「僕の映画を上映してくれませんか?」映画監督日本縦断の旅、あなたの街のミニシアターと人の記憶がここにある『あなたの微笑み』リム・カーワイ監督インタビュー
シネマドリフター(映画漂流者)、リム・カーワイ監督が、栃木で映画を撮り続けている大田原愚豚舎の渡辺紘文監督を主演に迎えた映画愛、ミニシアター愛溢れるロードムービー『あなたの微笑み』。東京で公開以来、絶賛コメントが寄せられている話題の本作が、12月3日(土)よりシネ・ヌーヴォ、2023年1月14日(土)より元町映画館他全国順次公開される。
才能はあるのに、なんだかうまくいかない自主映画監督「世界の渡辺」が、南は沖縄から北は北海道までミニシアターを巡る旅は、館長の金城政則さん死去のため閉館した首里劇場(沖縄)や、今年8月の旦過市場火災による全焼で、現在休館中の小倉昭和館(福岡)の在りし日の姿も映し出され、館長のメッセージが胸を打つ。別府ブルーバード劇場(大分)、ジグシアター(鳥取)、豊岡劇場(兵庫)、サツゲキ、大黒座(いずれも北海道)と、地域の人に愛されているミニシアターが続々と登場。そこで世界の渡辺が自らの映画上映を打診する姿は、まさにミニシアターあるあるだ。
またミニシアターだけでなく、その地域で生きる人たちと世界の渡辺との交流も描かれ、ドキュメンタリー的要素を盛り込む一方、様々な局面で新人、平山ひかるが演じるミューズが登場し、世界の渡辺と幻想的なシーンを紡いでいく。
前作『COME & GO カム・アンド・ゴー』に告ぐタッグとなり、沖縄の成金社長を鮮やかに演じる尚玄、豊岡劇場館長を田中泰延が演じる他、各映画館の館長が実際に映画出演を果たしている。自主映画監督、世界の渡辺の旅の果てには何が待っているのか?エンドクレジットまで感動必須の、コロナ禍の映画界へ贈る応援歌のような作品だ。
本作のリム・カーワイ監督にお話を伺った。
■北野武や勝新太郎のような存在感を放つ渡辺紘文監督をぜひ主演に!
――――カーワイ監督と大田原愚豚舎を立ち上げ、栃木で映画制作を行っている渡辺紘文監督とは、東京国際映画祭で知り合ったそうですが、コロナ禍で日本に止まらざるを得なくなってしまったカーワイ監督と渡辺監督がどんないきさつで、一緒に映画を作ることになったのですか?
カーワイ:渡辺さんの映画は作品の面白さに加え、1作目の『そして泥船はゆく』を除き、全部自ら出演されています。僕の周りで自主映画監督かつ、全編にわたって出演するような人はいない。渡辺さんには、北野武や勝新太郎のような存在感が備わっていると思うのですが、誰も彼の凄さをわかっていないですね。他の監督作品に出演することはあってもカメオ出演程度なのが、すごくもったいない。彼は日本のクリント・イーストウッドですよ。
今回、映画監督が日本のミニシアターを旅するロードムービーを撮るにあたり、役者が演じるのではなく、実際の映画監督に出演してほしかった。僕自身が出演するのは照れるし、自分自身の姿を観ること自体が好きではないので、もう渡辺さんにお願いするしかない、まさに彼しかいなかったのです。
■バルカン半島の設定を日本に置き換え、「ミニシアターを巡る自主映画監督」の物語へ
――――ちなみに、日本のミニシアターを旅するロードムービーの着想はどこから生まれたのですか?
カーワイ:バルカン半島三部作(『どこでもない、ここしかない』『いつか、どこかで』)の3本目は、バルカン半島で開催される映画祭に主人公の映画監督が招待され、自分の作品が上映された後事件に巻き込まれて、トルコに流れ着くロードムービーというアイデアを持っていました。2020年に撮影するはずが、コロナ禍で行けなくなってしまい、2021年も渡航できない中、AFF(コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業ARTS for the future!)に採択してもらうための企画を考えることになったのです。3本目の構想を日本に置き換えるとどうするかと考えたとき、まずロードムービーはやりたい。しかもバルカン半島とトルコの距離は、ちょうど北海道と沖縄と同じぐらいだったので、最初から北海道から沖縄までのロードムービーを構想していました。映画監督を主人公にして日本縦断するにあたり、バルカン半島だと映画祭を想定していたけれど、日本の場合はミニシアターの方がいいのではないか。そこから映画監督がミニシアターに自分の作品を売り込みに行く話にすれば、全国をまわれるという風に、いろいろなピースを組み合わせていきました。
――――なるほど、バルカン半島の構想を日本にうまく当てはめていったのですね。渡辺さんは本作のオファーに即OKと?
カーワイ:絶対にやりたい、楽しそう!という反応でしたね。とはいえ、僕の作品は脚本がないし、よく「何を準備すればいいですか?」と聞かれました。そこで僕はいつも「準備する必要はない」と(笑)。衣装合わせも現地でしたし、途中で思いついて「天才ですから」Tシャツを通販で買って着てもらったり、全て当日か前日に僕が思いついたことをお願いする形でしたから、渡辺さんも最初は不安だったと思います。でも僕もどうなるか読めないので、とりあえず一緒に旅をしようという感じでした。スタッフも少ないので、レンタカー一台で旅をし、それぞれの場所で美味しいものを食べていました。
――――「天才ですから」Tシャツ、すごく渡辺さんに似合っておられましたね。
カーワイ:最高でしょ?普段はあんなTシャツを着用されませんから。
――――冒頭の栃木編では、東京国際映画祭で長年作品選定ディレクターを務めてこられた矢田部吉彦さんが本人役で出演されています。
カーワイ:矢田部さんは世界の渡辺を発掘された方なので、出演してもらわなければと思い、オファーしました。他にも渡辺さんが日本映画学校(現日本映画大学)時代の師匠で、大田原愚豚舎を名付けた天願(てんがん)大介監督にも出演していただきたかったのですが、残念ながら叶わなかったです。
■バルカン半島のような豊岡や豊岡劇場との出会い
――――次の沖縄編は、劇映画っぽい雰囲気だったので、シナリオがあったのかなと思ったのですが。
カーワイ:少し話が長くなりますが、昨年4月に僕の作品の特集上映で豊岡劇場を訪れ、劇場がとても映画的な雰囲気を持っていたので、絶対映画に撮りたいと思ったんです。江原河畔劇場や豊岡の景色も、僕から見ればバルカン半島の景色にすごく似ていて、このままコロナが続いたらあそこで3作目が撮れるかもと思うぐらい(笑)。
――――私も観ていて、『どこでもない、ここしかない』に出てくる川辺のカフェのシーンがフラッシュバックしました。確かにバルカン半島の雰囲気がありますね。
カーワイ:豊岡劇場のパートは一番ドラマ要素が多い部分なので、唯一館長本人ではなく俳優に演じてもらっています。最初、館長役を尚玄さんにお願いしようとしたのですが、この期間、主演作『義足のボクサー』で釜山国際映画祭に参加されることになり、この案は却下したのです。一方、渡辺さんが自分の仕事として、沖縄でミュージシャンのMVを撮影することになったので、その設定を生かしたアイデアも思いついたのですがこれも結局お蔵入りとなってしまった。そのとき、尚玄さんから今なら撮影に参加できると連絡をもらい、急遽、成金の話を思いつきました。沖縄でゴージャスに見えるロケ地探しもお願いしたところ、『義足のボクサー』のプロデューサーがリゾートホテルを提案してくれたのです。ちょうどコロナで旅行客がほとんどいなかったこともあり、そこのゴルフ場やいろいろな場所を巡るうちにアイデアが膨らみました。尚玄さんが演じる成金社長のボディーガードなどは、みんな尚玄さんの友人なんです。映画に出たいと言ってくれたので、みなさんに合わせて前日にキャラクターを考えました。信じられないでしょ?あたかも1年間ぐらい準備して撮影したように見えるのに(笑)
――――渡辺さんが、脚本を書くために尚玄さんが演じる成金社長へヒアリングしますが、そのエピソードも面白かったですね。
カーワイ:尚玄さんが出してくれた面白いアイデアを出してくれたので、それらアドリブを交えながら演じてくれているんですよ。
■尚玄さんのように柔軟性のある俳優は、日本でいない
――――カーワイ監督作品で演じている尚玄さんは、楽しそうですよ。
カーワイ:尚玄さんが初めて僕の作品『COME & GO カム・アンド・ゴー』に出演したのはブリランテ・メンドーサの『義足のボクサー GENSAN PUNCH』出演の前で、脚本がないことにまだ慣れておられなかったけれど、実際にやってみると楽しかったそうです。メンドーサの場合は大規模な現場なので、スタッフ用に脚本はあるけれど、俳優には見せないという手法を使っています。そんなメンドーサの現場を経ての本作で、もうすっかり慣れてきたのではないでしょうか。この夏、ようやくバルカン半島で3本目を撮影したのですが、尚玄さんは主演として撮影に参加してくれました。彼のように柔軟性のある俳優は、日本ではまだ見当たらないですね。これからも、まだ何本も彼と一緒に映画を作りたいです。
――――沖縄の首里劇場と福岡の小倉昭和館が登場し、今はなきその姿をスクリーンに焼き付けています。日本の歴史的価値のある映画館の記録という意味でも、本作が語り継がれる作品になるのでは?
カーワイ:首里劇場は昨年5月、東京フィルメックスコンペティション部門で上映された工藤将亮監督の『遠いところ』に出演するために沖縄へ行ったとき、尚玄さんが首里劇場に案内してくれたのです。初めて行きましたが、見た瞬間に絶対ここで映画を撮りたい!と。具体的な構想はなかったけれど、西部劇での最後の砦というイメージが浮かびました。館長の金城政則さんは、誰が来ても琉球ハブ拳法をされる。それが彼の挨拶スタイルです。
■映画初出演の平山ひかるは「誰が見ても、彼女に惹かれると思う」
――――九州編から断続的に登場し、映画の雰囲気をガラッと変えるのが、初の映画出演となる平山ひかるさんです。
カーワイ:沖縄編を撮っている間も、鍵を握る女優さんがおらず、物足りなさを覚えていました。そこで世界の渡辺は結局脚本が書けなかったため、追い出されるわけですが、その理由として、ミューズがいないというアイデアが思い浮かんだのです。沖縄から別府に行く間に休日があったので、SNSで「女優大募集」と告知したところ、それを読んだプロデューサーから平山さんを紹介していただき、実際にお会いした瞬間「彼女しかいない」と思いました。とはいえ自主映画で、脚本もなく、お金もないような作品が映画デビュー作になるのは申し訳ないという気持ちも大きかったのですが。誰が見ても、彼女に惹かれると思います。
――――世界の渡辺が、行く先々で平山さんが演じる様々な女性に出会い、空想の中で、ダンスをするシーンもあり、自主映画監督のリアルな現状を映し出しながらも、幻想的なニュアンスが加わりました。
カーワイ:平山さんがダンサーなので、ミュージカルシーンも加えました。また温泉街で自主映画監督がソープランドでミューズに出会うというシーンを作るために、女優さんを募集する際にはそのシーンがあることを説明する必要がありましたが、平山さんの場合はプロデューサーの方から推薦してくださったので、プロデューサーも現地入りして、いろいろフォローをしてくださり、無事撮りきることができました。
――――フォロー体制を万全にして、演じやすい環境を作って臨んだシーンだったんですね。そこから豊岡劇場に移動する前に、『ハッピーアワー』に出演された柴田修兵さんが家族で関西から移住し、運営しているジグシアターにも寄り道していますね。
カーワイ:昨年、豊岡劇場の特集上映の後、鳥取まで足を伸ばしたら、景色がすごく良かったんです。あそこにミニシアターがあったらいいのにと思ったら、ジグシアターができたばかりだと知り、早速訪れたんです。あんなに綺麗なところがあるのかと、ビックリしました。南フランスみたいに美しくて、あそこで撮るしかないと思いました。昔は温泉街ですが、今は全国からの移住者も多いそうです。ジグシアターに行く途中にある汽水空港も、編集の秦岳志さんの勧めで、店長のモリテツヤさんにお会いしてと、どんどん繋がっていきました。
――――豊岡劇場のシーンでは、世界の渡辺の特集上映をするということで、実際に監督自らチラシを配って、チケットを手売りするという、自主映画監督の日常が映し出されていました。
カーワイ:映画の中で世界の渡辺がやっていることは、普段の渡辺さんがやっていないことなんです。渡辺さんはSNSでは色々と書いていますが、実際にお会いするとすごくシャイな方で、自分から「これを観てください」とアピールするようなタイプではありません。むしろおとなしい感じで、正直かつ誠実な方なので、本当に好青年です。
■北海道編で浮かんだ未来というキーワード
――――なるほど、典型的な自主映画監督の奮闘ぶりを見事に演じておられたんですね。最後は北海道の大黒座にたどり着き、今でも2021年に亡くなられた森田惠子監督が大黒座を取材したドキュメンタリー映画『小さな町の小さな映画館』のポスターが貼られていて、久しぶりに大事な場所に再会した気分でした。
カーワイ:AFFは年内に試写することを条件にした支援制度なので、豊岡のシーンを撮り終わった時点で、ここで最後にしてしまってもいいという気持ちになったのです。資金面でもちょうど尽きてしまったところでしたし、ミュージカルシーンもあるし、ミューズと出会ってハッピーエンディングになるのではないかと。それで編集し、試写で見てもらうと評判は良かったのですが、ハッピーエンディングについての指摘があったのです。監督がミューズと出会い、全てが和解してしまうのは、ロマンチックすぎるのではないかと。また北海道の構想を知っている人からの指摘もあり、年が明けてから北海道ロケハンを行い、ミニシアターを巡る中で、大黒座にたどり着いた時「ここで撮るしかない!」と思ったのです。それと同時に未来というキーワードが浮かび、北海道編はそれまでとは違い、だいぶん先の話にしようと決めました。豊岡までバージョンをご覧になっていた方は、この結末を見て、きっと衝撃を受けると思います。僕も含めて、誰も予想もしなかった結末ですから。
■貴重な館長インタビューをエンドクレジットに
――――映画愛だけでなく、映画館愛が凝縮したラストでしたね。エンディングの後のエンドクレジットで、渡辺さんが登場した各劇場に取材をされたものが短いながらも全劇場分挿入され、登場した劇場のプロフィールもわかるようになっています。すごく価値がありますが、この構成も最初から決めていたのですか?
カーワイ:撮影当初から、ドキュメンタリー部分は絶対に撮りたいと思っていましたが、構成については様々なパターンを想定していました。例えば世界の渡辺の劇映画シーンの後に、ドキュメンタリー部分を挿入しても面白いだろうと。でもそうすると映画の構造的にややこしくなってしまうし、ドキュメンタリー部分を長くすると濱口監督の『ハッピーアワー』のように、5時間の映画になるかもしれない。最初はそれでもいいかなと思っていたのですが、次第にエンドロールにまとめた方が面白いのではないかと思い、今の形に落ち着きました。
――――確かに、その方が映画の余韻と共に、各劇場の館長のお話をじっくりと聞けますね。
カーワイ:渡辺さんの質問に答えていただく形で、各館長の30分以上に及ぶインタビューを撮影しています。首里劇場の金城さんもお亡くなりになられたし、とても貴重な映像なのでエンドロールで使った映像は短かったですが、また何らかの形で発表したいですね。
――――ありがとうございました。最後にこの壮大なロードムービーのタイトルをつけるのに悩みましたか?
カーワイ:中身が決まる前から、『あなたの微笑み』と決めていました。映画監督の話にしようと思ったとき、無意識のうちに思い浮かんだのが、ペドロ・コスタで映画作家ストローブ=ユイレ夫婦のドキュメンタリー映画、『あなたの微笑みはどこへ隠れたの?』。素晴らしい作品で、そこから影響を受けたかもしれません。この映画で観客のみなさんの微笑みが見たいし、どんな微笑みなのかをぜひ想像してもらえればと思います。
(江口由美)
『あなたの微笑み』(2022年 日本 103分)
監督・脚本・編集:リム・カーワイ
出演:渡辺紘文、平山ひかる、尚玄、田中泰延
2022年12月3日(土)よりシネ・ヌーヴォ、2023年1月14日(土)より元町映画館他全国順次公開
公式サイト→https://anatanohohoemi.wixsite.com/official
(C) cinemadrifters
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