさせられる作品だ。

 本作のユライ・ムラヴェツJr.監督にリモートでお話を伺った。



――――繰り返される戦争にどう立ち向かえばいいのかを改めて考えさせられましたし、戦争被害を受けた市民たちの声を、とても丁寧に聞き取っておられました。

ムラヴェツJr.:本当にどう向き合えばいいかわかりません。人類は誕生してから今に至るまで、戦争なしではいられないのだということを、自覚しなければならないと思います。


――――監督は、高校時代から写真を撮っておられたそうですが、本作に出演している写真家の父の影響が大きいのでしょうか。

ムラヴェツJr.:父は新聞記者ですが、写真愛好家で僕が中学生のころ、有名な写真家をインタビューするプロジェクトを始めたのです。ニューヨークやパリなどで取材をしては、取材対象者の写真集をお土産として持って帰っていたので、その写真集たちに大きな影響を受けました。若いころから、一流の写真家たちの作品に触れることができたわけです。


――――映画ではモノクロで粒子の荒い写真が映像に挿入され、日本で有名な写真家、森山大道さんの雰囲気を感じさせますが、尊敬する写真家は?

ムラヴェツJr.:森山さんは僕が大好きな写真家のひとりです。他にもアントニエ・スワオ、ヨゼフ・コウデルカ、パオロ・ペレグリンなどの写真が特に好きです。粒子の荒い写真が好きですが、粒子は銀の粒なので、デジタル写真はそれが表現できず、僕に撮っては物足りないのです。



■興味深い国だったロシアへの想い

――――冒頭、2010年の旅についてのナレーションで、旧ソ連国を旅したときに兄弟のような意識が芽生えたと語っておられましたが、それは旅に行くことでより強く感じられたのですか?

ムラヴェツJr.:父は僕が小さいころから、反共産主義的な意見を語っていました。68年にチェコスロバキアで起きたソ連による侵攻(プラハの春)や、その後約40年間に渡る正常化路線の話を聞いていたので、そこまでポジティブなイメージはありませんでした。でも、ソ連崩壊後に成立したロシアは一度訪れてみたい、そこから何かを学びたい国だったのです。2010年に旅行したときは、とてもいい人たちとの出会いばかりだったので、ロシアに対して期待していました。言葉もスロバキア語を知っている人なら、ロシア語を学ぶことは難しくありませんし、僕にとっては自国から離れた場所でもコミュニケーションを取れるというのが、とても興味深かったのです。ただ、残念ながらウクライナへの現在の対応を見るにつけ、ロシアという国と友達としてやっていけるだろうという思いは、壊されてしまいました。



■ウクライナでユーロマイダン革命が起きたのは自然なこと

――――2014年1月からマイダンで撮影されていたとのことですが、ユーロマイダン革命を目撃されたとき、感じたことは?

ムラヴェツJr.:僕の認識は自分の国の経験に基づいているのですが、スロバキアも90年代はマフィアの巣窟のような場所で、民主主義が危機に陥っていました。しかし2004年にEUへ加盟してからは大きく状況が変化し、外資が入ってきたり、大きな投資があり、生活水準がだいぶん上がり、かなり西側諸国の水準に近づいてきました。60年代とは全く違う状況です。僕はスロバキアと同じようなことを、ウクライナの人たちもしたかったのではないかと思っています。ウクライナの人たちも世界中を旅し、世界ではどのような生活を送っているのかを見ているわけです。ウクライナの人々がEUに加盟したいのは自然なことですが、当時のヤヌコビッチ大統領が公約としてはEU加盟を目指すとしながら、ギリギリになって方向転換をし、EUとではなくロシアと付き合いを深めると表明した。反発が起きて当然だと思っています。ロシアのことはずっと見ていますが、ロシアが関係諸国の生活水準を上げた例はあまりありません。そういう意味で、ユーロマイダン革命が起きたのは自然なことだと認識していました。



――――2015年に再びウクライナで取材をした際、最初に分離主義勢力の地域を訪れています。「プーチンが助けてくれる」と信じている老人のインタビューもありましたね。

ムラヴェツJr.:分離主義勢力地域では、よくない場所だという感覚がありました。「キーウにナチスがいる」と発言している人もいましたが、それは自分の目で見たことではなく、ロシア派のテレビで見たことなのです。そのような軍事的なプロパガンダに侵されている場所だと感じましたし、そこに住む人たちはそれを信じてしまっているのです。


――――分離主義勢力とウクライナ側の人たち、両方の話を聞き、バランスよく配置しているのが本作の特徴ですが、取材時や作品として仕上げるにあたり注意した点は?

ムラヴェツJr.:編集ではバランスよく仕上がるように気を遣っていました。撮影もドネツクや、スロバキアではロシアのプロパガンダがウクライナの分離主義勢力地域だけでなく、周辺諸国にも広がっていることを説明するために入れています。一方、ストーリーラインに関しては取材での発言をもとに、構成していきました。



■ユーロマイダン革命の被害が窺い知れるエピソード

――――村で最後の一人となったおばあちゃんのインタビュー中に、思わず監督が抱きしめるシーンもありましたが、取材された中で、特に印象深かった人は?

ムラヴェツJr.:個人的に思い入れが深いのは、ユーロマイダン革命時に亡くなった青年たちの遺品である携帯電話に着信した母親や家族からの電話を取っていたボランティアの女性です。ユリ・アンデルコビッチという方の本の中でそのエピソードを知ったのがきっかけですが、そこには名前も年齢も書かれていなかったのです。出版社にコンタクトを取り、チェック・メニオというウクライナの写真家にも連絡してリサーチを手伝ってもらったところ、半年後にウクライナの新聞紙でその女性についてのエピソードを見つけてくださった。そこから無事に探し出し、映画では声の出演をしていただくことができました。彼女については、出ていただき自分でも誇りに思っています。また、最後にキーヴで登場した傷痍軍人のスティヴさんとアンナさんのカップルとはとても仲良くなり、今でもお付き合いをさせていただいています。


――――映画で2回登場し、エンディングではインストゥルメンタルで流れた平和を歌う曲について教えてください。

ムラヴェツJr.:ドンバスのセブンスアドベンチスト教会で聞いた歌で、この歌を聞いた時にとてもはっきりとした使命を感じたのです。人々がどのような態度でいるべきかをはっきりと歌っており、現実には難しいけれど、とても心に残ったので映画でも使いました。



■「みなスラブ人」というロシアのプロパガンダ

――――最後に、「自分はナイーヴだった。旧ソ連圏の兄弟ではなく、力への渇望だ」とのナレーションがありますが、これは取材後の実感でしょうか?

ムラヴェツJr.:ロシア側のプロパガンダとして「僕たちはみなスラブ人である」と一つの国であるというメッセージが送られてきます。ただ、ロシア側は上から網をかけるような感じで、自分の立場が上で、他の国を下の者としてつつき回すような行動に出ることが多いのです。僕は今、アルメニアのカウカス地方の取材をしているのですが、ロシア人が休暇で訪れることもあり、ロシアの方が立場は上という態度が垣間見えることもよくあるのです。自分の経験からも、2010年当時の自分の印象はナイーヴだったと、意見が変わりました。



――――ありがとうございました。今、この作品が日本で公開されることの意義をどのように感じておられますか?

ムラヴェツJr.:監督として日本で公開されることを大変嬉しく思っています。同時に、公開されるのが、このような大きな戦争が起こってしまったという文脈であるのは、とても悲しいことです。ご覧いただくみなさんには、この戦争が2022年2月24日に始まったものではなく、8年前すでに始まっていたものであるということを理解していただきたいですし、この映画で当時の状況を知っていただければと思います。



<作品情報>

『ウクライナから平和を叫ぶ』“Mir Vam”(2016年 スロバキア 67分)

監督・脚本・編集:ユライ・ムラヴェツJr.

出演:ユライ・ムラヴェツ他

8月26日(金)よりシネ・リーブル梅田、9月2日(金)よりアップリンク京都、9月9日(金)よりシネ・リーブル神戸にて公開

公式サイト:https://peacetoyouall.com/

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