「わたしたちのチャレンジは現在進行形です」『こころの通訳者たち What a Wonderful World』平塚千穂子プロデューサー、山田礼於監督、出演の難波創太さん、近藤尚子さん関西舞台挨拶


 東京・田端にある日本で唯一のユニバーサルシアター、シネマ・チュプキ・タバタが初製作・配給を手がけ、目の見えない人たちに、舞台手話通訳者の奮闘に迫る記録映画を届ける挑戦を映し出すドキュメンタリー映画『こころの通訳者たち What a Wonderful World』が、11月12日より第七藝術劇場で公開され、公開2日目の11月13日上映後に平塚千穂子プロデューサー(シネマ・チュプキ・タバタ代表)、山田礼於監督、出演の難波創太さんと盲導犬のピース、近藤尚子さんが登壇し、制作の経緯や映画作りを通して感じたことについて、語り合った。



■映画を愛し、製作者の気持ちを汲む音声ガイドづくりの素晴らしさから“無茶ぶり”(山田監督)

 司会の平塚さんが「みんなの無茶ぶりに応えることでまわっている」とその発端者として指名を受けた山田監督。制作の経緯としてまず挙げたのが、映画の前半に登場する記録映画『ようこそ 舞台手話通訳の世界へ』内のリーディング公演『凛然グッドバイ』だった。

「舞台手話通訳者の通訳する姿に感銘を受けた。演じ、感情表現をしており、舞台の上で演技も含めて伝える姿がすばらしいと思い、映画を作ろうと思った。ただ1回限りの公演だったので、それはもう撮れない。そこで、聴覚や視覚などさまざまな障がいを持った方が映画を見ることができるユニバーサルシアターのシネマ・チュプキで音声ガイドを作ってもらったとき、とても映画のことを深く愛し、製作者である自分たちの気持ちを組んで汲んでいただいたことから、そんな温かい音声ガイドをつける姿が素晴らしいと思い、無茶ぶり承知で(映画の撮影を)お願いしたら、素晴らしいメンバーを選んでくださった」



■人間から発する情報がとても豊か(難波さん)

 素晴らしいメンバーとの言葉を受け、当時を振り返った平塚さんは、

「通常の音声ガイドでは太刀打ちできない(舞台手話通訳の)手話を見えない人に届ける。ノープランだったので、とにかく手探りでした。(人選も)通常の音声ガイドづくりに慣れている人より、少し型破りの人をと、まず思いついたのが難波さんだった」。

 一方参加した感想を聞かれた難波さんは、

「平塚さんから、ちょっとカメラが入るけど音声ガイドづくりを手伝ってみないかと電話をいただき、行ってみるといきなりカメラが回っていて、『これからドキュメンタリー映画を撮ります』と言われ、そうなんですかと」と音声ガイドづくりと同時に始まった撮影のエピソードを披露。

「音声ガイドなしで『ようこそ〜』をみたとき、大体の趣旨は伝わっても、どうしても手話の部分をどうやっているのか。一番大事なところがみえてこない。舞台手話通訳の三人が最後に泣きながら抱きあっている意味がわからなかった。なぜ舞台手話通訳が必要なのか。字幕でいいじゃないかと思ったのが印象的だった。でも音声ガイド制作に関わる中で、手話でなくてはいけないとわかった。文字だけでは伝わらない情報、手話であったり、音声ガイドのラベルに声のイントネーションを交えて伝えたり、人間から発する情報がとても豊かだということがこの映画をみた最初の印象でした」と、自身が携わった音声ガイド作りにフォーカスした本作から感じたことを語った。

 難波さんのガイドとして登場する近藤さんも、難波さんの指摘で、自分が字幕作りのメンバーに入っていたことに気づいたと告白。平塚さんは、近藤さんがいつも難波さんの服装を周りの人に解説したり、手書きの音声ガイドの表現の豊かさに「今後も音声ガイドづくりに参加していただけたら」とエールを送る一幕もあった。


■会議の場ではない場所を撮ることで手応え(山田監督)

 コロナ禍で会議のシーンがどうしてもリモートになってしまう中、どのように撮影し、手応えを得たのだろうか。その場にいる観客に近い感覚で打ち合わせなしで撮影を開始したという山田監督は

「会議に参加されていた目の見えない方たちがとても個性的で、話を聞いていてとても面白かったので、こういう風に話が進めば、楽しいものができるだろうなと思った。会議室の中だけで話が進むので、(観客が)ついてきてもらえるかを心配したが、会議の途中で差し入れのパンを『これはカレーパン・・・』と言いながら配っているのをそのまま撮っていると、会議の場ではない場所を撮ることで(これでいけると)手応えを感じたのです」

と撮影を振り返った。

 平塚さんはそんな山田監督のカメラが、狭い空間ながら、いることを感じさせないぐらい馴染んでいたことで、リラックスして普段通りの会話ができたと賞賛。

「親しくならないと聞けないような会話も引き出してもらい、映画になって伝わっていくことの意義をすごく感じました」


■映画づくりを目指していたので、再び携われて感謝したい(難波さん)

 映画としては情報が多すぎて「3回見ると、すごくいい映画だと思った」と映画の感想を語った難波さん。

「最後はいろんな声と音と文字情報が入っててんこ盛りになっているので、1度目は戸惑われる人も多いのではないかと思いますが、何度もみていただき、今日はこの部分を発見したとか、みるたびに発見するそういう映画の作り方になっています」と力説。サブスクリプションや早送り視聴など映像が消費される時代と言われていることにも触れながら、

「作った側としては感じてもらいたい。自分たちが作ったもの以上のことが発見される。映画の楽しみ方を忘れたくない」と映画への想いを語った。映画が好きで、映画を作ろうと転職した矢先にバイク事故のため視力を失ったことを明かし、

「こうして映画づくりを今回一緒に手伝わせてもらったことで、再び映画づくりに関わることができ、平塚さんには心からお礼を言いたい。映画制作が終わった後、日本中の映画館に上映を打診し、さまざまな広報活動を手伝っていますが、そういうことも含めて(観客に届けるまでが)映画なのだな」と、現在進行形で映画を届けている実感を語った。



■『こんなことができたら素敵だと思いませんか』とひたすら願いを伝えていた(平塚さん)

 会議のシーンでは、何度もプロジェクト進行が難しい局面に陥るが、その度に平塚さんの諦めない姿勢が周りのメンバーの心を前向きなものにしている。平塚さんは回を重ねた会議を振り返り、

「ろうの方と、盲の方は縦割りにされることが多く、お互いに一緒になり、これだけ意見を交わすことはあまりなかったと思う。わからないことがそのままになっていたり、知らないから想像できずに『難しい』と思っておられることがわかりました。以前にろうの監督が作ったろう者の映画に音声ガイドを付けたいと申し出たとき、『私たちの世界は見えない方にはわからないと思うから、音声ガイドをつける意味がないと思う』とのご意見から、音声ガイドがつけられなかったことがあり、そのこともモヤモヤしたまま心に残っていました。

 手話通訳士の方に難しいと言われましたが、ろうの当事者も交えて話をし、まずはその方々がどう判断するかが大事。こういう人が入ったら可能性があると思うとか、こういうことがクリアできればなんとかなるんじゃないか。みなさんが先に進むために案を出してくださったのも大きかったです。難波さんがすごく緊張している会議でほぐしてくれたり、みんながなんとかならないかと前に進もうとしているのを止めないで、進むことだけを考えていました。

 会議は正義を闘わせると『わかってよ』となって、そのままで終わってしまうのですが、あとで客観的にみてみると、『こんなことができたら素敵だと思いませんか』とひたすら願いを伝えていたんだなと思うのです。だから『なんとかならないかな』とみんなが思ってくれたのかなと。最後に当事者の廣川麻子さんが、『気にしないで、やってみたらいいじゃない』と言ってくださったのはとても大きかったです。

 当事者の方々と共にする活動は、音声ガイドもそうですが、扉を開いていただき、新しいチャレンジをさせていただきと進んでくることができました。本当にその場にいたみんなの力だと思います」

 QRコードを読み込めばテキストデータ版、音訳版が入手できる表紙が点字のパンフレットをはじめ、手話パフォーマーとろうの方や盲の方のトリオでミュージックビデオを作成するなど、『こころの通訳者たち』チームのチャレンジは現在も進行中だという。映画づくりも映画配給も、自らの力で少しずつ着実に広げていく。観客からの感想を受け止め、さらに映画が繋がり広がっていく現場に立ち会ったような舞台挨拶となった。

関西では、11月25日(金)より京都みなみ会館、11月26日(土)より元町映画館で公開される。

(江口由美)



<作品情報>

『こころの通訳者たち What a Wonderful World』

2021年 日本  90分 

[監督]山田礼於

[出演]平塚千穂子、難波創太、石井健介、近藤尚子、彩木香里、白井崇陽、瀬戸口裕子、廣川麻子、河合依子、高田美香、水野里香、加藤真紀子

[語り]中里雅子

[劇場]10月1日よりシネマ・チュプキ・タバタにて先行公開、10月22日より新宿K's cinemaほか全国順次ロードショー

[製作・配給]Chupki

[公式サイト]https://cocorono-movie.com/